すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

投稿者 : admin 投稿日時: 2012-09-26 22:43:45 (1270 ヒット)

篠崎キリスト教会では毎週の説教を聖書教育に沿って展開してきましたが、2012年5月より聖書教育は旧約の学びに入り、説教はマルコ伝に入ります。そのため、過去に行った旧約の学びを再録して提供します。

1.王国の滅亡

・前609年ヨシヤ王はエジプトとの戦いで戦死し、後継として子のヨアハズが立てられるが、三ヶ月でエジプト王により廃位される。ヨアハズの後継として兄のヨアキムが立てられる。
−粁鷁Φ23:31-34「ヨアハズは二十三歳で王となり、三か月間エルサレムで王位にあった。・・・ ファラオ・ネコは、エルサレムで王位にあった彼をハマトの地のリブラに幽閉し、その国には科料として銀百キカル、金一キカルを課した。ファラオ・ネコはヨシヤの子エルヤキムを父ヨシヤの代わりに王とし、名をヨヤキムと改めさせた。一方、ヨアハズはエジプトに連れて行かれ、そこで死んだ」。
・エジプトは前605年北シリアのカルケミシでバビロニア軍に破れ、以降パレスチナはバビロニアの支配下に入る。ヨヤキムは当初バビロニアに従うがやがて反乱を起こし、バビロニア軍はエルサレムを包囲する。
−粁鷁Φ23:36-24:2「ヨヤキムは二十五歳で王となり、十一年間エルサレムで王位にあった・・・彼の治世に、バビロンの王ネブカドネツァルが攻め上って来た。ヨヤキムは三年間彼に服従したが、再び反逆した。主は彼に対してカルデア人の部隊、アラム人の部隊、モアブ人の部隊、アンモン人の部隊を遣わされた。主はその僕である預言者たちによってお告げになった主の言葉のとおり、ユダを滅ぼすために彼らを差し向けられた」。
・ヨアキムはこの包囲戦の中で捕らえられ、バビロンに連行されて死ぬ。
−粁鯊綮36:5-6「ヨヤキムは二十五歳で王となり、十一年間エルサレムで王位にあった・・・その彼をバビロンの王ネブカドネツァルが攻めて来て、青銅の足枷をはめ、バビロンに引いて行った」。
・列王記記事はバビロニアの侵攻を神の意思と見る。罪を犯したユダを滅ぼすためにバビロニアが遣わされたと。
−粁鷁Φ24:3-4「ユダが主の御前から退けられることは、まさに主の御命令によるが、それはマナセの罪のため、彼の行ったすべての事のためであり、またマナセが罪のない者の血を流し、エルサレムを罪のない者の血で満たしたためである。主はそれを赦そうとはされなかった」。

2.バビロンへの捕囚

・ヨアキムの死後、子ヨヤキンが即位した。ヨアキンの治世下、前598年エルサレムは陥落し、王や主だった家臣たちはバビロンに連行された。その中に祭司エゼキエルもいた。
−粁鷁Φ24:8-14「ヨヤキンは十八歳で王となり、三か月間エルサレムで王位にあった。・・・そのころ、バビロンの王ネブカドネツァルの部将たちがエルサレムに攻め上って来て、この都を包囲した・・・ユダの王ヨヤキンは母、家臣、高官、宦官らと共にバビロン王の前に出て行き、バビロンの王はその治世第八年に彼を捕らえた。・・・彼はエルサレムのすべての人々、すなわちすべての高官とすべての勇士一万人、それにすべての職人と鍛冶を捕囚として連れ去り、残されたのはただ国の民の中の貧しい者だけであった」。
・これはイザヤが預言し、またエレミヤも警告したことだった。しかしユダは悔い改めない故に捕囚が起こった。
−エレミヤ20:4「主はこう言われる。見よ、私はお前を『恐怖』に引き渡す。お前も、お前の親しい者も皆。彼らは敵の剣に倒れ、お前は自分の目でそれを見る。私はユダの人をことごとく、バビロンの王の手に渡す。彼は彼らを捕囚としてバビロンに連れ去り、また剣にかけて殺す」。
・ヨヤキン退位後、叔父のゼデキヤが王として立たされた。ゼデキヤは当初はバビロニアに従ったがやがて反旗を翻し、ゼデキヤは殺され、エルサレムは破壊され、神殿も燃えた。ユダが滅びたのは前587年であった。
−粁鷁Φ24:18-25:7「ゼデキヤは二十一歳で王となり、十一年間エルサレムで王位にあった。・・・エルサレムとユダは主の怒りによってこのような事態になり、ついにその御前から捨て去られることになった。ゼデキヤはバビロンの王に反旗を翻した。・・・王は捕らえられ・・・裁きを受けた。彼らはゼデキヤの目の前で彼の王子たちを殺し、その上でバビロンの王は彼の両眼をつぶし、青銅の足枷をはめ、彼をバビロンに連れて行った」。
・国は滅びた。王宮は焼け、神殿も消失した。その中で人々はバビロンに捕囚となった人々に望みを託した。
−粁鷁Φ25:27「ユダの王ヨヤキンが捕囚となって三十七年目の第十二の月の二十七日に、バビロンの王エビル・メロダクは、その即位の年にユダの王ヨヤキンに情けをかけ、彼を出獄させた」。
・このヨヤキン(エコンヤ)の末としてイエスが生まれられた。聖書は「神は滅ぼしても再び生かされる方だ」と証言する。
−マタイ1:12-16「バビロンへ移住させられた後、エコンヤはシャルティエルをもうけ、シャルティエルはゼルバベルを・・・マタンはヤコブを、ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった」。

参考:バビロン捕囚・エレミヤ関連年表(江礼宮夫氏作成)

BC622−ヨシヤ宗教革命(エルサレムの神殿以外廃棄)、エレミヤ支持(エレ11・1〜5、列下23・3)。
BC609−ヨシヤ王、エジプト王ネコに敗れ戦死(王下23・29〜30)。ヨアハズ王(シャルム)即位するも、2ヶ月で、エジプト王ネコに廃せられ、エジプトに連行される(エレ22・10〜11、王下23・33)。
BC608−ヨヤキム(エルヤキム)王擁立される、11年間王位(王下23・34)。即位の祈願で、エレミヤは神殿で演説(エレ26章、7・2〜15、26章)。ヨヤキム、エジプト王ネコに朝貢(王下23・35)。エレミヤ宮殿批判(エレ22・1〜23)。レカブ人の忠誠(エレ35章)
BC606−エレミヤ壷を砕きエルサレムの破滅を神殿で預言(エレ19章)バビロン捕囚を預言(エレ25・3〜14)。エレミヤ、預言をバルクに口述、神殿の出入り禁止される(36・2〜7、45・1)。
BC605−預言の朗読、王は巻物を火に投ず(エレ36・8〜26)。
BC602−ヨヤキム王、バビロニアに反逆、バビロンに連行、殺される(王下24・12、歴下36・6)。
BC598−ヨヤキン(エコンヤ)即位、王位3ヶ月間(王下24・8)。補囚を預言される(エレ22・24〜30)。
BC597−バビロニア、エルサレム占領、第一回捕囚、ヨヤキン王連行される(王下24・10〜16)。
BC597−ゼデキヤ(マタンヤ)王、バビロニアに擁立される、11年間王位(王下24・17、18)。エルサレム滅亡預言(エレ21章)。頚木を付け、バビロン服属を勧告(27章)。
BC594−ハナンヤと対決(28章)。バビロン滅亡を巻物で預言(エレ51・59〜63)。
BC593−エゼキエル召命(エゼ1章)。親エジプト派と、親バビロニヤ派の抗争(エレミヤの手紙、エレ29章)。
BC588−ゼデキヤ、バビロニアに反乱。エルサレム包囲される(エレ39・1、52・3〜4、王下24・20、25・1)。
ゼデキヤの奴隷解放(エレ34・8〜11)。エレミヤの拘留(エレ37章、32・1〜4)。アナトトの畑を買う(エレ32・6〜44)。エレミヤ水溜まりに入れられる、王との会見(38章)。
BC587−バビロニア、エルサレムを破壊、ゼデキヤ王殺される(エレ39・2〜14、52・6〜27)。ユダ王国滅亡、第二回捕囚。ユダは、バビロニアの州に併合される(王下25・2〜21)。


投稿者 : admin 投稿日時: 2012-09-18 23:08:40 (1272 ヒット)

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1.ヒゼキヤ王の回復

・列王記下20章の記すヒゼキヤ王の病は、アッシリアのエルサレム包囲(前701年)の前の出来事とされている。王は死の病に罹り、預言者イザヤは王の死を宣告する。王は主に向かって憐れみを求めて祈った。
−粁鷁Φ20:1-3「ヒゼキヤは死の病にかかった。預言者、アモツの子イザヤが訪ねて来て『主はこう言われる。あなたは死ぬことになっていて、命はないのだから、家族に遺言をしなさい』と言った。ヒゼキヤは顔を壁に向けて、主にこう祈った。『ああ、主よ、私がまことを尽くし、ひたむきな心をもって御前を歩み、御目にかなう善いことを行ってきたことを思い起こしてください』。こう言って、ヒゼキヤは涙を流して大いに泣いた」。
・主はヒゼキヤの祈りを聞かれた。主はヒゼキヤの命を15年延ばすと約束された。
−粁鷁Φ20:4-6「イザヤが中庭を出ないうちに、主の言葉が彼に臨んだ。『わが民の君主ヒゼキヤのもとに戻って言いなさい。あなたの父祖ダビデの神、主はこう言われる。私はあなたの祈りを聞き、涙を見た。見よ、私はあなたをいやし、三日目にあなたは主の神殿に上れるだろう。私はあなたの寿命を十五年延ばし、アッシリアの王の手からあなたとこの都を救い出す。私は私自身のために、わが僕ダビデのために、この都を守り抜く』」。
・ヒゼキヤは病気が治るしるしを求めた。主はその求めに応じて、時を逆戻りさせられた。
−粁鷁Φ20:8-11「ヒゼキヤはイザヤに言った『主が私をいやされ、私が三日目に主の神殿に上れることを示すしるしは何でしょうか・・・影が十度伸びるのは容易なことです。むしろ影を十度後戻りさせてください」。そこで預言者イザヤが主に祈ると、主は日時計の影、アハズの日時計に落ちた影を十度後戻りさせられた」。
・人は時を逆戻りさせることは出来ないが、神には出来る。求めた時にそれが御心であれば適えられる。ヒゼキヤが病の回復を感謝して歌った詩がイザヤ38章に掲載されている。
−イザヤ38:10-20「昼も夜もあなたは私の息の根を止めようとされる。夜明けまで私はそれを甘んじて受け、獅子に砕かれるように私の骨はことごとく砕かれてしまう。・・・あなたは私の魂に思いを寄せ、滅びの穴に陥らないようにしてくださった。・・・主よ、あなたは私を救ってくださった」。

2.ユダヤ滅亡の預言

・病がいえたヒゼキヤを、アッシリアの敵対者バビロン王の使いが見舞いに訪ねた。反アッシリア連盟形成の誘いのためである。ヒゼキヤは喜び、王国の宝物庫、武器庫の全てを見せた。富を誇る気持ちがあったのであろう。
−粁鷁Φ20:12-13「バビロンの王、バルアダンの子メロダク・バルアダンは、ヒゼキヤが病気であるということを聞いて、ヒゼキヤに手紙と贈り物を送って来た。ヒゼキヤは使者たちを歓迎し、銀、金、香料、上等の油など宝物庫のすべて、武器庫、また、倉庫にある一切のものを彼らに見せた」。
・イザヤはヒゼキヤの愚かな行為を叱る。アッシリアの脅威から逃れるために、別の狼バビロンに頼ったからだ。
−粁鷁Φ20:16-18「イザヤはヒゼキヤに言った『主の言葉を聞きなさい。王宮にあるもの、あなたの先祖が今日まで蓄えてきたものが、ことごとくバビロンに運び去られ、何も残らなくなる日が来る、と主は言われる。あなたから生まれた息子の中には、バビロン王の宮殿に連れて行かれ、宦官にされる者もある』」。
・イザヤの預言はヒゼキヤの6代後、ヨヤキン王の時に現実化する。バビロン王ネブカドネザルはエルサレムを占領し、全ての宝物と1万人の民をバビロンに運び去った。前597年第一回バビロン捕囚である。
−粁鷁Φ24:10-15「バビロンの王ネブカドネツァルの部将たちがエルサレムに攻め上って来て、この都を包囲した・・・主が告げられたとおり、バビロンの王は主の神殿の宝物と王宮の宝物をことごとく運び出し、イスラエルの王ソロモンが主の聖所のために造った金の器をことごとく切り刻んだ。・・・彼はヨヤキンを捕囚としてバビロンに連れ去り、その王の母、王妃たち、宦官たち、国の有力者たちも、捕囚としてバビロンに行かせた」。
・歴代誌の記者はヒゼキヤの愚かな行為が後の捕囚を招いたと批判する。
−粁鯊綮32:25-31「ヒゼキヤは受けた恩恵にふさわしくこたえず、思い上がり、自分とユダ、エルサレムの上に怒りを招いた。・・・バビロンの諸侯が、この地に起こった奇跡について調べさせるため、使節を遣わしたとき、神はヒゼキヤを試み、その心にある事を知り尽くすために、彼を捨て置かれた」。
・ヒゼキヤは死の病からいやされ、攻め寄せるアッシリア軍から解放された。大きな恵みをいただいたのに、自己の力を誇るようになったヒゼキヤを主は撃たれた。誰が支配者であるかを忘れた者の運命がここにある。
−出エジプト記22:20-23「寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない。あなたたちはエジプトの国で寄留者であったからである。寡婦や孤児はすべて苦しめてはならない。もし、あなたが彼を苦しめ、彼が私に向かって叫ぶ場合は、私は必ずその叫びを聞く。そして、私の怒りは燃え上がり、あなたたちを剣で殺す。あなたたちの妻は寡婦となり、子供らは、孤児となる」。


投稿者 : admin 投稿日時: 2012-09-13 09:08:37 (1122 ヒット)

篠崎キリスト教会では毎週の説教を聖書教育に沿って展開してきましたが、2012年5月より聖書教育は旧約の学びに入り、説教はマルコ伝に入ります。そのため、過去に行った旧約の学びを再録して提供します。

1.ハザエルのアラム王即位を助けるエリシャ

・エリシャは預言者であると同時に、政治家として大きな影響力を持った。エリシャがアラムの首都ダマスコに行った時、王は病気の快癒を願い、重臣ハザエルをエリシャの元に遣わした。訪問したハザエルにエリシャは「王の病気は治るが、王は死ぬ」と預言する。そして「王が死んだ後、あなたが王になる」とも預言する。
−粁鷁Φ8:10-13「エリシャは言った『行って王に言うがいい。あなたは必ず治ると。しかし、主は彼が必ず死ぬことを私に示された』。・・・エリシャは答えた『私はあなたがイスラエルの人々に災いをもたらすことを知っているからです。あなたはその砦に火を放ち、若者を剣にかけて殺し、幼子を打ちつけ、妊婦を切り裂きます。・・・主はあなたがアラムの王になることを私に示された』と答えた」。
・ハザエルは預言を聴いて、自分が王になる運命であることを悟り、王を暗殺して、自ら王に即位した。
−粁鷁Φ8:14-15「彼はエリシャのもとを離れ、自分の主君のところに帰ると、王は『エリシャはお前に何と言ったか』と尋ねたので、『必ず治ると彼は言いました』と答えた。しかし翌日、彼は布を取って水に浸し、王の顔を覆ったので、王は死んだ。ハザエルが彼に代わって王となった」。
・ハザエルはアラム王になると、イスラエルへの侵略を繰り返して、イスラエルの国力を落とさせた。
−粁鷁Φ10:32-33「主はイスラエルを衰退に向かわせられた。ハザエルがイスラエルをその領土の至るところで侵略したのである。侵略はヨルダン川の東側にあるギレアドの全域、ガド、ルベン、マナセの地で行われ、アルノン川の近くにあるアロエルから、ギレアドとバシャンにまで及んだ」。
・これは主が前に預言者エリヤに預言されたことであった。主は不信仰のイスラエルを打つために、アラム王を用いられる。その先導の役割をエリシャが行った。
−砧鷁Φ19:15-17「主はエリヤに言われた『行け、あなたの来た道を引き返し、ダマスコの荒れ野に向かえ。そこに着いたなら、ハザエルに油を注いで彼をアラムの王とせよ。ニムシの子イエフにも油を注いでイスラエルの王とせよ。またアベル・メホラのシャファトの子エリシャにも油を注ぎ、あなたに代わる預言者とせよ。ハザエルの剣を逃れた者をイエフが殺し、イエフの剣を逃れた者をエリシャが殺すであろう』」。

2.ユダ王国の堕落

・同じころ、ユダ王国ではヨシャファトの子ヨラムが王になった。彼は王になった時、将来の謀反を恐れて、兄弟全員を殺す。ユダ王国もまた、イスラエル王国と同じような神不在の無法時代に入りつつあった。
−粁鯊綮21:1-5「ヨシャファトは先祖と共に眠りにつき、先祖と共にダビデの町に葬られた。その子ヨラムがヨシャファトに代わって王となった。彼には兄弟があった。ヨシャファトの子のアザルヤ、エヒエル、ゼカルヤ、アザルヤ、ミカエル、シェファトヤである。・・・父は彼らにユダの砦の町と共に銀や金など高価な品々を豊富に与えた。ヨラムが長子であったので、ユダの王位は彼に譲った。ところが、ヨラムは父の国を支配下に置いて勢力を増すと、自分の兄弟のすべてと、イスラエルの高官のうち何人かを剣にかけて殺した。ヨラムは三十二歳で王となり、八年間エルサレムで王位にあった」。
・しかし、主は、ダビデに誓われた契約の故に(サムエル記下7:12-16)、ダビデの子孫を守られた。
−粁鷁Φ8:18-19「彼はアハブの娘を妻としていたので、アハブの家が行ったように、イスラエルの王たちの道を歩み、主の目に悪とされることを行った。しかし、主はその僕ダビデのゆえに、ユダを滅ぼそうとはされなかった。主は、ダビデとその子孫に絶えずともし火を与えると約束されたからである」。
・ヨラムの妻アタルヤは、夫ヨラムが死に、息子アハズヤも短命で死ぬと、他の王子たちを殺して、自らが支配者になった。こうして、ダビデ王朝は一時期途絶えた。
−粁鷁Φ11:1-3「アハズヤの母アタルヤは息子が死んだのを見て、直ちに王族をすべて滅ぼそうとした。しかし、ヨラム王の娘で、アハズヤの姉妹であるヨシェバが、アハズヤの子ヨアシュを抱き、殺されようとしている王子たちの中からひそかに連れ出し、乳母と共に寝具の部屋に入れておいた。・・・こうして、アタルヤが国を支配していた六年の間、ヨアシュは乳母と共に主の神殿に隠れていた」。
・イスラエルでも不信のオムリ王朝を滅ぼすべくイエフが立てられる。歴史は神の歴史(History=His Story)だ。
−粁鷁Φ9:6-7「イスラエルの神、主はこう言われる。私はあなたに油を注ぎ、あなたを主の民イスラエルの王とする。あなたはあなたの主君アハブの家を撃たねばならない。こうして私はイゼベルの手にかかった私の僕たち、預言者たちの血、すべての主の僕たちの血の復讐をする」。


投稿者 : admin 投稿日時: 2012-09-04 15:36:24 (1521 ヒット)

篠崎キリスト教会では毎週の説教を聖書教育に沿って展開してきましたが、2012年5月より聖書教育は旧約の学びに入り、説教はマルコ伝に入ります。そのため、過去に行った旧約の学びを再録して提供します。

1.民を殺して土地を奪った王の罪

・北王国のアハブ王は北部イズレエルに離宮を持っていた。隣には、イズレエル人ナボトのぶどう園があった。アハブ王はエジプト式の菜園を持ちたいと思い、ナボトに土地を売るよう求めるが、ナボトはこれを拒否する。
−砧鷁Φ21:1-3「ナボトは、イズレエルにぶどう畑を持っていた。畑はサマリア王アハブの宮殿のそばにあった。アハブはナボトに話を持ちかけた『お前のぶどう畑を譲ってくれ。私の宮殿のすぐ隣にあるので、それを私の菜園にしたい。お前にはもっと良いぶどう畑を与えよう。望むならそれに相当する代金を銀で支払ってもよい』。ナボトはアハブに、『先祖から伝わる嗣業の土地を譲ることなど、主にかけて私にはできません』と言った」。
・イスラエルでは、土地は神のものであり、人はそれを神から貸与される。故に売買は原則禁止されていた。
−レビ記25:23「土地を売らねばならない時にも、土地を買い戻す権利を放棄してはならない。土地は私のものであり、あなたたちは私の土地に寄留し、滞在する者にすぎない」。
・アハブの申し立ては不当なものではない。また、ナボトの拒否もイスラエルでは当然だった。しかし、専制国家フェニキアから来た王妃イゼベルには理解できなかった。彼女は言う「あなたは王ではないか」。
−砧鷁Φ21:6-7「彼は妻に語った『イズレエルの人ナボトに、彼のぶどう畑を私に・・・譲ってくれと申し入れたが、畑は譲れないと言うのだ』。妻のイゼベルは王に言った『今イスラエルを支配しているのはあなたです。起きて食事をし、元気を出してください。私がイズレエルの人ナボトのぶどう畑を手に入れてあげましょう』」。
・イゼベルはイズレエルの長老に指示し、「ナボトが神と王を呪った」として、石で打ち殺せと命じる。
−砧鷁Φ21:8-10「イゼベルはアハブの名で手紙を書き、アハブの印を押して封をし、その手紙をナボトのいる町に住む長老と貴族に送った・・・『断食を布告し、ナボトを民の最前列に座らせよ。ならず者を二人彼に向かって座らせ、ナボトが神と王とを呪った、と証言させよ。こうしてナボトを引き出し、石で打ち殺せ』」。
・長老たちはイゼベルを恐れ、指示通りナボトを処刑した。こうして、アハブはナボトのぶどう園を手に入れた。
−砧鷁Φ21:15-16「イゼベルはナボトが石で打ち殺されたと聞くと、アハブに言った『イズレエルの人ナボトが、銀と引き換えにあなたに譲るのを拒んだあのぶどう畑を、直ちに自分のものにしてください。ナボトはもう生きていません。死んだのです』」。

2.王の罪を告発する預言者

・この不正に神は怒られる。ダビデの罪に対して預言者ナタンが起こされ、罪を糾弾したように、アハブの不正に対しては、預言者エリヤが立てられる。
−砧鷁Φ21:17-19「主の言葉がティシュベ人エリヤに臨んだ『直ちに下って行き、サマリアに住むイスラエルの王アハブに会え。彼はナボトのぶどう畑を自分のものにしようと下って来て、そこにいる。彼に告げよ“主はこう言われる。あなたは人を殺したうえに、その人の所有物を自分のものにしようとするのか”。また彼に告げよ“主はこう言われる。犬の群れがナボトの血をなめたその場所で、あなたの血を犬の群れがなめることになる”』」
・エリヤはアハブ王の前に行き、主の怒りを告げる。この呪いはやがて実現する(列王記上22章、下9章)。
−砧鷁Φ21:20-24「エリヤは答えた『あなたは自分を売り渡して主の目に悪とされることに身をゆだねた。“見よ、私はあなたに災いをくだし、あなたの子孫を除き去る。イスラエルにおいてアハブに属する男子を・・・すべて絶ち滅ぼす”。主はイゼベルにもこう告げられる“イゼベルはイズレエルの塁壁の中で犬の群れの餌食になる。アハブに属する者は、町で死ねば犬に食われ、野で死ねば空の鳥の餌食になる”』」
・人に犯した罪は、神に犯した罪だ。過ちを犯したダビデも「主よ、あなたに対して罪を犯しました」といって悔改めた。ダビデはウリヤではなく、またバテシバでもなく、神の前に膝まづいた。「この小さき者の一人にしたことは私にしたことである」(マタイ25:40)とイエスも言われた。
−詩篇51:1-6「神よ、私を憐れんでください。御慈しみをもって。深い御憐れみをもって、背きの罪をぬぐってください・・・あなたに背いたことを私は知っています。・・・あなたに、あなたのみに私は罪を犯し、御目に悪事と見られることをしました。あなたの言われることは正しくあなたの裁きに誤りはありません」。
・人が何を信じるかが、その人の生き方を変え、社会構造さえも変える。バアル=偶像神を信じるとは、人間に絶対性を与え、王が神となり、国家は専制化する。神に絶対性を持つ時、王は神の代理人として民に仕える者となる(ローマ13:1−5参照)。民が王を求めた時に、神はサムエルに、「彼らは私を拒否しているのだ」と言われた。
−汽汽爛┘8:7「主はサムエルに言われた『民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上に私が王として君臨することを退けているのだ』」。


投稿者 : admin 投稿日時: 2012-08-29 08:37:48 (1507 ヒット)

篠崎キリスト教会では毎週の説教を聖書教育に沿って展開してきましたが、2012年5月より聖書教育は旧約の学びに入り、説教はマルコ伝に入ります。そのため、過去に行った旧約の学びを再録して提供します。

1.主を選ぶか、偶像を選ぶか

・2011年1月から列王記を読み始めています。先週は列王記上17章を通じて、イスラエルに対する懲らしめとして3年間の干ばつが与えられ、それを預言したエリヤが時の王アハブに追われて身を隠し、ある時には烏によって、別の時にはやもめによって養われた(食を与えられた)という記事を学びました。今日はそのエリヤがいよいよアハブ王の前に出て、偶像神バアルの預言者と対決する個所を共に読みます。記事は18章1節から始まります「多くの日を重ねて三年目のこと、主の言葉がエリヤに臨んだ『行って、アハブの前に姿を現せ。私はこの地の面に雨を降らせる』。エリヤはアハブの前に姿を現すために出かけた」(18:1-2)。
・3年間の干ばつでサマリアはひどい飢饉に襲われており、アハブ王と臣下たちは危機打開の道を探っていました。そこにエリヤが現れましたので、アハブはエリヤをののしって言います「お前か、イスラエルを煩わす者よ」(18:17)。エリヤが干ばつを預言したばかりに3年間雨が降らず、イスラエルの民はこんなに苦しんでいる。「この疫病神め」と王は預言者を罵りました。それに対してエリヤは答えます「私ではなく、主の戒めを捨て、バアルに従っているあなたとあなたの父の家こそ、イスラエルを煩わしている」(18:18)。あなたが偶像の神をイスラエルに導き人々に拝ませていることを、主なる神が憤られて、この大干ばつになったことをまだ理解しないのかと言い返したのです。両者とも干ばつを相手の故だと非難しています。エリヤは干ばつが王の背信の結果であることをはっきりさせるために、王の下にいる偶像の預言者たちとの対決を求めます「今イスラエルのすべての人々を、イゼベルの食卓に着く四百五十人のバアルの預言者、四百人のアシェラの預言者と共に、カルメル山に集め、私の前に出そろうように使いを送っていただきたい」(18:19)。
・アハブは祭司たちを集めてカルメル山に送ります。カルメル山はカナンの神々の聖地であり、バアルやアシェラ(バアルの妻)信仰の中心地でした。こうしてカルメル山での対決が始まりました。エリヤは集まった民衆に語りかけます「あなたたちは、いつまでどっちつかずに迷っているのか。もし主が神であるなら、主に従え。もしバアルが神であるなら、バアルに従え」(18:20)。「主が本当の神か、バアルが本当の神かの戦いだ。傍観は許されない」と言ったのです。しかし列王記は記します「民はひと言も答えなかった」。民はひと言も答えなかった、何故ならば時の権力者の命じる神を拒絶することは、命の危険を伴う行為だったのです。
・時の権力者の命じる神を拒絶することがいかに危険か、戦前の日本の事例を見てみます。1942年6月、全国の特高警察はホーリネス教団に属する諸教会を、治安維持法違反で一斉捜査を行いました。120名の教職者が逮捕され、260余りの教会が解散を命じられました。その時の菅野牧師への予審調書が残されています。係官「聖書を読むと、すべての人間は罪人だと書いてあるがそれに相違ないか」。菅野「相違ありません」。係官「では聞くが天皇陛下も罪人なのか」。菅野「畏れ多いことですが、天皇陛下が人間であられる限り、罪人であることを免れません」。係官「聖書の中には罪人はイエス・キリストによる十字架の贖罪なしには救われないと書いてあるが、天皇陛下が罪人なら天皇陛下にもイエス・キリストの贖罪が必要だという意味か」。菅野「畏れ多い話でありますが、天皇陛下が人間であられる限り、救われるためにはイエス・キリストの贖罪が必要であると信じます」(「宗教弾圧を語る」岩波書店)。戦前の日本において「天皇は神聖にして犯すべからず」とされ、天皇の神性を認めなかった菅野牧師は獄中で死んでいきました。
・「民はひと言も答えなかった」、この列王記の言葉は深い人間心理を言い表しています。ホーリネス弾圧事件は私の友人の身にも影響を与えています。会社時代の友人辻弘氏の父は日本基督教団弘前住吉教会牧師であった辻啓蔵氏ですが、彼も1942年に治安維持法違反で捕らえられ、教会は解散を命令されます。教会が解散させられると、涙を流して祈っていた信徒たちはどこへともなく散って行きました。辻一家に近寄る者はなく、一家は生計の道を絶たれ、5人の子供を抱えて啓蔵氏の妻は途方に暮れます。長男の宣道氏はカボチャを分けて貰うため、教会員の農家を訪ねますが、門前払いをされました「おたくに分けてやるカボチャはない」。かつては真っ先に証しを語り、信徒全体から尊敬を集めていた熱心な教会役員の言葉でした。一家は軍の残飯で命をつないだとのことです。辻啓蔵牧師は2年半の収監の後、1945年1月18日、青森刑務所で獄死されました(「嵐の中の牧師たち-ホーリネス弾圧と私たち」辻宣道著、新教出版社)。長男の辻宣道氏はやがて牧師になり、最初は焼津で、次に静岡で伝道を続けますが、彼の教会形成の基本は、「生涯信仰を捨てない人をつくる」ことでした。「主を選ぶか、偶像を選ぶか」との選択は、ある意味で命がけなのです。

2.偶像ではなく神を

・バアルの預言者との対決が22節からあります。今日のテキストの範囲外になりますが、18章を全体として理解するために必要ですので、簡単に見てみます。エリヤは犠牲の雄牛を用意し、バアルの預言者に「天からの火で犠牲を焼き尽くす」ように求めます。預言者たちは祭壇の周りを踊り、体を傷つけてバアルの応答を求めましたが、何も起こりませんでした。エリヤは彼らを嘲って言います「大声で呼ぶがいい。バアルは神なのだから。神は不満なのか、それとも人目を避けているのか、旅にでも出ているのか。恐らく眠っていて、起こしてもらわなければならないのだろう」(18:27)。天からは何の応答もありませんでした。
・今度はエリヤが主の祭壇を修復した上で、燔祭の雄牛を捧げ、主に祈ります。その祈りが18:36-37にあります「アブラハム、イサク、イスラエルの神、主よ、あなたがイスラエルにおいて神であられること、また私があなたの僕であって、これらすべてのことをあなたの御言葉によって行ったことが、今日明らかになりますように・・・主よ、私に答えてください。そうすればこの民は、主よ、あなたが神であり、彼らの心を元に返したのは、あなたであることを知るでしょう」。エリヤの祈りに応えて主は火を送られ、犠牲の雄牛が焼かれました。これを見た民は「主こそ神です」(18:39)と言ってひざまずきます。この記事は伝承によるものですから、実際にどのような出来事があったのか私たちは知りません。ただ、何らかの形で、民衆が納得する出来事が起こったのは事実でしょう。しかし、それ以上に、この物語がバビロンにいる捕囚民に向けて語られていることこそ大事です。列王記の読者は捕囚の民なのです。バビロン軍によって国を滅ぼされ、神殿崩壊を目の当たりに見た民は、「自分たちの主がバビロンの守護神マルドゥークに負けた」と思い、異教礼拝に走りました。その民に「主はバアルを打ち負かされたようにマルドゥークをも打ち負かされる。偶像は人間が作った虚構に過ぎない」ということを伝えるために、歴史家はエリヤ伝承を歴史書の中に入れているのです。
・このエリヤ物語を、音楽を通して表現したのが、メンデルスゾーンのオラトリオ「エリヤ」です。3大オラトリオの一つとされ、日本では数年前にサイトウ・キネン・フェステイバル、小澤征爾指揮で演奏され、話題になりました。1846年の作品ですが、彼がこの「エリヤ」を書いたきっかけは、当時のドイツで干ばつが続き、餓死者が続出し、さらには農産物の高騰に怒った人々が暴動を起こしていたからだと言われています。彼は手紙の中で「今の世にエリヤのような神の預言者がいてくれたらどんなに良かったでしょう」と書いています。「飢餓の苦しみから人々を救って下さい」という祈りが、このオラトリオを書かせたのです。このメンデルスゾーンの「エリヤ」の一部が、今日頌栄で詠います讃美歌680番「聞きたまえ、御神よ」です。
・エリヤ物語では、エリヤの捧げた犠牲を神は受け入れて下さり、干ばつは終わり、人々は飢えから救われます。歴史上、干ばつ・飢饉は繰り返し起こっています。日本では江戸時代の四大飢饉(寛永、享保、天明、天保)は有名ですし、近いところでは1930年〜34年にかけて起こった東北大飢饉では、女性の身売りや子どもたちの病死が相次ぎ、それが二・二六事件や満州事変の引き金になったとさえ言われています。干ばつは天災であっても,飢饉は多くの場合それに人災が加わるゆえに、世直しの動きが出て来ます。現在でもエチオピア等の干ばつ飢饉で100万人以上の死者が出ていることを考えれば、このエリヤの物語は遠い昔の話ではないのです。同胞の飢餓からの救いを音楽に託して祈ったメンデルスゾーンの信仰を見た時、私たちも無関心にはなれない出来事です。前にご紹介したペシャワール会・中村哲氏の働きも、アフガニスタンでの干ばつとの戦いでした。

3.イエス・キリストの神に従う

・今日の招詞に汽灰螢鵐8:5-6を選びました。次のような言葉です「現に多くの神々、多くの主がいると思われているように、たとえ天や地に神々と呼ばれるものがいても、私たちにとっては、唯一の神、父である神がおられ、万物はこの神から出、私たちはこの神へ帰って行くのです。また、唯一の主、イエス・キリストがおられ、万物はこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在しているのです」。
・日本人は宗教に寛容な民族だと言われています。神道と仏教とキリスト教が何の矛盾も抵抗もなく、人々の心に入り込んでいます。クリスマスには教会に来て、初詣では神社に行き、葬儀はお寺でします。そのような日本人にとって、「もし主が神であるなら、主に従え。もしバアルが神であるなら、バアルに従え」というエリヤの問いかけはあまりにも不寛容ではないかと思う人もおられるかもしれません。しかし私たちはバアルに仕えながら主に仕えることはできません。このバアルを世間と言い換えれば、「世間並みの安楽な暮らしを楽しみながら、主に従っていく」ことはできないということです。少なくとも、真の神を否定する決定的な場面での妥協は許されません。
・人間の心は移ろいやすいものです。主とバアルの対決を見て、「主こそ神です。主こそ神です」(18:39)と賛美した民衆は、やがて「エリヤを逮捕して殺せ」という命令が王妃イゼベルから出されると、一転してエリヤの敵対者となり、エリヤはシナイの荒野に逃れます。順調な時には社会はその人を称賛しますが、一旦逆境になれば手の平を返したように、彼を攻撃するのが常です。鈴木正久氏はかつて数百人が集う本郷中央教会の牧師でしたが、太平洋戦争の激化と共に、信徒が教会から離れていく悲哀を経験しています。彼は戦後行った説教の中で次のように述べています「太平洋戦争が始まると、礼拝に集まる者は30人、20人と少なくなり、最後は7〜8人に減ってしまった。それのみならず、ある時、長老の一人が『非常時に(敵性宗教であるキリスト教の礼拝を続けることは)国策に沿わないと反対さえした』」(鈴木正久説教集・1961/4/30)。私たちの教会でも牧師交代のたびに信徒が散らされていった苦い経験を持っています。先にお話ししました辻宣道氏の教会形成の基本は「生涯信仰を捨てない人をつくる」ことでした。「生涯信仰を捨てない人をつくる」、「信仰が揺り動かされる場に立たされても主の名を呼び続ける」という目標をこの2011年度に掲げたいと願います。


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