すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

投稿者 : admin 投稿日時: 2012-04-01 08:41:57 (928 ヒット)

創世記はアブラハムとサラが、神の約束を信じることが出来なかったことを隠しません。人間は、絶望的な状況に置かれた時、それでも約束を信じ続けることはできないのです。アブラハムとサラが「神には出来ないことはない」と信じるに到ったのは、奇跡としか思えない状況の中で子が与えられてからです。人間は本質的に不信仰であり、「神に出来ないことはない」と観念的に信じても、絶望的な状況の中では信じ切ることが出来ません。しかし、信じ切ることの出来ない人間に神の奇跡が与えられ、人は信じる者とされて行きます。獄中のペテロは、自分はやがて殺されるだろうと諦めていました。しかし神は救って下さった。この時、ペテロは「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認すること」であることを知りました。ペテロの救済を祈っていた教会も、祈りながらも本当に実現するとは思っていなかった。しかし実現した。彼らもまた「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認する」ことだと知りました。奇跡を目の前に見た時、人は信仰者になるのです。

信仰とは「信じることの出来ない不合理なことを、理性を殺して信じる」ことではありません。「ただ、信ぜよ」というのは本当の信仰ではありません。信仰とは、自分が不信仰であることを知らされ、それでも神は信じることの出来ない人間に恵みを与えられる、それを知ることから始まるのです。人間は「信仰するから救われる」のではなく、「救われたから信じる」のです。


投稿者 : admin 投稿日時: 2012-03-31 20:05:03 (1071 ヒット)

篠崎キリスト教会では下記日程で、受難日礼拝・イースター礼拝を行います。

受難日礼拝 メッセージ 水口仁平牧師
4 月7 日(土)16:00〜


イースター礼拝 メッセージ 川口通治牧師
4 月8 日(日)11:00〜



篠崎キリスト教会
〒133-0065 東京都江戸川区南篠崎町1-28-15
TEL・FAX:03-3678-5243


投稿者 : admin 投稿日時: 2012-02-24 12:58:09 (1260 ヒット)

・2012年2月19日の礼拝でルカ19章のザアカイ物語を読みました。彼はエリコの徴税人の頭であり、金持ちで社会的地位もありました。しかし人々から嫌われ、冷たい視線の中にさらされていた孤独な人でした。そこにメシアと評判されるイエスが来られます。噂ではイエスの弟子には同じ徴税人仲間のレビがいました。ユダヤ教社会で差別され、疎外されていた徴税人をあえて弟子にするイエスの人柄に彼は心惹かれ、「ぜひ会いたい」と思い、走って先回りし、木に登りました。人々はザアカイのそんな姿を見て笑ったことでしょう。社会的地位も富もある、大の大人が、思いつめたように走り、木に登ったりしたのです。

・しかしイエスはそのザアカイの一途な求めに感動され、その感動がザアカイの家の客になることを決意させます。この決意は摩擦を伴うものでした。徴税人の家の客になることはユダヤ人民衆の批判を受けることだからです。ザアカイはイエスから声をかけられ、びっくりし、また喜びました。誰もが汚いものでも見るような目で彼を見ていました。しかしこの方は違う、自分の家に泊まると言ってくださった。「ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた」。

・このザアカイ物語の前、ルカ18章に盲人バルティマイの癒しの話があります。「イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が道端に座って物乞いをしていた。群衆が通って行くのを耳にして、『これは、いったい何事ですか』と尋ねた。『ナザレのイエスのお通りだ』と知らせると、彼は『ダビデの子イエスよ、私を憐れんでください』と叫んだ。先に行く人々が叱りつけて黙らせようとしたが、ますます『ダビデの子よ、私を憐れんでください』と叫び続けた」。人々はこの男を黙らせようとしましたが、彼は必死にイエスに叫び続けます。イエスは彼の必死さを見て、彼に声をかけられます「何をしてほしいのか」。盲人は答えます「主よ、目が見えるようになりたいのです」。イエスが言われます「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った」。

・バルティマイ物語とザアカイ物語には共通点があります。共に必死に求め、イエスがそれに答えて下さったという点です。人生の機会は一度しかありません。バルティマイもザアカイも自分の前に来た機会を逃しませんでした。バルティマイは必死に叫んで目を癒されました。救いをもたらしたものは彼の応答でした。ザアカイは必死にイエスを求め、木の上にさえ登りました。そしてイエスから言葉をいただきました。私たちもまたこのイエスに出会いました。その出会いを生かすも殺すも私たちのこれからの応答次第なのです。「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」。求めれば与えられます。言い換えれば「求めない者には与えられない」。これは真理です。


投稿者 : admin 投稿日時: 2011-10-23 13:37:29 (973 ヒット)

10月23日の説教ビデオは撮影に失敗してできませんでした。ただ音声のみは録音されていますので、音声ページからお聞きください。


投稿者 : admin 投稿日時: 2011-10-05 08:36:15 (1480 ヒット)

篠崎キリスト教会では水曜日の祈祷会で詩編を学んでいますが、詩編には度々死の問題が出て来ます。今週の詩編116篇もそうで、そこには死を深く見つめる言葉が記されています。日本人は死について考えたり、議論することの少ない民族であると言われています。考えない、あるいは考えることを拒否することは一つの逃避です。全ての人がやがて死に、死は人間に不安と恐怖を呼び起こす存在なのに、それに向き合おうとしないからです。聖書は死についてどのように語るのでしょうか。前に説教した列王記下20章のヒゼキヤの物語を紹介します。

・列王記下20章冒頭は記します。「ヒゼキヤは死の病にかかった。預言者、アモツの子イザヤが訪ねて来て『主はこう言われる。あなたは死ぬことになっていて、命はないのだから、家族に遺言をしなさい』と言った」(列王記下20:1)。なんと冷たい言葉と思いますが、やはり真実は真実として伝えるのが預言者の役割なのでしょう。しかしヒゼキヤは大きな衝撃を受けます。列王記は記します「ヒゼキヤは顔を壁に向けて、主にこう祈った。『ああ、主よ、私がまことを尽くし、ひたむきな心をもって御前を歩み、御目にかなう善いことを行ってきたことを思い起こしてください』。こう言って、ヒゼキヤは涙を流して大いに泣いた」(列王記下20:2-3)。
・主はこの祈りに答えてヒゼキヤの寿命を15年伸ばされました。この出来事が起こったのはいつのことでしょうか。ヒゼキヤは紀元前687年に死んでおり、その15年前とすれば、紀元前702年ごろ、ちょうどアッシリアの大軍がシリヤ・パレスチナ地方に侵攻し、ヒゼキヤがその対応に忙殺されていたころです。その心労が重なって病気になったのでしょうか。いずれにせよ症状は重く、もう回復の見込みはないと思われていました。
・ヒゼキヤは「顔を壁に向けて」祈りました。死ぬ時は誰も助けてくれず、人は死に対しては一人で立ち向かわなければいけないのです。また彼は祈った後、「涙を流して多いに泣いた」と列王記は記します。一国の王であり、信仰が厚くとも、人は死を前にすればおののくしかないです。ヒゼキヤはこの時39歳でした。人生の半ばで何故死ななければいけないのか、しかも国家存亡の非常時に、との思いが彼の心の中に沸き起こったことでしょう。並行箇所のイザヤ書ではこの時のヒゼキヤの祈りが記されています「私は思った。人生の半ばにあって行かねばならないのか、陰府の門に残る齢をゆだねるのか」(イザヤ38:10)。ヒゼキヤは必死に「生かして下さい」と神に訴えたのです。
・主はこのヒゼキヤの祈りを聞かれて、彼の命を15年間延ばされます。ヒゼキヤは死の病から癒されましたが、それは彼自身のためというよりも、「アッシリアの王の手からこの都を救い出す」ためでした。この記事が私たちに示しますことは「人は使命がある限り生かされる。使命を終えずして死ぬことはない」というメッセージです。人は「生かされている間、生きる」というのが聖書の使信です。
・しかし私たちは疑問も持ちます。「3歳の子供が先天性の疾患のために天に召されるのも、その使命を終えた故だろうか」。少なくともそう受け入れるのが信仰ではないかと思います。ダウン症の子を与えられたエドナ・マシミラさんは次のように言います「神から贈られたこの子、柔和でおだやかなこの子という授かりものこそ、天から授かった特別な子供なのです」(ようこそダウン症の赤ちゃん)。人を生かすも殺すも神の御手の中にあり、私たちは「生かして下さい」と祈るしかない。神がもし許して下されば私たちは生かされるでしょうし、そうでなければ命を召される。しかし、その神は私たちを愛し、憐れんで下さる方であることを知るゆえに、神は最善の決定を為されると受け入れて行くのが信仰です。癒されれば感謝し、癒されなければそのことの中に意味を見出していくのが信仰者です。
・ヤコブは言いました「あなたがたには自分の命がどうなるか、明日のことは分からないのです。あなたがたは、わずかの間現れて、やがて消えて行く霧にすぎません。むしろ、あなたがたは、『主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう」と言うべきです』」(ヤコブ4:14-15)。ヒゼキヤは死の病から癒されて、新たに15年の命をいただきました。死の床にあった時、ヒゼキヤは「人の命の年数は神の御手の中にあり、人は許された時間を生きるだけだ」ということを思い知ったことでしょう。まさにヤコブが言うように、「人は自分の命がどうなるか、明日のことは分からない。人は、わずかの間現れて、やがて消えて行く霧にすぎない」のです。私たちは許されて60年、70年、あるいは80年の時間を生きる存在です。しかし同時に「為すべきことをする」十分な時間が与えられています。ヒゼキヤはイザヤの預言から「自分の在世中は平和と安定が続く」ことを聞き、感謝します。ユダの国を守るという使命を果たすだけの時間が与えられたことを感謝したのです。
・人はいつまでも健康で生きることが出来るわけではなく、いつかは死ぬ時が来ます。私たちはある意味で、刑の執行を猶予されている死刑囚なのです。メメント・モリ=死を忘れるなという言葉がありますが、死を忘れない生き方とは、刑の執行が猶予されていることを感謝する生き方です。それは残された時間を誠実に生きる生き方、ヤコブの言う「主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう」という生き方です。


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