すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

投稿者 : admin 投稿日時: 2018-03-11 18:11:41 (151 ヒット)

1.イエスの逮捕

・マルコ福音書の受難物語を読み続けています。最期の晩餐を終えられたイエスと弟子たちは祈る為にオリーブ山に向かわれました。オリーブ山はエルサレム郊外にある小高い丘で、そのふもとにゲッセマネ(油絞り)という園がありました。イエスと弟子たちはこれまでに何度も祈りのためにゲッセマネに来ておられました(ヨハネ18:2)。その場所でイエスは弟子たちに共に祈ってくれるように要請されます「私は死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい」(14:34)。死を前にして、イエスはもだえ苦しまれました。マルコはイエスの祈りを伝えます「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯を私から取りのけてください。しかし、私が願うことではなく、御心に適うことが行われますように」(14:36)。しかし神からの応答はありません。イエスはその沈黙の中に神の意志を見出されました。「誰かが苦しまなければ救いはないのであれば、私が苦しんでいこう」とイエスは決意されます。弟子たちは眠り続けています。イエスは弟子たちを起こして言われました「立て、行こう。見よ、私を裏切る者が来た」(14:42)。
・イスカリオテのユダが神殿兵士たちを引き連れて、イエスを捕えるためにやって来ました。ユダが連れて来たのは、「祭司長・律法学者・長老たちから送られてきた群衆」とあります(14:43)。しかし、ヨハネに依れば「一隊の兵士と千人隊長、ユダヤ人の下役」(ヨハネ18:3、18:12)が来たとありますので、神殿警護兵たちと共にローマ兵も出動してきたと思われます。ローマ兵の出動は単なる異端者の逮捕ではなく、ローマに反乱を起こしかねないメシア運動の首謀者たちを鎮圧に来たことを伺わせます。彼らは、イエスと弟子たちが抵抗することを予想し、相当の人数と武器をそろえて来たのです。木曜日の深夜、あるいは日付が変わって金曜日になっていたのかも知れません。あたりは暗く、松明の明かりだけが闇を照らしていました。ユダはあらかじめ「私の接吻する人がイエスだから、その人を捕まえるように」と取り決めており、イエスに近づいて接吻し、それを合図に兵士たちがイエスを捕えました。兵士たちはイエスの顔がわからなかったのでしょう。
・この時、イエスは何の抵抗もされませんでしたが、そばにいた者の一人は剣を抜いて大祭司の僕に切りかかります。それが誰かはわかりません(ヨハネはペテロですと推測しています、ヨハネ18:10)。しかし、イエスはそれを止められます。ヨハネ福音書に依れば、その時イエスは「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか」と言われています(ヨハネ18:11)。「父がお与えになった杯」、イエスは受難を父なる神から与えられたものとして受けようとされています。だから「剣を納めなさい」とイエスは言われ、この言葉で弟子たちの戦意は削がれ、弟子たちはみなその場から逃げ去って行きました(14:50)。この場にはもう一人の人間がいました。14:51に依れば亜麻布をまとった若者で、彼も捕えられそうになり、亜麻布を捨てて裸で逃げ去ったとあります。伝承に依ればこの若者は福音書の著者マルコで、彼も様子をうかがうために現場に来ており、騒ぎに巻き込まれて慌てて逃げ去ったと言われています。

2.イエスの逮捕と弟子たちの逃亡をどう理解するか

・私たちはこの物語で二つのことに注目したいと思います。一つは「イエスが捕らえられたのはゲッセマネであった」という事実です。イエスは最後の晩餐を弟子たちと取られた時、イスカリオテのユダの裏切りを指摘され、ユダはその場から退出しています(ヨハネ13:30)。イエスはユダがその足で祭司長たちの所に行くことを推察されたでしょう。それにもかかわらず、いつものように、ゲッセマネの園に向かわれました。イエスと弟子たちが何度も足を運んだ所、ユダもその場所を知っている所です。もしこの時、イエスが逃亡を決意されて、別の場所に行かれれば、逮捕を免れることは可能だったでしょう。しかしイエスはあえてゲッセマネに行かれ、そこにユダが祭司長の手下たちを連れてイエス逮捕に来ます。つまり、イエスは自分が捕らえられるように行動されたのです。「父がお与えになった杯は、飲むべきではないか」、あえて逮捕されたことにより、裁判が始まり、死刑が宣告され、処刑が実行されます。もしイエスが十字架で死なれなければ、復活もなく、世の救いもなかった。イエスが逮捕という極限状況を回避しようとはされなかったことを私たちは銘記すべきです。私たちも同じような極限状況に追い込まれることがあるでしょう。その時、どうするか、「イエスは死を恐怖されたが、それを回避されなかった」ことは、私たちに指標となり得ます。
・二番目の留意点は「イエスが何の抵抗もされなかった故に、弟子たちの戦意が削がれた」という事実です。捕り手が来た時、弟子たちの一人はイエスを守るために剣を抜きましたが、イエスはそれを止められます。もしイエスが「私のために戦え」と言われたら、弟子たちは戦ったかも知れません。しかし、イエスは弟子たちを止められ、弟子たちの戦意は萎え、彼らはその場から逃亡しました。もしここで、弟子たちが勇敢に踏み止まり、戦ったらどうなっていたでしょうか。ある者は殺され、別の者は逮捕されて処刑されたかも知れません。そうすればこの受難物語の証人はいなくなり、物語は書かれることなく、またイエスの復活を証しする者もいなくなり、教会は成立しなかったかも知れません。
・弟子たちの逃亡の中には神の摂理が働いています。逃亡したからこそ、弟子たちは復活の証人となることが出来、自分たちが逃げ出したという隠したい出来事をあからさまにして、それを福音として伝えるようになり、私たちが今その物語を読んでいます。私たちはこの場面で、「弟子たちの弱さ」を見るのではなく、怖くなって逃げ出した弟子たちの弱さを後の強さに変えられる神の摂理を見るべきであると思います。

3.神の業を信じて

・今日の招詞にヘブル11:13を選びました。次のような言葉です「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです」。多くの人の人生は未完の人生です。しかし、未完には意味があります。私たちは偉大な未完の人生を送った二人の人を聖書から知ります。
・一人は申命記に記されるモーセの生涯です。モーセは、エジプトで奴隷として苦しむ民を救うために預言者として立てられ、40年間の荒野の旅を経て、約束の地カナンを前にしたモアブまで民を率いてきました。約束の地はヨルダン川を挟んで目の前にありますが、モーセはその地に入ることは許されず、モアブで死にます。申命記は記します「モーセはモアブの平野からネボ山、すなわちエリコの向かいにあるピスガの山頂に登った」(34:1)。その山の上で、これから民に与えられる約束の地を見ます(34:2-3)。モーセは主の命令によってモアブの地で死に、葬られますが、誰もその墓の場所を知らないと申命記は記します。私たちはモーセがどのように苦労して、民をここまで導いてきたのかを出エジプト記や民数記を通じて知っています。約束の地に入る資格があるとしたら正にモーセこそ、その人です。しかし、モーセは約束の地を前にして、人間的に見れば無念の中に死んでいきます。何故神はモーセに未完の人生を与えられたのでしょうか。申命記は記します「あなたは間もなく先祖と共に眠る。するとこの民は直ちに、入って行く土地で、その中の外国の神々を求めて姦淫を行い、私を捨てて、私が民と結んだ契約を破るであろう」(31:16)。「これからあなたがなおも生きて見るものは民の堕落だ。もう見ない方が良い。あなたはやるべきことをやった。だから休みなさい」と神は言われたのです。ヘブル書が語るように、モーセは「約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげて」、死んでいったのです。
・聖書はもう一つの無念の死を私たちに告げます。イエスの死です。イエスは死を前に、ゲッセマネで血の汗を流して祈られました「この杯を私から取りのけてください。しかし、私が願うことではなく、御心に適うことが行われますように」(14:36)。神はイエスの祈りを聞かれず、イエスを十字架につけられました。十字架上でイエスは叫ばれます「我が神、何故私をお見捨てになったのですか」(15:34)。福音書はイエスが無念の思いで死なれたことを隠しません。しかしこの無念の中から奇跡が起こります。イエスの復活です。神はイエスを見捨てられなかった。神はイエスを死から起こし、逃げた弟子たちをも起こして復活の証人とされ、教会が形成されます。
・エリ・ヴィーゼルはアウシュビッツ強制収容所を生き残ったユダヤ人作家ですが、その著書『夜』の中で自身が収容所の中で体験した出来事を記しています。「ある日、3人が絞首刑にされた。二人の大人ともう一人は子供だった。収容所長の合図で三つの椅子が倒された。二人の大人はすぐに息絶えた、しかし子供は体重が軽いため首輪が閉まらず、何時間も臨終の苦しみを続けた。それを見ていた一人が叫ぶ『神はどこにおられるのだ』。その時心のなかで、ある声がその男に答えているのを感じる『どこだって。ここにおられる、ここに、この絞首台に吊るされておられる』」。その後、ヴィーゼルは、あるユダヤ人のラビに聞いたそうです「アウシェビッツの後でどうしてあなたは神を信じることが出来るのですか」と。するとラビは「アウシェビッツの後で、どうして神を信じないでいられましょうか」と答えたそうです。イエスは時の権力者により、無念の中に殺されました。しかしその無念の中から復活という出来事が生じました。神の業は私たちの思いを越えて働かれます。私たちも長い人生の間に過ちを犯し、取り返しのつかない失敗をすることがあるでしょう。しかし神はその「悪を善に変える力」をお持ちである。そのことを私たちは今日、マルコ福音書の受難物語から確認することが出来ます。人生は信じるに足ります。なぜならどのような闇の中にあっても、そこに神がおられるからです。


投稿者 : admin 投稿日時: 2018-03-04 21:21:26 (149 ヒット)

1.ベタニヤ村での出来事

・イエスは公生涯の大半をガリラヤで宣教され、エルサレムに入られたのは、死なれる1週間前である。最後の週の日曜日にイエスはエルサレムに入られ、昼は神殿で人々に教えられ、夜はエルサレム郊外のベタニヤ村で泊まられていた。この村にはラザロとその姉妹マルタ、マリヤが住んでおり、イエスはこれまでにも訪れておられる。過ぎ越しの祭りの2日前、即ち水曜日の夜、イエスはベタニヤ村のシモンの家で食卓についておられた。その時、一人の女が香油を入れた石膏の壷を持ってその部屋に入り、壷を壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。部屋の中は香油の香りで一杯になり、人々は唖然とした。香油は非常に高価なものだったため、人々は言った「何故こんなに、無駄遣いをするのか」、それに対してイエスは言われた「この女は出来る限りのことをしてくれたのだ。私の体に油を注いで葬りの用意をしてくれたのだ」と。
・この出来事は「ナルドの壷」、あるいは「ベタニヤでの油注ぎ」として有名で、賛美歌にもなっている(賛美歌391番)。四つの福音書全てに物語の記事があるが、これは非常に珍しい。弟子たちにとってこの物語がいかに印象的であったかを示している。今日はこの物語が私たちに何を語りかけてくるのかをご一緒にお聞きしたい。
・この物語が起こったのは水曜日の夜、イエスが捕えられる前の晩である。祭司長たちや律法学者たちはイエスを捕えて殺そうと図っていた(14:1-2)。12弟子の一人、イスカリオテのユダはイエスを裏切る機会を狙っていた(14:10-11)。イエスは最後の時が近づいていることを感じておられた。

2.後先を考えない女の行為

・そのような時、一人の女が夕食の席にナルドの香油を入れた壷を持ってきて、壷を壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。原料はヒマラヤに生えるナルドという植物から取られるもので、このナルドの香料をオリーブ油に混ぜて使う、だから香油と言う。通常は一滴、二滴をたらして香水として体に塗ったり、埋葬の時に遺体や着物に塗る。価格は300デナリ以上もし、1デナリが労働者1日分の賃金であるから、今日のお金で数百万円の価値がある高価なものだった。
・そのナルドの香油を入れた石膏の壷を女は壊し、イエスに注いだとある。女は壷の蓋を開けて数滴をイエスに注ぐことも出来た。蓋を開けて注げば数量は加減できる。それなのに女は壷ごと壊してしまった。もう全部を注ぐしかない。見ていた人たちは女の愚かさにあきれ、腹を立てた「なんのために香油をこんなに無駄にするのか。この香油を三百デナリ以上にでも売って、貧しい人たちに施すことができたのに」(マルコ14:4-5)。
・この女性は誰だったのだろうか。ヨハネはこの女性は「ベタニヤのマリヤ」だったと言う(ヨハネ12:3)。ルカはこの女性を「罪の女」と表現した(ルカ7:37)。マルコは女性の名前を記さない。恐らくは以前にイエスに病を癒してもらった女性が、イエスが今シモンの家におられる事を聞き、全財産をはたいてナルドの香油を求め、持参して献げたものと思われる。女性の行為は愚かである。しかし、彼女は自分の感謝の気持ちを表すために持っている全てを投げ出してイエスに献げたかった。だから損得抜きに香油を求め、後先を考えずに全てを注いだ。イエスはこの女性の気持ちを受け入れられた。「何故こんなに、無駄遣いをするのか」と女をとがめる人々に対してイエスは言われた「するままにさせておきなさい。なぜ女を困らせるのか。私に良い事をしてくれたのだ。貧しい人たちはいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときにはいつでも、良い事をしてやれる。しかし、私はあなたがたといつも一緒にいるわけではない。この女はできる限りの事をしたのだ。すなわち、私の体に油を注いで、あらかじめ葬りの用意をしてくれたのである。」(マルコ14:6-8)。
・今、祭司長たちはイエスを殺す計画を立て、弟子の一人であるユダはイエスを裏切ろうとしている。他の弟子たちは誰もイエスの最後の時が来ていることに気付かない。その中で、この女性は持っているもの全てを捨てて香油を求め、それを自分に注いでくれた。この香油は、神の子、メシヤ(油注がれた者)としての自分の戴冠だとイエスは感じられたのであろう。また、香油は死者の臭いを消す為に体に塗られるが、イエスは香油が十字架の準備として注がれたと感じられた。この女性のひたむきな行為が十字架を前にしたイエスを慰めた。だからイエスは言われた「よく聞きなさい。全世界のどこででも、福音が宣べ伝えられる所では、この女のした事も記念として語られるであろう」(マルコ14:9)。

3.二組の人々、二組の論理

・ここに二組の人々が登場する。一組目の人々は祭司長や律法学者やユダたちだ。彼らが用いる言葉は、策略、捕える、殺す、騒ぐ、お金、売る、とがめる、困らせる等だ。このグループは人間社会そのものだ。人間社会における秩序は、力で捕え、金で売り買いをし、殺し怒り困らせることだ。彼らは常に損得を計算する。故に後先を考えない女の行為に腹を立てる。
・他方、もう一組の人々がいる。イエスと香油を献げた女性だ。彼らが使う言葉は、石膏の壷、ナルドの香油、注ぎかける、無駄遣いをする、施す、良いこと、福音だ。第二のグループは神の国に属する。神の国の秩序は無償で与え、向こう見ずに無駄遣いをする。愛は多すぎるとか、これで十分と言う計算をしない。愛は自分の全てを与える。この女性は自分の全てを投げ打って香油を求め、その香油を全てイエスに注ぎかけた。部屋はナルドの香油の香ばしい匂いで満ちた。やがてイエスも十字架につかれる。イエスに属さない人々はイエスに尋ねる「何故十字架で死なれるのか。あなたが十字架で死んで何が起きるのか。あなたがそれを愛だというならば、何故愛をそんなに無駄遣いするのか」と。しかし、イエスはあえて十字架につかれた。その十字架上でイエスの壷が壊され、キリストの香りが全世界に流れ出た。
・今日の招詞に第二コリント2:15-16を選んだ。パウロがキリストの香りについて言及している個所である。「私たちは、救われる者にとっても滅びる者にとっても、神に対するキリストの香りである。後者にとっては、死から死に至らせる香りであり、前者にとっては、命から命に至らせる香りである。いったい、このような任務に、だれが耐え得ようか。」
・ベタニヤ村で女がナルドの香油の入った石膏の壷を壊してイエスに注いだことで、香ばしい香りが部屋中に漂った。イエスが十字架で私たちのために死なれることによって、キリストの香りが全世界に広がった。私たちはその香りを受けてキリストに従う者となった。私たちが誰かをキリストの前に連れて行くとき、私たちは命の香りを放ち、私たちが誰かをキリストから離れさせる時、私たちは死の香りを放っている。
・前の西川口教会の牧師で、今、天城山荘のチャプレンをしておられる井置利男先生が次のような文を書かれている(天城山荘報、2002年9月1日)。「私は中学生の頃から国語と漢文が好きでした。理由はその授業を受け持っていてくださったK先生が好きだったからです。・・・ところが英語は大嫌いでした。と言うのは英語の授業を受け持つF先生が大嫌いだったからです。・・・青年時代、私が心を開いて教会に通い続けたのは、その教会にYという名の青年がいたからでした。私はその青年の、クリスチャンとしての人間的魅力にすっかり惚れ込んでしまうほどに彼のことが好きになっていました。もちろん彼の信じているキリスト教も好きになっていったのは言うまでもありません。・・・人がキリストの福音を受け入れる第一の条件は、クリスチャン自身が魅力的な人格に造られて行く事だと思います」。
・正にパウロが言っているのと同じことがここで言われている。私たちがキリストに従う者として命の香りを放つ時、私たちに出会う人々はキリストに即ち命に導かれ、私たちがキリストに従うものにはあるまじき死の香りを放つ時、その人はキリストから命から離れていく。私たちはキリストの香りを身にまとう存在なのである。キリストの香りを身にまとう者は、もうこれで十分とか多すぎるとかの計算をしない。ベタニヤ村で女はナルドの香油の入った石膏の壷を壊し、高価な香油を全て献げた。エルサレム神殿で貧しいやもめは持っているもの全て、レプタ二つとも献げた。イエスに従うことはこういうことだと聖書は告げる。
・イエスは十字架で私たちの罪のために全てを献げられた。それは、持っているもの全てを献げた貧しいやもめや、このベタニヤの女の行為と同じだ。二組の人々がいる。一組の人々は損得を計算し、これくらいで十分だろうとしていやいやながら献げる。しかし、もう一組の人たちがいる。相手の苦しみを見て自分のはらわたがねじれるような痛みを感じ、持っているものすべてを差し出す。何故なら自分たちも苦しんでいる時に与えられたから、その感謝と喜びを示さずにはいられないのだ。このひたむきな行為が信仰だ。その信仰によって行為する人々がいる、そして私たちもそうしたいと願う。そのことこそが神の国が既に来ている証拠なのだ。私たちがそう願う時、私たちもキリストの香りを放つものとなるのだ。


投稿者 : admin 投稿日時: 2018-02-25 17:55:09 (132 ヒット)

1.イエスはすべてを捧げるために来られた

・マルコ福音書を読み続けています。イエスは日曜日にエルサレムに入られ、神殿で民衆に教えられました。パリサイ人やサドカイ人が論争を挑んできましたが、誰もイエスに勝てません。一人の律法学者はイエスに告白します「先生、おっしゃるとおりです。・・・心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また隣人を自分のように愛するということは、どんな焼き尽くす献げ物や生贄よりも優れています」と。その後、誰もイエスにあえて問うものはいなかったとマルコは記します(12:34)。
・その後、イエスの方から人々に問われます「どうして律法学者たちは、『メシアはダビデの子だ』と言うのか」(12:35)。イエスがエリコを出られた時、盲人バルテマイはイエスに叫んで言いました「ダビデの子イエスよ、私を憐れんで下さい」。イエスがエルサレムに入城された時、人々はイエスを歓呼して叫びました「ダビデの子にホサナ」。メシア、救い主はダビデの子孫から生まれる、そのメシアこそイスラエルをローマの植民地支配から解放してくれるとユダヤの人々は信じていました。人々はイエスの為された不思議な業を見、力ある教えを聞いて、この人こそメシアかもしれないと思いました。だからエルサレムの人々はイエスを迎えて、「ダビデの子にホサナ」と叫んだのです。「ダビデの子よ、エルサレムを異邦人ローマの支配から解放して下さい」との願いがそこにあります。
・それに対してイエスは言われます「私はダビデの子ではない。私はエルサレムをローマの支配から解放する為に来たのではない」。自分の使命は地上に神の国を建てることではなく、人々の心の中に神の国を建てることだ、「神の平安の中に生きることこそ神の国なのだ」とイエスは言われます。そしてイエスは、神殿で一人の貧しいやもめが自分の持っているもの全て献げたのを見て、心を動かされて言われました「私はあの貧しいやもめと同じだ、私はあなた方に自分を献げるためにこのエルサレムに来たのだ」。マルコ福音書12章41節以下の物語は「やもめの献げもの」して、よく知られています。今日はこの物語を通して、「信仰による平安」について学んでいきたいと思います。

2.すべてを捧げたやもめ

・イエスの時代、エルサレム神殿には多くの富が集まっていました。そこには祭司やサドカイ派など神殿と結びついた裕福な人々がいました。そこにはまた、律法学者もいました。彼らの多くはパリサイ派に属していました。パリサイ派は律法とその釈義である「口伝律法」を厳密に守ろうとした派です。律法に精通していた彼らは、神の戒め=律法を守るように民衆を指導していたので、人々の尊敬を集めていました。しかしイエスは律法学者たちを批判して言われます「律法学者に気をつけなさい。彼らは、長い衣をまとって歩き回ることや、広場で挨拶されること、会堂では上席、宴会では上座に座ることを望み、 また、やもめの家を食い物にし、見せかけの長い祈りをする。このような者たちは、人一倍厳しい裁きを受けることになる」(12:38-40)。彼らの行動はすべて「人に見せるため」(マタイ23:5)だとイエスは批判されます。「彼らは神を信じ崇めているのではなく、自分を信じ崇めている」と。
・この律法学者の姿は、私たちの生き方への警告でもあります。私たちも人からどう評価されているか、あるいは人からよく思われるためにはどうしたらいいか、そのようなことばかりを考えています。しかし、そこにとどまっている限り本当の意味での神とのつながり、人とのつながりを生きることはできません。イエスの批判の中に「やもめの家を食い物にする」(13:40)という言葉が出てきます。これは41節以下のやもめの話との関連でマルコが別の伝承から挿入した言葉でしょう。やもめにとって夫の遺産相続は死活問題でしたが、このような遺産相続などのもめごとの裁定も律法学者の役割でした。やもめの弱い立場に付け込んで、当時の律法学者たちは法外な手数料を取って、貪っていたという現実があったようです。
・この律法学者と正反対の立場にいたのが「やもめ=寡婦」でした。聖書の中で、寡婦は、寄留の他国人や孤児と並んで、いつも社会的弱者の代表です。「寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない・・・寡婦や孤児はすべて苦しめてはならない。もし、あなたが彼を苦しめ、彼が私に向かって叫ぶ場合は、私は必ずその叫びを聞く」(出エジプト記22:20-22)と律法は記します。寄留者とは、周囲に自分を守ってくれる同胞のいない人々です。孤児は自分を守ってくれる親がいない子どもであり、寡婦は男性中心の社会の中で自分を守ってくれる夫を失った人でした。彼らの後ろ盾は神しかいないのです。そしてだからこそ、この人々を大切にすることを律法は要求していたのです。
・イエスは神殿の賽銭箱に向かって座っておられました。イエスのおられるところから人々が献金する様子がよく見えます。当時、エルサレム神殿の中庭には13の賽銭箱があり、献金の種類によって賽銭箱が分かれていたそうです。箱のそばには祭司がいて、大口献金の時には、祭司が献金者と献金額を読み上げる慣習があったそうです。そのため、周りの人たちも誰がいくらくらい献金しているのかを知ることが出来、人々は先を争ってたくさんの献金をしました。献金額の大小が、その人の信仰を測るものさしになっていたました。
・その時、一人のやもめがレプタ二つを献金しました。おそらくは祭司のいないところで隠れるようにして献金したのでしょう。レプタは当時使われていたギリシア貨幣の最小銅貨レプトンの複数形、レプタ二つで1デナリの64分の1、1デナリが労働者1日分の賃金でしたから、今日の貨幣価値では100円位のお金、言うなれば50円玉二つを献げたようなものです。しかし、イエスはやもめの表情から、彼女が持っているもの全てを入れたことを悟られ、感動されます。イエスがどのように感動されたのか、43節の言葉からわかります。イエスは弟子たちを呼び寄せて言われました「よく聞きなさい」。原語のギリシア語では「アーメン、レゴー、ヒュミン」という言い方です。イエスはやもめの献金に「アーメン、アーメン」と言われたのです。
・じっと見ておられたイエスには、やもめの気持ちが手を取るようにお解りになりました。やもめの手元に今、レプトン銅貨が二つあります。最期のお金です。しかし、今日は神様に特別に恵みをいただいた、この感謝を表したい、そのためには手元にあるものの一部ではなく、全部を献げたい。やもめはこのお金を献げてしまった後、今日のパンをどうするのかは考えていません。「必要なものは神が与えてくださる。だからすべてを捧げよう」。イエスはやもめの表情から彼女の心を推察され、「持っている全てを献げる、後のことは父なる神に委ねる」、そのやもめの信仰をご覧になった。イエスはその信仰に感動され、「アーメン」と言われたのです。

3.持たない者の幸い

・やもめは持っているものをすべて献げました。では、私たちも、持っているものを全て売り払って貧しい人に施すべきなのでしょうか。あるいはすべてを捨てて修道院に入り、すべての時間を神に献げることを求められているのでしょうか。ある人たちはそう考え実行しましたが、平安は来ませんでした。犠牲的に献げてもそこに喜びは生まれないのです。献げるとは生かされている恵みに対する感謝であり、献げる事の出来ることを喜んだ時、その献げものは神に喜ばれる献げものになるのです。
・今年60歳になりました。人生の4分の3は生きた勘定です。その経験から言えることは、人が自己実現を求めて、自分の満たしを求めて生きても、そこには平安がないと言うことです。人が自分の幸福のみを追求した時、それは律法学者のような生き方になります。長い衣を着て自分の地位を誇り、広場で挨拶されて自分の地位に満足し、会堂で上席に座って自分の地位を確認する生き方です。現代で言えば大会社の役員のようなものです。でもその喜びは続かない。やがては新しい人がその場を占め、彼は片隅に追いやられます。会社生活の中で多くの人を見てきました。同期のトップで役員に昇進し、得意になって会社の廊下を歩いていても、役員を退任すれば誰も振り向かないようになります。自分を養っても幸せにはなれないのです。「世も世にある欲も、過ぎ去って行きます。しかし、神の御心を行う人は永遠に生き続けます」(1ヨハネ2:17)。正にそうなのです。
・今日の招詞に列王記上17:13-14を選びました。次のような言葉です「エリヤは言った『恐れてはならない。帰って、あなたの言ったとおりにしなさい。だが、まずそれで私のために小さいパン菓子を作って、私に持って来なさい。その後あなたとあなたの息子のために作りなさい。なぜならイスラエルの神、主はこう言われる。主が地の面に雨を降らせる日まで、壺の粉は尽きることなく、瓶の油はなくならない』」。エリヤの時代、大旱魃があり、飢饉がシリヤ地方にも及び、貧しいサレプタのやもめの家では食糧備蓄が底を尽き、死を覚悟していました。そのやもめに、主はエリヤのためにパンを供せよと命じられます。やもめは、最後の一握りの小麦粉でパンを作り、それを差し出します。すると「壺の粉は尽きることなく、瓶の油はなくならない」という主の言葉通り、飢饉の間、やもめ一家とエリヤは養われたという話です。どのようにして必要が満たされたのか、私たちにはわかりませんが、何らかの事実が基底にあって伝説化された物語であろうと思われます。「すべてを差し出した、後はあなたに任せる」、そのところに神の救いの力が働いたのです。現代の複雑な経済社会でも、サレプトのやもめやレプタ二つを捧げたやもめのような生き方は可能なのでしょうか。可能だと思います。
・私たち夫婦は今、教会の牧師館に住んでいます。引退後、住む家は用意していません。結婚して32年になりますが、これまで何度も住宅を買う機会はありました。30歳の時にはマンションの売買契約書にサインしたこともありますし、45歳の時には住宅購入のために頭金を振り込んだこともあります。しかしちょうど業界団体に出向したり、福岡に転勤になったりで、住宅を購入することなく、今に至りました。もし住宅を購入して多額のローンを抱えていたら、50歳で勤め先を退職して牧師になることはなかったでしょう。持たないゆえに、牧師になることが出来た。今、将来について特に不安はありません。「60年間養ってくださった神は、これからも養ってくださる」と信じているからです。
・「持たない者の後ろ盾は神しかいない」。貧しいやもめはレプタ二つしか持っていないから全てを献金できたと思います。レプタ一つ(1日分の賃金の1/128)を残してもパンは買えないからです。仮に彼女が10デナリ(10日分の賃金)を持っていたら半分の5デナリを自分のために残したでしょう。持たない故に神に頼り、そこから神の国が見えて来たのです。サレプタのやもめもそうです。彼女は最後の粉と油でパンを焼いて、食べたら死のうと思っていました。そこにエリヤからの要望(私のためにパンを焼きなさい)があった、だからエリヤのために最後の粉でパンを焼いて提供しました。彼女も神に頼らざるを得ませんでした。私の住宅問題もそうで、神に頼るしか道がないから頼るのです。その時、「必要なものは神が与えてくださる」、「これまで養ってくださった神はこれからも養ってくださる」との信仰が生まれ、何者にも代えがたい「神の平安」が与えられていきます。持つ能力を与えられた人は、「大いに稼ぎ、大いに貯め、大いに捧げる」ことを目指し、持たない人は「神に依り頼む」ことを目指していく。そして共に神を賛美して生きる、その時、私たちの教会が神の国の一部になって行きます。


投稿者 : admin 投稿日時: 2018-02-18 17:14:17 (177 ヒット)

1.ロバに乗ってエルサレムに入城されるイエス

・今日から4月、新しい年度を迎えますが、今日はまた受難週の始まりの日でもあります。イエスはユダヤの過越祭りの時に、エルサレムに入城されました。その時、エルサレムの群集は道に棕櫚の葉を敷いて、イエスを歓迎したと伝えられています。そのため、イエスがエルサレムに入られた日曜日を「棕櫚の主日」と呼び、教会暦では今日4月5日が棕櫚の主日です。
・今日はマルコ11章を通じて、この棕櫚の主日の出来事を学びます。大事な点は二つあると思います。一つはイエスがロバに乗ってエルサレムに入られたことです。イエスはメシア、王としてエルサレムに入られますが、王にふさわしい乗り物は馬であってロバではありません。それなのに何故ロバに乗って入城されたのか、これが考えるべき大事な点の一つです。もう一つはイエスを歓呼して迎えた民衆が、その6日後の金曜日には、「十字架につけろ」と叫びます(15:13)。それは何故なのか、学ぶべき第二の点です。
・マルコの本文に入ります。マルコは記します「一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山のふもとにあるベトファゲとベタニアにさしかかったとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、言われた『向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない子ロバのつないであるのが見つかる。それをほどいて、連れて来なさい』」(11:1-2)。イエスは二人の弟子に、「向こうの村へ行ってロバを借りて来なさい」と言われました。「向こうの村」、おそらくはベタニア村です。そこにはイエスと親しかった「マリアとマルタ」が住んでいますし、またイエスが病気を癒された「らい病人シモン」も住んでいました。彼らに頼めばイエスの為にロバを用立ててくれるに違いありません。イエスは弟子たちに注意を与えて遣わされました「だれかが『なぜ、そんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐここにお返しになります』と言いなさい」(11:3)。
・イエスは何故ロバを必要とされたのでしょうか。並行記事のマタイ21章は次のように説明を加えています「それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった『シオンの娘に告げよ。見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、柔和な方で、ロバに乗り、荷を負うロバの子、子ロバに乗って』」(マタイ21:4-5)。預言者とはゼカリヤのことです。イエスはゼカリヤの預言にならってロバの子に乗って、エルサレムに入城されました。イエスは解放者としてのメシアを求める人々の期待を知っておられました。その期待に応えるには、馬に乗って、威風堂々と入城するのが普通です。メシア=王であるならば、その方がふさわしい。しかし、イエスは馬を選ばれず、ロバを選んで、エルサレムに入られました。ロバは風采の上がらない動物です。王にふさわしい乗り物ではありません。しかし、イエスはあえて、ロバを選んで、エルサレムに入られました。
・ここでロバが聖書においてどのように扱われていたのかを知る必要があります。出エジプト記13:13には次のような記事があります「ロバの初子の場合はすべて、小羊をもって贖わねばならない。もし、贖わない場合は、その首を折らねばならない」。旧約聖書においては、すべての家畜の生む初子は神に捧げることが求められていましたが、ロバだけは代りに子羊を捧げよ、何故ならばロバは卑しい動物であり、神に捧げるのにふさわしくないからだとされていました。イエスは旧約聖書を熟知されていましたので、当然出エジプト記の記事もご存知であったと思われます。「神に捧げるにふさわしくない」ロバに乗って入城される、そこに自分がどのような形で死ななければいけないのかというイエスの覚悟が窺えます。「私はメシアであり、あなたがたを救う為に都に来た。しかし、あなたがたが期待するように軍馬に乗ってではなく、ロバの子に乗って来た。私がロバのように卑しめられて死ぬことを知らせるために」というお気持ちが、ロバに乗るという行為に示されています。
・イエスはこの行為を通して人々に語られます「馬は人を支配し、従わせるための乗り物だ。しかし、私は支配するためではなく、仕えるために来た。あなたがたに本当に必要なものは戦いで勝利を勝ち取ることではなく、和解だ。人間同士、国同士の和解に先立って、まず神との和解が必要だ。あなたがたの罪がその和解を妨げている。だから私はあなた方の罪を背負うために来た」と。ロバは風采が上がらず、戦いの役に立ちません。しかし、ロバは柔和で忍耐強く、人間の荷を黙って担います。イエスも重荷を担うために来たと言われます。

2.イエスを歓呼し、やがては罵倒する民衆

・イエスはエルサレムに入城されました。エルサレムでは、高名な預言者が来るとして、人々が集まって来ました。不思議な力で病を治し、悪霊を追い出されるイエスの評判は都まで伝わっていました。もしかしたら、この人がモーセの預言したメシアかも知れない、都の人々は期待を持ってイエスを歓迎しました。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。我らの父ダビデの来るべき国に、祝福があるように」(11:9-10)。「ホサナ=私たちを救って下さい」、「ダビデの国を今こそ建てて下さい」と群集は叫びました。「あなたがメシアであれば、このイスラエルから占領者ローマを追い出し、再びダビデ王国の栄光を取り戻して下さい」と群衆は期待して叫びました。その歓声の中を、イエスは一言も言われずに、進んで行かれます。
・人々が求めていたのは、栄光に輝くメシア、軍馬に乗り、大勢の軍勢を従え、自分たちを敵から解放し、幸いをもたらしてくれる強いメシアです。重荷を代わりに負ってくれるロバに乗るメシアではありません。イエスは木曜日にユダヤ教指導者たちの派遣する兵士たちに抵抗することなく逮捕され、深夜の裁判でも一言も抗弁されず、金曜日の朝にはローマ軍に渡され、ローマ兵の鞭を受けてその身体は血と汗と埃でまみれていました。どこにも王の面影はありません。民衆はその惨めなイエスの姿を見て、「この人はメシアではなかった」と思い始めます。期待が強かっただけに、裏切られたときの失望も大きくなります。だから民衆は叫びます「この偽メシアを十字架につけろ、この何も出来ない男を殺してしまえ」と。歓声が罵声に変わっていったのです。こうしてイエスは金曜日に十字架につけられ、死んでいかれました。

3.馬ではなくロバのように生きる

・今日の招詞にイザヤ49:4を選びました。次のような言葉です「私は思った、私はいたずらに骨折り、うつろに、空しく、力を使い果たした、と。しかし、私を裁いてくださるのは主であり、働きに報いてくださるのも私の神である」。イエスがいつ十字架で死なれたのか、歴史は記録していません。ローマの支配下にあって騒乱罪での処刑は日常の出来事であり、イエスの処刑もその一つにしか過ぎず、特段の歴史的重要性は無かったからです。この世的に見れば、イエスの死は意味のない、無駄な、愚かな死でした。しかし私たちはイエスの復活と弟子たちの証しを通して、その死が無駄ではなかった、「一粒の麦が地に落ちて死んだ」故に私たちは救われた事を知っています。そして今は、イエスが何故、「馬ではなくロバに乗ってエルサレムに入城された」のかを理解します。
・聖書は馬に頼る生き方を拒否します。イザヤは言いました「助けを得るためにエジプトに下り、馬に頼る者はわざわいだ。彼らは戦車が多いのでこれに信頼し、騎兵がはなはだ強いのでこれに信頼する。しかしイスラエルの聖者を仰がず、また主にはかることをしない」(イザヤ31:1)。馬は力の象徴です。馬に頼るとは、自分の力に頼り、他人を支配して生きていく人生です。しかし、馬は肉に過ぎず、倒れます。倒れるものに望みを託すなと聖書は言います。それに対して、ロバに乗る人生とは主にのみ依り頼んで歩いていく人生です。ロバは柔和で忍耐強く、人間の荷を黙って負います。ロバは馬ほどに力もなく、ロバは馬ほど速く走れず、ロバは馬ほど大きくない。そのロバを主は馬よりも高く評価された。ここに私たちの生き方が示されているのではないでしょうか。
・時代の中で華やかな脚光を浴びる人はいます。能力に恵まれ、指導者として成功する人もいます。しかし、多くの人は名も知られずに生き、死んでいきます。私たちの人生は他者に評価されることによって意味が生じるのではなく、ロバのようにやるべきことを黙々として行い、負うべき荷を負う人生でよいのではないかとイエスは言われます。あえて言えば、「私たちの人生はこの世で完成する必要はない」のです。イエスの人生もこの世で完成しなかった。イエスは十字架で罪人として卑しめられて死んで行かれた。しかし神はそのイエスを「引き揚げて」下さった。そうであれば無駄な、無意味な人生などない。「いたずらに骨折り、うつろに、空しく、力を使い果たした」としか思えない人生であっても、評価してくださる方は、私たちが一生懸命に生きたことを知っていてくださる。それで十分ではないでしょうか。
・内村鑑三は「後世への最大遺物」と言う講演をしました。彼は高崎藩士の子として生まれ、札幌農学校時代に洗礼を受けてクリスチャンになります。彼は講演の中で、われわれは後世に何を遺せるかを問い、お金、事業、思想を挙げた上で次のように言います。「それならば最大遺物とは何でしょうか。私が考えて見ますに人間が後世に遺すことのできる、そうして誰にでも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物は“勇ましい高尚なる生涯”であると思います。高尚なる勇ましい生涯とは何か、それはこの世の中はけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であることを信ずることです。失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずることです」と語っています。
・「いたずらに骨折り、うつろに、空しく、力を使い果たした」と思える時にも、「裁いて下さるのは主であり、働きに報いて下さるのも私の神である」との信仰を持って生きる人生こそ、ロバの生き方です。忍耐強く、愚痴を言わずに、黙々と他者の荷を負っていく。そのようなロバを「主がお入用なのです」と用いて下さるかたがおられる。私たちが「召される」とはそういうことです。そして私たちは「召された」故に、今日、ここにいる。今日、ここにいることの素晴しさを知っていただければと思います。


投稿者 : admin 投稿日時: 2018-02-11 21:08:14 (190 ヒット)

1.イエスにつまずいた青年

・マルコ福音書を読み進めています。今日の聖書箇所は、永遠の命を求めてイエスの所に来た青年が、「すべてを捨てて従いなさい」というイエスの言葉につまずいた記事です。マルコは記します「イエスが旅に出ようとされると、ある人が走り寄って、ひざまずいて尋ねた『善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか』」。この人は22節で「たくさんの財産を持っていた」とありますし、並行箇所マタイ19:20には「青年」とありますので、一般的には「富める青年」の物語と呼ばれます。金持ちで何の不自由もないと見られていた青年が、「永遠の命をいただくためには何をしたら良いのでしょうか」と問いかけてきました。この人にイエスはそっけない対応をされます「なぜ、私を『善い』と言うのか。神お一人のほかに、善い者はだれもいない」(10:18)。「神お一人のほかに善い者はだれもいない」、イエスは彼の問題を一目で見抜かれました。「彼は善良で、戒めを守り、経済的にも恵まれている。彼は善い事をすれば救われると考えているが、善い方である神を求めていない。そこに彼の問題がある」と。
・イエスは彼を試すために言われます「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え』という掟をあなたは知っているはずだ」(10:19)。「戒めを守れば救われるとあなたが考えるならば、守ったらどうか」とイエスは言われます。金持ちの青年は答えます「先生、そういうことはみな、子供の時から守ってきました」(10:20)。「守ってきましたが、救いの実感がないのです」と男は答えます。イエスは彼に驚くべきことを言われます「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、私に従いなさい」(10:21)。
・「売り払いなさい」、「施しなさい」、という言葉で彼の問題点が浮き彫りになります。彼は自分の救いのために一生懸命に努力してきましたが、その中に「他者」という視点が欠けていたのです。「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え」、すべては「自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい」という他者のための戒めなのに、彼は自分の救い、自分の満たしのことだけを考えていた、だから彼に信仰の喜びはなかった。それを知るために、「今持っている全てを捨てなさい」と命じられたのです。しかし彼はあまりにも多くを所有していましたので、イエスの言葉に従えませんでした。マルコは書きます「その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである」(10:22)。

2.この物語は何を私たちに語るのか

・青年の問題点がイエスとの問答を通して明らかにされます。彼は自分が「何かをすることによって」、永遠の命が手に入ると考えています。律法を守る、善い行いをする、業績を積む、だから救われるはずだ。しかしイエスは否定されます「人間の努力によって救われるとしたら、救いの主導権は人間にあることになる。命の源泉が神にあるとしたら、神を受け入れることこそ救いの条件ではないのか」と問い直されています。イエスは言われています「子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」(10:15)。神の国、神の支配を、子どものように素直に受け入れれば良いのだとイエスは言われているのです。
・イエスはすべての人に神の救いは開かれていると言われます「神は正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」(マタイ5:45)。そこには何の資格も能力も不要です。しかし難しいのは、人は自分の持っているもので自分の立場を守ろうとすることです。富もそうですし、学歴や経歴、あるいは地位等により、救いを勝ち取ろうとします。イエスが言われていることは、そのようなものを一旦捨てて、幼子のようになれということです。幼子は親の庇護なしには生存できませんから親を頼ります。同じように人も生かされているのであれば、ひたすら神に依り頼むのだ。その時、邪魔になるのであれば、富も業績も身分も捨てなさいと言われています。しかし、人は捨てることが出来ません。何故なら「富のあるところに心もある」(マタイ6:21)からです。
・この物語は弟子の召命物語であろうと言われています。ペテロやヤコブのようにイエスの招きを受け入れた者もいましたが、他方で、この青年のように、イエスを尊敬しても従いきれずにイエスの元を去って行った者もいたのです。後半ではこの「従う」と言うことがどのような意味かを巡って物語が展開します。イエスは去って行く青年を見て言われます「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか」(10:23)。「金持ちは救われない」、では「財産のない貧乏人は救われるのか」。イエスは言われます「子たちよ、神の国に入るのは、なんと難しいことか」(10:24)。貧乏だから、全てを捨てたから救われるとイエスが言われていないことを留意すべきです。それに続くペテロのエピソードもそれを示唆します。ペテロは言います「この通り、私たちは何もかも捨ててあなたに従って参りました」(10:28)。並行箇所のマタイ福音書はペテロの言葉を補足します「私たちは何をいただけるのでしょうか」(マタイ19:27)。ペテロは何も捨てていない、イエスからより良きものがいただけると思うから、職業を捨ててイエスに従っているだけのことです。人は全てを捨てて従うことは出来ないのです。ペテロと富める青年と、両者の本質は何も変わらないです。
・それではイエスは何故、この青年に「全ての財産を捨てて従いなさい」と言われたのでしょうか。それは彼が「善いこと」、行いを積むことによって救いを獲得しようとし、命の源である神(善い方)を求めていなかった、それに気づくために彼は挫折する必要があったからです。仮に、富める青年が「全てを捨てることは出来ません。でもあなたに従いたいのです」と訴えたら、イエスはそれを喜んで受け入れられたと思われます。ルカ福音書でイエスは徴税人ザーカイが職業と財産を持ったままで従うことを喜んでおられます(ルカ19:8)。
・ここまで来ますと、物語の主題がお金や富ではなく、生き方の問題であることが明らかにされていきます。自分の力に頼って救いを求めた時、それは挫折します。救いは恵みであり、ただ受ければよいのです。幼子がなぜ「神の国を受け入れる者」と言われているのか、何も持たないから、「ただ受ける」しかないからです。イエスは言われました「人間に出来ることではないが神には出来る」(10:27)、金持ちの青年はお金や才能があったばかりに自分の力に頼り、「人には出来ない」という場所で引き返してしまいました。もし彼が、「神には出来る」という信仰でイエスの下に留まれば、神の国を見ることは出来たのです。

3.先の者が後になり、後の者が先になる

・今日の招詞にマルコ10:31を選びました。今日の聖書箇所の締め括りにある言葉です。「しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる」。この謎のような言葉は聖書の中で三回用いられています。最初はこのマルコ10章で「私のためまた福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑を捨てた者はだれでも、今この世で、迫害も受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子供、畑も百倍受け、後の世では永遠の命を受ける」(10:29-30)という言葉の後に使われています。この言葉は初代教会の現実を反映しています。生まれたばかりの教会はユダヤ教からは異端とされ、ローマ帝国からは邪教と言われ、迫害の中にありました。その中で洗礼を受けてクリスチャンになる人は家から勘当されたり、ユダヤ人共同体から追放されたりしていました。そのような信徒に対して、聖書記者は「福音のために家や家族を捨てたあなた方は、今はつらいかも知れないが、やがて大きな報いを受ける。先の者が後になり、後にいる者が先になる」と励ましています。
・二つ目に用いられているのがマタイ20:16です。「ぶどう園の労働者」という喩えの後で語られています。喩えでは朝6時から働いた者と、夕方5時から働いた者に同じ報酬が支払われ、朝から働いた労働者が文句を言い、それに対して主人が答えます「私はこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ」(マタイ20:14)。この喩えはパリサイ派の人々に向かって語られています。パリサイ派の人々は、自分たちは律法を守って正しい生活をしているのだから救われて当然だと思っていました。ところが、彼らが罪人として排斥していた徴税人や娼婦まで救われると聞いて彼らは抗議します「自分たちは何十年も律法を守るという厳しい生活をしてきたのに、昨日今日回心したあの者たちと一緒にするのですか」。その抗議に対して「先の者が後になり、後にいる者が先になる」と語られています。
・三度目の用法はルカ13:30、「神の国の祝宴の喩え」の中で語られています。神の国で祝宴が開かれ、「人々は、東から西から、また南から北から来て、神の国で宴会の席に着」きます(ルカ13:29)。ところが自分たちは神の選民だ、アブラハムの子孫だと傲慢になっていたユダヤ人は宴会から閉め出されます。ユダヤ人は抗議しますが抗議は受け付けられず、最後に「先の者が後になり、後にいる者が先になる」と宣言されます。
・「先の者が後になり、後にいる者が先になる」という言葉の意味は明かです。神の国においては、この世の秩序は成立し得ないのです。マルコ10章の物語で、金持ちの青年はイエスを「善い先生」と呼び、それに対してイエスは「なぜ、私を『善い』と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない」と答えられました。当時の人々は神の戒めと言われた律法をたゆまず守る努力をし、それによって得られる宗教的な業績や経歴に依って、救いを獲得できると考えていました。律法をどれだけ守れるかが価値判断の基準であり、律法を守る人を正しい人、律法を守らない人を罪人として区別していました。しかしイエスは「善い方は神お一人であり、人間の善い、悪いは神の目から見れば何の意味もない」と言われたのです。
・今日の私たちも、自分たちの学歴や職業、地位、さらには富が、人生の決定的な要因だと考え、その価値基準に基づいて、人を区別します。しかし、イエスは言われます「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか」(ルカ12:20)。死の床にある人間にとって財産や学歴は何の役にも立ちません。すべての人間が死ななければいけないとしたら、あなたは実質上「死の床」にあるのではないか。その時に本当に意味あるものの価値に目覚めよと言われているのです。
・最後に井村和清さんの「あたりまえ」という詩を読みます。彼は1947年に生まれ医者になりますが、1979年32歳の若さで悪性腫瘍のために亡くなります。彼は亡くなる前に手記を著し(「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」)、その中でこの詩が歌われています。「こんなすばらしいことを、みんなはなぜ喜ばないのでしょう。あたりまえであることを。お父さんがいる、お母さんがいる。手が二本あって、足が二本ある。行きたいところへ、自分で歩いてゆける。手をのばせば、なんでもとれる。音がきこえて、声がでる。こんなしあわせはあるでしょうか。食事がたべられる、夜になるとちゃんと眠れ、そしてまた朝がくる。空気を胸いっぱいにすえる、笑える、泣ける、叫ぶこともできる。走りまわれる。みんなあたりまえのこと。こんなすばらしいことを、みんなは決して喜ばない。そのありがたさを知っているのは、それを失くした人たちだけ。なぜでしょう、あたりまえ」。
・人はなくしてみないとそのことの価値がわからない。井村さんは死の床で神に出会った。神から与えられる恵み、生かされていること、このあたりまえのことを喜んでいけることに気付いた。ペテロはイエスの生前は、イエスのことを本当には理解できなかった。しかしイエスに従い通し、復活のイエスに出会った。金持ちの青年はお金や才能があったばかりに自分の力に頼り、「人には出来ない」という場所で引き返し、イエスとの真の出会いをしなかった。イエスに従い続ける時、私たちは、「見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が開く」(イザヤ 35:5)体験をするのです。


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