すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

投稿者 : admin 投稿日時: 2017-07-09 21:12:24 (51 ヒット)

1.人間の創造

・私たちは今、創世記を読み始めています。先週私たちは創世記1章を読み、それがイスラエル国の滅亡とバビロン捕囚という苦しみの中で生まれてきたものであることを学びました。私たちが今生きているこの世界、この現実の中に「混沌」があり、「闇」があり、救いようのない「絶望」があります。「地は混沌であって闇が全地を覆っていた」、しかし神の「光あれ」という言葉が響くとそこに光が生まれ、混沌が秩序あるものに変わっていった、そこに異国に捕らわれていた人々は希望を見出していった、それが創世記1章であることを知りました。
・今日私たちは創世記2章を読みますが、そこには1章と異なる別の創造物語が記載されています。創世記1章では光の創造から始まり、天地が創造され、そこに植物や動物が造られ、最後に人間が創造されて物語が締めくくられます。他方、今日読みます創世記2章では、まず人が土の塵から創造され、神の命の息が吹きこまれて生きる者になり、その人のために植物や動物が創造されたと描かれています。なぜ二つの創造物語があるのか、著者が異なるからです。文献学的には、創世記2章は紀元前10世紀ソロモン王国時代に書かれたと言われています。国土が拡張され、産業が興り、国は豊かになった、しかし同時に人々は驕り高ぶり、自分たちだけで何でもできるように思い、人間の力を過信するようになっていた。その同時代の人々に著者は、「人間は土の塵から造られ、神が命の息を吹き入れて下さって初めて生きる者となった」と語ります。創世記は最初に紀元前10世紀のヤーウェストと呼ばれる人々が基本を構築し、紀元前6世紀の捕囚時代の祭司たちがそれに加筆補正してできた書物と考えられています。
・創世記は2章4節から新しい物語を語り始めます。「主なる神が地と天を造られた時、地上にはまだ野の木も、野の草も生えていなかった。主なる神が地上に雨をお送りにならなかったからである。また土を耕す人もいなかった」(2:4-5)。創造前の世界は水がなく、また土を耕す者もいないため荒涼たる世界であったと著者は記します。大地は水が与えられ、耕す者がいて、初めて収穫をもたらします。その大地に主は水を与えてくださった、それが2:6「しかし、水が地下から湧き出て、土の面をすべて潤した」に表現されています。あと必要なものは耕す人です。それ故に神は人間を創造されたと創世記は語ります。「主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」(2:7)。ここに二つのことが語られています。一つは神が「土の塵」で人を創造されたこと、二つ目は神が「命の息(霊)」を吹き込まれて人は生きる者となったということです。土から創られたことは、人は神の前では土くれのような、はかない存在に過ぎないことを示します。人は死ねば土に返って行く、はかない存在です。しかし、その無価値な存在に、神は「命の息」を吹き込まれた。そして人は生きるようになった。肉体は土でできていても精神は神の霊で構成されている、人間はそのような存在だと創世記2章は語ります。
・そのような人間に、神は園を耕し、管理する業を委ねられます。「主なる神は、東の方のエデンに園を設け、自ら形づくった人をそこに置かれた」(2:8)、そして「主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた」(2:15)。「耕す=ヘブル語アーバド」は「働く、仕える」という意味も持ちます。仕える人がいなかった時、大地は何も生まなかったが、人が地に働きかけ、耕して行く時、地は収穫をもたらします。耕す(cultivate)時に、そこに文化(culture)が生まれていく、ここに聖書の労働観があります。人は働くために創造され、使命感をもって働く時こそ、本当に生きる存在となるとの主張です。

2.向き合う存在としての他者の創造

・人を創造された神は、園の中央に「善悪の知識の木」を置かれたと著者は書きます。そして、「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう」(2:16-17)と言われました。3章ではアダムとエバが戒めを破って知識の木の実を食べることが記述されます。教会ではこの物語を「堕罪物語」、あるいは「原罪の起源を説明するもの」と理解してきました。しかし、創世記の文脈からはそう読むべきではないと思います。この物語ははるか昔に起こった何かについて語るのではなく、現在の人間の在り方について語っているのです。なぜこの世に罪があるのか、なぜ人は憎みあい、殺しあうのか、それは人が「神のために働き、仕えることに幸福と自由を見出す」生き方ではなく、「神のようにすべてを知り、自分の力で生きることにより、幸福と自由を勝ち取る」という生き方を選択したからではないかと理解し、そのことを物語として提示しているのです。神を中心に他者と共存して生きる道か、自己を中心に他者を支配する道かが人間に与えられ、人は他者を支配する道を選んだ、だからこの世には罪が満ち溢れていると創世記著者は考えています。
・さて、人は創造されましたが、共に生きる者が居ませんでした。そこで神は言われます「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」(2:18)。人は一人でいるべき存在ではなく、他者との出会いと交わりの中に生きる存在であると聖書は語ります。「人に合う助ける者」として最初に動物が創造されますが、動物はその役割を果たさなかった、なぜなら動物は人との人格的関係を持てなかったからだと創世記は語ります。そして最初の向き合う存在=他者として女が造られます。21-22節「主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた」(2:21-22)。人と共に生きる者として女性が創造されました。そして「男=イシャーから取られたものだから女=イシュと呼ぼう」と名づけられます(2:23)。一つの体から造られた故に、男と女は本能的に相手を求め合い、その結果として二人は一つになり、それが子という新しい命を生み出していくという理解です。「こういうわけで男は父母を離れ、女と結ばれ、二人は一体となる」(2:24)。結婚によって家族が形成され、それが社会の基本単位を構成していきます。
・先に創世記2章は紀元前10世紀のソロモン時代に書かれたと申しました。当時の支配階級は一夫多妻で、ダビデもソロモンも多くの妻を持っていました。そのような中で創世記2章の著者は、人はその妻と向き合って家族を形成するのであり、一夫多妻は人間本来のあり方ではないと批判しています。また当時の家父長制社会では女性は子を生むための道具と考えられ、子が生まれなければ別の女を娶って子をなしてもよいとされていました。そのような風潮に対し、彼は夫婦関係こそ社会の基本単位であって、人はそのように創造されたと主張しています。今から3000年前に夫婦関係こそ家族の基本であるとの主張があったことは驚くべきことであります。

3.他者と向き合うことが出来ない存在が変えられる

・女が造られることによって、人は一人ではなく、共に生きるものとなりました。しかし、この関係が罪を犯すことによって変化していきます。今日の招詞に創世記3:11-12を選びました。次のような言葉です「神は言われた『お前が裸であることを誰が告げたのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか』。アダムは答えた『あなたが私と共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました』」。エデンの園で、神は「園の中央に命の木と善悪の知識の木を生えいでさせられ」(2:9)、「善悪の知識の木からは、決して食べてはならない」(2:17)と命じられました。しかし、人は、禁じられたその実を食べ、神から譴責されます。人は禁断の実を食べたことにより罪人となり、楽園を追い出されたと通常は理解されていますが、創世記を注意深く読むとそうではないことが明らかになります。人の犯した最大の罪は、神の命じた戒めを守らなかったこと以上に、神が与えて下さった恵みを捨てたことです。人は一人では生きることが出来ない故に向き合う存在を与えられましたが、いざとなるとそのともに生きるべき妻を捨ててしまったのです。
・人は妻が与えられた時、妻を「私の骨の骨、肉の肉」と呼び、これをいとしみました。ところが自分の責任を問われるようになると人は「あなたが私と共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました」(3:12)と責任を妻に転嫁します。彼は自分の犯した罪の責任を取ろうとしないばかりか、その責任を神につき返します「あなたが妻を与えなければこのような罪を犯さなかった」。女も言います「蛇が悪いのです。あなたが蛇さえ創らなければ罪を犯さなかった」。神との関係が断たれた時、他者との関係も断たれ、人は楽園から追放されます。人は罪のゆえに楽園から追放されて、荒れ野のような世を生きなければならなくなった。その荒れ野をますます生きにくいものとしているのは、私たち一人一人が持っている罪だと創世記2章を書いた著者は語ります。
・しかし、「主なる神は、アダムと女に皮の衣を作って着せられた」(3:21)。神は人間を裸のままに追放されたのではなく、着物を人間のために用意し、彼らを保護した上で追放されます。人は楽園を追放され、額に汗して地を耕す者になりました。人は地を耕して初めて、太陽と雨がなければ収穫はなく、それは人の力では支配できないもの、ただ神の恵みにより与えられる事を知ります。「食べれば死ぬ」と言われた罪を犯したのに、神は生きるための糧を神が与えてくださる事を知ります。女は苦しんで子を産むことを通して「お前たちは死ぬ」と呪われた存在であるのに、生命の継承を許してくださる神の恵みを知りました。人は楽園追放を通して、初めて神の愛を知ったのです。
・私たちがこの創世記2章の物語を、単なる神話と受け止めたとき、それは私たちと無関係の文書になります。そうではなく、創世記を私たちに語られた神の言葉として受け入れた時、人は何故他者を愛することが出来ないのか、人は何故最愛の人さえも平気で裏切るのかという私たちの本質が問われ、自分の本当の姿、罪が明らかになります。そして「神との関係が断たれた時、他者との関係も断たれてしまう」ことを知り、関係の正常化、罪からの赦しと解放を求めるようになります。私たちは自分たちが今楽園の外(エデンの東)にいることを知るからこそ、教会に集まり、創世記を共に読みます。そして「他者と向き合う」ことができる存在に変えられるように、主なる神に祈るのです。


投稿者 : admin 投稿日時: 2017-07-03 09:05:41 (55 ヒット)

1.神は天地を創造された

・今日から創世記を読んでいきます。原初史と呼ばれる創世記1章から11章までを8回にわたって読みます。今日は創世記1章ですが、1章は天地創造の記事であり、その1-3節は創造前の世界がどのようであったかを記しています「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた」(1:1-2)。神が天地を創造される前、「地は混沌であって闇が全地を覆っていた」とあります。世界は闇の中にあって、混沌としていた。そこに「光あれ」という神の言葉が響くと光が生まれ、混沌(カオス)が秩序あるもの(コスモス)に変わっていった」(1:3)と創世記著者は語ります。
・「地は混沌とし、闇が深淵の淵にあった」という言葉は、創世記著者の見た現実世界の有様を表現しています。文献学的研究によれば、創世記1章は紀元前6世紀に書かれた祭司資料から構成されたと言われています。イスラエルはバビロニア帝国により国を滅ぼされ、国の指導者や祭司たちが、捕虜として敵地バビロンに連れて行かれました。その期間はおよそ50年に達しました。このバビロン捕囚時代に書かれ、編集されたのが創世記1章だと言われています。捕囚地での新年祭にはバビロンの創造神話が演じられ、「バビロンこそ世界の中心だ」と宣言され、イスラエル人は屈辱の中でそれを見ました。何故神は、私たちイスラエルを滅ぼされ、敵地バビロンに流されたのか。私たちはこれからどうなるのか。勝利者は彼らに「お前たちの神はどこにいるのか」と嘲笑の言葉を投げつけています。「私たちは滅ぼされた」、「私たちは神に捨てられた」、絶望の闇がイスラエル民族を覆っていました。それが「地は混沌とし、闇が深淵の淵にあった」という表現の背後にあった現実です。
・その彼らが、苦難の中で、「光あれ」という神の言葉を聞きます。そして「神が光あれといわれると光が生じ、闇が裂かれた」という幻を見ます。バビロン捕囚は50年も続きました。父祖や兄弟や同胞は次々に死に、残りの者たちも異国の地で果てようとしている。身に見える現実には何の救いもない。彼らの絶望を示す言葉が詩編の中にあります「バビロンの流れのほとりに座り、シオンを思って、私たちは泣いた。竪琴は、ほとりの柳の木々に掛けた。私たちを捕囚にした民が、歌を歌えと言うから、私たちを嘲る民が、楽しもうとして『歌って聞かせよ、シオンの歌を』と言うから。どうして歌うことができようか、主のための歌を、異教の地で・・・娘バビロンよ、破壊者よ、いかに幸いなことか、お前が私たちにした仕打ちをお前に仕返す者、お前の幼子を捕えて岩にたたきつける者は」(詩編137:1-9)。その闇の中で彼らは「光あれ」という言葉を聞いたのです。
・そして50年もの長い時の後に、解放の日が来ます。それが4節「神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分けられた」という言葉の中に反映しています。神は闇の中に光を創造され、光を見て良しとされた。それは闇を否定されたことです。「世界の本当の支配者は自分たちの国を滅ぼし、同胞を苦しめているバビロン王ではなく、私たちの信じる神なのだ」と彼らは告白しているのです。現実の世界がどのように闇に覆われ、絶望的に見えようと、神はそこに光を造り、闇を克服して下さるとの信仰告白は、同じように現実世界の闇の中で苦しむ私たちにも伝わる言葉です。人はどのような闇の中にあっても、そこに「光あれ」と言われる方が共におられるなら、生きていくことができるのです。
・創世記1章は「この世界はどのようにしてできたのか」、「人間とはどういう存在か」を哲学的に思索してできた文章ではありません。それは捕囚の苦しみの中で生まれてきたものです。私たちが今生きているこの世界、この現実、そこには「混沌」があり、「闇」があり、救いようのない「絶望」があっても、私たちを創造された神は、そのような状態に私たちがいることを望んでおられないし、私たちが希望をもって立ち上がる日を待っておられる。そのような信仰のもとに書かれた、「励ましと慰めの書」なのです。

2.神は御自分にかたどって人を創造された

・創造の業は続きます。二日目には大空=宇宙が造られ、天と地が分かたれました。三日目には地球が造られ、海と陸が分けられ、生物が生きる環境が整えられていきます。そして植物が造られ、魚と鳥が造られました。そして最後の六日目に動物と人が創造されます。創世記は1章26節から、人の創造を記します。「神は言われた。『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう』」(1:26)。人間は自然界を治めるものとして造られた、しかし同時に動物と同じ日に造られた。人間は自然と共存するように造られたと創世記は述べます。
・しかしやがて人間は神のようになろうとして、「食べるな」と禁止された禁断の知恵の実を食べます。その結果、自然は人間と敵対するものになったと創世記3章は語ります。罪を犯したアダムに神は言われます「お前は女の声に従い、取って食べるなと命じた木から食べた。お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。お前に対して、土は茨とあざみを生えいでさせる・・・お前は顔に汗を流してパンを得る」(3:17-19)。ここに生かされて生きる人間ではなく、自分の力で自然を支配しようとする人間が生まれ、アダムの子のカインは弟を殺し、カインの末裔から人を支配する王が生まれ、その子孫バビロン王が力で自分たちを今ここに捕らえています。
・創世記は語ります「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」(1:27)。ここに「創造された(バーラー)」という言葉が3回も用いられています。人こそが神の創造の目的だったのです。そして神は人を祝福して言われます「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」(1:28)。すべての人々は神の祝福の中に生まれてきます。罪を犯し、他国の捕虜となっているイスラエルも神の祝福の中にあり、親が望まない形で生まれてきた人もまた、神の祝福の中にあります。私たちがどのような状況にあっても、神は私たちの存在を肯定しておられる、創世記はそう述べます。すべての人は存在することにより、肯定されている。男も女も、大人も子供も、健常者も障害者もまた、神の肯定の中にあるのです。創世記は私たちに、神は人を「良し」として創造され、「生めよ、増えよ、地に満ちよ」と祝福された事を教えます。
・神はご自分の形に私たちを創造されました。「神の形」とは人格を持つ存在として、人が創造されたことを意味します。人は、神が語りかけられ、それに応えうる存在として造られました。神と私たちの間には、「私とあなた」という人格関係が成立しています。植物や動物は「あなた」ではなく、「それ」、ものに過ぎません。その中で人間だけが創造主と「私とあなたの関係」に入ることが許されています。イスラエル人は捕囚の地で、人間以下の「それ」という奴隷の状態にありました。敗残者として卑しめられ、もののように扱われていた。その中で、神は自分たちを「あなた」と呼んで下さる。そのことの中に、現実の「それ」という関係が、やがて「あなた」という関係に変えられる望みを、イスラエルは見たのです。だから、私たちも現実の闇にもかかわらず、希望を持つことが出来ます。

3.創造の完成としての7日目

・創世記1章は2章4節前半まで続いています。そこでは神は六日間で創造の仕事をなされ、七日目に休まれたとあります「天地万物は完成された。第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された」(2:1-3)。七日目に休む、ここに安息日の起源があります。神が六日働いて七日目は休まれた故に、私たちも月曜日から土曜日まで六日間働き、七日目の安息日は聖なる日として礼拝に参加します。
・今日の招詞に出エジプト記20:8−11を選びました。次のような言葉です。「安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない・・・六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである」。創世記はバビロン捕囚を経験したイスラエルの民が、国の滅亡、捕囚という裁きを通して自分たちの罪を見つめ、悔い改めを文書化した資料です。異国の地に捕囚となった多くの民族はやがて滅びましたが、その中でイスラエルは生き残り、今日までユダヤ人として彼らの信仰を保持しています。それが可能だったのは、彼らが契約のしるしとして身に帯びた割礼と、この安息日の順守だったといわれています。
・七日目に礼拝所(シナゴーク)に集められることを通して、彼らは民族として生き残りました。その安息日の根拠を彼らは創世記2:3の天地創造に求めました。人間は神の赦しの中にあります。捕囚の民は自分たちの罪の赦しを求めて、創世記を記述しました。その創造の初めでは、人間は穀物と果物だけを食べて生きるように創造されたとあります。「神は言われた『見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう』。そのようになった」。動物の命を奪って食べる肉食が許されたのは、ノアの洪水後のことであったと創世記は記します「動いている命あるものは、すべてあなたたちの食糧とするがよい。私はこれらすべてのものを、青草と同じようにあなたたちに与える」(9:3)。
・ノアの洪水という人類の裁きの後で神は言われます「人に対して大地を呪うことは二度とすまい。人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ。私は、このたびしたように生き物をことごとく打つことは、二度とすまい」(8:21)。罪ある存在を罪あるままで受け入れられた神の許しの中で自分たちは生きている。だから神は私たちに肉食という罪を許されたという捕囚の民の理解がここにあります。私たちは週に一度聖別された安息日に神の前に出て、罪あるままに生きることを許されていることを感謝する。それが私たちの行う礼拝です。


投稿者 : admin 投稿日時: 2017-06-25 16:07:18 (61 ヒット)

1.天地創造の始め

・創世記1章は天地創造の記事であり、その1-2節は創造前の世界がどのようであったかを記している。
−創世記1:1-2「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた」。
・神が天地を創造される前には、世界は闇の中にあって、混沌としていた(口語訳「地は形なく、むなしく」)。そこに「光あれ」という神の言葉が響くと光が生まれ、混沌(カオス)が秩序あるもの(コスモス)に変わっていったと創世記の著者は語る。
−創世記1:3-5「神は言われた『光あれ』。こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である」。
・創造の前、「地は形無く、空しかった」。「形無く、空しく」(ヘブル語=トーフー(形なく)・ワ(そして)・ボーフー(空しく))は旧約聖書で3回しか使われない特別な言葉である(創世記1:2,イザヤ34:11,エレミヤ4:23)。文献学的研究によれば、創世記1章は紀元前6世紀に書かれた祭司資料からなる。イスラエルはバビロニアによって征服され,首都エルサレムは壊滅し、王族を始めとする主要な民は、捕虜として敵地バビロンに連れて行かれた(バビロン捕囚)。この捕囚地での新年祭にバビロニアの創造神話が演じられ、イスラエル人は屈辱の中でそれを見た。何故神は、選ばれた民である私たちイスラエルを滅ぼされ、敵地バビロンに流されたのか。
・捕囚期の預言者エレミヤは「私は見た。見よ、大地は混沌とし、空には光がなかった」と歌った。この「混沌」が「トーフー・ワ・ボーフー」だ。バビロンの創造神話を克服するものとして、創世記1章の創造物語が書かれている(1:1「水」はテホームであり、バビロン神話では「混沌の海(テホーム)」が創造神により制圧され、その上に大地が据えられて、世界秩序が確立する)。
―エレミヤ4:23-26「私は地を見たが、それは形がなく、また空しかった。天を仰いだが、そこには光がなかった・・・人は一人もおらず、空の鳥はみな飛び去っていた。私は見たが、豊かな地は荒れ地となり、そのすべての町は、主の前に、その激しい怒りの前に、破壊されていた」。
・「自分たちは滅ぼされた、神に捨てられた」、神の怒りにより自分たちの国は滅ぼされ、異国の地に捕囚となっている。絶望の闇がイスラエル民族を覆っていた。しかし、神が「光あれ」といわれると光が生じ、闇が裂かれた。現実の世界がどのように闇に覆われ、絶望的に見えようと、神はそこに光を造り、闇を克服して下さる方だとの信仰告白がここにある。「主よ、あなたは私たちに再び光を見せて下さるのですか。私たちを赦して下さるのですか」。そのような祈りが創世記1章の言葉の中に込められている。

2.すべては良かった

・創造の業は続く。二日目には大空=宇宙が造られ、天と地が分かたれる。ここにもバビロン神話の影響があると言われる(バビロン神話では神(マルドーク)が怪物(ティアマット)を殺し、死体を二つに切って、天と地にしたとする)。
−創世記1:6-8「神は言われた『水の中に大空あれ。水と水を分けよ』。神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。そのようになった。神は大空を天と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第二の日である」。
・三日目には地球が造られ、海と陸が分けられ、生物が生きる環境が整えられていく。そして植物が形成されていく。神が水を一箇所に集められた、水を制して陸地が創造されたとのメソポタミア神話の影響がここにあると言われる。
−創世記1:9-13「神は言われた『天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ』。そのようになった。神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。神はこれを見て、良しとされた。神は言われた『地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を、地に芽生えさせよ』。そのようになった。地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。神はこれを見て、良しとされた。夕べがあり、朝があった。第三の日である」。
・4日目には太陽や月が造られた。エジプトでは太陽は神であり、メソポタミアでは月が神であった。しかし、イスラエルは、「太陽や月は神ではなく、単なる被造物に過ぎない」と宣言する。
−創世記1:14-19「神は言われた『天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。天の大空に光る物があって、地を照らせ』。そのようになった。神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。神はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。神はこれを見て、良しとされた。夕べがあり、朝があった。第四の日である」。
・5日目には魚と鳥が造られ、そして最後の6日目に動物が創造される。
-創世記1:20-25「神は言われた『生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ』。神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。神はそれらのものを祝福して言われた『産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ』。 夕べがあり、朝があった。第五の日である。神は言われた『地はそれぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ』。そのようになった。神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しとされた」。

3.人間の創造

・創世記は1章26節から、人の創造を記す。神が「我ら」と複数形で示されている。「熟慮の複数」と呼ばれる用法だ。また、人は「神の似姿に創造された」と告白され、「創造された(バーラー)」という言葉が3回も用いられている。人こそが神の創造の目的だったと著者は理解している。
−創世記1:26-27「神は言われた『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」。
・そして神は人を祝福される。すべての人々は神の祝福の中に生まれてくる。罪を犯したイスラエルもまた神の祝福の中にあり、親が望まない形で生まれてきた人もまた、神の祝福の中にある。
−創世記1:28「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」。
・私たちがどのような状況にあっても、神は私たちの存在を肯定しておられる。創世記はそう述べる。すべての人は存在することにより、肯定されている。男も女も、大人も子供も、健常者も障害者もまた、神の肯定の中にある。創世記は私たちに、例え現在が希望のない闇のように見えても、その闇は神の「光あれ」と言う言葉で分断されるとことを伝える。イスラエルの信仰は、神は人を「良し」として創造され、「生めよ、増えよ」と祝福された事を教える。だから、私たちも希望を持つことが出来る。
−創世記1:29-30「神は言われた『見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう』。そのようになった」。
・神は「ご自分の形に」、私たちを創造された。神の形とは人格を持つ存在として人が創造されたことを意味する。神が語りかけられ、それに応えうる存在として、人は造られた。神と私たちの間には、「私とあなた」という人格関係が成立している。古代エジプトにおいては「王が神の似姿」とされ、王の神格化が認められる。しかしここでは、王ではなく、「人が神の似姿」とされる。イスラエル人は捕囚の地で、人間以下の「それ」という奴隷の状態にあった。敗残者として卑しめられ、もののように扱われていた。その中で、神は自分たちを「あなた」と呼んで下さる。そのことの中に、現実の「それ」という関係が、やがて「あなた」という人格関係に変えられる望みを、イスラエルは見たのではないか。
−創世記1:31「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である」。
・創造物語の最後は、「神はお造りになった全てのものをご覧になった。見よ、それは極めて良かった」で終わる。創造の業が神の肯定の中で終えられている。この「良かった」、「良しとされた」という言葉が、創世記1章の中に7回も出てくる。何故、繰り返し「神は良しとされた」という言葉が用いられているのか。それは現在が「良しとは言えない」状況の中で、イスラエル民族が神の「良し」という言葉を求めているからであろう。私たちは良きものとして創造された、罪を犯したために今は「良し」とは言えない。しかし、神はこのような私たちを赦し、再び「良し」という中に戻して下さるという信仰告白がここにある。「地は形なく空しかった」、しかし神はすべてを「良しとして創造された」。そのことの中に捕囚のイスラエルの民は、未来の回復の希望を見出している。


投稿者 : admin 投稿日時: 2017-06-19 09:47:33 (83 ヒット)

1.パウロのお別れの言葉

・ローマ書を読み進めています。これまで1章から14章まで読んできました。手紙はいよいよ最後の段落に来ました。ローマ書は15:22以下が結びの挨拶となり、パウロがどのような思いでこの手紙を書いたのか、これからどのような希望を持っているかが、そこに述べられています。パウロはローマに行って人々に福音を伝えたいと思っていましたが、今までは各地の伝道に忙しく、その時間が取れませんでした。彼は記します「こういうわけで、あなたがたのところに何度も行こうと思いながら、妨げられてきました。しかし今は、もうこの地方に働く場所がなく、その上、何年も前からあなたがたのところに行きたいと切望していたので、イスパニアに行くとき、訪ねたいと思います」(15:22-24)。
・パウロはシリアのアンティオキア教会を拠点に、三度の伝道旅行を行い、「エルサレムからイリリコン州まで巡って、キリストの福音をあまねく宣べ伝えました」(15:19)。イリリコン州はイタリア半島の対岸、バルカン半島の地です。ローマ帝国の東半分の主要な地にはあまねく伝道したので、これからはローマに行き、さらにその先のイスパニアまで行きたいとパウロは世界伝道の夢を語っています。
・しかし今、彼はエルサレムに帰る必要がありました。異邦人教会から集められた献金をエルサレム教会に届ける必要があったからです。「しかし今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます。マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに喜んで同意したからです」(15:25-26)。福音はエルサレムから始まり、ローマ帝国の各地に広がっていきました。パウロや他の使徒たちの働きによるものです。しかし、異邦世界に広がっていった福音はもはやユダヤ教という狭い枠を抜けだした新しい教えになっていました。そのため、まだユダヤ教に強く影響されていたエルサレム教会の人々は、ユダヤ教の中核である「律法からの自由」を唱え、「割礼も不要だ」というパウロの教えに反感を持っていました。エルサレム教会ではまだ「割礼なしに救いはない」と信じる人々が多数派だったのです。このままではエルサレム教会と異邦人教会は分裂すると危惧したパウロは、両教会の和解のために異邦人教会から献金を募り、それをエルサレム教会に捧げようと計画していたのです。その間の事情が27節以降にあります「彼ら(異邦人信徒)は喜んで同意しましたが、実はそうする義務もあるのです。異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります。それで、私はこのことを済ませてから、つまり、募金の成果を確実に手渡した後、あなたがたのところを経てイスパニアに行きます」(15:27-28)。
・しかしパウロがエルサレムに戻ることは命の危険がありました。何故ならばパウロは熱心なユダヤ教徒でしたが、復活のイエスに出会ってキリスト教に回心しており、ユダヤ教徒から見れば「裏切者」として命を狙われており、またエルサレム教会の保守的キリスト者からは「律法を軽んじる異端者」として排斥されていたからです。使徒行伝によりますと、エルサレムに向う途中でパウロはエペソ教会の人々に会いますが、その時、身の危険を感じていることを人々に告げます「今、私は、"霊"に促されてエルサレムに行きます。そこでどんなことがこの身に起こるか、何も分かりません。ただ、投獄と苦難とが私を待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でもはっきり告げてくださっています」(使徒20:22-23)。しかし彼はそれでもエルサレムに行きます。果たすべき仕事があるからです。パウロは語ります「自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません」(使徒20:24)。
・パウロは今ローマの人々への手紙を締めくくるに当たり、ローマの信徒たちに祈ってほしいと伝えます「兄弟たち、私たちの主イエス・キリストによって、また、"霊"が与えてくださる愛によってお願いします。どうか、私のために、私と一緒に神に熱心に祈ってください、私がユダヤにいる不信の者たちから守られ、エルサレムに対する私の奉仕が聖なる者たちに歓迎されるように」(15:30-31)。

2.それからのパウロに起きた出来事

・パウロは今、エルサレムに向かおうとしています。そのエルサレムでは、「投獄と苦難」が待っていると懸念されます。それでも彼はエルサレムに向かいます。ちょうど、イエスがエレサレムで死が待っていることを承知の上でエルサレムに行かれ、十字架にかかられて死なれたように、です。十字架上でイエスは神に訴えられます「わが神、わが神、何故私をお見捨てになったのですか」(マルコ15:34)。イエスは絶望の内に死なれましたが、神はその絶望の叫びを聞いてイエスを「起された」(復活させられた)。パウロはイエスと同じ運命が自分を待っているかもしれないと危惧していました。
・パウロはエルサレムに行き、懸念したようにユダヤ教の過激派の人々に襲われ、投獄され、2年間カイザリアの牢獄に幽閉されます。エルサレム教会はパウロの助命のために何の努力もしませんでした。二年間の長い、失望の時が流れました。しかしパウロはあきらめません。彼は獄中からローマ皇帝に上訴し、裁判を受けるためにローマへ移送されます。その結果、パウロは夢にまで見たローマに行きます。使徒言行録は記します「パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた」(使徒28:30-31)。
・パウロが夢見た出来事が、逮捕・監禁という苦難を通して、実現したのです。これが神の御業、人間には計り知ることの出来ない神の摂理です。神は時に私たちを危険や苦難から救出するのではなく、危険や苦難を通して、その業を実現させられます。箴言は語ります「人間の心は自分の道を計画する。主が一歩一歩を備えてくださる」(箴言16:9)。人間は計画し、神が導かれる。従って人間の計画通りには物事は進まない。しかしその結果を見て人は驚嘆する「神の御業は素晴らしい」と。パウロの生涯を見るとまさにその通りだと思えます。

3.万事が益となるように共に働かれる神

・今日の招詞にローマ8:28を選びました。次のような言葉です「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、私たちは知っています」。パウロは多くの論敵との戦いの中で伝道を進めました。パウロが開拓伝道したガラテヤ教会は「割礼を受けなければ救われない」と主張するユダヤ主義者の影響の中で、パウロから与えられた福音を捨てました(ガラテヤ5:13-15)。コリントの教会の中にもパウロではなく、ペテロこそが本当の使徒であり(1コリント1:12)、パウロは「手紙では重々しく力強いが、実際に会ってみると弱々しい人で、話もつまらない」と非難する人も出ています(2コリント10:10)。パウロの伝道活動は失望の連続だったのです。しかしパウロは希望を捨てません。自分の業は神の御心に沿っていることを信じていたからです。彼は「御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように神が共に働く」ことを信じていました。
・パウロはローマに行った2年後、紀元62年ごろ、ローマで殉教したと言われています。人間的に見れば無念の死です。しかし、信仰的に見れば、栄光の生涯です。人にとって最も大事なものは何でしょうか。事業の成功でしょうか。華々しい成功をおさめることでしょうか。生前のパウロは現在のような「大使徒」との評価を受けていませんでした。パウロの評価が高まったのは、紀元70年にエルサレムがローマにより破壊され、それに伴いエルサレム教会が消滅した後です。エルサレム教会消滅後、教会の主力はコリントやローマ等の異邦人教会となり、異邦人伝道に尽くしたパウロの評価が高まってからです。多くの偉人の生涯も似ているように思います。画家のヴァン・ゴッホの評価が高まったのは彼の死後で、生前に売れたゴッホの絵は1枚だけだと言われています。その値段は400フラン(4万円)、いま彼の絵は数十億円で取引されています。
・人の生涯の意味を何なのでしょうか。他者評価ではありません。イザヤは語りました「私は思った、私はいたずらに骨折り、うつろに、空しく、力を使い果たした、と。しかし、私を裁いてくださるのは主であり、働きに報いてくださるのも私の神である」(イザヤ49:4)。この御言葉と同じ心境を歌った「無名戦士の詩」が残されています。次のような言葉です「大きなことを成し遂げる為に、強さを求めたのに、謙遜を学ぶようにと弱さを授かった 。偉大なことをできるようにと健康を求めたのに、より良きことをするようにと病気を賜った。幸せになろうとして富を求めたのに、賢明であるようにと貧困を授かった。世の人々の賞賛を得ようと成功を求めたのに、得意にならないようにと失敗を授かった 。人生を楽しむためにあらゆるものを求めたのに、あらゆるものを慈しむために人生を賜った 。求めたものは一つとして与えられなかったが、願いはすべて聞き届けられた 。私はもっとも豊かに祝福されたのだ」(加藤諦三著「無名兵士の言葉」より)。
・この詩は、南北戦争に従軍した南軍の兵士がつくったものであろうと言われています。この無名兵士の詩が広く人びとに知られるようになったのは、1950年代、元大統領候補だったA.スティーブンソンがクリスマスカードに記したことがきっかけです。彼は1952年と1956年の大統領戦に民主党候補として出馬しましたが、二度とも、アイゼンハワー大統領に敗北します。失意のさなかに、彼は田舎の教会でこの詩をみつけ、深い感銘を受け、それをクリスマスカードに記し、その贈られたカードを見て、多くの人が口ずさむようになりました。「人生を楽しむためにあらゆるものを求めたのに、あらゆるものを慈しむために人生を賜った 。求めたものは一つとして与えられなかったが、願いはすべて聞き届けられた 。私はもっとも豊かに祝福されたのだ」。聖書は私たちに「幸福な人生」を約束しません。しかし「意味ある人生」を約束します。人の評価ではなく、神の評価を求める生き方です。神の前に富むとはそのような人生ではないでしょうか。時なのです。


投稿者 : admin 投稿日時: 2017-06-11 15:54:23 (94 ヒット)

1.お互いを裁きあうローマ教会の人々

・アドベントを迎えています。今日がアドベント第三主日で、次週はクリスマス礼拝の時を迎えます。私たちは毎年クリスマスには、「おめでとう」と挨拶しますが、それは何故でしょうか。イエス・キリストがお生まれになったことが、2000年前に起こった出来事というだけにとどまらず、今生きている私たちにとっても重大な意味を持つ出来事だからです。キリストの降誕によって世界は新しくなった、私も新しくされた、その新しい世界に生きる新しい私たちはどう生きればよいのか、それを考える時がクリスマスの時です。今日はローマ14章を通して、クリスマスの意味を考えてみます。
・パウロはローマ書1-8章で、神は私たちを救うためにキリストを遣わされたと述べ、続く9-11章で反逆したイスラエルさえ神は救おうとされていると述べました。今日読みます12章以下はこの神の側からの救済行為に対し、私たちはどう応答すべきかを述べています。パウロは12章の初めで言います「兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生ける生贄として献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい」(12:1-2)。私たちは新しく生まれ変わった、今私たちは天に国籍を持つのであって、地にのみ属する世の人とは根本的に生活が変えられた。「罪はもはや、私たちを支配することはない。私たちは律法の下ではなく、恵みの下にいる」(6:14)からだとパウロは言います。
・しかし「恵みの下にいる」はずの私たちが、相変わらず罪を犯し続け、天に国籍を持つ人の集まりである教会もまた罪を犯し続けています。ローマ書はパウロがローマ教会に送った手紙ですが、何故パウロはこの手紙を書いたのか。それはローマ教会の中に争いがあり、そのような無益な争いを止めるようにパウロは手紙を書いたのです。その争いが14章に書かれています。パウロは書きます「信仰の弱い人を受け入れなさい。その考えを批判してはなりません」(14:1)。14:2以下の記述を見ますと、宗教的な配慮から肉食を避け、野菜だけを食べる人たちが教会内にいて、パウロはその人たちを「信仰の弱い人」と呼んでいます。教会のある人たちは「何を食べても良い」と信じていましたが、別な人たちは、「肉を食べることは罪だ」と考えていたようです(14:2)。
・何を食べても良いとする人たちは、おそらく多数派の異邦人キリスト者で、彼らはギリシャ・ローマの流れを汲む自由主義者でした。他方、肉を食べてはいけないとする人たちは少数のユダヤ人キリスト者で、ユダヤ教の禁欲的な伝統で育ち、穢れたものは食べていけないという教えを守って来た人々と思われます。当時は異教神殿で動物犠牲として捧げられた肉が市中に出回っており、肉を食べるという行為は偶像の神に捧げられたものを食べることとなり、それはいけないと考えたユダヤ人信徒が多かったのでしょう。ユダヤ教には厳しい食物規定があり、それを守ることが信仰だと考える人々がいたのです(使徒15:29)。その中で、自由主義者たちは、禁欲的な人々を「信仰の弱い者」として軽蔑し、他方ユダヤ人信徒は節度を守らない人々を「罪人」として裁いていたようです。パウロはこのような人々に言います「食べる人は、食べない人を軽蔑してはならないし、また、食べない人は、食べる人を裁いてはなりません」(14:3a)、何故ならば「神はこのような人をも受け入れられたからです」(14:3b)。
・パウロの考え方は明白です。彼は言います「それ自体で汚れたものは何もないと、私は主イエスによって知り、そして確信しています。汚れたものだと思うならば、それは、その人にだけ汚れたものです」(14:14)。イエスは言われました「外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが人を汚すのである」(マルコ7:15)。だからパウロは何を食べても良いと考える人たちを律法の規制から解放されているという意味で「信仰の強い人」と呼び、食べてはいけないと思い込んでいる保守的な人たちを「信仰の弱い人」と言ったのでしょう。では何を食べても良いのだから自由主義者が正しいのか、パウロは違うと言います。たとえ何を食べても良いとしても、「肉を食べることでつまずく人がいるのに、肉を食べるのは間違っている」と彼は言います。「あなたの食べ物について兄弟が心を痛めるならば、あなたはもはや愛に従って歩んでいません。食べ物のことで兄弟を滅ぼしてはなりません」(14:15a)。何故ならば「キリストはその兄弟のために死んでくださったのです」(14:15b)。正しい行いであっても、その行いが人を傷つける時、それは正しいものではなくなります。パウロは続けます「 食べ物のために神の働きを無にしてはなりません。全ては清いのですが、食べて人を罪に誘う者には悪い物となります」(14:20)。
・また、ある人たちは「特定の日」を重んじていました。ちょうど私たちが「仏滅」や「友引」を気にするのと同じです。熱心なユダヤ人は特定の日に断食する風習がありましたが、自由主義者はそれを見て「何と不自由な生活をしているのか。信仰は人を解放するものではないか」と嘲笑したのかも知れません。しかし、ここでパウロは繰り返します「特定の日を重んじる人は主のために重んじる」(14:6)。相手を理解し、受け入れないのはあなたにキリストの愛がないからだと。

2.全ては許されているが、全てが益になるわけではない

・「食べ物のことで兄弟を滅ぼしてはなりません」、この言葉を私自身が体験したことがあります。私たち家族は10数年前に、仕事でオーストラリアに6年間駐在しました。その地で、日本で宣教師として働き、引退してシドニー日本人教会の牧師をされていたヘイマン夫妻と出会いました。ある時、ご夫妻を食事に招いた時、ヘイマン先生はワインを一滴も飲まれませんでした。ワインを飲まないオーストラリア人に出会ったのは初めてでした。理由を尋ねた時、先生は言われました「あなたがたはワインを楽しみなさい。ワインは神様からの贈り物です。でも私は飲みません。お酒を飲むことによってつまずく人がいるかもしれないからです」。ヘイマン先生は、自分は飲んでもかまわないと思っても、他者のために「飲む自由」を捨てました。ここに福音信仰を生きている一人のクリスチャンがいました。私が後年牧師になった理由の一つは、ヘイマン先生の生き方に対する感動があったような気がします。
・パウロは言います「食べる人は主のために食べる。神に感謝しているからです。また、食べない人も、主のために食べない。そして、神に感謝しているのです」(14:6b)。多様性の中にあってお互いを受け入れあう、それが教会の理想ですが、現実の教会はそうではありません。現実の教会は内部争いばかりしている、そこに問題があります。現在、日本キリスト教団では「主の晩餐式(聖餐式)」を巡る争いが起きています。「まだ洗礼を受けていない人は主の晩餐にあずかってはいけない」と考える教団主流派の人々が、未洗礼者を含む礼拝参加者全員への晩餐を実行し、是正勧告に応じなかった牧師を免職したのです。主の晩餐を洗礼者だけに限るか、全ての人に開放するかは、いずれも聖書的根拠があり、神学的に争いのある事柄ですが、それが牧師の免職まで行けば、まさにローマ教会と同じ「裁き」がなされていると考えざるを得ません。クリスチャン人口1%の日本で求められているのは、いまだキリストを受け入れない人々にどのように伝道すべきかの知恵と実践であり、外部の人々にはどちらでもよい事柄で内輪もめすることではないでしょう。パウロは言います「私たちは生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。キリストが死に、そして生きたのは、死んだ人にも生きている人にも主となられるためです。それなのに、なぜあなたは、自分の兄弟を裁くのですか。また、なぜ兄弟を侮るのですか。私たちは皆、神の裁きの座の前に立つのです」(14:8-10)。人と言う視点で見れば「裁き」が必要かもしれませんが、神の前では「愛、赦しあい」が求められています。

3.教会の一致のために

・今日の招詞にローマ12:4-5を選びました。次のような言葉です「というのは、私たちの一つの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、私たちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです」。私たちは多くの兄弟姉妹と共に教会を形成します。部分が集まって全体(教会)を形成しています。部分である個人個人は多様な価値観と世界観を持ちます。お酒を神が下さった恵みとしていただく人もいるし、酒の害を見てお酒を飲むことは罪だと思う人もいます。肉を食べても良いと考える人もいれば、肉は動物の生命を絶って食べるのだから、「殺すな」という戒律に反すると考える人もいます。どちらが間違っているのでもなく、どちらも正しい。
・しかし、教会において求められるのは人の正しさではなく、神の正しさです。「神の国は、飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです」(14:17)とパウロは言います。「肉を食べてもよいか」、「未受洗者に晩餐を配っても良いか」という問題は、「神はこの人をも受け入れられた」、「キリストは彼のためにも死なれた」という真理の前では些細な問題です。その些細な問題で教会を壊してはいけない。パウロはコリント教会への手紙の中で述べます「全てのことが許されている。しかし、全てのことが益になるわけではない。全てのことが許されている。しかし、全てのことが私たちを造り上げるわけではない」(汽灰螢鵐10:23-24)。自分の正しさだけを主張していく時、教会は壊れるのです。
・教会の中には信仰の立場の違いが生じるのは当然です。主の晩餐式やバプテスマの理解も人により異なるでしょう。その時、異なる人を排除するではなく、多様性を認めて行くのが教会です。何故ならば、裁きをなさるのは神であって私たちではないからです。パウロは言います「なぜあなたは、自分の兄弟を裁くのですか。なぜ兄弟を侮るのですか。私たちは皆、神の裁きの座の前に立つのです」(14:10)。この世にあっては「違う者」は排他されます。しかしあなたがたは「食べ物のことで兄弟を滅ぼしてはなりません。キリストはその兄弟のために死んでくださったのです」(14:15)。教会でこの世と同じ裁きがされているとしたら、あなた方の信仰はどこにあるのかとパウロは問いかけます「もう互いに裁き合わないようにしよう。むしろ、つまずきとなるものや、妨げとなるものを、兄弟の前に置かないように決心しなさい」(14:13)。お酒を飲んでもかまわない、全ては許されているのだから。しかし、あなたがお酒を飲むことで兄弟がつまずくのであれば、兄弟の前でお酒を飲むのを止めなさい。
・何をしても良いが、隣人への愛が行為を制約します。キリスト者の自由とは、自分の権利を相手のために放棄することです。キリストが来て下さった、私のために死んでくださった、この愛を知った時に私たちは根底から変えられます。私たちはキリストが私たちを赦してくれたのだから、他の人を赦します。たとえ誰かが私たちを憎み私たちにつばを吐きかけようと、私たちはつばを吐き返すことをしません。キリストは彼のためにも死んで下さったのですから。病気の人が教会に来ても病気が良くなるわけではありません。貧乏な人が教会に来ても金持ちになるわけではありません。しかし、病気のままに、貧乏のままに祝福を受けるのが教会です。外部状況は変わらなくとも内側から新しい人間に変えられて行くのが、教会と言う場です。その教会にあって、「互いに争いあうのは止めなさい。自分と違うものを受け入れなさい。全ては許されているが、全てが良いものを作り上げるのではないことを知りなさい」とのパウロのメッセージこそ、クリスマスを迎えるこの時に聞くべき使信です。


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