すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

投稿者 : admin 投稿日時: 2011-05-25 17:02:40 (5162 ヒット)

「あっぱれな被災者を見た 『ケセン語訳新約聖書』著した医師・山浦玄嗣さん」という記事が朝日新聞大阪版2011年05月16日夕刊に掲載されました。大阪版ゆえに読んでいない方も多いでしょうから、ここに掲載します。 

岩手県大船渡市の医師山浦玄嗣(はるつぐ)さん(71)は、新約聖書の四つの福音書を地元・気仙地方の言葉に翻訳した「ケセン語訳新約聖書」の著者としても知られています。地元のカトリック教会に通う山浦さんは、東日本大震災の大津波が襲った三陸の診療室で何を見たのでしょうか。 

3月11日午後2時46分。私が理事長の山浦医院の午後の診察が始まる時間でした。自宅のすぐ隣にある医院に入ると間もなく、大きな横揺れを感じました。揺れはいつまでも収まらず、船酔いみたいに吐き気がしてきたころ、ようやく静まりました。幸い自宅も医院も床上に浸水しただけで済みました。でも、津波でたくさんの友だちが死に、ふるさとは根こそぎ流された。黒い津波が押し寄せるのを見て、イエスが十字架で叫んだ「わたしの神よ、わたしの神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか?」を思い出しました。この一節は当時よく知られた詩の冒頭で「あなたに依(よ)り頼んで、裏切られたことはない」と締めくくられます。イエスは力尽きて、最後まで口にできなかったとされています。苦悩のなかで毒づきながら、それでも神への信頼は揺るがない。私も同じです。 

重油と下水と魚の死骸が混じった真っ黒で粘っこい泥をなんとか片づけ、14日の月曜日から医院を開けました。津波の後には寒い日が続きました。患者さんは停電し暗い待合室で、私が用意した毛布にくるまっていました。60人はいたでしょうか。患者さんには薬が必要なのです。不通になった鉄道の線路伝いに、家族のため雪で真っ白になり2時間かけ歩いてきたおじさんがいました。「遠いところ悪いが、5日分しか出せないよ」と言うと、ひとこと「ありがたい」。2時間かけて帰っていきました。もっと欲しいと言った患者さんもいます。でも「薬はこれだけしかない」と諭すと、はっとした顔になり「おれの分を減らして、ほかの人に」と譲りあってくれました。 「ががぁ(妻を)、死なせた」。目を真っ赤にしながらも涙をこらえた人。「助かってよかったなあ」と声をかけると、「おれよりも立派な人がたくさん死んだ。申し訳ない」と頭を下げた人。気をつけて聞いていましたが、だれひとり「なんで、こんな目に遭わないといけねえんだ」と言った人はいません。そんな問いかけは、この人たちには意味がありません。答えなんかないのです。この人たちが罪深いから被災したのでもありません。災難を因果応報ととらえる考えに、イエスは反対しています。 

人はみんな死にます。しかも、死はどれも理不尽なのです。でも、無駄な死はひとつもありません。死には必ず意味があります。診療室の人たちは不遇を嘆くのではなく、多くの死者が出た今回の出来事から何かを聞き取ろうとしていたのかもしれません。必要以上に持ち上げるつもりはありません。しかし、あのつらいなか、意味のない問いかけをすることなく、人のために何ができるか、本当に生き生きとした喜びを感じるには何をすればいいのかと、懸命に生きていました。あっぱれな人たちに、私は出会えたのです。


投稿者 : admin 投稿日時: 2011-05-22 15:47:48 (1230 ヒット)

5月22日は証しと説教をビデオ撮影しましたが、撮影に失敗しました。音声は録音されていますので、音声でお聴きください。


投稿者 : admin 投稿日時: 2011-04-20 08:40:33 (2628 ヒット)

 イザヤ24:17-20は人間の罪の故に、天の水門は開かれ(大洪水が来る)、地の基は震え動く(大地震が起こる)との預言が記されている。大地震と大洪水、まるでこの度の東日本大震災を預言したような箇所だ。
-イザヤ24:17-20「地に住む者よ、恐怖と穴と罠がお前に臨む。恐怖の知らせを逃れた者は、穴に落ち込み、穴から這い上がった者は、罠に捕らえられる。天の水門は開かれ、地の基は震え動く。地は裂け、甚だしく裂け、地は砕け、甚だしく砕け、地は揺れ、甚だしく揺れる。地は、酔いどれのようによろめき、見張り小屋のようにゆらゆらと動かされる。地の罪は、地の上に重く、倒れて、二度と起き上がることはない」。

 イザヤ24−27章はイザヤ黙示録と呼ばれる。時代背景はわからない。おそらくは紀元前2〜3世紀の預言者がイザヤ書を再解釈し、ここに編入したのではないかと思われる。イザヤ24−27章の預言者もこの終末待望の中にある。24章は神の世界審判の預言だ。神は新しい世界を創造されるために、旧い世界を破壊される。「主は地を裸にして荒廃させ」、創造以前の混沌への復帰が預言される。
−イザヤ24:1-3「見よ、主は地を裸にして、荒廃させ、地の面をゆがめて住民を散らされる。民も祭司も、僕も主人も、女の僕も女主人も、売る者も買う者も、貸す者も借りる者も、債権者も債務者も、すべて同じ運命になる。地は全く裸にされ、強奪に遭う。主がこの言葉を語られた」。

 私たちはこのような終末預言をどのように聞くのであろうか。パウル・ティリッヒは、第二次世界大戦直後、イザヤ24:18「地の基ふるい動く」という説教を行った。二度の世界大戦を経験し、広島やアウシュヴィッツの悲惨を見た者は、もはや人間の善意に期待する楽観的な説教をすることは出来ない。
−「これらの言葉を真剣に取り上げないで過ごした数十年、否、数世紀さえもがあった。しかし、そうした時代は過ぎ去ったのである。今やわれわれは、こうした言葉を真剣に考えなければならない。なぜなら、彼らの言葉は、人間の大多数が今日経験し、またおそらく余り遠くない将来において全人類が嫌というほど経験することであろうこと、すなわち、『地の基がふるい動く』ということを目の当たりに見るように描いているからである。預言者の幻は、今や歴史的現実とさえなろうとしている。『地は全く砕け』という言葉は、もはや単なる詩的形容ではなく、厳しい現実である。これこそ、今や、われわれが足を踏み入れた時代の宗教的意義である」。
 
 日本列島は地震と津波と台風のリスクにつねにさらされている。天災は列島住民にとって不可避の運命であり、私たちは「天災にどう対処すればいいのか」を知っている。だから私たちは時間と共にそこから立ち直る事は可能である。しかし、今回の震災の最も大きな問題点は、原子力発電所の被災とそれに伴う放射能汚染を回避できなかった人災にある点だ。「天災は裁きではない、しかし人災は罪の結果起こる」、ティリッヒは語る。
−「人間は地の基を震い動かす力を創造的な目的のために、進歩のために、平和と降伏のために用いることができると考えてきた。人間は何故神の創造の業を継承できないのか、何故神になってはいけないのかと問いかけてきた・・・そして人間はその力をワルシャワ、広島、ベルリンで用いてきた。その結果、何が起きたのか」。

 その結果起こったことは「地の基を震え動かすような」破壊であった。それは人間の想像を絶するものであった。イザヤが述べたような出来事が起こった。
-イザヤ24:5-6「地はそこに住む者のゆえに汚された。彼らが律法を犯し、掟を破り、永遠の契約を棄てたからだ。それゆえ、呪いが地を食い尽くし、そこに住む者は罪を負わねばならなかった。それゆえ、地に住む者は焼き尽くされわずかの者だけが残された」。

 ここで私たちは預言者たちが何故「地の基震え動く」と預言することができたかを知らねばならない。預言者たちは破壊の先に救いを見た。例え地の基は震え動くとも、そこに「動かざる存在を見た」のだ。裁きは滅びではなく救いなのだ。「人を救うために主は裁かれる」、そこに私たちは希望を見る。
−イザヤ51:6「天に向かって目を上げ、下に広がる地を見渡せ。天が煙のように消え、地が衣のように朽ち、地に住む者もまた、蚋のように死に果てても、私の救いはとこしえに続き、私の恵みの業が絶えることはない」。


投稿者 : admin 投稿日時: 2011-04-20 08:24:18 (1524 ヒット)

受難日礼拝
4月22日(金)19時〜20時 説教:水口仁平協力牧師

イースター礼拝
4月24日(日)11時〜12時 説教:川口通治主任牧師

いずれも西尾家会堂 東京都江戸川区南篠崎町1-20-9で行われます。


投稿者 : admin 投稿日時: 2011-04-07 08:47:58 (6147 ヒット)

関東大震災の時に、宣教師J.V.マーティンによって、「とおきくにや」が作られ、やがて讃美歌となっていきました。今回の東日本大震災を思うとき、私たちへの励ましの言葉になるような気がします。以下は聖歌の友社 「聖歌撰の解説」よりの引用です。

J.V.マーティンは自作の手書きの原稿をわたしながら次のように語った「東京大震災の9月1日(1923年)の夜、多くの罹災者が芝白金の明治学院の運動場で夜をむかえました。九死に一生を得た人々に蚊やとろうそくが支給されました。その夜、たまたま東京にいた私は明治学院に見舞いに来たところ、蚊やの中で点火されたろうそくの火が丁度、暗の中の十字架に見えたのです。私はさっそくペンをとりこの詩を書きあげ、その後大阪に帰ってこの曲をつけました」。その後中田羽後の訳でロードヒーバーが横浜のYMCAで歌ったのが世界の初演であった。作者マーティンは大阪市立高等商業学校(今の市立大学)の英語講師で大阪に在住していた。

遠き国や海の果て いずこにすむ民も見よ
なぐさめもてかわらざる 主の十字架は輝けり
なぐさめもてながために
なぐさめもてわがために
揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けリ

水はあふれ火は燃えて 死は手ひろげ待つ間にも
なぐさめもて変わらざる 主の十字架は輝けリ
なぐさめもてながために
なぐさめもてわがために
揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けリ

仰ぎ見ればなど恐れん 憂いあらず罪も消ゆ
なぐさめもてかわらざる 主の十字架は輝けリ
なぐさめもてながために
なぐさめもてわがために
揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けリ


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