すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

投稿者 : admin 投稿日時: 2009-08-23 21:02:46 (1091 ヒット)

チャペルコンサートは16時半開場、17時開演で、終了は18時半を予定しております。先の案内では17時開場とご連絡しましたが、ご訂正ください。

篠崎キリスト教会 川口通治


投稿者 : admin 投稿日時: 2009-08-22 08:52:03 (1676 ヒット)

音楽に表された聖書の言葉(8/29チャペルコンサート説教原稿から)

9.11テロ現場の犠牲者を追悼する集会の中で歌われ、さらには教会の礼拝の中で歌われた歌がある。ポール・サイモンが作った「明日に架ける橋」だ。

「明日に架ける橋」はこういう歌詞だ
「あなたが疲れてどうしようも無くなった時、涙があふれて止まらない時、私がその涙をぬぐおう。私はあなたの側にいる。つらい時、友があなたを見捨てて誰もいなくなった時、私は自分の身を投げて、この荒海の上に橋を架けよう」。

それはヨハネが新約聖書・黙示録の中で歌った、来るべき神の国の有様だ。
「神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる」。そして「もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない」。

何故なら、キリストが全ての人の贖いとして自分の身を投げて下さった、神の側から私たちの方に橋を架けて下さった。だから私たちもこの荒海に、怒りと悲しみが分断してしまったこの海に橋を架ける。「明日に架ける橋」は現代の讃美歌なのだ。


投稿者 : admin 投稿日時: 2009-08-16 08:35:21 (8718 ヒット)

「あなたに届けたい聖書の言葉・聖人の名言」(2009.8.16 Vol.032 作家 中井俊已)からの転載です。

あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。

人はどんなときに幸福を感じるのでしょうか。
多くの場合、何か望んでいたものを受けたとき、与えられたときかもしれません。
 
思いがけずに素敵なプレゼントをもらったとき、人から感謝されたとき、親切にされたときなど、やはり嬉しいものです。
 
ところが、「受けるよりも与える方が幸いである」と聖書は言います。人に何かをしてあげたらとても喜ばれて、自分も嬉しくなった経験がおありでしょう。人は互いに与え合うことによって幸福になれます。

でも、自分には与えるものなど何もないとおっしゃる方もいるでしょう。
何もなければ、あなたの愛と親切を与えればよいのです。
それは、あなた自身を分け与えることかもしれません。

たとえば、忙しいと感じているときでも、自分の時間を少しだけでも家族のために使い家族を喜ばせること。自分の好みを少しばかり押さえ、家族が喜ぶ何か小さいことをしてあげること。自分の話ばかりせずに、話を聴いてほしがっている人の声に耳をかたむけること、など。
 
このようにわたしたちが自分自身を与えることによって、わたしたちのまわりに幸福は生まれます。

マザー・テレサのことばです。
「親切で、慈しみ深くありなさい。あなたに出会った人がだれでも、まえよりももっと気持ちよく、明るくなって帰るようになさい。神さまのご親切の生きたしるしとなりなさい。親切があなたの表情に、まなざしに、ほほえみに、温かく声をかけることばに表われるように」


投稿者 : admin 投稿日時: 2009-08-12 20:11:17 (1288 ヒット)

8月12日(水)、13日(木)の祈祷会は夏休みになります。祈祷会は8月19日(水)から再開します。

篠崎キリスト教会 牧師 川口通治


投稿者 : admin 投稿日時: 2009-05-27 09:47:06 (1382 ヒット)

水曜日の祈祷会では、これまで新約聖書を読んできましたが、先週のマルコ福音書読了で新約全巻の学びが終わりましたので、今後は詩篇を読んでいきます。

詩篇はもちろん旧約聖書に属しますが、イザヤ書と並んで新約聖書に最も多く引用されている書です。一例を上げれば、イエスの公生涯は詩篇で始まり(詩篇2:7)、詩篇の言葉で終わっています(詩篇22:2)。シナゴークで教育を受けた人々(イエスや弟子たち)にとって詩篇はもっとも身近な御言葉であり、常に口をついて出てきたのでしょう。

今回は、旧約聖書の一部としてではなく、新約をもう一度読み直すという視点で詩篇を読んでいきたいと思います。


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