すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

投稿者 : admin 投稿日時: 2008-07-19 19:07:03 (1002 ヒット)

 毎月第三土曜日の16時から、葛西南高校の裏手、喫茶ロビンにて葛西集会を行っています。短い礼拝の後、コーヒーを飲みながら、語り合う場です。

 今月は今日19日に行われ、数名の方々と、最近ニュースが多い過労死の問題について申命記を元に考えました。

 長時間労働が過労死の原因で、働く人に長時間労働を強いる経営者側の姿勢が過労死をもたらしていますが、同時に、休んで周りに迷惑をかけてはいけないという働く側の問題もあるようです。

 自分が過労という奴隷状態にあることを認識できない、世の束縛から自由でないと言う問題が出エジプトの出来事を読むことによって浮き彫りにされるような気がしました。

 説教本文を書庫に掲載しましたので、よろしければお読み下さい。

 なお、次回は8月16日16時からです。

川口通治


投稿者 : admin 投稿日時: 2008-07-04 10:16:42 (1109 ヒット)

 毎週水曜日午後7時半から行っていました聖書研究祈祷会(旧約聖書)の学びは7月10日より木曜日午前10時半から行うことになりました。

 今まで旧約・列王記を読んでいましたが、7月2日に読了し、今度はイザヤ書を読み始めます。新しい書の開始を契機に、より参加しやすい時間帯に変更しました。

 水曜日午前の新約聖書の学びと共に、この旧約の学びにも、皆様の参加をお待ちしております。

川口通治


投稿者 : admin 投稿日時: 2008-06-29 21:59:26 (1331 ヒット)

 6月29日15時より、水口仁平協力牧師の就任式が行われました。メインゲストは水口兄の出身、品川バプテスト教会の日隈先生でした。水口兄とは55年のお付き合いのある先生です。

 81歳は通常は牧師退任の年齢です。しかし、神様は水口兄を81歳での牧師として召してくださいました。この召しは水口兄の60歳からの20年間の学びの上に成り立っております。

 いつ始めても良い、遅すぎることはない、そのことの証の場となった就任式だったような気がしました。

(就任式の説教他を音声ページに収録いたしました。よろしければお聞き下さい)

川口通治


投稿者 : admin 投稿日時: 2008-06-22 21:42:13 (976 ヒット)

本日の教会学校のテーマは
『主の食卓を囲んで』(マタイ福音書14:12〜26)
から、最後の晩餐についてでした。

晩餐に関して、一人一人感想など
自由に思った事を述べる時間の中で
山根さんが言ったことが非常に心に残りました。


『食卓が飽きないようにする・・・』


その瞬間に『初めの愛』に戻るという
ヨハネ黙示録に見られる7つの教会へ
チャレンジを贈る内容の一つが想い起こされました。

家庭の主婦や、またはそれに代わる家事に従事
している方であれば、3度の食事を“工夫”して
用意するという事が、どれだけ“時間”と“能力”を
捧げなければいけないか・・・ご存知だと思います。

例えば、結婚当初は愛する家族のために頑張って
美味しい・素敵な食卓を工夫する・・・

それが1年・・2年・・・・・・時間が経つにつれ
多少の手際の良さがあったとしても
“手抜き”な要素は否めません。


主の聖餐をあずかるとき、この食卓は
決して“手抜き”ではなく、いつでも
『全身・全霊の愛』が注がれている事を
本当に有難たく想います。


だから『食卓が飽きないように』・・・・・

いつでも主に救われた“初めの愛”に
戻るというチャレンジが与えられましたので

“手抜き”どころか、イエス様がこんなにも
愛して、ご自分の身体までも捧げてくださった
事を感謝しながら、次回に用意されている
聖餐式を迎えたいと想います。


2008,6,22 K・S


投稿者 : ゲスト 投稿日時: 2008-06-21 14:17:21 (1403 ヒット)

 前にこの広場に投稿があった、マタイ20章「ぶどう園の労働者」のたとえを読み直してみました。読めば読むほど不思議な物語です。次のような物語です。

 「ぶどう園の主人が夜明けに出かけて行き、一日1デナリの約束で労働者をぶどう園に送った。9時ごろに行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、ぶどう園に送った。12時、3時にも同じようにした。5時ごろにいくとほかの人々が立っていたので、またぶどう園に送った。夕方になって、5時に雇われた人たちは1デナリを受け取った。最初に雇われた人たちはもっと多くもらえるだろうと思っていたが、1デナリだったので、主人に不平を言った。だが主人は『最後の者にも同じように支払ってやりたいのだ』と言った」

 公平、あるいは平等という観点から見ると、12時間働いた人たちの不平は当然です。働いた成果によって評価されるのが、この社会の約束です。

 他方、全ての人に門戸が開かれていても、全ての人が成功するわけではなく、失敗者はこの世で冷たい扱いを受ける現実から見るとき、負けた人に限りなく暖かい目を注ぐ主人に、私たちは共感します。

 先日起きた秋葉原の無差別殺傷事件の犯人は派遣労働者として「もののような扱いを受けていた」と告白しています。本人が事件を起こしたきっかけは、勤務先から派遣契約を中途解約される予定を知らされたことにあるとも言われています。働きたい人は、正社員になれて、定時の仕事だけで生活できる社会にしなければ、このような事件はまた起きるかも知れません。

 主人は何故1時間しか働かない人に、1デナリを支払ったのでしょうか。それは1デナリがないと今日のパンが食べられないからです。5時から働いた人は怠けて1時間しか働かなかったのではなく、他の人たちと一緒に職を求めて朝から広場にいたのです。しかし、労働に向かないと見られたのか、6時にも9時にも12時にも雇ってもらえなかった。父なる神は、この人々の悲しさを知って彼らを12時間働いた人と同じに待遇して下さったのです。

 この物語は「後にいる者が先になり、先にいる者は後になる」と言う言葉で閉じられています。

 秋葉原事件の犯人は25歳でした。25歳で、「将来はない、道は閉ざされている」と感じる人々がいることに、私たちは衝撃を受けます。30歳でも、40歳でも、また80歳でも、常に道は開いている。朝6時に雇われた人ばかりでなく、12時に雇われた人も、更には夕方の5時に雇われた人さえにも、今日必要なパンを与えてくださる神がおられる。この物語の意味を伝える必要があるように思います。

川口通治


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