すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

投稿者 : admin 投稿日時: 2018-05-06 19:19:40 (134 ヒット)

1.コリント教会の実情と愛の賛歌

・今日、私たちはコリント人への第一の手紙13章を読みます。この箇所は「愛の賛歌」として有名で、結婚式等でよく読まれる箇所です。「愛は忍耐強い、愛は情け深い、愛はねたまない・・・」、美しい言葉が迫ってきます。しかし、このコリント13章に何故突然に愛の讃歌が出てくるかを私たちは知る必要があります。それは愛の賛歌を書かざるをえないような状況がコリント教会にあったからです。コリントの教会の中には、「私はパウロに」、「私はアポロに」という派閥争いがありました。「父の妻を自分の妻にしている」人のことが出てきます。今日で言うセクハラ、倫理の乱れがあったのです。教会内に財産をめぐる争いもありました。また結婚を肉の業として卑しむ風潮もありました。直前の12章では、異言を語る人々が自分たちは聖霊を受けているが、あなた方はそうではないと見下す傾向があったことが伺えます。コリント教会はあまりにも多くの問題を抱えていました。そこには愛が欠けていました。だから、パウロは「あなた方に今一番必要なものは、愛なのだ」と書き送っているのです。
・今日、私たちは愛の賛歌を12章27節からの区切りで読みます。そのことによって、パウロのいう愛とは何かがより鮮明に浮かび上がって来ます。12章でパウロは「教会はキリストの体であり、あなたがたはその部分なのだ」と述べます。教会の中で、人はいろいろな役割を持ちます。主の復活の証人である使徒、その使徒から教育されて説教する預言者、子供や新来者を教える教師、彼らは教会を指導する役割を持ちます。賜物を持って教会に仕える人々のことが出てきます。奇跡や病気を癒す賜物を与えられている人、困った人を援助する人、会計や管理的な事柄に責任を持つ人、異言を語る人もいます。さまざまな人々の奉仕によって、教会活動は多様に、豊かになります。しかし、ここで人間の罪の問題が出てきます。指導者たちは「自分たちこそ教会の頭脳であり、単なる手足ではない」と威張り始めます。奉仕者も「私はこんなに奉仕しているのに、あの人は何もしないではないか」と言い始めています。賜物が人を攻撃し、貶める方向に向かい始めています。だからパウロは語ります「あなたがたは、もっと大きな賜物を受けるよう熱心に努めなさい」(12:31)。私たちにもっとも必要な賜物とは何か、それはお互いが仕え合うことを可能にする賜物、愛です。ですから、愛こそ熱心に求めるべきものであり、この愛が無ければ全ての行為は空しいとパウロは語ります。それが13章の愛の賛歌なのです。

2.愛が無ければ全ては空しい

・コリントの人々は各々の賜物(カリスマ)を誇り、神秘体験を自慢し、自己犠牲を賞賛しました。しかし、パウロは言います「たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、私は騒がしいどら、やかましいシンバル」(13:1)。どらやシンバルは人を陶酔に導くための道具として用いられます。単調なリズムを繰り返し、繰り返し、聞くことにより自己催眠が始まります。黒人教会で歌われるゴスペルも、同じ節が何度も何度も歌われ、それが会衆をエクスタシーの境地に招いていきます。しかし、それは一時的な陶酔であって本物ではありません。パウロは続けます「たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい」(13:2)。教会で熱心な証しがされ、燃えるような祈りや讃美が捧げられても、それが自己陶酔に終わったら全ては空しい。たとえ牧師が熱情あふれる説教を行って会衆が涙を流しても、その場限りの感動に終わるとしたら、それも虚しい。「全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、私に何の益もない」(13:3)。愛が無ければ、全ての行為は無益だと彼は言います。
・そしていよいよ13章4節からの有名な言葉が始まります「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない・・・」。ここには愛に関する15の定義がありますが、そのうち八つは否定形です。「ねたまない、高ぶらない、いらだたない・・・」、何故否定形で書かれているのでしょうか。コリントの人々は「ねたみ、高ぶり、いらだつ」存在だったのです。だから、「ねたみをやめなさい」、「高ぶることをやめなさい」、「いらだつことはやめなさい」とパウロは語るのです。ここにあるのは単純な愛の賛歌ではありません。
・愛を意味するギリシャ語には、エロス、フィリア、アガペーの三つがあります。カトリックの司祭である本田哲郎氏はそれを次のように説明します「人の関わりをささえるエネルギーは、エロスとフィリアとアガペーである。この三つを区別無しに“愛”と呼ぶから混乱する。エロスは、妻や恋人等への本能的な“愛”。フィリアは、仲間や友人の間に、自然に湧き出る、好感、友情として“愛”。アガペーは、相手がだれであれ、その人として大切と思う気持ち。聖書で言う愛はこのアガペーである。エロスはいつか薄れ、フィリアは途切れる。しかしアガペーは、相手がだれであれ、自分と同じように大切にしようと思い続けるかぎり、薄れも途切れもしない」(本田哲郎、全国キリスト教学校人権教育協議会・開会礼拝より)。
・エロスとフィリアは人間関係を豊かにする愛です。夫婦が愛し合い、友を大切にすることはとても大事な愛です。しかし、それらは感情的な愛であり、その基本は好き嫌いです。人間の本性に基づくゆえに、その愛はいつか破綻します。人は自分のために相手を愛するのであり、相手の状況が変化すれば、その愛は消えます。この愛の破綻に私たちは苦しんでいます。若い恋人たちは相手がいつ裏切るかを恐れています。妻は夫が自分を愛してくれないことに悩みを持ちます。信頼していた友人から裏切られた経験を持つ人は多いでしょう。私たちの悩みの大半は人間関係の破綻から生じています。だから私たちは裏切られることのない愛、アガペーの愛を知ることが必要です。

3.教会の基盤としての愛

・今日の招詞として汽灰螢鵐10:23-24を選びました。次のような言葉です。「すべてのことが許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない。すべてのことが許されている。しかし、すべてのことが私たちを造り上げるわけではない。だれでも、自分の利益ではなく他人の利益を追い求めなさい」。コリント教会の人々は語りました「私は自由だ、何者にも束縛されない、すべてのことは許されている」と。しかし、パウロはキリスト者の自由は、他者への愛によって束縛されると言います。何故ならば、主があなたのために死んで下さったからあなたは自由になった、それは購いとられた自由、責任を持つ自由だからです。「すべてのことが益になるわけではない」、愛は自己ではなく、他者の利益を求めます。
・愛=アガペーは、私たちの中に本来存在するものではありません。私たちの中にあるのは自己愛=エロスとフィリアだけです。だから自分の子どもは愛せても、他人の子どもは愛せない。自分の兄弟は愛せても、他の人には関心が持てない。しかし、神はそのあなたを子として下さった。その時、教会の兄弟姉妹も同じ子として、あなたの兄弟姉妹になるではないか。それなのに、何故兄弟姉妹が困惑するような自分勝手の行動が出てくるのかとパウロは問いかけています。私たちは愛をLoveと呼ぶことを止めなければいけません。愛は感情ではないのです。聖書の愛(アガペー)に最も近い言葉はRespect、尊ぶ、大切にする心です。
・マルテイン・ルーサー・キングは、1963年に「汝の敵を愛せ」という説教を行いました。当時、キングはアトランタのエベニーザ教会の牧師でしたが、黒人差別撤廃運動の指導者として投獄されたり、教会に爆弾が投げ込まれたり、子供たちがリンチにあったりしていました。そのような中で行われた説教です。キングは言います「イエスは汝の敵を愛せよと言われたが、どのようにして私たちは敵を愛することが出来るようになるのか。イエスは敵を好きになれとは言われなかった。我々の子供たちを脅かし、我々の家に爆弾を投げてくるような人をどうして好きになることが出来よう。しかし、好きになれなくても私たちは敵を愛そう。何故ならば、敵を憎んでもそこには何の前進も生まれない。憎しみは憎しみを生むだけだ。愛は贖罪の力を持つ。愛が敵を友に変えることの出来る唯一の力なのだ」と彼は聴衆に語りかけました。
・「愛が敵を友に変えることの出来る唯一の力だ」、キングは歴史を導く神の力を信じました。だから自らの手で敵に報復しないで、裁きを神に委ねました。人間の愛は、「隣人を愛し、敵を憎む」愛です。しかし、キングはそれを超える神の愛、アガペーを私たちの人間関係にも適用すべきだと言います。「天の父の子となるため」です。キングの言うように、私たちには敵を好きになることはできません。「好き」は感情であり、私たちは感情を支配することはできないからです。しかし、アガペーは感情ではなく、意思です。それは神から与えられる賜物です。私たちは嫌いな人を好きになることはできなくとも、彼らのために祈ることはできます。自分に敵対する人のために祈るという実験を私たちも始めた時、その祈りは真心からのものではなく、形式的なものでしょう。しかし形式的であれ、祈り続けることによって、「憎しみが愛に変わっていく」体験をします。祈りながら、その人を憎み続けることはできない。何故ならば、神の赦しを乞い求めながら、他方で兄弟の赦しを拒むことはできないからです。この時、私たちは「神の子」となります。
・最後にパウロは言います「預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう」、しかし「愛は決して滅びない」(13:8)。神の国が来る時、神は私たちと共にいます。もう預言を通して神を知る必要はありません。また異言を通して神の声を聴く必要もありません。神が直接語られるのですから。神についての知識を教えてもらうこともありません。今目の前におられるのですから。しかし、その終末の時にも「愛だけは残る」。何故ならば神は愛そのものであるからです。教会とはその終末を先取りする共同体です。どのような問題を教会が抱えていようが、どのように不完全であろうとも、どのように醜い現実がそこにあろうとも、教会は神の国共同体であります。だから、私たちはこの教会から離れない。それはキリストの血によって購われた共同体なのです。ですから、教会に生じるどのような問題も、愛によって解決可能なのだとパウロは私たちに呼びかけています。私たちは自分の救いを求めて教会に来るのではありません、私たちはもう救われているからです。私たちが教会で求めるべきは他者の救い、隣人の喜びなのです。その隣人との間を規定する言葉こそ愛なのです。


投稿者 : admin 投稿日時: 2018-04-29 21:25:08 (98 ヒット)

1.コリント教会での間違った主の晩餐式

・コリント書を読み進めています。今日は11章を読んでいきますが、ここにあるのはコリント教会の分派騒動が、教会の礼拝の中核である「主の晩餐式」にまで悪影響を及ぼしている事実です。コリント教会には多くの異なった経歴の人々がいたと推測されます。教会の中にはギリシア人もユダヤ人やローマ人もいたと思われます。また豊かな人も貧しい人もいたし、自由人の他に奴隷の人もいたものと思われます(1:26)。出身も経歴も習慣も異なる多様な人々が、一つの家に集まり、共同の礼拝を持っていたのです。家の教会ですから、集会の人数は多くても50人くらいだったと思われます。
・多様な50人が集まれば、そこにはおのずからグループが出来ます。ギリシア人はギリシア人で集まり、ユダヤ人はユダヤ人同士、自由人も奴隷もそれぞれグループに分かれていたことでしょう。だから「私はパウロに」、「私はアポロに」、「私はペテロに」という分派が生じます。パウロもある程度の仲間割れは仕方がないと考えています「あなたがたが教会で集まる際、お互いの間に仲間割れがあると聞いています。私もある程度そういうことがあろうかと思います」(11:18)。しかし、仲間割れが主の晩餐の席上で起こったならば、それは教会ではないとパウロは語ります「あなたがたの間で、だれが適格者かはっきりするためには、仲間争いも避けられないかもしれません。それでは、一緒に集まっても、主の晩餐を食べることにならないのです」(11:19−20)。
・具体的に何が起きていたのでしょうか。信徒の多くは奴隷や貧しい人々であり、彼らは日曜日も働かなければなりません。従って、主日礼拝は朝ではなく、みんなが集まることの出来る夕方から持たれ、その中心は各人が食料を持って来て分け合う、「主の晩餐」と呼ばれる共同の食事でした。金持ちの人々は夕刻にはそれぞれの食べ物をもって家の客間に集まり、主人が祈りと感謝を捧げて、パンを裂き、ぶどう酒を分けて飲食しました。日が暮れると、貧しい人々が一日の労働を終え、おなかを空かして礼拝に来ました。しかし、その時にはパンはほとんど残っておらず、先に来た人たちはぶどう酒の酔いで顔を赤くしているという状況でした。当時の貧しい人々の日常の食事は「パンと水」だけで、肉や魚をいただく食事は主の晩餐式だけだったと思われます。ところが仕事を終えて来たら、もう食事は残っていない。それが1回だけでなく、恒常的にそうであった。
・そのことをパウロは伝え聞き、怒ります「食事のとき各自が勝手に自分の分を食べてしまい、空腹の者がいるかと思えば、酔っている者もいるという始末だからです」(11: 21)。何故自分たちだけで先に食べて、貧しい人々を除外するようなことを平気で行うのか、それが主の晩餐としてふさわしいのかとパウロは叱責します。パウロは本気で怒っています。その言葉が22節以下にあります「あなたがたには、飲んだり食べたりする家がないのですか。それとも、神の教会を見くびり、貧しい人々に恥をかかせようというのですか。私はあなたがたに何と言ったらよいのだろう。ほめることにしようか。この点については、ほめるわけにはいきません」(11:22)。

2.主の晩餐式とは何か

・パウロはコリントの人々に、そもそも「主の晩餐式とは何か」を23節以下で力説します「私があなたがたに伝えたことは、私自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、『これは、あなたがたのための私の体である。私の記念としてこのように行いなさい』と言われました。また、食事の後で、杯も同じようにして、『この杯は、私の血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、私の記念としてこのように行いなさい』と言われました」(11:23-25)。パウロがここで語るのはパウロ自身もエルサレム教会から伝承した式文で、晩餐式の起源は主イエスが弟子たちと共に取られた最後の晩餐にあるというものです。
・最後の晩餐についての伝承がマルコ福音書にもあります。それによれば「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた『取りなさい。これは私の体である』。また、杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らにお渡しになった。彼らは皆その杯から飲んだ。そして、イエスは言われた『これは、多くの人のために流される私の血、契約の血である』」(マルコ14:22-24)。イエスはご自分の最後の時が来たことを悟り、これまで労苦を共にしてきた弟子たちにお別れの挨拶をされました。「私はやがて殺されるだろうが、私の流す血、私の裂く体は決して無駄にならない。そのことを覚えておいてほしい」と。そして最後に言われます「はっきり言っておく。神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい」(マルコ14:25)。「私は死ぬが神の国はまもなく来る。その時また一緒に祝宴を開いてぶどう酒を共に飲もう」として、イエスはお別れをされたのです。
・弟子たちも決意を新たにしますが、いざイエスが捕らえられ、十字架で処刑される時には、恐怖にかられて逃亡します。しかし逃げ出した弟子たちに復活のイエスが現れ、弟子たちは再び集められ、イエスが復活された日曜日を「主の日」として礼拝を持ちます。その礼拝の中核になったのが、イエスの死を想起する「主の晩餐式」でした。だからパウロは語ります「だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです」(11:26)。主が再び来られれば、もはやパンと盃を持って主を想起する必要はありません。主の晩餐式は「イエスが私たちのために死んで下さった」という過去の出来事を記念すると同時に、「イエスが再び来て下さる。その時、神の国が来る」という将来の希望をも意味している行為なのです。そのイエスの死を想起する「主の晩餐式」で、ある者たちは勝手に食べ、別の者たちは食べることも出来ない、それでは「主の晩餐式」は成立しないとパウロは憤慨しているのです。

3.一つのパンが教会を一つにする

・今日の招詞に1コリント10:17を選びました。次のような言葉です「パンは一つだから、私たちは大勢でも一つの体です。皆が一つのパンを分けて食べるからです」。コリント教会では金持ちだけ集まって先に主の晩餐をいただき、貧しい人々は食事に与れないという事態が生じていました。彼らは「主の晩餐」の基本理解が出来ていませんでした。ですからパウロは言います「ふさわしくないままで主のパンを食べたり、その杯を飲んだりする者は、主の体と血に対して罪を犯すことになります。だれでも、自分をよく確かめたうえで、そのパンを食べ、その杯から飲むべきです」(11:27-28)。パウロが述べる「ふさわしくないままに」とは、貧しい者を食卓から排除しながら「主の晩餐」にあずかることは間違っているという意味です。ですからパウロは、そのような事態を避けるために「食事のために集まる時には、互いに待ち合わせなさい」(11:33)と勧告し、それでも空腹に耐えられないようであれば「家で食事を済ませなさい」(11:34)と語ります。
・コリント教会では、持っているものを分かち合えない故に、それは「主の出来事ではない」と批判されました。同じような出来事が今日でも起きています。2014年8月14日AFP通信によれば、「西アフリカ・リベリアのバラジャ村に住むファトゥ(12)さん一家で父親(51)がエボラ出血熱で死に、娘のファトゥさんと母親(43)もエボラを発症した。父親の遺体を収容した保健当局は、村人たちにファトゥさん一家には近づかないよう警告し、2人は朝から晩まで隣人に食べ物を求める叫び声を上げていたが、食べ物は与えられず、母親は8月10日に死亡、ファトゥさんも2日後に水も食料もないまま孤独な死を迎えた」と報告しています。他方、同国で診療にあたっていたアメリカ人医師と看護婦も感染し、救難援助でアメリカ本国に搬送され、入院して、今は快方に向かっているそうです。リベリア人は見捨てられ、アメリカ人には救いが与えられました。これはおそらくはやむを得ない出来事でしょう。しかし神の目から見れば、これはコリント教会で起きていたことと同じ意味合いを持ちます。パウロは「主の体のことをわきまえずに飲み食いする者は、自分自身に対する裁きを飲み食いしているのです。そのため、あなたがたの間に弱い者や病人がたくさんおり、多くの者が死んだのです」(11:29-30)と述べています。暴飲暴食のためにコリントの豊かな人々が病気になり、死ぬという事柄が起きていたのかもしれません。
・多くの教会ではこの「ふさわしくないままで」という言葉を、「洗礼を受けることなしに」と読み替えてきました。しかしパウロはコリント11章で、「洗礼が主の晩餐にあずかる要件だ」とは一言も述べていません。「主の晩餐」にあずかるにふさわしいか否かは、どこまでも各人の信仰的な反省に委ねるべき事柄であります。何故ならば、主の晩餐式は「教会を一つにする」ために行われるものであり、「教会の分裂を招く」ためではないからです。「パンは一つだから、私たちは大勢でも一つの体です。皆が一つのパンを分けて食べるからです」。
・コリント11章で明らかなように、初代教会において「主の晩餐式」は共同の食事の中で祝われていました。それは愛餐(アガペー)と呼ばれています。食事の交わり、分かち合いこそ、イエスが最も大事にされていたものです。イエスは徴税人や罪人といわれる人々と共に食卓につき、そのために「大食漢で大酒飲み、徴税人や罪人の仲間」と批判されました(ルカ7:34)。しかしイエスは人々との食卓の交わりを続けられました。「共に食べる」ことこそ、神の国の分かち合いとして大事にされていたからです。主の晩餐式が愛餐(アガペー)であれば、そこにおける参加者の割礼あるいは洗礼の有無は無関係です。しかし2世紀以降教会制度が確立してきますと、主の晩餐式は礼拝の中で行われる秘蹟(サクラメント)となり、信徒のみ(洗礼者のみ)に限定されるようになります。私たちは主の晩餐式を本来の姿「愛餐」に戻す必要があります。だから私たちの教会では洗礼を受けていなくとも、「イエスを主と信じる」決断をされた方は、共に晩餐にあずかるように招きます。それを通して「一つの体」になるためです。「皆が一つのパンを分けて食べる」、そこに教会の交わり(コイノニア)の原点があります。


投稿者 : admin 投稿日時: 2018-04-22 19:31:44 (86 ヒット)

1.肉を食べるべきかどうかは信仰の本質ではない

・コリント人への手紙を読み続けています。今日の主題は「偶像に供えられた肉を食べても良いのか」という問題です。7章で結婚の問題について助言したパウロが、この8章では食物の問題について助言します。おそらく、コリント教会からの質問の順序に沿ったものなのでしょう。この問題は当時の異邦人教会に取っては重要な問題でした。何故ならば、コリントを含めたギリシア・ローマ世界には多くの神殿があり、神殿では毎日動物の犠牲が捧げられ、その肉の一部は捧げ物として焼かれましたが、他の多くは市場に払い下げられ、人々はそれを食肉として食べていました。つまり、当時流通していた食肉の多くは「偶像に供えられた肉」であり、その肉を食べることはエルサレム教会が禁止していた「偶像礼拝」に当たるのではないかと懸念されていたのです。
・キリストの福音はユダヤから始まり、その後異邦人社会にも広がっていきました。その時、ユダヤ教における食物規定を異邦人にも適用するのかが課題となってきました。ユダヤ人は律法の規定により、豚肉や異教の神殿に捧げられた犠牲の動物の肉等は汚れたものとして食べることを禁じられていました(レビ記17:8他)。最初の教会の構成員はほとんどユダヤ人でしたので、この食物規定は特に大きな問題にはなりませんでした。ところが、教会がギリシア・ローマ世界に広がるにつれて、神殿に捧げられた肉を食べてもよいのかどうかが、教会を二分する問題になっていきます。そのためにエルサレムで使徒会議が開かれ、異邦人も「偶像に供えて汚れた肉と、みだらな行いと、絞め殺した動物の肉と、血とを避けるよう」(使徒15:20)決定され、エルサレム教会の名で、「偶像に供えられた肉は食べてはいけない」と諸教会に通知が出されていたのです。
・信仰と市民生活との緊張にどう折り合いをつけるのかという問題を、私たち日本の教会も抱えています。戦前の日本では天皇は「現人神」(あらひとがみ、生きている神)であり、天皇のために戦死した人々を祀る靖国神社を頂点とする護国神社参拝は国民の義務とされていました。戦争が拡大すると参拝は強制され、1932年上智大学の学生の一部が靖国神社への参拝を偶像礼拝として拒否したため、「キリスト教は日本の国体と相容れない邪教である」との非難が高まり、やがて宗教団体法が制定され、日本の教会は国家の統制下に入ります。わずか70年前の出来事です。コリント教会で起こった問題は私たちの問題でもあるのです。その私たちが異教社会の日本でキリスト者として生活するために、社会とどのように折り合いをつけて行くのか、例えば仏式の葬儀に参加すべきか、親の位牌を継承してもよいのか、死後にお寺の墓地に埋葬されても構わないのか、今日的課題です。
・前述のように、ユダヤ教社会では、偶像に捧げられた肉を食べることは罪とされていました。エルサレム使徒会議でも神殿に捧げられた肉は異邦人も食べてはいけないと決められました。「偶像に捧げられた肉を食べる」ことは、偶像礼拝であるとされたのです。ここで問題がおきます。コリントには多くのギリシアやローマの神々を祭った神殿があり(数十の神殿があったとされています)、人々は結婚式や誕生日のお祝い等を神殿で行い、付属の飲食施設で酒食が振舞われるのが日常でした。上流階級の人々は、そのような食事(主食は神殿に捧げられた肉でした)に招待されることがしばしばありました。そのような時、キリスト者は信仰のゆえに招待を断るべきか、しかし断れば、社会生活から締め出されてしまうという問題に直面しました。
・教会の中の裕福な人たちは、問題を解決するために、自由を主張しました。彼らは言います「世の中に偶像の神などはなく、また、唯一の神以外にいかなる神もいない」、だから「神殿に捧げられた肉を食べてもなんら汚れない」(8:4)と。パウロも彼らの主張を認め、「その通り、食べてもかまわない」とコリント教会に回答します。ユダヤ人のパウロが、エルサレム教会の偶像肉禁止令から解放された発言をしています。しかし同時に、「食べることを罪だと考える人がいることをどう思うか」と問いかけます。
・「ある人たちは、今までの偶像になじんできた習慣にとらわれて、肉を食べる際に、それが偶像に供えられた肉だということが念頭から去らず、良心が弱いために汚されるのです」(8:7)。ここにおいて、問題は、「偶像に捧げられた肉を食べることが良いのかどうか」という教理上の問題から、「それを罪だと思う人にどう配慮するのか」という、牧会上の問題になっていきます。パウロは言います「私たちを神のもとに導くのは、食物ではありません。食べないからといって、何かを失うわけではなく、食べたからといって、何かを得るわけではありません」(8:8)。肉を食べるか、食べないかは信仰の本質に関わる問題ではない。だから食べても良いし、食べなくとも良い。しかし「あなたがたのこの自由な態度が、弱い人々を罪に誘う」(8:9)。あなたが食べることによってつまずく人がいてもなお食べることは、罪であるとパウロは語ります。

2.しかし、信仰の本質にかかわる問題では譲歩しない

・当時のコリント教会の構成員のほとんどは、異教礼拝からの改宗者でした。彼らは神殿での飲食を通して、また偶像礼拝に戻ってしまうかもしれないと懸念していました。パウロは「神殿に捧げられた肉を食べても構わない、そもそも偶像などいないのだから」とうそぶく人々に語ります。「知識を持っているあなたが偶像の神殿で食事の席に着いているのを、だれかが見ると、その人は弱いのに、その良心が強められて、偶像に供えられたものを食べるようにならないだろうか。そうなると、あなたの知識によって、弱い人が滅びてしまいます。その兄弟のためにもキリストが死んでくださったのです」(8:10-11)。「キリストがあなたがたのために死んでくださったのに、あなたがたは信仰の弱い人々のために、自分の食事さえ変えるのはいやだというのですか」とパウロは問いかけます。もはや問題は肉を食べるか、食べないかではなく、隣人をどう考えるかの問題です。
・パウロは語ります「このようにあなたがたが、兄弟たちに対して罪を犯し、彼らの弱い良心を傷つけるのは、キリストに対して罪を犯すことなのです」(8:12)。「食べることが正しいのかではなく、食べることによってつまずく人がいてもなお食べるのか」が中心課題です。答えは明らかです。パウロは言います「食物のことが私の兄弟をつまずかせるくらいなら、兄弟をつまずかせないために、私は今後決して肉を口にしません」(8:13)。
・偶像に捧げられた肉を食べるかどうかは、信仰の本質に関わる問題ではありません。偶像の神などいないからです。しかし、食べることによってつまずく人がいるのに食べるのは、信仰の本質に関わる問題です。他者の救いを閉ざす行為だからです。今、日本でも、食物禁止規定を持つ隣人が増えてきました。インド人が多いヒンズー教徒は牛が聖なる動物である故に、牛肉は食しません。マレーシヤやインドネシアの人々はイスラム教徒であり、豚肉は食べませんし、その他の肉も戒律に則った調理をしたもの(ハラル)以外は食しません。留学生や観光客の増加に対応して、日本でも特別の食事を用意する場所が増えてきました。特定の食べ物を食しない人たちの配慮が今後の日本でも大事になってきます。

3.キリスト者の自由とは何か

・今日の招詞に1コリント10:23-24を選びました。次のような言葉です「すべてのことが許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない。すべてのことが許されている。しかし、すべてのことが私たちを造り上げるわけではない。だれでも、自分の利益ではなく他人の利益を追い求めなさい」。パウロは偶像に捧げられた肉を食べることの議論を10章でも続けます。大事な問題だからです。パウロの態度ははっきりしています「市場で売っているものは、良心の問題としていちいち詮索せず、何でも食べなさい」(10:25)。何でも食べてもよいが、誰かが「これは偶像に供えられた肉だ」と言う場合は、その人の良心のために、食べることを止めなさいと勧めます(10:28)。その人がつまずくことを避けるためです。そして招詞の言葉が来ます「すべてのことが許されている。しかし、すべてのことが私たちを造り上げるわけではない」。
・ここにおいて、キリスト者の生活の基本が何かが明らかになってきます。「知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる」(8:1)。知識に基づく強さではなく、愛に基づく弱さを私たちは求めるべきなのです。キリスト者の自由とは「隣人と共にある自由」であり、隣人がつまずくのであれば、自分が正しいと思うことも断念する自由です。キリスト者は何を食べても良い、「地とそこに満ちているものは、主のもの」(10:26)だからです。しかし自由を自己追求のためには用いません。肉だけでなく、お酒やたばこを嗜むことも自由です。しかし、妊娠した女性が胎児のためにお酒やたばこを控えるように、キリスト者は隣人のために自分の自由を制約します。
・「隣人のために何かを断念する自由」、それを聖書は「愛」と言います。この愛に基づく自由の断念をパウロはコリント書の中で繰り返し語ります。6章ではお金を貸したのに返してくれない人を裁判に訴えた教会員に対して、「なぜ、むしろ不義を甘んじて受けないのか。なぜ、むしろ奪われるままでいないのか」(6:7)として、債権の放棄を求めます。9章では伝道者は報酬を貰う権利があるが私はそうしないとして、自活伝道を訴えました「私の報酬とは、福音を告げ知らせる時にそれを無報酬で伝え、福音を伝える私が当然持っている権利を用いないということです」(9:18)。パウロは「隣人のために自分の自由を制約する」生き方を選びました。しかし理解されなかったようです。9章以下を見ると、パウロに対する非難や中傷が相当程度にあったことが伺えます。神のいない人間関係は誤解や中傷によって崩れます。しかし神の下にある人間関係は崩れても再生します。その証拠にパウロの手紙はその後何人もの人により書き写され、多くの教会で読まれ、今日聖書として残りました。
・私たちの信仰は、私たちの生活を規定します。行為が人を救うわけではありません。しかし、信仰は行為を導くのです。キリストが私たちのために死んでくださったのだから、私たちもキリストのために死ぬ、具体的には他者との愛の中に生きます。それは抽象論ではなく、具体的な生活の中で実践されるべきことです。「あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい」(10:31)。キリスト者は全ての事に自由です。しかし、その自由はキリストの十字架の犠牲を通して与えられました。そのキリストは他者のためにも死なれた。ですから、他者への愛が自由を制限します。それがキリスト者の自由です。その自由を私たちは与えられているのです。


投稿者 : admin 投稿日時: 2018-04-15 17:39:06 (124 ヒット)

1.今ある状態のままでキリスト者たれ

・コリント教会には奴隷も自由人もいた。奴隷の人たちは、何とか奴隷の境遇から抜け出したいと焦燥感を持っていた。パウロはそのような人々に、召された時に奴隷であった人々は奴隷のままでいなさいと勧める。
−1コリ7:20-21「おのおの召されたときの身分にとどまっていなさい。召されたときに奴隷であった人も、そのことを気にしてはいけません。自由の身になることができるとしても、むしろそのままでいなさい」。
・何故ならば、キリストによって召された者は、キリストによって自由にされたのだとパウロは言う。
−1コリ7:22「というのは、主によって召された奴隷は、主によって自由の身にされた者だからです。」
・また自由人として召された者は、その時、キリストの奴隷になったのだ。どのような職業生活をおくるかは、救いに関係がない。むしろ、どのような信仰生活をおくるかに、心を向けなさい。
−1コリ7:22-24「主によって召された自由な身分の者は、キリストの奴隷なのです。あなたがたは、身代金を払って買い取られたのです。・・・兄弟たち、おのおの召されたときの身分のまま、神の前にとどまっていなさい」。
・終わりの時は近づいている。その時、どのような職業につこうが、どのような家庭を形成しようが、本質的な問題ではない。最も大事なことは、あなたがキリストに属していることではないか。
−1コリ7:29-31「定められた時は迫っています。今からは、妻のある人はない人のように、泣く人は泣かない人のように、喜ぶ人は喜ばない人のように、物を買う人は持たない人のように、世の事にかかわっている人は、かかわりのない人のようにすべきです。この世の有様は過ぎ去るからです」。

2.コロサイ書における従属

・コロサイ書3章は「家庭についての教え」を述べる。ここでは、妻と夫、子と父、奴隷と主人の関係が記されている。具体的には「妻は夫に仕えなさい」、「子は親に従いなさい」、「奴隷は主人に従いなさい」と説かれている。ある人はこの箇所をさして言う「パウロはキリストにあっては男も女もなく、奴隷も自由人もないと教えたのに、ここでは逆のことを教える。パウロでさえ、世の慣習、制度から自由でなかったのか」(ガラテヤ3:28)。別の人は言う「ここでは弱者の従属が説かれている。この従属規定のために、古代・中世は暗黒の時代だった。近代はこの従属から解放され、自由・平等・博愛の理想を求めた所から始まった」。コロサイ3章で説かれている家庭訓は古い教え、家父長的倫理であり、男女の平等・親子の人格的尊重の説かれる現代では聞く価値がないことなのだろうか。
・18−19節では妻たちに対して「夫に仕えるように」命じられている。それは単に「夫に従え」と言われているのではなく「主を信じる者にふさわしく、夫に仕えよ」と言われている。ギリシャ語では「エン・キュリオー=主において」である。キリストに従うように夫に従え、信仰の行為として夫に仕えよと言われている。同じ言葉が夫にも向けられる「夫たちよ、妻を愛しなさい」。古代において「妻は夫に従え」という教えはギリシャにもあった。「妻を治めよ=支配せよ」との夫への勧告はあった。しかし、夫に対して「妻を愛せよ」という教えはなかった。当時、妻は夫の隷属物であり、愛する存在ではなかった。従って、「妻を愛せよ、つらく当たってはいけない」と夫に呼びかけられていることは革命的な教えであった。
・次に子どもに対して「親に従いなさい」と説かれている。古代において、子が父に従うことは当然であった。しかし、ここでは同時に父に対して「子につらく当たるな」と説かれている。当時の子どもたちは何の権利も持たなかった。その子どもの人格を敬えと言われている。しかも「主に喜ばれる」事として言われている。子が親に従う、親が子を人格として敬うことが信仰の出来事として説かれている。これは今までになかったことだ。
・最後に、奴隷は「主人に従え」と言われている。当時は奴隷制社会だった。パウロは奴隷制を不当なものではなく、当然のものとして受け入れることを求めているのだろうか。そうではないことが4:1を読めばわかる。奴隷が主人に従うことを定めた戒めは多いが、主人に対して「奴隷を正しく、公平に扱うように」求めた文書は聖書以外ない。奴隷は殺そうが、病気で死なせようが、主人の意のままであった。しかし、パウロは主人に言う「あなた方はそうではあってはならない。あなたの奴隷もまた主に愛されているのだから」と求めている。奴隷も主人も共にキリストのものだから、奴隷を痛めつけてはならないと命じられている。当時の世界で、奴隷主に対して、このような戒めを送ったのは、異例なことである。
・パウロは何故、子どもや妻に従属を勧めるのか。それは従属する以外に、彼らの生きる道がなかったからだ。子どもは養ってくれる親なしでは生きることは出来なかった。妻の経済的自立のない当時においては、夫に従うしか、妻の生計の方法はなかった。奴隷もまた、主人に養われる以外の生存はなかった。他に選択肢がない状況下であれば、それを神が与えてくださった道として積極的に選び取って行きなさいとここで言われている。

3.第一ペテロ書に見る従属

・第一ペテロも同じ教えを述べる。
−第一ペテロ2:18−19「召し使いたち、心からおそれ敬って主人に従いなさい。善良で寛大な主人にだけでなく、無慈悲な主人にもそうしなさい。不当な苦しみを受けることになっても、神がそうお望みだとわきまえて苦痛を耐えるなら、それは御心に適うことなのです」。
・ここでは寛大な主人だけではなく、無慈悲な主人であっても従えと求められている。神がそのようにこの世を作られたのだから仕方がないという諦めではなく、もっと積極的な意味がある。ペテロは続ける
−第一ペテロ2:20-24「「罪を犯して打ちたたかれ、それを耐え忍んでも、何の誉れになるでしょう。しかし、善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、これこそ神の御心に適うことです。あなたがたが召されたのはこのためです。というのは、キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです。キリストは『ののしられてもののしり返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。そして、十字架にかかって、自らその身に私たちの罪を担ってくださいました』」。
・キリストがののしられてもののしり返さず、苦しめられても報復されなかったように、あなた方も与えられた人生の中で最善を尽くせ、奴隷であることを逃れて新しい身分にあこがれるよりも、神があなたに奴隷の身分を与えて下さったのであれば、奴隷として最善を尽くして生きよとの信仰の選択が迫られている。ペテロは妻にも同じことを言う。自分の夫が未信者であることを歎くより、あなたの信仰に基づいた従属を通して、夫に信仰とは何であるかを示しなさい。神が何故あなたに未信者の夫を与えたのか、それはあなたを通して夫が信仰に入るためであり、そのために最善を尽くせと言われている。
−第一ペテロ3:1-2「妻たちよ、自分の夫に従いなさい。夫が御言葉を信じない人であっても、妻の無言の行いによって信仰に導かれるようになるためです。神を畏れるあなたがたの純真な生活を見るからです」。

4.聖書の教えと私たちの選択

・個々にある三つの教えは諦めの教えではない。奴隷の身分から解放される機会があればその機会を生かせ、しかし奴隷であることを不当として主人の下から逃走し、一生を逃げ隠れてして送ることが神の御心ではない事を知れと言われる。婦人に対しては、どのような夫であれ従え、しかし夫が死ねば再婚しても良いと言われる。無慈悲な主人、不信仰の夫、かたくなな父、このような現実から目をそむけるな。現実に立ち向かえ、現実を神が与えて下さった導きとして積極的に従って行け。これこそキリストが為されたことであり、あなた方が従う道なのだといわれている。
・ここにおいて、私たちの主体的選択による従属の意味がわかってくる。現在の境遇は神が与えてくれたものだ。それに不満を言い、一時逃れの行為をしても、そこからは何も生まれない。むしろ、与えてくれた夫、与えてくれた父、与えてくれた主人を敬い、従うことを通して、道が開かれて来るのだ。ここに支配と従属に代わる新しい掟、自ら僕となる聖書の説く従属がある。それは自ら仕えて行くという積極的従属だ。パウロはコロサイの人々に言う「現在の苦しみを忘れるために霊の力を借り、神秘を求めても仕方がないのだ。現在の与えられた境遇の中で、何が神の御心であるかを求めていくのが、足が地に付いたキリスト者の生き方ではないか」。
・最後にアメリカの神学者ラインホルド・ニーバーの「平静についての祈り」を聞こう。「神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ」。教会形成も同じだ。人が足りない、お金が足りない、設備が足りないと歎くより、今与えられているもので何が出来るのかを求めよ。不足や困難が与えられているとすれば、それを通して神が私たちをどこへ導こうとされているかを祈り求めよ。そこに道が開かれる。聖書は私たちにそう教える。


投稿者 : admin 投稿日時: 2018-04-08 19:26:01 (128 ヒット)

1.キリストの体である教会で何故争いが起こるのか

・コリント書を読んでいます。今日が三回目になります。教会は「エクレシア」と呼ばれます。エクレシアとは「呼び集められる」と言う意味です。キリストの名によって呼ばれた者が集められ、神の言葉を聞き、それぞれの場で福音を伝えるために遣わされる場所です。ところが現実の教会ではそこに対立や紛争が生じます。争いの多くは、人間的な結びつきによるもので、この世の争いと変わりません。何故キリストの体である教会において、この世と同じような人間的な争いが起こるのか。このような争いを私たちはどのように解決したらよいのか、それを私たちに教えるのが、コリント教会の経験です。今日、私たちはコリント第一の手紙3章1-13節を読みますが、3章4節には次のような言葉があります「ある人が『私はパウロにつく』と言い、他の人が『私はアポロに』などと言っているとすれば、あなたがたは、ただの人にすぎないではありませんか」とパウロは書きます。
・コリント教会はパウロの開拓伝道により生まれました。巡回伝道者パウロはコリントに1年半滞在して教会の基礎を築き、その後を同僚のアポロに託して、エペソに移ります。アポロは雄弁家で、聖書に精通し、その説教は人々を魅了したようです。アポロに惹きつけられた人々はアポロ指導下に新しい方向に導かれることを望むようになっていきました。他方、創設者パウロからじかに教えを受け、導かれた人々は、そのような動きを、教会を誤った方向に導くものだと強く反対していました。アポロは雄弁で、外見も立派だったと伝えられています。他方、パウロは朴訥でその説教はわかりにくかったようです(競灰螢鵐10:10)。教会の人々は外見や説教で二人を比べ、「私はアポロに」、「私はパウロ」にと争っていました。コリント教会にはその他にもペテロ派と呼ばれるユダヤ人たちもおり、彼らは律法よりも恵みを強調するパウロに違和感を持っていました。そのような教会内部の争いがエペソにいるパウロにも聞こえてくるほどに大きくなり始めていたのです。
・このコリント3章を読む時、いつもため息が出ます。人はバプテスマを受けても、受ける前と同じことばかりしているのだろうかというため息です。教会の混乱はコリントだけの問題ではありません。今日の教会でも、長い間牧会をされた牧師が引退されて新しい牧師が招かれた時、新任牧師は自分なりのやり方で教会を導こうとします。その時、前任牧師を慕って来た人々は新しい牧師のやりかたに不満を持ち、「昔は良かった」とつぶやき始めます。他方、新しい牧師からバプテスマを受けた人々は前牧師派を「旧守派」として排撃し始めます。こうして教会内に争いが始まります。私が神学校で学んだ時、牧会学の先生はこのように言っていました「あなたたちが教会に赴任した時、最初の5年は苦労する。赴任した教会の信徒たちは前の牧師によって導かれた人々であり、あなたたちに違和感を持つだろう。あなたたちがバプテスマを授けた、あるいは導いた人々が教会の半数を超えた時、その時、教会はあなたたちの教会になる」。
・15年間の牧師生活を通して、この人間的な言葉は真実をついていると思います。しかし、それではいけないのだとパウロは言います。教会も人間の集まりであり、意見の対立や争いはやむをえないという考えに対して、教会は違うとパウロは言います。彼はコリント教会に書き送ります。「(あなたがたは)相変わらず肉の人だからです。お互いの間にねたみや争いが絶えない以上、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいる、ということになりはしませんか」(3:3)。「キリストのバプテスマを受けたあなたがたはもはや肉の人ではなく、霊の人なのだ。あなたがたがバプテスマを受けた時、あなたがたの市民権はこの世から天に移され、あなたがたは天の市民権を持ちながらこの世を生きる者にしていただいた。それなのに、何故いつまで世の人と同じ歩みをしているのですか、それではキリストは何のために十字架につかれたのですか」とパウロはコリント教会の人々に迫ります。

2.肉の人から霊の人へ

・キリストを救い主と受け入れるためには、霊の働きが必要です。コリント教会の人々はこの霊を受けてキリスト者となりました。しかし、霊を受けても乳飲み子のままにとどまっている人が多いとパウロは指摘します。「兄弟たち、私はあなたがたには、霊の人に対するように語ることができず、肉の人、つまりキリストとの関係では乳飲み子である人々に対するように語りました。私はあなたがたに乳を飲ませて、固い食物は与えませんでした。まだ固い物を口にすることができなかったからです。いや、今でもできません」(3:1-2)。教会に導かれたが、まだ自覚的な信仰を持たない人々です。彼らは、教会はキリストの体であり、アポロもパウロもキリストに仕える僕に過ぎないことを理解していません。だから「私はパウロに」、「私はアポロに」という愚かな争いをするのです。
・パウロが求めるのは「信仰に成熟した人」(2:6)です。固い食物を食べることの出来る人、「パウロが植え、アプロが水を注いだかもしれないが、成長させて下さるのは神である」ことを理解できる人です。彼は言います「アポロとは何者か。また、パウロとは何者か。この二人は、あなたがたを信仰に導くためにそれぞれ主がお与えになった分に応じて仕えた者です。私は植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です」(3:5-6)。教会を立て上げるのは、パウロでもアポロでもなく、神なのである、それをわかって欲しいとパウロは訴えています。人間的な好き嫌いの感情の下に、「私はアポロに」、「私はパウロに」、という争いをするために教会に集められたのではないのだと。信仰の未熟者から成熟者になれとパウロは言います。

3.成熟した信仰者になれ

・パウロは10節から教会を建物に例えて説明をしています。彼は言います「私は、神からいただいた恵みによって、熟練した建築家のように土台を据えました。そして、他の人がその上に家を建てています」(3:10)。パウロがコリント教会の土台を築き、アポロがその上に建物を建てました。パウロは続けます「ただ、おのおの、どのように建てるかに注意すべきです。イエス・キリストという既に据えられている土台を無視して、だれもほかの土台を据えることはできません」(3:10b-11)。パウロが土台を築きましたが、その土台になっているのはあくまでもキリストです。パウロもアポロも「神のために働く同労者」に過ぎず、土台はキリストなのであるとパウロは強調します。
・パウロは続けます「この土台の上に、だれかが金、銀、宝石、木、草、わらで家を建てる場合、おのおのの仕事は明るみに出されます。かの日にそれは明らかにされるのです。なぜなら、かの日が火と共に現れ、その火はおのおのの仕事がどんなものであるかを吟味するからです」(3:12-13)。耐久性のある資材(金、銀、宝石)で上物を造ったのか、それとも当座の必要を満たす物(木、草、わら)で造ったのかは、50年後、100年後に明らかになるでしょう。目先だけを考えた材料は50年後、100年後には朽ち果てるからです。「だれかがその土台の上に建てた仕事が残れば、その人は報いを受けますが、燃え尽きてしまえば、損害を受ける」(3:14-15)のです。
・私たちの教会は、会堂建設にあたって、基礎工事に相当のお金と時間をかけ、上物に耐久性のある資材を選びましたので、予算は当初の6,500万円から8,500万円に増加しました。小さな教会にとっては大幅な増額で、増額部分を教会債という形でお願いしましたので、結果的に自己資金(献金)は3,000万円、教会債4,000万円、連盟借入金2,000万円という形の資金調達になりました。資金の7割近くが借入金ですが、この借入金の66%を占める教会債は教会員の方々からの借入であり、その基礎はキリストに対する信仰です。連盟貸付も諸教会からの献金が原資になっており、これもまた信仰が土台になっています。会堂建設の基礎もまたキリストなのです。
・パウロが言いますように、教会は建物ではありません。そこに集う一人一人の信仰者の共同体こそが教会です。しかし同時に教会は会堂を必要とします。私たちの会堂の内部はすべて木造で、一切塗装していませんので腐食に強く、外壁はガルバリウム鋼板で耐久性や耐火性に優れています。設計の畑聡一先生のお話では、50年後に会堂はさらに美しい色合いとなり、100年後も基本構造の修理は不要とのことです。私たちはこれからの子どもたちや孫たちに素晴らしい会堂を残すことが出来たのです。しかし、会堂を維持するためには知恵が必要です。私たちは本日午後から建築委員会を開催し、借入金の返済問題についての話し合いを持ちます。一人一人の教会員が、この会堂の真の土台石はキリストであり、キリストが共にいてくださる限り、この会堂は神の宮で在り続けると信じる時、借入金の返済負担も共に担うことが可能になります。私たちの信仰の証しが、この会堂であるという信念を持ち続けた時、この会堂は立ち、そして立ち続けるのです。
・今日の招詞に1コリント3:22-23の言葉を選びました。次のような言葉です。「パウロもアポロもケファも、世界も生も死も、今起こっていることも将来起こることも。一切はあなたがたのもの、あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものなのです」。パウロは党派争いをするコリント教会へ書いた手紙の3章を素晴らしい讃歌で締めくくります。私たちは何のために生きているのか、今生きているのは自分の力で生きているのか、それとも生かされているのか、生かされているとしたら神は私たちに何を期待しておられるのか。それをパウロは「パウロもアポロもあなたがたのもの、あなたがたはキリストのもの、キリストは神のもの」と簡潔に言い表します。このような願いを持って生きる時、もう「私はパウロに、私はアポロに」という争いは消え、教会は神の宮となります。
・内村鑑三の墓は多磨霊園にありますが、その墓碑には次のような言葉が刻まれています「I for Japan.japan for the world.The world is for Christ. And all for God.」。「私は日本のため、日本は世界のため、世界はキリストのため、そして全ては神のため」、内村もパウロの言葉を借りて自分の気持ちを述べたのでしょう。私たちがキリストにある大志を持って教会形成に取り組んでいった時、教会は世に福音を伝える拠点になりうるのです。


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