すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

投稿者 : admin 投稿日時: 2018-09-30 15:03:53 (76 ヒット)

2018年10月7日聖書教育の学び(2009年5月27日祈祷会、詩篇1編、幸いだ、その人は)

1.詩篇全体に対する序詞としての第1編

・詩篇の内容は讃美と感謝・祈りと嘆きであるが、詩篇はイザヤ書と並んで新約聖書に最も多く引用されている。一例を上げれば、イエスの公生涯は詩篇で始まり(詩篇2:7)、詩篇の言葉で終わっている(詩篇22:2)。初代教会にとって聖書とは詩篇だった。新約をもう一度読み直すという視点でこれから詩篇を読んでいきたい。
-マルコ1:10-11「水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると「あなたは私の愛する子、私の心に適う者」という声が、天から聞こえた」。
-マルコ15:34「三時にイエスは大声で叫ばれた『エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ』。これは『わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか』という意味である」。
・詩篇1編は全体の序文であり、「幸いだ、その人は」で始まる。詩篇は祝福から始まる。教え=トーラー(戒め、律法)を毎日唱和し、それを守る人は幸いだと言われる。御言葉に生かされる生活の幸いが歌われる。
-詩篇1:1-2「いかに幸いなことか、神に逆らう者の計らいに従って歩まず、罪ある者の道にとどまらず、傲慢な者と共に座らず、主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人」。
・主の教えに従う者の生活は「流れのほとりに植えられた木」のようであり、彼は豊かな水(御言葉)に養われて、多くの実を結ぶと祝福される。
-詩篇1:3「その人は流れのほとりに植えられた木。時が巡り来れば、実を結び、葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす」。
・パレスチナでは水は貴重だ。流れとは用水路、木はなつめやしを指すのかも知れない。「流れのほとりに植えられた木」はエレミヤ17:7-8にあり、詩篇1編と構成が似ている。エレミヤ書を参考に造られたのではないか。
-エレミヤ17:7-8「祝福されよ、主に信頼する人は。主がその人のよりどころとなられる。彼は水のほとりに植えられた木。水路のほとりに根を張り、暑さが襲うのを見ることなく、その葉は青々としている。干ばつの年にも憂いがなく、実を結ぶことをやめない」。
・その一方で律法を守らない人、主の教えに逆らう者は災いだと言われる。詩篇編集者である作者は「邪悪な者が栄え、義人が苦しむ現実があることを知る」。しかし主はそのような現実を変えて下さるとの信仰がここにある。
-詩篇1:4-6「神に逆らう者はそうではない。彼は風に吹き飛ばされる籾殻。神に逆らう者は裁きに堪えず、罪ある者は神に従う人の集いに堪えない。神に従う人の道を主は知っていて下さる。神に逆らう者の道は滅びに至る」。

2.山上の祝福との対比の中で

・幸いだ(ヘブル語アシュレイ)はギリシャ語訳聖書(70人訳)では(マカリオス)となる。マカリオスは「山上の祝福」の冒頭の言葉だ。イエスは詩篇1編を念頭に置かれながら山上の祝福を述べられたのではないか。
-マタイ5:3-4「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる」。
・詩篇記者は、神はこの世の不条理を糾してくださると歌った。イエスはこの世では正しい者が悲しみ、悪しき者が栄える現実があることを見つめ、その現実を神が糾すために自分を派遣されたと宣言される。
-ルカ4:18-19「主の霊が私の上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主が私に油を注がれたからである。主が私を遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」。
・律法を守ることの出来ない人々を、パリサイ人たちは、「アム・ハ・アレツ(地の民)」として排除した。しかし、イエスは律法を守る人が幸いなのではなく、福音を聞き、それを信じる人こそが幸いなのだと言われた。ここに旧約(行為の戒め)を継承し、かつ超える新約(愛の戒め)がある。
-マタイ21:31-32「はっきり言っておく。徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは彼を信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ。あなたたちはそれを見ても、後で考え直して彼を信じようとしなかった」。
・新約の視点から見れば、律法は廃すべきものであり、イエスによって福音の道が開けたと私たちは思う。しかし、イエスは律法を廃するためではなく、完成するために来たと言われる(マタイ5:17-18)。救いの条件としての律法ではなく、救われた恵み、応答として主の戒めを守っていくことこそ大事ではないか。
-ヤコブ2:14-17「私の兄弟たち、自分は信仰を持っていると言う者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか。そのような信仰が、彼を救うことができるでしょうか・・・信仰もこれと同じです。行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです」。


投稿者 : admin 投稿日時: 2018-09-16 21:16:31 (105 ヒット)

1.サムソンとペリシテ人との戦い

・サムソンはペリシテの女をめとるが、妻はサムソンの秘密を同胞のペリシテ人に漏らしてしまう。
−士師記14:17-20「宴会が行われた七日間、彼女は夫に泣きすがった。彼女がしつこくせがんだので、七日目に彼は彼女に明かしてしまった。彼女は同族の者にそのなぞを明かした。七日目のこと、日が沈む前に町の人々は彼に言った。『蜂蜜より甘いものは何か、獅子より強いものは何か。』するとサムソンは言った。『私の雌牛で耕さなかったなら、私のなぞは解けなかっただろう。』その時主の霊が激しく彼に降り、彼はアシュケロンに下って、そこで三十人を打ち殺し、彼らの衣をはぎ取って、着替えの衣としてなぞを解いた者たちに与えた。彼は怒りに燃えて自分の父の家に帰った。サムソンの妻は、彼に付き添っていた友のものとなった。」
・女の父親は妻をサムソンから離縁させ、同胞のペリシテ人の男に嫁がせた。
−士師記15:1-2「しばらくして小麦の収穫のころ、サムソンは一匹の子山羊を携えて妻を訪ね、『妻の部屋に入りたい』と言ったが、彼女の父は入らせなかった。父は言った。『私はあなたがあの娘を嫌ったものと思い、あなたの友に嫁がせた。妹の方がきれいではないか。その妹を代わりにあなたの妻にしてほしい。」」
・怒ったサムソンは報復にペリシテ人の畑を焼いてしまう。
−士師記15:3-5「サムソンは言った『今度は私がペリシテ人に害を加えても、私には罪がない』。サムソンは出て行って、ジャッカルを三百匹捕らえ、松明を持って来て、ジャッカルの尾と尾を結び合わせ、その二つの尾の真ん中に松明を一本ずつ取り付けた。その松明に火をつけると、彼はそれをペリシテ人の麦畑に送り込み、刈り入れた麦の山から麦畑、ぶどう畑、オリーブの木に至るまで燃やした」。
・このエピソードは伝説ではあろうが、ある面、事実でもあろう。獣に松明を結びつけ戦場で計略に用いたとする記録は、古今東西にかなりの例がある。イタリアに侵入したカルタゴの名将ハンニバルは、ローマ軍を混乱に陥れるために計略を用い、闇夜に2000頭の牛の角に松明を結びつけて山の斜面を登らせたのである。やがて角が焼けはじめると、牛は山中を走り回ったのでローマ側は、敵に包囲されていると思ったという。
・ペリシテ人たちは報復にサムソンの嫁と舅を殺す。サムソンはペリシテ人を殺し返し、エタムに逃れる。
−士師記15:7-8「サムソンは彼らに『これがお前たちのやり方なら、私はお前たちに報復せずにはいられない』。と言って、彼らを徹底的に打ちのめし、下って行って、エタムの岩の裂け目に住んだ」。
・ペリシテ人は報復のためにイスラエルに攻め入り、恐れたイスラエルの人々はサムソンを縛って、ペリシテ人に差し出す。サムソンと共に戦うイスラエル人はいなかった。しかし、主はサムソンと共におられた。
−士師記15:14-16「サムソンがレヒに着くと、ペリシテ人は歓声をあげて彼を迎えた。そのとき、主の霊が激しく彼に降り、腕を縛っていた縄は、火がついて燃える亜麻の糸のようになり、縄目は解けて彼の手から落ちた。彼は、真新しいロバのあご骨を見つけ、手を伸ばして取り、これで千人を打ち殺した」。
・ここには敵を殺すことに対する罪悪感はなく、殺した敵の数を誇る風潮がある。サウルやダビデの時もそうだった。「敵を愛せ」と言われた神の言葉は響いていない。敵を殺すことが正義である時代であった。
−サムエル記上18:5-7「イスラエルのあらゆる町から女たちが出て来て、太鼓を打ち、喜びの声をあげ、三絃琴を奏で、歌い踊りながらサウル王を迎えた『サウルは千を討ち、ダビデは万を討った』」。

2.サムソンの罪と悔い改め

・その後、サムソンはまたもペリシテの女に迷う。妻デリラは欲と同胞からの脅しの中で、サムソンに言い寄り、力の秘密を探ろうとする。デリラの度重なる哀願の前に、サムソンは自分の秘密を教える。
−士師記16:15-17「デリラは彼に言った『・・・三回もあなたは私を侮り、怪力がどこに潜んでいるのか教えてくださらなかった』。来る日も来る日も彼女がこう言ってしつこく迫ったので、サムソンはそれに耐えきれず死にそうになり、ついに心の中を一切打ち明けた『私は母の胎内にいた時からナジル人として神にささげられているので、頭にかみそりを当てたことがない。もし髪の毛をそられたら、私の力は抜けて、私は弱くなり、並の人間のようになってしまう』」。
・サムソンは髪の毛をそられ、力は彼を去った。彼は捕らえられ、目をくりぬかれて奴隷にさせられる。
−士師記16:20-21「サムソンは眠りから覚めたが、主が彼を離れられたことには気づいていなかった。ペリシテ人は彼を捕らえ、目をえぐり出してガザに連れて下り、青銅の足枷をはめ、牢屋で粉をひかせた」。
・サムソンの髪の毛はまた伸び始めた。サムソンは自分の罪を悔い、祈りの中に神との交わりが回復した。おごり高ぶるものは砕かれるが、その労苦の中から主の名を呼び求めれば主は再び答えて下さる。
−詩篇107:10-14「彼らは、闇と死の陰に座る者、貧苦と鉄の枷が締めつける捕われ人となった。神の仰せに反抗し、いと高き神の御計らいを侮ったからだ。主は労苦を通して彼らの心を挫かれた。彼らは倒れ、助ける者はなかった。苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らの苦しみに救いを与えられた。闇と死の陰から彼らを導き出し、束縛するものを断ってくださった」。
・サムソンは最後の力を振り絞ってペリシテ人と戦う。そこには自分の命をも捨てる真剣な祈りがあった。
−士師記16:28-30「サムソンは主に祈って言った『私の神なる主よ。私を思い起こしてください。神よ、今一度だけ私に力を与え、ペリシテ人に対して私の二つの目の復讐を一気にさせてください』。それからサムソンは、建物を支えている真ん中の二本を探りあて、一方に右手を、他方に左手をつけて柱にもたれかかった。サムソンは『私の命はペリシテ人と共に絶えればよい』と言って、力を込めて押した。建物は・・・そこにいたすべての民の上に崩れ落ちた。彼がその死をもって殺した者は、生きている間に殺した者より多かった」。
・新約聖書・ヘブル書はサムソンを信仰の勇者とする。彼は罪を犯しても幼子のように神に立ち返ることが出来た。放蕩息子の信仰が彼にはあったのだ。弱かったのに強いものとされたのだ。
−ヘブル11:32-34「これ以上、何を話そう。もしギデオン、バラク、サムソン、エフタ、ダビデ、サムエル、また預言者たちのことを語るなら、時間が足りないでしょう。信仰によって、この人たちは国々を征服し、正義を行い、約束されたものを手に入れ、獅子の口をふさぎ、燃え盛る火を消し、剣の刃を逃れ、弱かったのに強い者とされ、戦いの勇者となり、敵軍を敗走させました」。

3.サムソン物語をどう読むか

・勝村弘也は「サムソン物語雑考」の中で語る「士師記13〜16章に描き出されているサムソンの姿は、読者に独特の奇妙な印象を与える。サムソンは、ここで〈士師〉の一人に数えられているようではあるが、イスラエルをペリシテ人の抑圧から解放したわけでもなく、何らかの軍勢を指揮したわけでもない。彼はどこまでも単独で行動する〈テロリスト〉的な人物に見える。聖書の読者は当惑するほかない。」
・「サムソン誕生の経緯は極めて異常なのであるが、これは申命記史家がサムソンを全く特異な人物として描こうとしているからに他ならない。生まれてくる息子にではなく母親の方に厳格な食物規定が命じられる等の〈特異なもののモチーフ〉がくり返し出てくるのはこのためである。サムソンは、ふつうの士師でもナジル人でもない。しかし、まさにこの男からイスラエルの解放は〈開始〉されたと申命記史家は主張しているのである。サムソンによってペリシテ人に対する闘争は始まった。ペリシテからの救出ないし解放はダビデによって完成するが、サムソンはこのサウルからダビデへと続く展開の先駆者と見られていることになる。」
−士師記13:5「あなたは身ごもって男の子を産むでしょう。その頭にかみそりをあててはなりません。その子は生れた時から神に捧げられたナジル人です。彼はペリシテ人の手からイスラエルを救い始めるでしょう」。
・旧約聖書「士師記」のサムソンとデリラの物語は、文学・美術・音楽・映画などで数多く取り上げられて有名だ。17世紀英国の叙事詩『失楽園』を書いたミルトンは、この物語をギリシャ悲劇の様式に倣った劇詩として創作した(闘士サムソン)。そこにはかつて天下無双の怪力を誇った英雄の姿はなく、妖艶な女性の魅力に負けた結果、敵方に囚われ、視力を奪われ、労役を科せられながら過去を内省して苦闘する人間の姿が描かれている。ジョン・ミルトンは41歳の時、過労で失明している。自らが失明して、彼は失明したサムソ
ンの悲しみと祈りを理解したのであろう。ミルトンは古代の詩人や預言者、ホメロスやティレシアスらをあげ、盲目が〈内面の目〉を培い、真の洞察に至ることを説く。彼は記す「盲目であることが悲惨なのではない、盲目に耐えられないことが悲惨なのだ。真理のための受難は、崇高なる勝利への勇気なのだ」。
・サムソンのように、失明を乗り越えた多くの先覚者たちがいる。紹介したい。
−2014年11月16日コンサート奨励から「全盲の玉田敬次牧師は神学校を卒業して宮城県の教会に牧師として赴任しますが、全盲の自分が晴眼者ばかりの教会に赴任して仕事が出来るだろうかという不安を持っていました。その彼に恩師が語ります「教会は牧師一人が働くところではなく、役員や会員が一緒になって奉仕する場所である。目に見える牧師はつい自分一人でやっていくことが多い。しかしあなたは目が見えないから、嫌でも信徒の手助けを借りなければならない。その方が真の教会の姿である」。玉田牧師はやがて故郷に戻り、芦屋三条教会の牧師になり、この教会から育った信仰者の一人が小森禎司先生です。小森先生も全盲でしたが、励ましを受けて明治学院大学で英文学を学び、やがて桜美林大学の教授となり、ジョン・ミルトン研究に生涯を捧げられました。ジョン・ミルトンは「失楽園」を書いたピューリタン詩人として有名ですが、41歳の時に過労で失明しています。盲目の中で口述筆記を通して「失楽園」を書いたミルトンを紹介する事こそ、自分に与えられた天命だと小森先生は思われたのです。」


投稿者 : admin 投稿日時: 2018-09-09 21:16:18 (103 ヒット)

1.サムソンの誕生

・ペリシテ人は、紀元前15-13世紀に、エーゲ海よりパレスチナ海岸に侵入した。それ以降、彼らの名によってこの地域は「パレスチナ」と呼ばれるようになった。またガザ、アシュドデ、アシュケロン、ガテ、エクロンに五大都市を築き、士師時代後期からイスラエル最大の強敵となった。そのペリシテ人からイスラエルを救い出すために、士師サムソンが起こされた。ペリシテ人との戦いはサムソンから始まり、サムエル、サウル、ダビデの時代(巨人ゴリアテもペリシテ人)まで続き、ローマ時代にはペリシテ人は滅んでいる。このペリシテ人と、現在のパレスチナ人(アラブ人)は民族的な関りはない。ただペリシテ人たちのかつての居住地(ガザとその近郊)に現在のパレスチナ人が住んでいる。
・サムソンは最後の士師である。この物語も士師記の主題(罪の犯し−神の懲らしめ−救済)の中で語られる。主はサムソン(=太陽の子)を母の胎内にいる時から選ばれた。
―士師記13:1-5「イスラエルの人々は、またも主の目に悪とされることを行ったので、主は彼らを四十年間、ペリシテ人の手に渡された。その名をマノアという一人の男がいた。彼はダンの氏族に属し、ツォルアの出身であった。彼の妻は不妊の女で、子を産んだことがなかった。主の御使いが彼女に現れて言った『・・・あなたは身ごもって男の子を産む。その子は胎内にいる時から、ナジル人として神にささげられているので、その子の頭にかみそりを当ててはならない。彼は、ペリシテ人の手からイスラエルを解き放つ救いの先駆者となろう』」。
・ナジル人は神から特別の召命を受け、聖別(ナーザル)された者。強い酒を飲まないこと、髪をそらないことが求められた。洗礼者ヨハネもナジル人と呼ばれている。
―民数記6:2-8「特別の誓願を立て、主に献身してナジル人となるならば、ぶどう酒も濃い酒も断ち・・・ナジル人の誓願期間中は、頭にかみそりを当ててはならない・・・ナジル人である期間中、その人は主にささげられた聖なる者である」。
・サムソンは聖別された者として、人々の期待の中で生まれ、成長した。主は彼と共におられた。
―士師記13:24-25「女は男の子を産み、その名をサムソンと名付けた。子は成長し、主はその子を祝福された。主の霊が彼を奮い立たせ始めたのは、彼がツォルアとエシュタオルの間にあるマハネダンにいた時のことであった」。
・福音書の記述から、洗礼者ヨハネがナジル人として生活を送っていたことを窺い知ることができる。また、「ナザレの」イエスは、ナジル人のことではないかという説もある。ルカ2章の記述は士師記13章と相似する。
−ルカ2:39-40「親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った。幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。」

2.ふさわしくないサムソンを用いられる主

・テイムナはかつてダン部族に割り当てられた土地であったが、サムソンの時代にはペリシテ人の町となっていた。サムソンは、その町で、ペリシテ人女性を愛し、結婚しようとする。両親は異民族女性との婚姻に反対するが、これも主の計画であったと士師記は描く。こうしてサムソンは仇敵ペリシテと関係を持つ。
―士師記14:3-4「父母は言った『お前の兄弟の娘や同族の中に、女がいないとでも言うのか。無割礼のペリシテ人の中から妻を迎えようとは』・・・父母にはこれが主の御計画であり、主がペリシテ人に手がかりを求めておられることが分からなかった。当時、ペリシテ人がイスラエルを支配していた」。
・婚礼に向かう道すがら、サムソンは獅子に出会うが、主の霊は彼と共にあり、彼は撃退する。やがて獅子の死骸に蜜蜂が巣を作り、蜂蜜ができた。死骸に触れるなとの戒めにもかかわらず、彼は死骸から蜂蜜を集める。
―士師記14:5-9「一頭の若い獅子がほえながら向かって来た。そのとき主の霊が激しく彼に降ったので、彼は手に何も持たなくても、子山羊を裂くように獅子を裂いた・・・しばらくして・・・獅子の屍を見ようと脇道にそれたところ、獅子の死骸には蜜蜂の群れがいて、蜜があった。彼は手で蜜をかき集め、歩きながら食べた」。
・婚礼の席で彼は飲酒し、なぞをかける。そのなぞを解くためにペリシテ人たちは彼の妻を脅し、妻は同族のためにサムソンを裏切る。この事件を契機にサムソンは30人のペリシテ人を殺す。
―士師記14:19「その時、主の霊が激しく彼に降り、彼はアシュケロンに下って、そこで三十人を打ち殺し、彼らの衣をはぎ取って、着替えの衣としてなぞを解いた者たちに与えた。彼は怒りに燃えて自分の父の家に帰った」。
・乱暴者サムソンがペリシテ人を殺した。神の民イスラエルは無割礼のペリシテの支配下にいてはいけなかった。ペリシテを恐れて何もしない民を奮起させるために主はサムソンを用いられた。ギデオンにせよ、エフタにせよ、不完全な人である。主は不完全な人を用いて御旨を行われる。ヘブル書は彼らを信仰の人として描く。
―ヘブル11:32-34「これ以上、何を話そう。もしギデオン、バラク、サムソン、エフタ、ダビデ、サムエル、また預言者たちのことを語るなら、時間が足りないでしょう。信仰によって、この人たちは国々を征服し、正義を行い、約束されたものを手に入れ、獅子の口をふさぎ、燃え盛る火を消し、剣の刃を逃れ、弱かったのに強い者とされ、戦いの勇者となり、敵軍を敗走させました」。
・主の御心はすぐにはわからないが、後になるとわかることが多い。ヨセフは兄弟たちの裏切りでエジプトに売られて苦労したが、やがて一族を救うために自分があらかじめエジプトに導かれたことを悟る。
―創世記45:4-8「ヨセフは兄弟たちに言った『私はあなたたちがエジプトへ売った弟のヨセフです。しかし、今は、私をここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神が私をあなたたちより先にお遣わしになったのです。・・・私をここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。神がわたしをファラオの顧問、宮廷全体の主、エジプト全国を治める者としてくださったのです』」。

3.サムソン物語に見る召命

・サムソンは士師にふさわしくない乱暴者であるにもかかわらず、士師記は最大の記述をサムソンについて行う(13−16章)。彼は当時イスラエルを占領し、支配するペリシテ人に、恐れず立ち向かった救国の英雄として描かれる。サムソン出生の記事は後の預言者サムエル出生の記事と多くの共通点を持つ。共に母親が不妊の女であったのに懐妊する。神の力がそこに働いていることを示す表現である。
−サムエル記上1:19-20「エルカナは妻ハンナを知った。主は彼女を御心に留められ、ハンナは身ごもり、月が満ちて男の子を産んだ。主に願って得た子供なので、その名をサムエル(その名は神)と名付けた。」
・サムソンもサムエルも、母の胎にいる時から祝福され、聖別されている。サムソンはイスラエルをペリシテ人から解放するために召され、サムエルはペリシテを征服する新しい王(ダビデ)を任用するために召される。
−サムエル記上1:27-28「私はこの子を授かるようにと祈り、主は私が願ったことをかなえてくださいました。私は、この子を主に委ねます。この子は生涯、主に委ねられた者です。」
・聖別されるとは、「主が常に共におられる」ことを意味する。危機の時に、イザヤもまた「共におられる方」を待望した。それがインマヌエル預言である。
−イザヤ7:14-15「それゆえ、私の主が御自ら、あなたたちにしるしを与えられる。見よ、乙女が身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。災いを退け、幸いを選ぶことを知るようになるまで、彼は凝乳と蜂蜜を食べ物とする。」
・マタイはこの預言がキリスト誕生時に成就したと理解した。キリストもまたサムソン、サムエル、ダビデと同じように召されたとの信仰理解である。
−マタイ1:22-23「このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。『見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神は我々と共におられる』という意味である。」


投稿者 : admin 投稿日時: 2018-09-02 17:55:26 (143 ヒット)

1.12部族の団結を崩すエフライムの行動

・エフタがアンモン人との戦いに勝利した時、最大部族であったエフライム族は自分たちに相談なしに戦ったとして、大軍を率いて脅しに来た。エフタの所属するギレアドのような少数部族が国の指導者になることに、大部族のエフライムは不満を持った。
−士師記12:1-3「エフライム人が勢ぞろいして、ツァフォンに赴き、エフタに言った『アンモン人との戦いに出向いた時、なぜあなたは、私たちに同行を呼びかけなかったのか。あなたの家をあなたもろとも焼き払ってやる』。エフタは彼らに言った『私と私の民がアンモン人と激しく争っていた時、あなたたちに助けを求めたが、敵の手から私を救ってくれなかった。あなたたちが救ってくれることはないと思い、私は命がけでアンモン人に向かって行った・・・どうして今日になって私に向かって攻め上り、戦おうとするのか』」。
・エフタは少数部族ギレアドの出身だ。エフライムは「おまえたちは私たちから離脱してヨルダン川東岸に住んだ逃亡者だ。それが我々を差し置いて戦果を誇っている」と批判した。エフタは怒り、エフライムと戦った。
−士師記12:4-5「エフタはそこでギレアドの人をすべて集めて、エフライムと戦い、ギレアドの人はエフライムを撃ち破った。エフライムが『あなたたちはエフライムを逃げ出した者。ギレアドはエフライムの中、マナセの中にいるはずだ』と言ったからである」。
・エフライムはギデオンがミディアン人に勝利した時も干渉している。彼らは、自分たちは戦わないのに、最大部族として、戦いの報酬だけを得ようとしている。
−士師記8:1「エフライムの人々はギデオンに『あなたはミディアンとの戦いに行く時、私たちを呼ばなかったが、それはどういうことか』と言って、激しく彼を責めた」。
・一致して戦うべき時に、自分たちは戦わず、その成果に文句だけをつける人が必ずいる。エフライムは嗣業地割当の時も、ヨシュアに文句を言っている。このような行為が集団の一致を乱していく。
−ヨシュア記17:15-17「ヨシュアは答えた『あなたの民の数が多くて、エフライムの山地が手狭なら、森林地帯に入って行き、ペリジ人やレファイム人の地域を開拓するが良い』。ヨセフの子らが『山地だけでは足りません。しかし平地に住むカナン人は・・・皆、鉄の戦車を持っています』と言うと、ヨシュアは・・・答えた『山地は森林だが、開拓してことごとく自分のものにするがよい。カナン人は鉄の戦車を持っていて、強いかもしれないが、きっと追い出すことができよう』」。

2.イスラエルの罪の歴史としての士師記

・士師時代末期には、イスラエルは内部抗争に明け暮れる。13−16章のサムソンを最後に、17章以下にはもう士師は現れず、ダン族の土地の割込みに伴う争い(嗣業の地を追われて新しい領土を他部族から剽窃する)や、ベニヤミン族の全イスラエルとの戦いが記される。主はイスラエルを内戦状態に放置された。
−士師記20:28「当時、アロンの孫でエルアザルの子であるピネハスが御前に仕えていた。イスラエルの人々は言った『兄弟ベニヤミンとの戦いに、再び繰り返して出陣すべきでしょうか。それとも控えるべきでしょうか』。主は言われた『攻め上れ。明日、私は彼らをあなたの手に渡す』」。
・士師記記者は、罪を「彼らは自分の目に正しいとすることを行った」と記述する。主の霊がイスラエルからとともにいないことを象徴する言葉だ。
−士師記21:25「そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正しいとすることを行っていた」。
・約束の地への到達は救いの成就のはずであった。それなのに何故争いが起きるのか。
−申命記8:7-10「あなたの神、主はあなたを良い土地に導き入れようとしておられる。それは、平野にも山にも川が流れ、泉が湧き、地下水が溢れる土地、小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろが実る土地、オリーブの木と蜜のある土地である。・・・あなたは食べて満足し、良い土地を与えてくださったことを思って、あなたの神、主をたたえなさい」。
・旧約の歴史が教えることは、救いは地上では完成しないということだ。約束の地への到達は救いではなかった。私たちの人生においても地上では救いは完結しない。地上の人生は仮住まいに過ぎず、過ぎ去る。
−ヘブル11:13-16「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのです。・・・彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。・・・神は、彼らのために都を準備されていたからです」。

3. エフタ物語を再考する

・エフタは「勝利の暁には家の者を生贄として捧げます」と誓願してアンモン人との戦いに臨み、勝った。エフタは誓願の規定に従い、自分の娘を生贄として捧げることになってしまった。内村鑑三は「士師エフタの話〜少女の犠牲」について注釈する。
−内村鑑三全集第19巻から「残酷と言えば残酷です。昔はアブラハムがその子イサクを燔祭として神に捧げようとしたその刹那に、神は一頭の羊を下して、これをイサクの身代わりにしたとの事です(創世記第22章)。神は何故に同じ手段で、ここにエフタの娘を救われなかったのでしょうか。人身御供は、聖書が堅く禁じる事です。エフタがもしここにこの事をしたとすれば、それは神の律法に背いたのです」。
・「誓願そのものが、既に間違いであったのです。その成就は、敢えて怪しむに足りません。私共は、エフタの迷信を憐れみましょう。彼の浅慮を責めましょう。しかしながら、彼の誠実を尊び、彼の志を愛せざるを得ません。しかし、燔祭の事実はどうであったとしても、犠牲の事実は、これをおおうことはできません。エフタはここに、凱旋の帰途において、彼の一人の娘を失ったのです。この事によって、彼の高ぶった心は低くされ、誇ろうとした心はへりくだされたことでしょう」。
・「エフタはこの時、真の栄誉なるものが、この世に無いことを悟ったことでしょう。この世において曇りのない歓喜、欠ける所のない成功、涙のない名誉なるものは無いのです。エフタは流浪の身から一躍して一国の首領と成った時に、償いたいと思っても償えない損害に遭遇したのです。彼はこの後六年間、イスラエルとギレアデを裁いたとあります(12章7節)。しかし、六年の栄華は、彼にとって決して悲哀のない栄華ではなかったのです。彼は終生、凱旋当日の悲劇を忘れなかったに相違ありません。アンモン人の王を睨んだ勇者の目は、たびたび悲しい犠牲の事を思い出して、熱い涙に浸されたに相違ありません。彼はたびたびギレアデの首領にならずに、トブの地で彼の一人の娘と共に隠れて、幸福な日を終生送りたかったと願ったでしょう」。
・「しかし、幸福は人生最大の獲物ではありません。義務は幸福に優ってさらに貴いのです。義務のゆえに私共は、たびたび幸福を捨てざるを得ません。そして義務のために私共が蒙る損失は、決して損失ではないのです。エフタは彼の幸福を犠牲にして、彼の国を救いました。そしてエフタの娘は彼女の生命を犠牲にして、彼女の父の心をきよめました。犠牲に犠牲、人生は犠牲です。犠牲なしには、人生は無意味です。幸福は人生の目的ではありません。犠牲こそ人生の華です。もしイスラエルを救うためにはエフタの苦痛が必要であり、そしてエフタ自身を救うためには彼の娘の死が必要であったということであれば(そして私は必要であったと信じます)、神の聖名は讃美すべきです。エフタは無益に苦しまず、彼の娘は無益に死にませんでした。神はそのようにして人と国とを救われるのです」(内村鑑三「士師エフタの話〜少女の犠牲」、明治45年6月10日)。
・東京大学・高橋哲哉氏は「戦前の靖国体制は戦争犠牲者を神として祀ることによって戦争を遂行した。戦後の経済成長も安全保障も「犠牲」の上に成り立っている。福島の原発事故は、原発推進政策に潜む「犠牲」のありかを暴露し、沖縄の普天間基地問題は、日米安保体制における「犠牲」のありかを示した。もはや誰も「知らなかった」とは言えない。沖縄も福島も、中央政治の大問題となり、「国民的」規模で可視化されたのだから。経済成長や安全保障といった共同体全体の利益のために、誰かを「犠牲」にするシステムは本当に正当化できるのか」と問いかける(『犠牲のシステム 福島・沖縄』から)。
・高橋哲哉氏は著書の中で、内村鑑三に言及する。「祖国のための死をたたえることは、日本だけではなく、欧米の近代国民国家もそれをナショナリズムの核とし、戦争を繰り返してきた。キリスト教の犠牲の論理としては、内村鑑三が日露戦争中の1904年に出した「非戦主義者の戦死」や、旧約聖書エフタの物語の中で「犠牲に犠牲、人生は犠牲であります。犠牲なくして人生は無意味であります」と書いている」ことを批判した。キリスト教の犠牲の論理の中核は「贖罪信仰」であり、キリストの犠牲により救われるとの教えが内村やその他のキリスト者の犠牲礼賛を生んだと高橋氏は考えている。


投稿者 : admin 投稿日時: 2018-08-26 18:48:11 (227 ヒット)

1.アンモン人との戦いのために立てられたエフタ

・イスラエルは主の前に罪を犯し、主はイスラエルをアンモン人の支配下に放置される。
−士師記10:6-7「イスラエルの人々は、またも主の目に悪とされることを行い、バアルやアシュトレト、アラムの神々、シドンの神々、モアブの神々、アンモン人の神々、ペリシテ人の神々に仕えた。彼らは主を捨て、主に仕えなかった。主はイスラエルに対して怒りに燃え、彼らをペリシテ人とアンモン人の手に売り渡された」。
・アンモン人はヨルダン川東岸のギレアドを侵略し、川を越えて西岸の地域をも侵し始めた。
−士師記10:8-9「敵は、その年から十八年間、イスラエルの人々、ヨルダンの向こう側ギレアドにあるアモリ人の地にいるすべてのイスラエルの人々を打ち砕き、打ちのめした。アンモン人はヨルダンを渡って、ユダ、ベニヤミン、エフライムの家にも攻撃を仕掛けて来たので、イスラエルは苦境に立たされた」。
・イスラエルは救いを求めるが、主は拒否される「お前たちの神に救いを求めよ」。しかし、イスラエルの悔い改めの真実であることを見られ、彼らを救うためにエフタを選ばれる。
−士師記10:15-18「イスラエルの人々は主に言った『私たちは罪を犯しました。私たちに対して何事でも御目にかなうことを行ってください。ただ、今日私たちを救い出してください』・・・アンモンの人々は集結してギレアドに陣を敷き、イスラエルの人々も集まってミツパに陣を敷いた。ギレアドの指導者たちは互いに言い合った。『アンモンの人々に戦いを仕掛けるのは誰だろうか。その人が、ギレアド全住民の頭となろう』」。
・与えられた指導者は仲間と徒党を組んで隊商を襲う夜盗集団の頭だった。しかし、その勇敢さは聞こえていたので、人々は彼に指揮官になるよう頼む。
−士師記11:4-6「アンモンの人々が、イスラエルに戦争を仕掛けてきた。アンモンの人々が戦争を仕掛けてきた時、ギレアドの長老たちはエフタをトブの地から連れ戻そうと、やって来た。彼らはエフタに言った。『帰って来てください。私たちの指揮官になっていただければ、私たちもアンモンの人々と戦えます。』」
・エフタはギレアド出身だったが、遊女の子であったので、故郷を追われてトブの地にいた。
−士師記11:1-3「ギレアドの人エフタは、勇者であった。彼は遊女の子で、父親はギレアドである。ギレアドの妻も男の子を産んだ。その妻の産んだ子供たちは成長すると、エフタに『あなたは、よその女の産んだ子だから、私たちの父の家にはあなたが受け継ぐものはない』と言って、彼を追い出した。エフタは兄弟たちから逃れて、トブの地に、身を落ち着けた」。
・その故郷を追われたエフタに、追い出した故郷の人々が頭を下げてきた。神はそのエフタに不名誉の烙印を押したイスラエルの民を救うための使命を与えられた。
−士師記11:7-8「エフタはギレアドの長老たちに言った。『あなたたちは私をのけ者にし、父の家から追い出したではありませんか。困ったことになったからと言って、今ごろなぜ私のところに来るのですか。』ギレアドの長老たちは、エフタに言った。『だからこそ今、あなたのところに戻って来たのです。私たちと共に来て、アンモン人と戦ってくださるなら、あなたに私たちギレアド全住民の、頭になっていただきます。』」

2.エフタの取引とその結果

・エフタは故郷の人々の懇願を受け入れ、アンモン人との戦いに臨んだ。
−士師記11:29「主の霊がエフタに臨んだ。彼はギレアドとマナセを通り、更にギレアドのミツパを通り、ギレアドのミツパからアンモン人に向かって兵を進めた」。
・しかしエフタは自信を持てない。そのため彼は「勝利の暁には家の者を生贄として捧げます」と誓願する。
−士師記11:30-31「もしあなたがアンモン人を私の手に渡してくださるなら、私がアンモンとの戦いから無事に帰る時、私の家の戸口から私を迎えに出て来る者を主のものといたします。私はその者を、焼き尽くす献げ物といたします」。
・戦いはエフタの勝利になった。エフタが家に帰ってみると、彼を最初に迎えたのは、彼の娘であった。エフタは娘を生贄として捧げることになってしまった。彼はおそらく召使を捧げる心積もりであったのだろう。しかし、現れたのは娘であった。
−士師記11:34-35「エフタがミツパにある自分の家に帰った時、自分の娘が鼓を打ち鳴らし、踊りながら迎えに出て来た。彼女は一人娘で、彼にはほかに息子も娘もいなかった。彼はその娘を見ると、衣を引き裂いて言った『ああ、私の娘よ。お前が私を打ちのめし、お前が私を苦しめる者になるとは。私は主の御前で口を開いてしまった。取り返しがつかない』」。
・娘は悲しむが誓願の言葉を破ることは出来ない。彼女は「生贄」として捧げられ、死んで行った。
−士師記11:36-39「彼女は言った『あなたは主の御前で口を開かれました。私を、その口でおっしゃったとおりにしてください・・・二か月の間、私を自由にしてください。私は友達と共に出かけて山々をさまよい、私が処女のままであることを泣き悲しみたいのです』。二か月が過ぎ、彼女が父のもとに帰って来ると、エフタは立てた誓い通りに娘を捧げた」。

3.この物語をどう読むか

・アブラハムが息子イサクを捧げようとした時、主は備えの羊を送ってそれを止めさせられた(創世記22:10-15)。しかし、今回は何もされない。エフタは取引をしたからだ。主が求められるのは生贄でなく従順だったのに、エフタは生贄を約束した。
−ミカ6:8「人よ、何が善であり、主が何をお前に求めておられるかは、お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと、これである」。
・エフタが娘の助命を求めたら、主はおそらく許されたであろう。エフタは求めなかった。彼の不信仰が娘を殺した。
−ルカ11:11-13「あなたがたの中に、魚を欲しがる子供に、魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか。また、卵を欲しがるのに、さそりを与える父親がいるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」
・「もし助けてくれるなら・・・します」という祈りは不信仰なのだ。神は私たちに無条件で恵みを下さることを信じきれない祈りなのだ。
−イザヤ55:1「渇きを覚えている者は皆、水のところに来るがよい。銀を持たない者も来るがよい。穀物を求めて、食べよ。来て、銀を払うことなく穀物を求め、価を払うことなく、ぶどう酒と乳を得よ」。
・この物語は不幸な話である。基本は「神を信じ切れない人間の弱さ」にあるのであろう。
−福井誠「聖書一日一章」から「しばしば人は、状況が切迫していればいるほどに、『もし、あなたが助けてくださるなら…私は〜をします。』と神に取引を持ちかけてしまうことがある。だが、十字架の恵みにある私たちは、しっかり理解しなくてはいけない。神は取引なしに私たちを祝福してくださるお方であることを。神は恵み豊かであり、神の前にあっては、取引も誓いも不要である。恵み豊かな神に忠実であろう。」


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