すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

みんなの証
みんなの証 : 2018年11月18日聖書教育の学び(2009年10月15日祈祷会、イザヤ62-63章、天を裂いて降って来てください)
投稿者 : admin 投稿日時: 2018-11-11 20:56:08 (71 ヒット)

1.絶望の中で希望を語る預言者

・バビロンにいた捕囚民は荒廃した土地への帰還を引き受け、国の再建作業に着手した。しかし神殿再建は異邦人の妨害や飢餓等により頓挫し、経済生活は改善しなかった。「主は私たちを見捨てられたのではないか」との疑念が彼らの間に起こった。救いを待つ間は希望がある。しかし救いが来ない、自分は見捨てられたと思った時、人は絶望する。
-イザヤ64:9-11「あなたの聖なる町々は荒れ野となった。シオンは荒れ野となり、エルサレムは荒廃し、私たちの輝き、私たちの聖所、先祖があなたを賛美した所は、火に焼かれ、私たちの慕うものは廃虚となった。それでもなお、主よ、あなたは御自分を抑え、黙して、私たちを苦しめられるのですか」。
・「自分たちは捨てられた」という民に、預言者は「主がエルサレムを回復して下さるまで、私は沈黙しない」と約束する。
-イザヤ62:1-2「シオンのために、私は決して口を閉ざさず、エルサレムのために、私は決して黙さない。彼女の正しさが光と輝き出で、彼女の救いが松明のように燃え上がるまで。諸国の民はあなたの正しさを見、王はすべて、あなたの栄光を仰ぐ。主の口が定めた新しい名をもって、あなたは呼ばれるであろう」。
・「主はその訴えを聞いてくださり、あなたがたを新しい名で呼ばれる時が来る」。「一旦捨てられたエルサレムは再び夫を与えられ、花婿が花嫁を喜びとするように、神があなた(エルサレム)を喜びとされる時が再び来る」と預言者は断言する。
-イザヤ62:3-5「あなたは主の御手の中で輝かしい冠となり、あなたの神の御手の中で王冠となる。あなたは再び『捨てられた女』と呼ばれることなく、あなたの土地は再び『荒廃』と呼ばれることはない。あなたは『望まれるもの』と呼ばれ、あなたの土地は「夫を持つもの」と呼ばれる。主があなたを望まれ、あなたの土地は夫を得るからである。若者がおとめをめとるように、あなたを再建される方があなたをめとり、花婿が花嫁を喜びとするように、あなたの神はあなたを喜びとされる」。
・同じ頃、預言者ゼカリヤは叫んだ「いつまでエルサレムとユダの町々を憐れんでくださらないのですか。あなたの怒りは七十年も続いています」(ゼカリヤ1:12)。第三イザヤもまた叫ぶ「あなたがこの都を回復してくださらない限り、私は黙りません」と。預言者の叫びは民ではなく神に向けられている。
-イザヤ62:6-7「エルサレムよ、あなたの城壁の上に、わたしは見張りを置く。昼も夜も決して黙してはならない。主に思い起こしていただく役目の者よ、決して沈黙してはならない。また、主の沈黙を招いてはならない。主が再建に取りかかり、エルサレムを全地の栄誉としてくださるまでは」。

2.信仰とは叫びだ

・このイザヤの叫びに応じて主は幻を見せてくださる「もう敵が侵略して私たちの穀物を奪い取ることはない。私たちの造ったぶどう酒を侵略者たちが飲むこともない」と。私たちは豊かな実りを楽しむことが出来るようになる。
-イザヤ62:8-9「主は、御自分の右の手にかけて、力ある御腕にかけて、誓われた。私は再びあなたの穀物を敵の食物とはさせず、あなたの労苦による新しい酒を、異邦人に飲ませることも決してない。穀物を刈り入れた者はそれを食べて、主を賛美し、ぶどうを取り入れた者は聖所の庭でそれを飲む」。
・エルサレムの城壁は破れ、城門は朽ち果てている。さあみんなで修復しよう。障害になっている石を取り除き、土を盛り上げて、城門に続く大路を築け。まだシオンに戻らず諸国をさまよっている同胞ユダヤ人を迎えるために。
-イザヤ62:10「城門を通れ、通れ、民の道を開け。盛り上げよ、土を盛り上げて広い道を備え、石を取り除け。諸国の民に向かって旗を掲げよ」。
・ディアスポラの同胞が諸国から帰ってくる時、あなた方は「聖なる民、主に贖われた者、尋ね求められる女、捨てられることのない都」と呼ばれると預言者は高らかに歌い上げる。
-イザヤ62:11-12「見よ、主は地の果てにまで布告される。娘シオンに言え。見よ、あなたの救いが進んで来る。見よ、主のかち得られたものは御もとに従い、主の働きの実りは御前を進む。彼らは聖なる民、主に贖われた者、と呼ばれ、あなたは尋ね求められる女、捨てられることのない都と呼ばれる」。
・人が道に迷ったり、捕らえられた時、彼は救いを求めるが、救いが来ないことが明らかになった時、人は絶望する。その絶望から彼らを立ち上がらせる信仰こそ「インマムエル」の信仰である。「どのような状況の中にあっても主は耳を傾けてくださる、共にいてくださる」、それを信じる時に状況も変わり始める。
-イザヤ49:4-6「私は思った。私はいたずらに骨折り、うつろに、空しく、力を使い果たした、と。しかし、私を裁いてくださるのは主であり、働きに報いてくださるのも私の神である。主の御目に私は重んじられている。私の神こそ、私の力。今や、主は言われる・・・私はあなたを僕としてヤコブの諸部族を立ち上がらせ、イスラエルの残りの者を連れ帰らせる。だがそれにもまして私はあなたを国々の光とし、私の救いを地の果てまで、もたらす者とする」。

3.神が行為されるとの黙示

・エルサレム回復の祈りをしてきたイザヤは、63章で突然エドムの裁きを語り始める。帰国後も外国勢力の収奪と支配の中で救いを見出せない民族の苛立ちが背景にある。帰国を指導したセシバザルの神殿再建はサマリヤ人の介入で失敗し、国の独立をかけたゼルバブルの戦いはペルシャによって圧殺された。悪の勢力の前にイスラエルの希望はことごとく打ち破られ、人々は神の直接介入による救いに希望を託した。イザヤは敵対者エドムの血に染まった主の幻をみた。
-イザヤ63:1-3「『エドムから来るのは誰か。ボツラから赤い衣をまとって来るのは・・・』、『私は勝利を告げ、大いなる救いをもたらすもの』、『なぜ、あなたの装いは赤く染まり衣は酒ぶねを踏む者のようなのか』、『私はただひとりで酒ぶねを踏んだ。諸国の民はだれひとり私に伴わなかった。私は怒りをもって彼らを踏みつけ、憤りをもって彼らを踏み砕いた。それゆえ、私の衣は血を浴び、私は着物を汚した』」。
・エドムは死海南部の国でヤコブの兄弟エソウの建てた国だ。イスラエルの兄弟国であったが、バビロニア軍侵攻の時には混乱に乗じてエルサレムを侵略し、人々の財宝を奪い、多くの者を殺した。この時の仕打ちはイスラエル民族の恨みとなり、イスラエルは報復を誓い、エドムに対する裁きが求めた(イザヤ34:5-6参照)。
-詩篇137:7「主よ、覚えていてください、エドムの子らを。エルサレムのあの日を、彼らがこう言ったのを、『裸にせよ、裸にせよ、この都の基まで』」。
・現実のイスラエルは無力であり、外国勢力の支配下にある。しかし主はイスラエルを解放してくださる。その手始めとしてエドムが裁かれる。これは黙示だ。ヨハネがバビロン滅亡を通してローマ帝国の崩壊を預言したように(ヨハネ黙示録18:1-3)、イザヤもエドムの滅ぼしを通して「ペルシャ帝国からの解放」を歌い上げる。
-イザヤ63:4-6「私が心に定めた報復の日、私の贖いの年が来たので、私は見回したが、助ける者はなく、驚くほど、支える者はいなかった。私の救いは私の腕により、私を支えたのは私の憤りだ。私は怒りをもって諸国の民を踏みにじり、私の憤りをもって彼らを酔わせ、彼らの血を大地に流れさせた」。

4.天を裂いて降りたまえとの祈り

・民は叫んだ「主の手が短くて救えないのではないか。主の耳が鈍くて聞こえないのではないか」(59:1)、それに対して預言者は叫ぶ「違う、これまでの救済の歴史を考えてみよ」と。
-イザヤ63:7-9「私は心に留める、主の慈しみと主の栄誉を、主が私たちに賜ったすべてのことを、主がイスラエルの家に賜った多くの恵み、憐れみと豊かな慈しみを。主は言われた、彼らは私の民、偽りのない子らである、と。そして主は彼らの救い主となられた。彼らの苦難を常に御自分の苦難とし、御前に仕える御使いによって彼らを救い、愛と憐れみをもって彼らを贖い、昔から常に、彼らを負い、彼らを担ってくださった」。
・その主があなた方を捨てられたのはあなた方が主に背いたからだ。かつてモーセを用いてあなた方を救われた主は、あなた方の背信によってあなた方から目をそむかれた。だから今主はあなた方と共におられない。
-イザヤ63:10-11「しかし、彼らは背き、主の聖なる霊を苦しめた。主はひるがえって敵となり、戦いを挑まれた。そのとき、主の民は思い起こした、昔の日々を、モーセを。どこにおられるのか、その群れを飼う者を海から導き出された方は。どこにおられるのか、聖なる霊を彼のうちにおかれた方は」。
・預言者は神に嘆願する「民はあなたの力とあなたの憐れみに疑問を感じています。どうかあなたの力と憐れみを彼らに示してください」と。
-イザヤ63:15「どうか、天から見下ろし、輝かしく聖なる宮から御覧ください。どこにあるのですか、あなたの熱情と力強い御業は。あなたのたぎる思いと憐れみは、抑えられていて、私に示されません」。
・「主よ、あなたが私たちの父です。どうか私たちのところに来て下さい。私たちを懐疑と不信の泥沼から救ってください」と預言者は祈る。
-イザヤ63:16-17「あなたは私たちの父です・・・「私たちの贖い主」、これは永遠の昔からあなたの御名です。 なにゆえ主よ、あなたは私たちをあなたの道から迷い出させ、私たちの心をかたくなにして、あなたを畏れないようにされるのですか。立ち帰ってください、あなたの僕たちのために、あなたの嗣業である部族のために」。
・「主よ、私たちは苦しい年月を過ごしてきました。敵はあなたの聖所を踏みにじり、私たちは異邦人の支配を受けています。どうか主よ、今こそ天を裂いて降って来てください」とイザヤは祈る。
-イザヤ63:18-19「あなたの聖なる民が、継ぐべき土地を持ったのはわずかの間です。間もなく敵はあなたの聖所を踏みにじりました。あなたの統治を受けられなくなってから、あなたの御名で呼ばれない者となってから、私たちは久しい時を過ごしています。どうか、天を裂いて降ってください。御前に山々が揺れ動くように」。


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