すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

みんなの証
みんなの証 : 2018年1月28日聖書教育の学び(2017年4月5日祈祷会、マルコ4:35-41、突風を静めるイエス)
投稿者 : admin 投稿日時: 2018-01-22 11:22:57 (183 ヒット)

1.突風を静めるイエス

・イエスが弟子たちと舟に乗り、ガリラヤ湖を対岸へ渡ろうとした時、突然嵐になり、舟は波に翻弄され、水浸しになり、沈没しそうになった。
−マルコ4:35−37「その日の夕方になって、イエスは、『向こう岸に渡ろう』と弟子たちに言われた。そこで、弟子たちは群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一諸であった。激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。」
・弟子たちは波をかぶり、嵐に翻弄される舟の中でおびえた。イエスは船尾で眠っておられた。弟子たちがイエスに助けを求めると、イエスは波と湖を叱られた。すると嵐は収まった。
−マルコ4:38−39「しかし、イエスはともの方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、『先生、私たちがおぼれてもかまわないのですか』と言った。イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、『黙れ。沈まれ』と言われた。すると風はやみ、すっかり凪になった。」
・イエスは、「なぜ嵐を怖がるのか」と騒ぐ弟子たちを戒められた。苦難の嵐に遭って喜ぶ人は誰もいない。しかし、苦難は人にとって試練であることも忘れてはならない。何故ならば、人は苦難を通して自分が生かされている意味を知るからだ。絶望の中に希望を見続けた人がキング牧師だ。
-マルチン・ルーサー・キング「この世界で為されたことはすべて、希望によって為された。息をしている限り、希望があることを、私は確かに知っています。あなたも私も人間に過ぎません。私たちは未来を見抜くことができません。代わりに、こうなるかもしれないという可能性を思い描くのです。人生がどう展開するかは、神のみがご存知です。希望は神から私たちへの贈り物であり、外を見るための窓です。神が私たちのために計画された将来を知ることはできません。神を信頼しなさい。心に希望を持ち続けなさい。そして、最悪の事態に直面した時でさえ、万全の手を尽くして最善の結果に備えなさい。」

2.物語の背景から考える

・この物語はイエスがガリラヤ湖で嵐を静められたという伝承を元にマルコが編集した。マルコ福音書は紀元70年ごろ、ローマで書かれた。イエスは紀元30年に十字架で死なれたが、復活のイエスに出会って再び集められた弟子たちは、「イエスは神の子であった。イエスの死によって私たちの罪は赦され、イエスの復活によって私たちにも永遠の命が与えられた」と福音の宣教を始めた。その結果、ローマ帝国のあちらこちらに教会が生まれ、首都ローマにも教会が生まれた。しかし、初期の教会は、ローマ帝国内において邪教とされ、迫害され、紀元64年にはローマ皇帝ネロによる大迫害を受け、教会の指導者だったペテロやパウロたちもこの迫害の中で殺されていった。
・マルコが福音書を書いた当時のローマ教会は、迫害の嵐の中で揺れ動いていた。人々はキリスト者である故に社会から締め出され、リンチを受け、捕らえられて処刑されていった。教会の信徒たちは神に訴えた「あなたはペテロやパウロの死に対して何もしてくれませんでした。今度は私たちが捕らえられて殺されるかもしれません。私たちが死んでもかまわないのですか」。ガリラヤ湖の弟子たちは「私たちがおぼれてもかまわないのですか」と訴えたが(4:38)、この「おぼれる=アポルーマイ」の本来の意味は「滅ぼす、殺す」だ。弟子たちは、「私たちが滅ぼされても平気なのですか」、「私たちが殺されてもかまわないのですか」と言っている。つまり、マルコは湖上の嵐の伝承の中に、「主よ、私たちを助けてください。私たちは滅ぼされそうです。起きて助けてください」という教会の人々の叫びを挿入している。
・舟は初代教会のシンボルだった。初代教会は迫害の中で震えながらもイエスにつながり続け、滅ぼされることなく、終には迫害者ローマ帝国の国教となって行く。第二次世界大戦終了後、敵味方で憎しみ合い、血を流しあった世界のキリスト者はコペンハーゲンに集まって、世界教会協議会(World Council of Churches、WCC)を結成した。互いの国の教会がいがみ合い、殺し合いをしたことを悔い改め、新しい共同体を造っていくことで合意し、そのシンボルマークとして「十字架の帆柱をつけた嵐に揺れる舟」が選ばれた。これからも信仰が揺さぶられるような嵐があるかもしれないが、イエスのメッセージを聞き続けていこうと彼らは決意した。
-詩編107編28-29節「苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らを苦しみから導き出された。主は嵐に働きかけて沈黙させられたので、波はおさまった」。

3.感銘を受けた説教から( 2017/1/1東京北地区新年礼拝「マルコ4:35-41、波よ、静まれ」太田雅一牧師)

・新年あけましておめでとうございます。みなさまの上に、今年も豊かな恵みがありますようにお祈りします。といっても、一年間、波も風もない、穏やかな日ばかりというわけにはいきません。時には嵐の日もあるでしょう。そんな日は、今日のみ言葉を思い出したいものです。ある日、イエス様は弟子たちに、ガリラヤ湖の向こう岸に渡ろう、と言われます。そして、弟子たちと共に漕ぎ出しますと、突然、激しい嵐が起こりました。「舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった」。これはどのくらいの嵐だったでしょうか。大変な嵐だったと思われます。「水浸しになる」という元のギリシャ語は「水で一杯になる」という言葉です。たとえば、この言葉がほかに使われているところを挙げますと、カナの婚礼のところです。イエス様が水を葡萄酒に変えるという最初の奇跡です。この時、イエス様は召使いたちに、大きな水瓶にいっぱいに水をくんでくるようにと頼みます。この時の「水で一杯にする」が同じ言葉です。舟は少し波をかぶったくらいではなく、もう水で一杯で今にも沈没しそうです。
・ところが、イエスさまは舟の艫、後ろのほうで、枕を高くして居眠りをしておられる。この泰然自若、悠々たるイエスさまの余裕に、私たちも、見ならいたい。けれども、弟子たちはそれどころではない。必死に叫んで、イエスさまを起こします。そこで、イエス様が起き上がり、「波よ、静まれ」と一言いうと、たちまち凪になった。「凪」という字は、風が前に止まると書きます。風がすっかりやんだ状態です。先ほどまでの嵐が嘘のようにぴたりとやみ、鏡に青空が映るような静かな水面になった。世の中には奇跡は信じられないという方もいて、「おおかた空の様子を見て、そろそろ嵐の静まるころだと判断したのだろう」と言う。けれども、弟子たちはペテロもヨハネもみんなプロの漁師でした。しかも、ガリラヤ湖は勝手知った漁場で、その天気も知り尽くしていたはずです。その漁師たちが、真っ青になって「おぼれてしまいそうです」と言うほどの大嵐でした。やはり、奇跡です。弟子たちは、「風や波までも従うとは、この方はどなたなのだろう」と言う。神の子です。この奇跡は、イエスさまが造り主の子だというしるしです。嵐がやんだ後、イエス様は、弟子たちを、かなりきつく叱っています。「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」
・同じ記事は、マタイとルカにもあるのですが、そちらはさらにきつい言葉です。「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」(マタイ8:26)、信仰がまだまだ薄っぺらいね、紙きれみたいにぺらぺらだね、とおっしゃる。「あなたがたの信仰は、どこにあるのか。」(ルカ8:25)、これもきついですね。信仰を、どこかに置き忘れてきたのではないか、と言う。なぜ、イエスさまは、こんなにきつく叱られたのでしょうか。嵐の時に、弟子たちはこう言いました。「先生、私たちがおぼれてもかまわないのですか」ここで「おぼれる」と訳されている言葉は、原語では「滅びる」という言葉です。同じ言葉が使われているのは、たとえば、次のようなイエス様の言葉です。「体を殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も、地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい」(マタイ10:28)
・今月、遠藤周作の「沈黙」をマーチン・スコセッシが監督した映画が公開されます。このお話で、キリシタンたちは次々に殉教していくのですが、神は沈黙したままです。しかし、「体を殺しても、魂を滅ぼすことはできない。」そう信じて、恐れず殉教した。ところが、このガリラヤ湖で弟子たちは、嵐にすっかり恐れて言うのです。「私たちが、滅びてもかまわないのですか」、だから、イエス様は叱られたのです。滅びるなどと、なぜ、情けないことを言うのだ。おまえたちは、滅びることのない永遠の命を頂いているのだ。まだ信じられないのか。「おぼれてもかまわないですか」と聞かれたら、イエス様はおっしゃるでしょう。「おぼれてもいいのだ。死んでもいいのだ。決して、滅びることはないのだから。」
・けれども、やはり人間というのは、弱いものです。この私がそうでした。私は3年前のクリスマスの頃、大病をして手術をしました。直腸癌のステージ4。再発して、三回手術して、最後は腹膜にも転移して、お腹を空けたけれど、何もせずにそのまま閉じました。後から聞いたのですが、主治医の先生は私の妻に「もうだめだから職場に連絡しておくように。次の人事の都合もあるだろうから」と言っていたそうです。今、回復して生かされて、皆さまの前でお話できることを、神さまに感謝いたします。でも。病院にいたころは、このまま出られずに死ぬのだなと、覚悟していました。正直言って、怖かったです。死を恐れました。まだやることがある、死ねない。クリスチャンになって10年はたっていましたが、平静な気持ちにはなれなかった。「死んでもいい」とは思えなかった。イエス様に、叱られてしまいそうです。
・でも、自分一人だけだったら、やはり怖いのです。恐れは消えないのです。しかし、落ち着いて横を見ると、私の舟にも、イエス様が乗っているのです。ただ、私たちは苦しさのあまりに、そのことを忘れていないでしょうか。「苦しい時の神頼み」で良い。苦しい時こそ、隣にいるイエス様に祈りましょう。眠っているイエス様を、起こせばいいのです。イエス様は、おっしゃるでしょう。「波よ、静まれ」と。しかし、すぐに湖の波は静まらないかもしれない。イエス様は、本当はこうおっしゃりたいのではないか。 「あなたの、心の波を静めなさい」、試練はいつ襲ってくるかわからない。今日、東京に直下型地震が起こるかも知れない。しかし、地震でも津波でも嵐でも、どんな災難が来ても、心が平静ならば大丈夫です。恐れてパニックになったら、助かるものも助からない。たとえ死んでも滅びることはない、そう思って冷静に対処すれば、逃れる道が見えてくる。神様は、試練を与えると同時に、逃れる道を備えてくださる方です。
・短い詩を一つお読みします。韓国のクリスチャン詩人の詩です。ガリラヤの海・鄭芝溶「私の海は、小さなガリラヤの海、絶え間なく、揺れ動く波は、美しい風景を 映すことができない。かつて弟子たちは眠っておられる主を起こした。主をただ起こすことで彼らの信仰は恵まれる。舟の帆はまた広げられ、舵は方向を定めた。今日も私の小さなガリラヤで主はわざと眠っておられる。風と波が静まった後、初めて私はため息の意味を悟ったのだ。」
・さて、今日はもう少し、お話したいところがあります。そもそも、イエス様は、どうしてここで舟に乗っておられたのか。そして、これからどこに舟で向かわれようとしていたのか。まず、ここまでの話を読むと、イエス様はずっと舟の上から、岸辺にいる群衆に説教をしていたのです。なぜか、イエス様に触れただけでも、病が癒やされると聞いて、群衆が殺到していたのです。だから、湖の舟の上で少し距離を置いてお話ししようとされた。また、途中に障害物がなく、湖の水面は声をよく反射して遠くに届きます。スピーカーなど無い時代に、多くの群衆に話すための知恵でした。では、お話された後、そのまま舟に乗って、どこに向かおうとされたのか。「イエスは、『向こう岸に渡ろう』と弟子たちに言われた。」
・湖の向こう側に何をしにいくのか。伝道に疲れて、慰安旅行に行くのか。そうではない。この後を読むと、ゲラサ地方に行って、悪霊に憑かれた男を癒やした話があります。ガリラヤ湖の西岸がナザレ、ユダヤの地なのですが、東岸のゲラサは異教の地でした。一言で言うと、イエス様と弟子たちは、開拓伝道に向かわれたのです。異境の地に、新たに福音を伝えるために、船出して出発されたのです。ここで、注目したい言葉があります。同じ記事が、マタイとルカにあると言いましたが、マルコにしかない言葉があります。マルコは、4つの福音書の中で一番始めに書かれて、元の形に近いと言われていますね。そのマルコにだけある言葉。それは、弟子たちがイエス様と舟に乗って漕ぎ出した後の所です。「ほかの舟も一緒であった。」(4:36)
・舟は、原語では複数になっています。イエス様と弟子たちの舟だけではない。ほかの舟たちも、イエス様のあとに従い、船出して行ったのです。今日、この新年礼拝の場に、東京北ブロックの皆さま方が集まっておいでです。私たちは、それぞれの舟に、つまり教会に乗って、伝道に向かう船団なのです。昔、神学校の授業で、ある牧師先生がこう言いました。「カトリックは、大所帯でヒエラルキーだからね。大型客船に乗っているようなものだ。プロテスタントは沢山の教派や教会に分かれて、いわば小舟に乗っているようなものだ」。その時に、私は正直言うと、「大型客船のほうが、楽でいいな」と思いました。しかし、今は違います。小舟がいい、小回りもきくし、それぞれ個性がある。昨年、東京北の教会を毎月訪問しました。志村、蓮根、赤塚、目白が丘、茗荷谷、東京北。どれもが個性ある素晴らしい舟ばかりで、思い思いに海を航海されていました。でも、行き先は同じ、向こう岸への開拓伝道。そして、先頭の舟はイエス様です。時には、嵐に襲われることもあるでしょう。そんな時に助け合って船旅を続けましょう。それぞれは小さい舟でも、バプテスト連盟三百艘あまり、けっこう大きな船団です。
・教会暦では1月6日までがクリスマスですが、この頃に召される方は多くいて、天国が近い時期のような気がします。昨年もクリスマスの後、一つのご葬儀に出ました。民家正純先生の奥さんの、民家直子さんです。お二人で酒田に開拓伝道されましたが、民家先生が十年前に病で召され、藤井先生ご一家が後を継いでいました。民家先生ご夫妻は、お二人で大海原に漕ぎ出していった。私が牧師になりたいと思ったのは、民家先生の志に共鳴したことがきっかけでした。年老いてなお、嵐の大海原に小舟で漕ぎ出していく、伝道スピリットに打たれたのです。たとえ、その舟は沈むことになっても、その志は、後の舟に受け継がれます。たとえ、おぼれ死んだとしても、恐れることはない。魂は滅びることはない。今頃、ご夫婦は天国で再会して、ご一緒にお正月を迎えていることでしょう。
・さて、私のお話はこのくらいにしておきます。今日はせっかく元日から集まったのですから、この後、短い時間でもお残りいただいて、船旅の合間、港にいっしょに立ち寄って、それぞれの船旅を分かち合いましょう。「最近、魚の水揚げが少なくて、どこかに良い漁場はないかな」、「あそこの岩場には暗礁があるからね、気をつけた方がいいよ」そんな情報交換もよいでしょう。船旅の疲れをひと時、癒やし合うのもよいでしょう。そして、明日からまた、それぞれ船旅に乗り出してまいりましょう。〈ガリラヤに船乗りせんと時待てば 潮もかなひぬ今は漕ぎ出でよ〉(万葉集:額田王の歌による)。今年1年、順風満帆でありますように。でも、もし嵐に遭ったら、お祈りしましょう。「イエス様、起きてください。そして、私たちの心の波を静めてください」。


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