すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

みんなの証
みんなの証 : 2017年9月10日聖書教育の学び(2006年7月5日祈祷会、士師記6-7章、士師ギデオン)
投稿者 : admin 投稿日時: 2017-09-03 17:27:37 (57 ヒット)

1.イスラエルへの鞭としてのミディアン人

・士師記6−9章はギデオンの物語である。著書はイスラエルの罪のゆえに外敵が侵入したと繰り返す。外敵が神の鞭であり、国難は国家の罪に対する裁きである。砂漠の民であるミディアン人は収穫期になると、他の部族とともにらくだの大部隊で襲い掛かり、全ての収穫を持ち去り、人々は平地には住めないほどの略奪を受けた。
―士師記6:3-5「イスラエルが種を蒔くと、ミディアン人は、アマレク人や東方の諸民族と共に上って来て攻めたてた。彼らは・・・命の糧となるものは羊も牛もろばも何も残さなかった。彼らは来てこの地を荒らしまわった」。
・イスラエルの人々は主に助けを求めて祈った。主が使わされたのは、解放者ではなく預言者だった。災いの原因はミディアン人にあるのではなく、イスラエルにあることを知るように、である。
―士師記6:7-10「イスラエルの人々がミディアン人のことで主に助けを求めて叫ぶと、主は一人の預言者をイスラエルの人々に遣わされた。『私は・・・その地をあなたたちに与えた。私があなたたちの神、主であり・・・アモリ人の神を畏れ敬ってはならない、と私は告げておいた。だがあなたたちは、私の声に聞き従わなかった』」。
・解放の前に改革が、赦しの前には悔い改めが必要である。安価な赦しは何も生まない。
―エレミヤ29:10-11「主はこう言われる。バビロンに七十年の時が満ちたなら、私はあなたたちを顧みる。私は恵みの約束を果たし、あなたたちをこの地に連れ戻す。私は、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである」。

2.ギデオンの召命

・ギデオンが召命を受けたのは、彼がミディアン人を恐れて、こっそりと小麦を打っていた時だった。彼は召命を受けても、主の言葉を信じない。まさに臆病な、そして不信仰の人間が士師として立てられた。
―士師記6:11-13「ギデオンは、ミディアン人に奪われるのを免れるため、酒ぶねの中で小麦を打っていた。主の御使いは彼に現れて言った『勇者よ、主はあなたと共におられます』。ギデオンは彼に言った。『私の主よ、お願いします。主なる神が私たちと共においでになるのでしたら、何故このようなことが私たちに降りかかったのですか。・・・今、主は私たちを見放し、ミディアン人の手に渡してしまわれました』」。
・ギデオンは主の召しを信じない。彼は繰り返し、しるしを求め、しるしを与えられて、初めて信じる。
―士師記6:21-22「主の御使いは手にしていた杖の先を差し伸べ、肉とパンに触れた。すると、岩から火が燃え上がり、肉とパンを焼き尽くした。主の御使いは消えていた。ギデオンはこの方が主の御使いであることを悟った」。
・ギデオンが最初に行ったことは、町の偶像の祭壇を壊すことだった。しかし、人の目を恐れながら夜に行う。
―士師記6:25-27「その夜、主はギデオンに言われた『あなたの父のものであるバアルの祭壇を壊し、その傍らのアシェラ像を切り倒せ』。ギデオンは召し使いの中から十人を選び、主がお命じになった通りにした。だが、父の家族と町の人々を恐れて日中を避け、夜中にこれを行った」。
・町の人々は怒ってギデオンを殺そうとする。人々は苦難の中で主を求め、主は預言者を通して偶像崇拝こそ苦難の原因と示されたが、偶像が倒されると、人々はその犯人を殺そうとする。彼らには悔い改めが無かった。
―士師記6:30「町の人々はヨアシュに言った『息子を出せ。息子は殺さねばならない。バアルの祭壇を壊し、傍らのアシェラ像も切り倒した』」。
・ギデオンの父は祭司だった。彼はこの時、偶像礼拝の過ちを悔い、息子を弁護する「バアルが神であれば自分で報復すれば良い」。偶像崇拝の神は何も出来ない。偶像であるからだ。
―士師記6:31-32「「あなたたちはバアルをかばって争うのか、バアルを救おうとでもいうのか。バアルをかばって争う者は朝とならぬうちに殺される。もしバアルが神なら、自分の祭壇が壊されたのだから自分で争うだろう」
・この事件を契機に、出身のマナセ族だけでなく、他の部族も加わり、ミディアン人と対峙する軍が生まれた。
―士師記6:34-35「主の霊がギデオンを覆った。ギデオンが角笛を吹くと、アビエゼルは彼に従って集まって来た。彼がマナセの隅々にまで使者を送ると、そこの人々もまた彼に従って集まって来た。アシェル、ゼブルン、ナフタリにも使者を遣わすと、彼らも上って来て合流した」。
・神はギデオンにもモーセにもしるしを与えられた。そのしるしで人々は励まされて、立ち上がることが出来る。私たちの教会もレビ記のしるしに励まされている。
―レビ記19:23-25「あなたたちが入ろうとしている土地で、果樹を植える時は、その実は無割礼のものと見なさねばならない。それは三年の間、無割礼のものであるから、それを食べてはならない。四年目にすべての実は聖なるものとなり、主への賛美の献げ物となる。五年目にあなたたちはその実を食べることができる。こうすれば収穫は増し加えられる。わたしはあなたたちの神、主である」。

3.32,000人から300人へ

・ギデオンがミディアン人と戦うために角笛を吹くと、ギデオンの元に32,000人の人が集まった。敵は13万人を超えていた(8:10)。ギデオンは3万人でも少ないと感じていたが、主はこの3万人を「多すぎるから減らせ」と言われた。3万人が1万人になった。
―士師記7:1-3「エルバアル、つまりギデオンと彼の率いるすべての民は朝早く起き、エン・ハロドのほとりに陣を敷いた。ミディアンの陣営はその北側、平野にあるモレの丘のふもとにあった。主はギデオンに言われた『あなたの率いる民は多すぎるのでミディアン人をその手に渡すわけにはいかない。渡せば、イスラエルは私に向かって心がおごり、自分の手で救いを勝ち取ったと言うであろう。それゆえ今、民にこう呼びかけて聞かせよ。恐れおののいている者は皆帰り、ギレアドの山を去れ』。こうして民の中から二万二千人が帰り、一万人が残った」。
・これはギデオンには予想外のことであったろう。国難にあって馳せ参じた人々が簡単にいなくなる。落胆するギデオンに、神はさらに「1万人でも多すぎるから、さらに減らせ」と求められる。
―士師記7:4「主はギデオンに言われた『民はまだ多すぎる。彼らを連れて水辺に下れ。そこで、あなたのために彼らをえり分けることにする。あなたと共に行くべきだと私が告げる者はあなたと共に行き、あなたと共に行くべきではないと告げる者は行かせてはならない』」。
・1万人の人が試みに会わせられる。主は水を手ですくった300人だけを残せと言われた。彼らは水を飲みながらも周囲から目を離さなかった。戦う準備が出来ている者だけが残された。
―士師記7:5-7「彼は民を連れて水辺に下った。主はギデオンに言われた『犬のように舌で水をなめる者、すなわち膝をついてかがんで水を飲む者はすべて別にしなさい』。水を手にすくってすすった者の数は三百人であった。他の民は皆膝をついてかがんで水を飲んだ。主はギデオンに言われた『手から水をすすった三百人をもって、私はあなたたちを救い、ミディアン人をあなたの手に渡そう。他の民はそれぞれ自分の所に帰しなさい』」。

4.主共にいませば

・ギデオンは不安だった。ゆえにギデオンは、「すぐに下れ」という主の命令には従わない。しかし、敵を視察してみよとの命令には従い、敵陣に忍び寄る。彼が見出したものは、ギデオンを恐れる敵の姿だった。
―士師記7:9-14「その夜、主は彼に言われた『起きて敵陣に下って行け。私は彼らをあなたの手に渡す。もし下って行くのが恐ろしいなら、従者プラを連れて敵陣に下り、彼らが何を話し合っているかを聞け。そうすればあなたの手に力が加わり、敵陣の中に下って行くことが出来る』。・・・ギデオンが来てみると、一人の男が仲間に夢の話をしていた『私は夢を見た。大麦の丸いパンがミディアンの陣営に転がり込み、天幕まで達して一撃を与え、これを倒し、ひっくり返した。こうして天幕は倒れてしまった』。仲間は答えた『それは、イスラエルの者ヨアシュの子ギデオンの剣にちがいない。神は、ミディアン人とその陣営を、すべて彼の手に渡されたのだ』」。
・パンが天幕を倒す、農耕の民イスラエルが遊牧の民ミディアンを倒すとの意味であろう。ギデオンは勝利を確信し、敵陣に夜襲をかけ、敵は総崩れになった。
―士師記7:20-22「彼らは角笛を吹き、持っていた水がめを砕いた。三つの小隊はそろって角笛を吹き、水がめを割って、松明を左手にかざし、右手で角笛を吹き続け、『主のために、ギデオンのために剣を』と叫んだ。各自持ち場を守り、敵陣を包囲したので、敵の陣営は至るところで総立ちになり、叫び声をあげて、敗走した。三百人が角笛を吹くと、主は、敵の陣営の至るところで、同士討ちを起こされ、その軍勢はツェレラのベト・シタまで、またタバトの近くのアベル・メホラの境まで逃走した」。
・平家の大軍が水鳥の音に驚き、敗走した富士川の戦いに似ている。戦いは数ではなく勢いだ。主が自分たちと共におられると信じるとき、少数のものでも大軍を破ることが出来る。
申命記20:2-4「戦いの場に臨んだならば、祭司は進み出て、民に告げ、次のように言わねばならない『イスラエルよ、聞け。あなたたちは、今日、敵との戦いに臨む。心ひるむな。恐れるな。慌てるな。彼らの前にうろたえるな。あなたたちの神、主が共に進み、敵と戦って勝利を賜るからである』」。
・イエスが7つのパンで5千人を養われた時、多くの民が集まった。しかし、イエスが「肉のパンではなく、霊のパンを求めよ。私を食べよ」と言われた時、多くは去り、12人のみが残った。教会も12人がいれば十分なのだろうか。
―ヨハネ6:66-69「弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった。そこで、イエスは十二人に『あなた方も離れて行きたいか』と言われた。シモン・ペトロが答えた『主よ、私たちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、私たちは信じ、また知っています』」。


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