すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

みんなの証
みんなの証 : 2017年4月23日聖書教育の学び(2010年10月3日説教、ローマ1:8−17、福音を分かち合う)
投稿者 : admin 投稿日時: 2017-04-16 17:26:09 (137 ヒット)

 
1.ローマ教会へのパウロからの手紙

・10月に入り、今週から3ヶ月にわたって「ローマの信徒への手紙」を読んでいきます。この手紙(以下ローマ書と言います)は、パウロが帝国の首都ローマにあります教会に宛てた書簡です。このローマ書は、世界の教会を変革してきた書簡でもあります。ルターが「信仰のみ」の真理を見出して宗教改革を始める契機になったのはこのローマ書ですし、内村鑑三の「ローマ書の研究」は日本の教会の礎を作ってきました。また、現在でも多くの人に影響を与えている神学者カール・バルトの出発点もこのローマ書です。これから3ヶ月間、この書簡を、「篠崎の信徒への手紙」として、つまり私たちに宛てられた手紙として読んでいきます。
・この手紙を書いているパウロはコリントにいます。彼は2年半にわたったアジア州での伝道活動を終え、陸路コリントに到着し、エルサレムに渡るための船便を待っています。マケドニア州とアカイア州の諸集会からのエルサレム教会への献金を持って帰るためです。異邦人教会とユダヤ人教会の間には、いろいろな対立がありました。そのため、パウロは異邦人教会からの捧げ物をエルサレム教会に持参し、両教会の和解の使者になろうとしています。しかし、パウロの心は西へ、ローマに向いています。パウロは手紙の結びで、これからの計画を述べています「今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます・・・私はこのことを済ませてから・・・あなたがたのところを経てイスパニアに行きます」(15:25-29)。
・コリントから西に向かう船に乗れば、帝国の首都ローマはすぐですが、今は東のエルサレムに向かわなければなりません。パウロは生きている内に、福音を全世界に宣べ伝えなければいけないと考えていました。そして帝国の東半分に福音を伝えた今、帝国の西の果て、イスパニアまで福音を伝えることは、パウロの悲願であったのです。同時に、帝国の首都ローマに福音を確立したいという長年の夢もありました。しかし、ローマはパウロが伝道した土地ではありませんし、ローマの信徒たちにはまだ会ったことがありません。それで、パウロはローマ訪問に先立って、自分が宣べ伝えている福音を理解してもらうために、コリントから手紙を書き送った、それがこの「ローマ書」です。 
・書簡の宛先はローマにいる信徒たちです(1:7)。当時、帝国内の大都市には、ユダヤ人共同体があり、それぞれの共同体はエルサレムと活発な交流がありました。多分、30年代初頭にエルサレムで始まったイエスを「キリスト」と信じる新しい信仰がローマにも伝えられて、40年代にはユダヤ人や異邦人を含む信徒の群れが形成されていたのでしょう。最初のキリスト者たちは、ユダヤ教の一派としてユダヤの会堂で活動していたようです。ところが、ユダヤ人の間に騒乱が起こったので、皇帝クラウディウスは49年にユダヤ人をローマから追放します。この「ユダヤ人の騒乱」は、律法順守をめぐるユダヤ人指導者とイエスを信じるユダヤ人との対立から出たものと考えられます。その中に、アキラとプリスキラ夫妻がいました。夫妻はこの追放令によってローマを去ってコリントに行き、そこでパウロと出会い、以後福音宣教の働きを共にするようになります。パウロはこのアキラとプリスキラ夫妻からローマ教会の状況を聴いたものと思われます(16:3)。
・ユダヤ人信徒がローマから追放された後、異邦人信徒たちは個人の家で小さい集会を続けることになりますが、クラウディウス帝の死とともにユダヤ人追放令は解除され(54年)、ユダヤ人たちがローマに帰ってくるようになります。ユダヤ人信徒が追放されている5年間に状況は大きく変わりました。残された異邦人信徒は力強く伝道して、多くの信徒を獲得し、帝国の首都のキリスト信仰が「全世界に言い伝えられる」ようになりました(1:8)。そこへユダヤ人信徒が戻って来て、問題が生じました。生活慣習が異なり、信仰の在り方が違う両者の間に対立が生まれていきます。また異邦人教会にも、エルサレムを拠点とするユダヤ主義者(異邦人が改心した場合でも、律法を守り、割礼を受けなければならないと彼らは主張していました)の影響が及んできています。「異邦人への使徒」の責任を持つパウロは心配でなりません。その懸念が手紙のあちこちに顔を出しています。

2.ローマに特別の思い入れを持つパウロ
 
・あいさつの言葉を終えた後、パウロは続けます「あなたがたの信仰が全世界に言い広められている」ことを神に感謝しています(1:8)。それに続いて、これまでローマの人たちのために祈ってきたこと、また何とかしてローマを訪れたたいと熱望してきたことを述べます(1:9-10)。パウロがローマを訪れ、ローマの信徒たちに会い、そこで福音のために働くことを熱望してきたことは、「異邦人への使徒」としては当然です。ローマは異邦世界の首都であり、一切がそこへ集まり、そこから出て行く場所です。パウロはそこに自分に委ねられた福音を確立し、そこを拠点として全世界に福音を伝える働きを進めたいのです。
・パウロがローマを訪れ、ローマの信徒たちに会いたいと熱望しているのは、ローマの地で福音のために共に働きたいという願いがあるからです。ただローマの信徒はパウロ自身が信仰に導いた人たちではないので、パウロは彼らを指導するのではなく、「あなたがたにぜひ会いたいのは、"霊"の賜物をいくらかでも分け与えて、力になりたいからです」と言います(1:11)。そしてさらに、「あなたがたのところで、あなたがたと私が互いに持っている信仰によって、励まし合いたいのです」(1:12)と言い直して、自分と彼らを対等の立場に置きます。それは、お互いの協力によって、「ほかの異邦人のところと同じく、あなたがたのところでも何か実りを得たいと望む」(1:13) という願いを実現し、世界の首都ローマに福音の拠点を確立したいのです。
・パウロは「他人の築いた土台の上に建てたりしない」(15:20)という原則で伝道活動をしてきました。しかし、世界宣教の視点から、ローマではすでにいる信徒たちと協力して、より強力な福音の拠点を形成したいのです。それに、パウロはローマにおいてまったくの新参者ではありません。ローマにはアキラとプリスキラ夫妻を始め、多くの信仰の友がおり、パウロは期待を込めてこの人たちに挨拶を送っています(16:3-16に知り合いの名前が30人近く挙げてあります)。そしてパウロは改めて「異邦人への使徒」としての使命感を語ります「私は、ギリシア人にも未開の人にも、知恵のある人にもない人にも、果たすべき責任があります」(1:14)。当時ギリシア人は、ギリシア文化をもつ自分たちこそ世界文明の担い手であると自負し、それを持たない人たちを「未開の人」(バルバロイ)と呼んで見下げていました。パウロは、そのギリシア人にも、「未開の人(ギリシア文明以外の人々)」のも福音を確立することも、自分の責任だと感じているのです。文明の種類を問わず、文化や教養の程度を問わず(知恵ある人にもない人にも)、人間がいる所に福音が伝えられなければならない、こうして、「ギリシア人にも未開の人にも、知恵のある人にもない人にも」、世界の全体に福音を満たす責任があると感じているパウロは、その帝国の中心であるローマに福音を確立することを熱望するのです(1:15)。

3.福音を分かち合うために

・パウロは「私は福音を恥としない」と宣言します(1:16)。福音は「イエスの死の購いを通して、人間の罪が赦され、救いが与えられた」と宣べ伝えますが、そのイエスはローマによって十字架刑で殺された一属州民にすぎません。そのような者を主であるとか世界の救済者であるとすることは、ギリシア・ローマ世界の人から見れば、愚かさの極みです。その「福音を恥としない」とあえて言い表し、宣べ伝える理由をパウロはこう続けます「福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです」(1:16)。現代の私たちもまた、科学文明の成果を誇り、神などいないとうそぶく世の人々に、「私は福音を恥とはしない」と宣言する勇気を持つ必要があります。何故ならば「福音は信じる者すべてに救いをもたらす神の力」からです。
・福音は言葉です。しかし、それは単なる言葉ではなく、信じて聴く者に変化をもたらす現実の力です。その力は信じる者の内に働いて、人を造り変え、新しい姿へと変容させ、救いに至らせるのです。では、「救い」とは何でしょうか。それは罪と死の支配から解放されて、永遠の命をいただくことです。そして、その救いは未来の出来事ではなく、現在すでに始まっているのです。救いの完成は将来に待ち望まねばなりませんが、現在すでに「救いに至らせる」神の力、聖霊の働きが私たちの中に始まっており、それ故に、未来が確実な将来として待ち望まれるのです。
・そして、「信じる」とは、ひれ伏して聴き、その言葉に全存在を委ねることです。福音は主イエス・キリストを告知する言葉ですから、福音を信じるとは、主イエス・キリストに自分を明け渡し、この方との交わりに生きることです。このように「信じる」者は、誰であっても「救いに至らせる神の力」を受けるのです。「すべて」、ユダヤ人を始めギリシア人にもすべてです。パウロは、異邦人は割礼を受けて律法を順守するユダヤ教徒にならなくても、そのままでキリストを信じることで救われ、神の民となると宣べ伝えてきました。それに対して、イエスを信じないユダヤ人からは聖なる律法を否定する背教者として命を狙われ、イエスを信じる一部のユダヤ人からも律法を否定する偽使徒と非難されてきました。それに対してパウロは、命がけで戦ってきました。その主張をこの一句にこめて掲げるのです。
・ここで「ギリシア人」は、ユダヤ人以外の異民族全体を代表しています。そして、ユダヤ人であるか異邦人であるかに関係なく、信じる者には福音が「救いに至らせる神の力」であります。それは、「福音には神の義が現れている」からです。ここで「神の義」とは、人を義とする(罪を赦す)神の働きです。「福音の中に」、すなわち福音が告知する十字架につけられた復活者キリストの出来事の中に、神が人の罪を贖い、ご自分との交わりに生きることができる者としてくださる働きが実現しているのです。その働きが、受ける側のいっさいの資格を問題にしないで、徹頭徹尾「信じる者に」なされることが、「初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです」という句で表現されます。「福音には、神の義が啓示されています」(1:17)、義(救い)が信じる者に与えられることを、「義人は信仰によって生きる」というハバクク2:4の引用で根拠づけられます。このローマ書1:16-17はローマ書の主題であるだけでなく、パウロによる福音の核心を表現しています。
・今日の招詞に汽灰螢鵐9:23を選びました。次のような言葉です「福音のためなら、私はどんなことでもします。それは、私が福音に共にあずかる者となるためです」。パウロにとって真の喜びは神の栄光にあずかることを許されているという希望の中にありました。この希望は苦難さえも喜んで耐える力を与えます。パウロは伝道者として相次ぐ苦難を与えられました。彼はコリント書の中に書きます「ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度。鞭で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度。一昼夜海上に漂ったこともありました。しばしば旅をし・・・ 苦労し、骨折って、しばしば眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べずにおり、寒さに凍え、裸でいたこともありました」(第二コリント2:24-27)。
・パウロはこのロ−マ書を書いた後、コリントからエルサレムに向かいます。エルサレムでは、パウロの命を狙うユダヤ人の騒乱に巻き込まれ、逮捕されて2年間監禁され、皇帝の裁判を受けるために囚人としてローマに送られます。神は不思議な方法でパウロをローマへ導かれ、パウロはローマで伝道する機会を与えられました。そしてパウロは紀元64年のローマ皇帝ネロのキリスト教徒迫害の中で、殉教死したと言われています。パウロは「福音を恥としない」と言います。それは「福音のためなら何でもする」ということです。
・私たちの教会は今年、新会堂を建て直す準備をしています。教会員40名弱の小さな群れにとって7千万円を超える建築費用は重い負担です。もし、私たちが、自分たちがより快適に礼拝を行うために会堂を建て直すのであれば、会堂は建たないでしょう。教会堂を建てるという行為は、余った時間やかき集めたお金で完成するような安易な事業ではないからです。しかし私たちが会堂を「福音を分かち合うための器」、として、神に捧げる決意であれば、必要なものは与えられるでしょう。私たちにも、今パウロの決意、「福音のためなら何でもする」という決意が求められているのです。


印刷用ページ 

投稿された内容の著作権はコメントの投稿者に帰属します。