すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

みんなの証
みんなの証 : 2015年7月19日聖書教育資料(2004年10月31日説教、出エジプト記13:17-22、遠回りの道)
投稿者 : admin 投稿日時: 2015-07-13 09:52:17 (652 ヒット)

1.荒野へと導かれる

・エジプトで奴隷だったイスラエルの民は、モーセに率いられてエジプトを脱出した。いわゆる出エジプトである。男子だけでも数千人、女や子供も加えれば、1万人近い群れがエジプトを出たと言われている。また牛や羊等の家畜も伴っていた(出エジプト記12:37-38)その民を、神は海沿いの道ではなく、遠回りの荒野の道に導かれた。(13:17-18)。海沿いの道、聖書でペリシテ街道と言われる道は、地中海に沿ってカナンに至る道で、エジプトとメソポタミアを結ぶ古代オリエントの幹線道路であった。距離は300キロ、歩いて12日の道のりである。商業的・軍事的に重要な街道であるから、要所にはペリシテの警備隊が配置されていた。そこを、1万人を超える集団が通れば、ペリシテの警備隊や地元住民との戦になる。女子供を含めた雑多な共同体が、訓練をつんだ兵士達と戦いながら歩むことは難しい。だから、神は海沿いの道ではなく、葦の海に通じる「荒野の道」に民を導かれたと聖書は記す。
・荒野の道は、紅海沿いにシナイ半島を進み、その後カナンに至る道である。道のりは遠く、岩や石の砂漠が広がり、人もほとんど住まず、野の獣が走り回っていた。水も食べ物も乏しい、厳しい道であった。神は民を励ますために、「見えるしるし」でその臨在を示されたと聖書は記す。「主は彼らに先立って進み、昼は雲の柱をもって導き、夜は火の柱をもって彼らを照らされたので、彼らは昼も夜も行進することができた」(13:21-22)。このしるしに導かれて民は荒野への道を歩き始めた。
・荒野での民の経験が14章以下に記されている。民が逃亡した後、エジプト王は軍勢を整え、追跡して来た。今、民の目の前には葦の海が立ちふさがり、後方にはエジプトの軍隊が迫る。民は恐怖と混乱に襲われ、神を呪いはじめた。「我々を連れ出したのは、エジプトに墓がないからか。荒れ野で死なせるためか。一体、何をするためにエジプトから導き出したのか。我々はエジプトで、放っておいてくれ、自分たちはエジプト人に仕える、荒れ野で死ぬよりエジプト人に仕える方がましだと言ったではないか」(14:10-12)。民はエジプトで奴隷として、うめき苦しみ、神の助けを求めた。その求めに応じて、神はモーセを送り、民をエジプトから救い出した。民は感謝し、意気揚々としてエジプトを出た(14:8)。その彼らが、今、目の前に敵が迫ると、「何故私たちをエジプトから救い出したのか、エジプトにいた方が良かった」と叫ぶ。神は何も言わずに彼らを助けられた。
・強い東風が吹き始め、葦の海が二つに分かれ、民は海を渡ることが出来た。しかし、エジプト軍が入った時、東風は止み、海は逆流し、軍勢の上を水が覆い、彼らは全ておぼれて死んだ。この奇跡を見て、民は歌い踊って神を讃美した。それからしばらくして、荒野で食べ物が底をついた。民の不満が再び神に向かった。「我々はエジプトの国で、死んだ方がましだった。あのときは肉のたくさん入った鍋の前に座り、パンを腹いっぱい食べられたのに。あなたたちは我々をこの荒れ野に連れ出し、・・・飢え死にさせようとしている」(出エジプト記16:2-3)。神は彼らのために、マナと呼ばれる食物を用意された。

2.荒野を旅する

・民はマナを与えられて感謝した。しかしやがてマナに飽き、つぶやき始める「誰か肉を食べさせてくれないものか。エジプトでは魚をただで食べていたし、きゅうりやメロン、葱や玉葱やにんにくが忘れられない。今では、わたしたちの唾は干上がり、どこを見回してもマナばかりで、何もない」(民数記11:5-6)。民は出エジプトの奇跡を見た。民は紅海でエジプト軍から助けられた奇跡も見た。民は食べ物がなくなるとマナが与えられる奇跡も見た。しかし今、民は言う「マナには飽きた。エジプトでは肉もたまねぎもあった。エジプトが良かった」。人は回心してもすぐに忘れる存在だ。だから繰り返し、神の前に立つことが必要だ。それが私たちの毎主日の礼拝だと思う。礼拝なしには、人は神の恵みから離れる。
・2年後に、民は約束の地の入り口に導かれ、偵察隊が出された。カナンの地には既に人が住んでいた。民はその住民が強く、城壁も高いのを見て、恐れ始めた。主が行けと言われるのに、彼らは行くのを躊躇って言った「エジプトの国で死ぬか、この荒れ野で死ぬ方がよほどましだった。どうして、主は我々をこの土地に連れて来て、剣で殺そうとされるのか。妻子は奪われてしまうだろう。それくらいなら、エジプトに引き返した方がましだ・・・さあ、一人の頭を立てて、エジプトへ帰ろう」。主は彼らを荒野に追い返された。
・民が約束の地であるカナンに導き入れられたのは、結局40年後であった。12日で到達できる道のりを、彼らは40年間もかけて歩かされた。今日の招詞に申命記8:2-4を選んだ。次のような言葉だ「あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。この四十年の間、あなたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった。」

3.遠回りの道

・イスラエルの人々は思ったであろう。約束の地まで歩いて12日の道のりなのに、自分達は何故40年間も荒野に閉じ込められたのか。最初にエジプトを出た仲間の多くは荒野で死んでしまった。これが救いなのか、神は私たちを愛しておられるのか。しかし40年間を振り返った時、彼らは神に感謝した。「この四十年の間、まとう着物は古びず、足がはれることもなかった」ではないか。神は荒野に共にいてくださったのだ。
・エジプトを出たばかりの民は、恵みが与えられれば、歌い踊って讃美もするが、困難が来れば、神を呪う存在だった。あてにならない神の約束よりも、パンを呉れるならエジプトの奴隷の方が良いと思った。彼らはまだ約束の地に入る要件を備えていなかった。彼らは烏合の衆であり、秩序も統制も無かった。だから神は彼らを荒野に導かれた。荒野で民は十戒を与えられ、その戒めに生きる民にされるために、多くの試練が与えられた。その試練を経て、彼らは「人はパンだけで生きるのではなく、主の口から出るすべての言葉によって生きる」と告白出来るまでになった。イスラエルは40年間を振り返って、この40年を自分たちの神の、自分たちに対する救いの行為と受け止めた。その時、荒野の40年が祝福になり、彼らは感謝した。
・私たちの人生も道のようなものだ。ある時は病気で、ある時は事故で、遠回りの道を歩むこともある。聖書が教えるのは、遠回りでも良いではないかということだ。約束の地に入った民は、当初は神の導きに感謝するが、やがて豊かさに慣れてくると、それを当然のように思い始め、『もっと欲しい』と思い始め、それを約束する偶像の神に惹かれていく。士師記やサムエル記は、約束の地に入った後の、民の堕落と主の懲らしめを物語る。それが示すのは、約束の地に入っても、それは救いではないということだ。言い換えれば、約束の地に入る、あるいは人生で何かを達成するのが救いなのではなく、神が共におられることが救いだということだ。遠回りでも、あるいは困難の中にあっても、いや逆に困難にあるからこそ神の臨在が確認できる荒野こそ、私たちの歩む道なのではないかと思う。


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