すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  マタイによる福音書  >  2003年8月13日  マタイ26:27−44  キリストの苦しみ
1.「無力な王」として侮蔑され

・兵士たちは、イエスを連れて行き、「無力な王」としてイエスを侮蔑した。
―マタイ27:27-30「総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、『ユダヤ人の王、万歳 』と言って、侮辱した。」
・王者の着る紫の衣の代わりに赤い外套を、王冠に代えて茨の冠を、王しゃくに代えて葦の棒を持たせた。これこそ聖書の預言する苦難の僕の死であるとマタイは主張している。
―イザヤ 53:3-4「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ/多くの痛みを負い、病を知っている。彼は私たちに顔を隠し/私たちは彼を軽蔑し、無視していた。彼が担ったのは私たちの病/彼が負ったのは私たちの痛みであったのに/私たちは思っていた/神の手にかかり、打たれたから/彼は苦しんでいるのだ、と。」
・人にとって最大の苦しみは肉体の痛みではなく、精神的なに辱めだ。私たちはまだ「人からつばきをかけられるほどの苦しみ」を味わったことはないが、イエスはそれを甘んじて受けられた。
―マタイ27:30-31「唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。」

2.「何も出来ぬ神の子」として侮蔑され

・兵士たちはイエスを十字架につけ、その着物を分け合った。マタイはイエスが旧約聖書に預言されたように苦しみを受けられる様を描く。
―マタイ27:35-37「彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、そこに座って見張りをしていた。イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。」
―詩篇22:14-19「私は水のように注ぎ出され、私の骨はことごとくはずれ、私の心臓は、ろうのように、胸のうちで溶けた。私の力は陶器の破片のようにかわき、私の舌はあごにつく。あなたは私を死のちりに伏させられる。まことに、犬は私をめぐり、悪を行う者の群れが私を囲んで、私の手と足を刺し貫いた。私は自分の骨をことごとく数えることができる。彼らは目をとめて、私を見る。彼らは互に私の衣服を分け、私の着物をくじ引にする。」
・祭司長たちは「何も出来ぬ神の子」としてイエスを侮蔑するが、イエスは無言でその侮蔑を受けられる。
―マタイ27:41-43「祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。『他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。わたしは神の子だと言っていたのだから。』」

3.神の沈黙の中で

・最大の苦しみは神が沈黙を守られたことであった。「何故助けてくださらないのか」とイエスは叫ばれた。
―マタイ27:45-46「昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。『エリ、エリ、レマ、サバクタニ。』これは、『わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか』という意味である。」
・しかし神は共におられた。マタイは詩篇22編を引用することによってそれを主張する。
―詩篇22:1-5「わが神、わが神、なにゆえ私を捨てられるのですか。なにゆえ遠く離れて私を助けず、私の嘆きの言葉を聞かれないのですか。わが神よ、私が昼よばわっても、あなたは答えられず、夜よばわっても平安を得ません。しかしイスラエルの讃美の上に座しておられる/あなたは聖なるおかたです。・・・ 彼らはあなたに呼ばわって救われ、あなたに信頼して恥をうけなかったのです。」
・この苦難の中に神はおられ、イエスの苦しみを見ておられた。十字架の上で救いが始まった。
―哀歌3:28-33「軛を負わされたなら/黙して、独り座っているがよい。塵に口をつけよ、望みが見いだせるかもしれない。打つ者に頬を向けよ/十分に懲らしめを味わえ。主は、決して/あなたをいつまでも捨て置かれはしない。主の慈しみは深く/懲らしめても、また憐れんでくださる。人の子らを苦しめ悩ますことがあっても/それが御心なのではない。」
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