すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  マタイによる福音書  >  2003年7月16日  マタイ26:14−36  最後の晩餐
1.弟子たちの裏切り

・イエスは過越の食事の準備を整えられ、弟子たちと食事の席につかれた。木曜日の夜のことである。
―マタイ26:17-19「除酵祭の第一日に、弟子たちがイエスのところに来て、『どこに、過越の食事をなさる用意をいたしましょうか』と言った。イエスは言われた。『都のあの人のところに行ってこう言いなさい。先生が、「私の時が近づいた。お宅で弟子たちと一緒に過越の食事をする」と言っています。』弟子たちは、イエスに命じられたとおりにして、過越の食事を準備した。」
・過越の食事とは、子羊の犠牲によってイスラエルが救われた出エジプトの出来事を記念する食事である。イエスは、自らが「過越の子羊」として殺される時が来た、それは弟子の裏切りによって始まると言われた
―マタイ26:20-21「夕方になると、イエスは十二人と一緒に食事の席に着かれた。一同が食事をしているとき、イエスは言われた。『はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人が私を裏切ろうとしている』」。
・ユダは既に裏切りの行為を始めている。イエスはこのユダの動きを知っておられたのだろう。
―マタイ26:14-16「十二人の一人で、イスカリオテのユダという者が、祭司長たちのところへ行き『あの男をあなたたちに引き渡せば、幾らくれますか』と言った。そこで、彼らは銀貨三十枚を支払うことにした。そのときから、ユダはイエスを引き渡そうと、良い機会をねらっていた。」
・このイエスの言葉に弟子たちはみな動揺した。誰も「私ではありません」とは言い切れない弱さを持っている。
―マタイ26:22「弟子たちは非常に心を痛めて、『主よ、まさか私のことでは』と代わる代わる言い始めた。」
・十字架と復活、挫折と回復を知らない信仰は弱い。弟子たちは今から挫折を経験する。
―マタイ26:56 「このとき、弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった。」
・その中で、ペテロだけが「私は裏切らない」と主張する。個人的確信は崩れる。その崩れたとこらから、本当の信仰が与えられる。
―マタイ26:35「ペトロは、『たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません』と言った。弟子たちも皆、同じように言った。」

2.主の晩餐

・最後の晩餐の時、イエスはパンを裂いて弟子たちに与えられた。
―マタイ26:26-28「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。『取って食べなさい。これは私の体である。』また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。『皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流される私の血、契約の血である。』
・イエスの肉を食べ、血を飲むことが何故救いになるのか。人間の理性では理解できない事柄だ。
―ヨハネ6:53-54「はっきり言っておく。人の子の肉を食べその血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。私の肉を食べ、私の血を飲む者は、永遠の命を得、私はその人を終わりの日に復活させる。」
―ヨハネ6:60 「弟子たちの多くの者はこれを聞いて言った。『実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか。』」
・イエスの肉を食べ、血を飲むとは、イエスが十字架で死なれたように、私たちも十字架を背負って従うことだ。
―マタイ16:24-25「弟子たちに言われた。『私について来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、私に従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、私のために命を失う者は、それを得る。』」
・十字架で死ぬものだけが命を得ると聖書は主張する。
―ローマ「もし、私たちがキリストと一体になってその死の姿にあやかるならば、その復活の姿にもあやかれるでしょう。」
・イエスの復活後に教会が成立する。教会は最後の食事を記念して、主の晩餐式を持つようになる。
―汽灰螢鵐11:23-26「私があなたがたに伝えたことは、私自身主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り感謝の祈りをささげてそれを裂き『これは、あなたがたのための私の体である。私の記念としてこのように行いなさい』と言われました。 また、食事の後で杯も同じようにして『この杯は、私の血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、私の記念としてこのように行いなさい』と言われました。だから、あなたがたはこのパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで主の死を告げ知らせるのです。」
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