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2019年1月23日祈祷会(エペソ2章、キリストにおいて一つになる)

1.死から救われた者たちへ

・著者は、「神に出会う前のあなたがたは罪の中に死んでいた」と語る。以前はこの世を支配するサタンの奴隷として、肉の欲望のままに生活し、その果てには滅亡しかない人生だった。
−エペソ2:1-3「あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたのです。この世を支配する者、かの空中に勢力を持つ者、すなわち、不従順な者たちの内に今も働く霊に従い、過ちと罪を犯して歩んでいました。私たちも皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人々と同じように、生まれながら神の怒りを受けるべき者でした」。
・罪の支払う報酬は死であり、その罪は空中にいる悪魔的諸力によってもたらされると当時の人々は考えていた。今日でいうサタンである。この霊との戦いをエペソ書の著者は力説する。
−エペソ6:11-12「悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。私たちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです」。
・神なき世界では、この世は弱肉強食の、食うか食われるかの世界となる。パウロはそこに悪魔的霊力(ストイケア)が働いていると見る。そこにおいて生きることは相手への貪りとなり、貪りは争いを生み、争いは平安を壊し、私たち自身もその中で滅ぼされてしまう。
−ガラテヤ5:19-21「肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです・・・このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできません」。
・悪魔的霊力(ストイケア)とは、今日の言葉で言えば「自我」であろう。神はキリストの十字架を通して、私たちを自我から解放してくださった。このことによって私たちは他者と共に生きる者とさせられた。
−エペソ2:4-6「しかし、憐れみ豊かな神は、私たちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいた私たちをキリストと共に生かし(あなたがたの救われたのは恵みによるのです)、キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました」。
・神が私たちを救われたのは、神の恵みを伝えるためだ。個人の幸福、救いを超えた出来事として、私たちは召されている。神との正しい関係に入った時、私たちは良い業を行い、その業を通して神を証しする。
−エペソ2:7-10「こうして、神は、キリスト・イエスにおいて私たちにお示しになった慈しみにより、その限りなく豊かな恵みを、来るべき世に現そうとされたのです。事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。それは、だれも誇ることがないためなのです。なぜなら、私たちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。私たちは、その善い業を行って歩むのです」。

2.キリストにおける一致

・あなたがたは、かつては異邦人、無割礼の者であり、神を知らず、救いの望みもなかった。
−エペソ2:11-12「あなたがたは以前には肉によれば異邦人であり、いわゆる手による割礼を身に受けている人々からは、割礼のない者と呼ばれていました。またそのころは、キリストと係わりなく、イスラエルの民に属さず、約束を含む契約と関係なく、この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました」。
・キリストの十字架により、あなたがたも異邦人であるのに、神の民とされた。ギリシア人とユダヤ人は相手を蔑視し、交わろうとしなかったが、キリストの死によって民族の隔ての壁は取払われてしまった。
−エペソ2:14-16「キリストは私たちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました」。
・キリストの死はギリシア人とユダヤ人との和解をもたらした。神との和解は人との和解をもたらす。もし、私たちが人と不和にあるならば、それは神との和解がないからだ。
−第一ヨハネ4:20「神を愛していると言いながら兄弟を憎む者がいれば、それは偽り者です。目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません」。
・こうして私たちは一つの家族、神の家族になっていく。教会は家族共同体であるから、お互いを兄弟姉妹と呼ぶ。
−エペソ2:19-21「あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります」。
・民族と民族が、人と人がいがみ合い、ののしりあう世界の中で、私たちは教会を形成する。キリストにおいて一つになることは互いの特性を捨てるのではなく、違ったままで一つになることであり、教会はそれが可能になる場所だ。
−ガラテヤ3:27-28「洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです」。
・教会はこれまで他教派との和解を拒み、自分たちだけが正しいとして、お互いを攻撃してきた。しかしエペソ2章14節以下が示すことは、おのれの教派のみ正しいとする信仰と宗教は終わったことを告げる。キリストが宣教された福音は敵意を育まない和解と対話をもたらす。

3.エペソ2章の黙想(隔ての壁が崩れる時)

・三育学園サンタクララ校2012年2月29日教職員礼拝「敵を愛しなさい」から
−リンカーンが大統領選の選挙運動をしていた時、彼の宿敵の一人にスタントンという男がいた。スタントンはリンカーンを憎み、公衆の面前で彼の評判を落とさせる言動をした。彼の憎しみは非常に根深く、非難を浴びせてリンカーンを困惑させた。しかし、リンカーンは大統領に選ばれ、やがて南北戦争が始まった。リンカーンは最重要ポストである陸軍長官にスタントンを選んだ。このニュースが広がり始めた時、内部の人々に大騒ぎが起こった。忠告者は、「大統領、あなたは間違っておられます。あなたはスタントンという人物をご存知ですか。あなたの敵なのです。彼はあなたの計画を故意に破壊しようとするでしょう。あなたはこのことを十二分にお考えになられましたか」と言った。
−リンカーンは、簡潔に答えた「私はスタントンを知っています。彼が私について言った恐ろしい事柄を皆知っています。しかし国全体を見渡した時、私は彼がこの仕事に最適な人間だと発見したのです」。参謀らは助言した「しかし、スタントンはあなたの敵ではありませんか。敵は消した方が良いですよ」。リンカーンはにっこり笑いながら話した 「私もそう思います。心の中の敵を消さなければなりません。しかし、それは『敵を愛で溶かして友に変えさない』という意味です」。
−勿論、綺麗事ではいかず、リンカーン大統領とスタントンは、在職期間中、何度も何度もぶつかり合ったそうです。お互いを理解するために、壮絶な努力と時間が必要だったそうです。しかしリンカーンは、彼のことを最後まで愛してやまなく、最後はもうスタントンの方が彼の愛の深さ、広さに根負け状態だったというのです。リンカーンは、次のような言葉を残しています。「私が敵を友に変えてしまう時、敵を滅ぼしたことにはならないでしょうか」 、本物の愛は敵を友に変える大きな力がある。
−リンカーンが暗殺者の銃によって息を引き取った時、スタントンはリンカーンを抱きしめて大声で泣きながら、言ったそうです「ここに最も偉大な人が横たわっている」。リンカーンは自分を憎んだ敵をも赦し愛した。マーク・トウェインは語った「赦しとは、踏みにじられたスミレの花が、自分を踏みにじったかかとに放つ芳香である」。イエスの言葉「私はあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ」。それを私たちが実行した時、そこに偉大な事柄が生まれる。 
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