すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.エルサレム教会への献金問題

・エフソにいるパウロの所にコリント教会からの使者が来て、教会の諸課題について質問した手紙を持って来た。パウロは手紙に書いてある質問や使者たちから聞いた教会の課題に答える形で、返事としてこの手紙を書いている。
-1コリント16:17-18「ステファナ、フォルトナト、アカイコが来てくれたので、大変うれしく思っています。この人たちは、あなたがたのいない時に、代わりを務めてくれました。私とあなたがたとを元気づけてくれたのです」。
・パウロは、エルサレム教会への献金運動を推し進めていた。母教会のエルサレム教会と新しく設立された異邦人教会との不和を仲介するためである。ユダヤ人キリスト者は旧約聖書の土台の上にイエスの出来事を理解しているが、異邦人キリスト者にはその土台がない。信仰理解の違いが、両教会の不和の原因になっていた。パウロは両者の和解のために、異邦人教会からの捧げ物を持ってエルサレム教会を訪れることを計画していた。諸教会からの献金を一緒に、パウロがエルサレムに持って行く手はずになっていた。しかし、コリントの人々は献金が本当にエルサレムに届けられるのか、疑う人もいた。
−1コリント16:1-4「聖なる者たちのための募金については、私がガラテヤの諸教会に指示したように、あなたがたも実行しなさい・・・そちらに着いたら、あなたがたから承認された人たちに手紙を持たせて、その贈り物を届けにエルサレムに行かせましょう。私も行く方がよければ、その人たちは私と一緒に行くことになるでしょう」。
・コリントの手紙の後に書かれたローマ教会への手紙の中でパウロはその心情を述べている。
−ローマ15:25-27「今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます。マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに喜んで同意したからです。彼らは喜んで同意しましたが、実はそうする義務もあるのです。異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります」
・いくらの金額を集めよとは指示されていない。献金はあくまで各自が収入に応じて自由に捧げるものだ。
−1コリント16:2「私がそちらに着いてから初めて募金が行われることのないように、週の初めの日にはいつも、各自収入に応じて、幾らかずつでも手もとに取って置きなさい」。
・献金は信仰の尺度である。いくら献げるかではなく、どのような気持ちで献げるかが問われる。
−2コリント9:6-7「惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです」。
・このコリントでの募金計画が、やがて教会とパウロの間を引き裂くような深刻な問題を引き起こす。「エルサレムから巡回訪問してきたユダヤ人伝道者たちが、パウロの使徒資格をめぐって批判を行い、その中にはエルサレム教会への献金も実はパウロが私腹を肥やすために行っているのだとの中傷も含まれ、その影響でコリント教会の人々がパウロ不信になっている」というものだった。
−2コリント12:16-17「あなたがたに重荷は負わせなかったにしても、私は、悪賢くて、あなたがたからだまし取ったのだと言われます。あなたがたのところに遣わした人たちのうちのだれによって、私があなたがたを欺くようなことがあったでしょうか」。

2.コリント教会への牧会上の配慮

・パウロは、今はエペソ教会の用事のため、コリントに行けない。そこでテモテを代務者として送るから、受け容れて欲しいと求める。若いテモテが拒否されるのではないかと危惧する牧会者の姿がここにある。
−1コリント16:8-11「五旬祭まではエフェソに滞在します。私の働きのために大きな門が開かれているだけでなく、反対者もたくさんいるからです・・・テモテがそちらに着いたら・・・心配なく過ごせるようお世話ください。私と同様、彼は主の仕事をしているのです。だれも彼をないがしろにしてはならない」。
・コリント教会はアポロが来ることを望んでいた。しかし、アポロはコリントの分派争いに巻き込まれることを嫌い、エペソのパウロの元に留まっている(コリントにはパウロ派、アポロ派等の争いがあった)。
−1コリント16:12「兄弟アポロについては、兄弟たちと一緒にあなたがたのところに行くようにと、しきりに勧めたのですが、彼は今行く意志は全くありません。良い機会が来れば、行くことでしょう」。
・パウロの元に、コリント教会の長老ステファナが来ていた。彼はこれからパウロの手紙を持ってコリントに帰る。ステファナを教会の指導者として受け容れるよう、パウロは求める。
−1コリント16:15-18「兄弟たち、お願いします・・・ステファナの一家は、アカイア州の初穂で、聖なる者たちに対して労を惜しまず世話をしてくれました。どうか、あなたがたもこの人たちや、彼らと一緒に働き、労苦してきた全ての人々に従ってください」。
・パウロは、手紙の締めくくりには必ず個人的な挨拶を書き送る。パウロには共に行動する同労者たちがいた。パウロは誤解されることが多かったし、嫌う人も多かった。そういう中で、パウロを理解し支える働き人がいたからこそ、福音が伸展した。教会は人である。苦労を共にする同労者がいればこそ、教会も建て上げられるのである。
−1コリント16:19-20「アジア州の諸教会があなたがたによろしくと言っています。アキラとプリスカが、その家に集まる教会の人々と共に、主においてあなたがたにくれぐれもよろしくとのことです。すべての兄弟があなたがたによろしくと言っています。あなたがたも、聖なる口づけによって互いに挨拶を交わしなさい」。
・最後に祝祷を持ってコリント第一の手紙は閉じられる。
−1コリント16:21-24「私パウロが、自分の手で挨拶を記します。主を愛さない者は、神から見捨てられるがいい。マラナ・タ(主よ、来てください)。主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように。私の愛が、キリスト・イエスにおいてあなたがた一同と共にあるように」。

3.コリント書の位置づけ

・「パウロとコリント教会」の関係について、横浜指路教会・藤掛順一牧師は語る。
−2005年09月04日説教「コリント教会はパウロが第二回伝道旅行において1年6か月この町に滞在したことによって誕生しました。パウロ自身語ります「キリストに導く養育係があなたがたに一万人いたとしても、父親が大勢いるわけではない。福音を通し、キリスト・イエスにおいて私があなたがたをもうけたのです」(1コリント4:15)。パウロの伝道によってこの教会は生まれたのですが、パウロとコリント教会のその後の関係は必ずしも円滑ではありませんでした。コリントは当時の交通の要衝だったことから、様々な人々がやって来て、いろいろな影響を教会に与えました。その結果教会はかなり混乱し、いくつかのグループが出来て対立し合うようにもなったのです。パウロは心配して、エフェソ滞在中の3年間に少なくとも四通の手紙を書き送ったと考えられます」。
・「その内の二通目がおそらく『コリントの信徒への手紙一』です。この手紙よりも前にもう一通手紙が書かれていたことは、5章9節「私は以前手紙で、みだらな者と交際してはいけないと書きましたが」とあることから分かります。今残されている『第一の手紙』にも、コリント教会からの、信仰生活についてのいろいろな質問に答えているところがあります。この手紙を読むと、コリントの教会が、当時のコリントの町全体の、爛熟し、頽廃した風潮の影響を受けて、倫理的にも問題の多い教会となっていたことが分かります。しかしこの手紙が書かれた頃までは、コリント教会からパウロに信仰生活に関する問い合わせが来ていたわけですから、両者の関係は比較的良かったと言うことができます。ところがその後、コリント教会は急速に変っていきました。パウロが語った福音を否定し、パウロを使徒として認めないような人々がやって来て、教会がその人々に引きずられていってしまったのです。そのような事態の中でパウロは、今日の「第二の手紙」の一部分を書きました。」
・コリント教会の混乱とパウロの心配が二つのコリント教会への手紙を生み、素晴らしい信仰の言葉を残していった。このことを考えると、私たちはコリント教会のかたくなさに感謝する必要さえある。神は対立の中からでも素晴らしいものをお作りになる方だ。
−第一コリント10:13「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます」。
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