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2018年3月14日祈祷会(ローマの信徒への手紙12:1−21、キリストにおける新しい生活)

1.この世に倣うな

・イスラエルの民はエルサレム神殿で、異教の民は異教の神殿で、犠牲の動物を捧げて神を礼拝する。しかしキリスト者は自分の身体を神への犠牲として捧げる。キリスト者の礼拝は主日に教会に集まるだけでなく、毎日の生活を神に献げることだ。
−ローマ12:1「こうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。」
・パウロは「この世に倣うな」と語る。彼は世の一般の生き方を否定する。なぜなら世においては利口に生きることが無難な生き方だからだ。しかし、パウロはそのような生き方ではなく、信仰により神に自分を変えていただき、生まれ変わって、神の御心に従う生活を始めることを求める。
−ローマ12:2「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」
・教会において求めるべきは自分の正しさではなく、神の正しさだ。パウロは「神は何を望んでおられるのかを祈り求めなさい」と語る。その時、教会の信仰が、異なる者が召されて集まる共同体の信仰であることが明らかになる。
−ローマ12:3「私に与えられた恵みによって、あなたがた一人一人に言います。自分を過大に評価してはなりません。むしろ、神が各自に分け与えてくださった信仰の度合いに応じて、慎み深く評価すべきです。」
・パウロは人体がそれぞれ異なる部位の働きが集合して一つとなるように、一人一人のそれぞれ異なる能力が合体して共同体の働きとなると教える。信徒一人一人が教会という一つの体の部分部分であることを自覚しなければならない。
−ローマ12:4−5「というのは、私たちの一つの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、私たちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです。」
・具体的には、教会において各人は与えられた賜物を最大限に生かして奉仕することだ。ここにいう奉仕(ディアコニア)は本来、食卓の給仕の役目を指し、それが教会では集会の世話をする奉仕者(ディアコノス)と呼ばれ、やがては「執事」を意味するものとなる。
−ローマ12:6−8「私たちは、与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っていますから、預言の賜物を受けていれば信仰に応じて預言し、奉仕の賜物を受けていれば、奉仕に専念しなさい。また教える人は教えに、勧める人は勧めに精を出しなさい。施しをする人は惜しまず施し、指導する人は熱心に指導し,慈善を行う人は快く行いなさい。」
・教会を形成する愛と、壊す愛がある。自分の正しさだけを主張していく時、教会は壊れる。賜物(カリスマ)はその人が獲得したものではなく、神からの恵み(カリス)として与えられている。恵みは人を生かすものであり、殺すためではない。
−第一コリ10:23-24「全てのことが許されている。しかし、全てのことが益になるわけではない。全てのことが許されている。しかし、全てのことが私たちを造り上げるわけではない。だれでも、自分の利益ではなく他人の利益を追い求めなさい」。

2.キリスト教的生活の規範

・パウロは偽りの愛を戒める。口先だけの愛、利益を餌とする愛、自分本位の愛などが考えられる。パウロはなぜ偽りの愛と言うのだろう。それだけ世間に偽りの愛が多いからだ。悪を憎み善から離れないことは、簡単なようで難しい。なぜなら、悪が善を装って、人に近づいてくることがあるからだ。パウロは「兄弟愛をもって互いに愛し合い、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい」と教えている。
−ローマ12:9−10「愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。」
・パウロは「霊に燃えて」と言う。この霊は人の霊ではなく、神の霊、聖霊であり、聖霊の炎が信徒、一人一人の中で燃え、主に仕え、希望と喜び、祈りつつ苦難を耐え忍ぶことができるエネルギーとなる。
−ローマ12:11−12「怠らず励み、霊に燃えて、主に仕えなさい。希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。」
・聖なる者たちとは、イエス・キリストを信じて生きる群れである。人々の貧しさを自分のものとして、共に「苦難を耐え忍び」、助けあって生きるのである。
−ローマ12:13「聖なる者たちの貧しさを自分のものとして彼らを助け、旅人をもてなすよう努めなさい。」
・信じる者たちは時代を越えて迫害を受けてきた。キリスト教の歴史は迫害の歴史である。パウロは迫害する者を呪わず、迫害する者のため祝福を祈れと言う。
−ローマ12:14「あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。」
・私たちは「泣く者と共に泣く」事は出来る。しかし「喜ぶ者と共に喜ぶ」ことは難しい。他人の幸福を私たちは妬むからだ。しかし、祈り=キリストの力によってそれが出来るようになる。
−ローマ12:15−16「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人々と交わりなさい。自分を賢い者とうぬぼれてはなりません。」
・悪に悪を返したら、永遠に平和は来ない。イエスは報復するなと教えられた。「『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、私は言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい』(マタイ5:38−39)。パウロはこの教えを守りなさいと語る。
−ローマ12:17―18「だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。」

3.「復讐するな」と語るパウロ

・パウロの時代、教会は迫害の中にあった。教会員の中には復讐を誓う者もいた。彼らに対してパウロは言う「復讐するな。相手の不義は神の裁きに任せよ。キリストも復讐されなかったではないか」と。
−ローマ12:19-21「愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。『復讐は私のすること、私が報復すると主は言われる』と書いてあります。『あなたの敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ。そうすれば燃える炭火を彼の頭に積むことになる』。悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい」。
・2001年9月11日に無差別テロがアメリカを襲い、NY貿易センタービルが破壊され、2973人が殺された。アメリカ大統領G.ブッシュは「テロとの戦い」を宣言し、アメリカ国内では「仕返しと報復を立法化せよと要求する怒りの声」が巻き起こり、町には星条旗があふれ、アメリカに忠誠を誓わない者はアメリカの敵だとの大統領声明が出された。その中である教会はこのローマ12章を祈った。
−グランド・ゼロからの祈り「復讐を求める合唱の中で、『敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい』と促されたイエスの御言葉に聞くことが出来ますように。キリストは全ての人のために贖いとして御自身を捧げられました。キリストはアフガニスタンの子供や女や男のために死なれました。神はアフガニスタンの人々が空爆で死ぬことを望んでおられません。国は間違っています。神様、為政者のこの悪を善に変えて下さい」(「グランド・ゼロからの祈り」、ジェームズ・マグロー、日本キリスト教団出版局)。
・曽野綾子の小説「燃えさかる薪」は、ローマ12章を題材にした小説だ。シンガポールに暮らす主人公亜季子は、浮気を重ねる夫との生活に嫌気がさし、離婚を告げ、日本に住む新しい恋人との新生活に臨む。そんなある日、前の夫が爆発事故のせいで大火傷を負ったとの知らせが届く。今、彼の回りには、彼を愛し、彼を世話する人は誰もいない。彼女は仕方なく、シンガポールに戻って夫の看病をし、彼が癒しの奇跡を求めて聖地ルルドに行きたいと言えば、付き添ってフランスへ行く。ある機会に彼女はローマ12章の言葉に触れる。そして「自分を裏切り、ひどい目にあわせ、今は助ける人もなくなった前夫に、自分の生涯を捧げることが自分の生きる道である」ことを知り、新しい生活を断念してシンガポールに戻る。
・キリストにある平和はキリストの十字架によりもたらされた。私たちは十字架を通して、神が世界を支配し、人間の歴史に介入される方であることを知った。知ったのであれば、私たちの安全、平和を神に委ねれば良いではないかと聖書は語る。私たちはこの世が理想郷でないことは知っている。敵を愛すると言うことは、違う価値観を持つ敵を受け入れることを前提にし、危険を伴う。それでもそうすべきだとパウロは訴える。敵意の隔てを崩すのはそれしかないことを聖書は教え、世界史は教え、生活上の体験も教える。何よりも、私たちは神の護りの中にあり、必要な時には神が行為して下さることを信じる。
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