すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.十字架につけられる

・処刑される囚人は、自分が架けられる十字架の横木を背負わされ、集人環視の中を刑場まで連行された。十字架を負わされたイエスが途中倒れたので、兵士たちは通りかかったキレネ人シモンを捕え、無理やり十字架を担がせた。このシモンはマルコによれば「ルフォスの父」であり、パウロはルフォスの母を「私の母」と呼ぶ(ローマ16:13)。使徒言行録13章のアンティオキア教会のメンバー「ニゲルと呼ばれるシメオン」がキレネ人シモンではないかとも言われる(ニゲル=黒人、シメオン=シモンのヘブル名)。シモンがイエスの十字架を担がされることによって、後に彼とその家族が信仰に入ったことを推測させる資料だ。
−ルカ23:26「人々はイエスを引いて行く途中、田舎から出て来たシモンというキレネ人を捕えて、十字架を背負わせ、イエスの後ろから運ばせた。」
・イエスの処刑を嘆き悲しむ婦人たちがイエスの後に従った。イエスは婦人たちを振り返り、「私の処刑の悲しみより、自分の子供たちの不幸を悲しむ日が来る」と預言されたと伝える。やがて来るエルサレム崩壊 (イエスの死より40年後の紀元70年に起こった)は、キリストを殺した故だとルカは言外に語っている。
−ルカ23:27-29「民衆と嘆き悲しむ婦人たちは大きな群れをなして、イエスに従った。イエスは婦人たちの方を振り向いて言われた。『エルサレムの娘たち、私のために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。人々が、「子を産めない女、産んだことのない胎、乳を飲ませたことのない乳房は幸いだ」と言う日が来る。』」
・イエスは二人の犯罪人と一緒に刑場の「されこうべ」(アラム語ゴルゴダ、ラテン語カルバリ)に着き、イエスの十字架は二人の犯罪人の間に立てられた。兵隊たちはくじを引きイエスの服を分けあった。
−ルカ23:32-33「ほかにも、二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った。『されこうべ』という所へ来ると、そこで、人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も一人は右に一人は左に、十字架につけた。」
・十字架のイエスは、自分を殺そうとする人々の罪の赦しを祈る。イエスは「父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい」(6:36)と言われ、「兄弟が罪悔い改めれば、赦してやりなさい」(17:3)とも語られた。そのイエスだからこそ、自分を殺そうとする者たちのために、とりなしを祈ることが出来た。歴史上、最も偉大な祈りがここにある。
−ルカ23:34「ほかにも、二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った。『されこうべ』という所へ来ると、そこで、人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も一人は右に一人は左に、十字架につけた。そのときイエスは言われた。『父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているか知らないのです。』人々はくじを引いてイエスの服を分けあった。」
・人々はイエスの祈りに無頓着であった。兵士はくじを引いてイエスの衣服を奪い、議員たちはイエスを「自分を救えない救い主」と嘲笑した。人々がイエスに求めたのは、栄光の救い主、敵を打ち倒し、人々の尊敬と信頼を勝ち取って、自ら道を切り開いていく救い主だ。人々は、病人を癒し、悪霊を追い出されるイエスの行為に神の力を見、力強い説教に神の息吹を感じた。神の力があれば、自分たちの生活を豊かにしてくれるに違いないと人々は期待した。しかし、イエスはその期待に応えることが出来ず、今惨めな姿を十字架に晒している。「民衆は立って見つめていた」。彼らもイエスに失望している。
−ルカ23:35「民衆は立って見つめていた。議員たちもあざ笑って言った。『他人を救ったのだ、もし、神からのメシアで、選ばれた者なら自分を救うがよい。』」
・イエスの頭上には「ユダヤ人の王」と書かれた札が掲げられた。札を見た兵士がぶどう酒をイエスに突きつけ、「ユダヤ人の王なら自分を救え」とイエスを侮辱した。後世の、十字架刑を描いた絵画には、必ず「INRI=IESUS NAZARENUS REX IUDAEORUM」が描かれるようになる。
−ルカ23:36-38「兵士たちもイエスに近寄り、ぶどう酒を突きつけて侮辱して、言った。『お前がユダヤ人の王なら自分を救ってみろ。』イエスの頭の上には、『これはユダヤ人の王』と書いた札も掲げてあった。」

2.犯罪人の一人が悔い改める

・イエスと一緒に十字架に架けられた犯罪人の一人は、イエスを罵った。別の犯罪人は「自分を覚えてほしいと」イエスに願った。イエスは彼が今日楽園に共にあると約束された。イエスは彼自身の臨終の時にも、宣教を続けられた。そして最初の回心者がここに生まれた。
−ルカ23:39-43「十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスを罵った。『お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。』するともう一人の方がたしなめた。『お前は神をも恐れないのか。同じ刑罰を受けているのに。我々は自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。この方は何も悪いことをしていない。』そして、『イエスよ、あなたのみ国においでになる時には、私を思い出してください』と言った。すると、イエスは、『はっきり言っておくが、あなたは今日私と一緒に楽園にいる』と言われた。」
・イエスは十字架上で、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているか知らないのです」と祈られた。ステパノは暴徒に石で打ち殺される寸前、「主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないで下さい」と祈った。その場にはサウロ(後のパウロ)がいた。ある人はパウロの回心の契機になったのは、ステファノのこの祈りだったのではないかと想像する。
−使徒7:59-8:1「人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、『主イエスよ、私の霊をお受けください』と言った。それから、ひざまずいて、『主よ、この罪を彼らに負わせないでください』と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。サウロは、ステファノの殺害に賛成していた。」
・赦すことは難しい。しかし、赦しが無い限り、地上での争いは終わらない。ぺトロも「あなたがたが知らずにあのようなことをしたことは、私にはわかっている」と語り、ユダヤ人に回心を求めている。
−使徒3:17-19「兄弟たち、あなたがたがあんなことをしてしまったのは、指導者たちと同様に無知のためであったと私には分かっています・・・自分の罪が消し去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい。」

3.イエスの死

・イエスは自らの霊を神に委ねて死なれた。その時、「太陽は光を失い、神殿の垂れ幕が縦に裂けた」とルカは報告する。「神殿の垂れ幕が裂けた」、神殿礼拝はもはや不要になったとルカは主張しているのだろう。
−ルカ23:44-46「既に昼の十二時ごろであった。全地は暗くなり、それが三時まで続いた。太陽は光を失っていた、神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。イエスは大声で叫ばれた。『父よ、私の霊を御手にゆだねます。』こう言って息を引き取られた。」
・十字架の現場では、さらにもう一人のクリスチャンが生まれた。イエスの十字架刑の執行を指揮していたローマ軍の百人隊長だ。彼はイエスが、自分を殺そうとする者たちの赦しを祈って死んでいかれたのを見て、そこに神の臨在を感じた。
−ルカ23:47-49「百人隊長はこの出来事を見て、『この人は本当に正しい人だった』と言って神を賛美した。見物に集まっていた郡衆も皆、これらの出来事を見て、胸を打ちながら帰って行った。イエスを知っていたすべての人たちと、ガリラヤから従って来た婦人たちとは遠くに立って、これらのことを見ていた。」

4.墓に葬られる

・イエスの遺体はイエスの弟子、アリマタヤのヨセフに引き取られ、新しい墓に葬られた。
−ルカ23:50-52「さて、ヨセフという議員がいたが、善良な正しい人で、同僚の決議や行動には同意しなかった。ユダヤ人の町アリマタヤの出身で、神の国を待ち望んでいたのである。この人がピラトのところに行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出て、遺体を十字架から降ろして亜麻布に包み、まだだれも葬られたことのない、岩に掘った墓の中に納めた。」
・ガリラヤからイエスに従って来た婦人たちは、イエスが墓に葬られたのを見届け、イエスの遺体に塗る香料と香油を準備し、安息日は定めに従い休んだ。
−ルカ23:53-56「その日は準備の日であり、安息日が始まろうとしていた。イエスと一緒にガリラヤから来た婦人たちは、ヨセフの後について行き、墓と、イエスが納められている有様を見届け、家に帰って香料と香油を準備した。婦人たちは、安息日には掟に従って休んだ。」
・イエスの十字架死は多くの回心者を生んでいる。十字架を代わりに担ったシモン、共に十字架につけられた犯罪者、十字架死を見守っていた百卒長、イエスを埋葬したアリマタヤのヨセフ。復活前にイエスを神の子と信じた人々がいたことは銘記すべきであろう。ゴルゴダの丘で最初の教会が生まれたのである。
−イザヤ53:4-5「彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは私たちの痛みであったのに、私たちは思っていた、神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、と。彼が刺し貫かれたのは私たちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは私たちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、私たちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、私たちはいやされた」。
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