すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.権威についての問答

・イエスは神殿で商売をしていた人々を追い出して言われた「あなたたちは祈りの家を強盗の巣にしている」。祭司長たちは反発してイエスを殺そうと謀ったが、民衆がイエスを支持していたのでできなかった。
-ルカ19:45-48「イエスは神殿の境内に入り、そこで商売をしていた人々を追い出し始めて、彼らに言われた。『・・・私の家は、祈りの家でなければならない。ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。』毎日、イエスは境内で教えておられた。祭司長、律法学者、民の指導者たちは、イエスを殺そうと謀ったが、どうすることもできなかった。民衆が皆、夢中になってイエスの話に聞き入っていたからである。」
・神殿を管轄する祭司長たちはイエスを攻撃する機会をねらっていた。ある日、彼らはイエスに詰め寄り、言う。「何の権威でこのようなことを行うのか」と。
―ルカ20:1-2「ある日、イエスが神殿の境内で民衆に教え、福音を告げ知らせておられると、祭司長や律法学者たちが、長老たちと一緒に近づいて来て言った。『言いなさい。何の権威でこのようなことをしているのか。その権威を与えたのはだれか。』」
・イエスは即答せず、逆に彼等に「では洗礼者ヨハネは何の権威で教えたのか」と問われた。
−ルカ20:3-4「イエスはお答えになった。『では、私も一つ尋ねるから、それに答えなさい。ヨハネのバプテスマは、天からのものだったか、それとも、人からのものだったか。』」
・イエスの質問は彼等を困らせた。彼等自身はヨハネを預言者だと信じていなかったが、民衆はそう信じていた。彼らは「わからない」と答えるしかなかった。
−ルカ20:5-8「彼らは相談した。『「天からのものだ」と言えば、「では、なぜヨハネを信じなかったのか」と言うだろう。「人からのものだ」と言えば、民衆はこぞって我々を石で殺すだろう。ヨハネを預言者と信じ込んでいるのだから。』そこで彼らは、『どこからか、分から無い』と答えた。すると、イエスは言われた。『それなら、何の権威でこのようなことをするのか、私も言うまい』」
・矢内原忠雄をこの問答を引用して、教会の人々に「内村鑑三の伝道は天よりか人よりか」と問うた。
-矢内原忠雄聖書講義供Ε襯伝下「内村鑑三は少年の時教会で受洗したが、教会の按手礼を受けて牧師になったのではなかった。内村は民に教え、福音を述べ、希望者にバプテスマを授けた。牧師の有資格者でない彼が、『何の権威をもってこれらのことをなすか、誰からこの権威を受けたか』と、宣教師や教会側から白眼視されたことは不思議ではない・・・もし、『何の権威をもってこれらのことをなすか』と問題にされるならば、我らは問いを返して『我も一言汝らに問わん。内村の伝道は天よりか人よりか』と言うであろう。彼らがもし『天より』と答えるならば、『それでは何故無教会を認めぬか』と言うであろう。もし『人より』と答えるならば、内村鑑三を優れたキリスト者と認める民衆が承知しないであろう。」

2.「ぶどう園と農夫」の例え

・イエスはかたくなな祭司長たちに「ぶどう園の例え」を語られた。ぶどう園の主人は、ぶどう園の経営を農夫たちに委ねて遠くへ旅立ち、収穫物を納めさせるために僕を派遣するが、農夫たちは応じず、その僕を叩きのめして追い払った。
−ルカ20:9-10「イエスは民衆にこの例えを話し始められた。『ある人がぶどう園を作り、これを農夫たちに貸して長い旅に出た。収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を納めさせるために、僕を農夫たちのところへ送った。ところが、農夫たちはこの僕を袋だたきにして、何も持たせないで追い返した。』」
・ぶどう園の主人は他の僕を送るが、農夫たちはその僕も、さらに三人目の僕も追い返す。神はぶどう園の主人のように預言者を何人も送り続けたが、イスラエルは預言者を迫害し続け、受け入れなかったとイエスは語られる。
−ルカ20:11-12「『そこでまた、ほかの僕を送ったが、農夫たちはこの僕をも袋だたきにし、侮辱して何も持たせないで追い返した。更に三人目の僕を送ったが、これにも傷を負わせてほうり出した。』」
・農夫たちに裏切られたぶどう園の主は、自分の息子なら敬ってくれるだろうと考え、一人息子を農園に送ったが、農夫たちは息子を殺し、ぶどう園を奪おうと考えた。
−ルカ20:13―15a「『そこで、ぶどう園の主人は言った。「どうしょうか、私の愛する息子を送ってみよう。この子ならたぶん敬ってくれるだろう。」農夫たちは息子を見て、互いに論じ合った。「これは跡取りだ。殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる。」そして、息子をぶどう園の外にほうり出して殺してしまった。』」
・息子を殺されたぶどう園の主人は裏切った農夫たちを殺し、ぶどう園の運営を他の人に任す。
−ルカ20:15b-16「『さて、ぶどう園の主人は農夫たちをどうするだろうか。戻って来て、この農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない。』」
・ルカ福音書では、イエスが人々に「ぶどう園の主人は農夫たちをどうするだろうか。戻って来て、この農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない」と語られたとする。しかし、ここで疑問が出てくる。「十字架上で自分を殺す者たちのために祈られたイエスが、相手を裁き、その死を望まれるだろうか」。聖書学者の多くは、15節後半以降はもともとのイエスの言葉にはなく、初代教会が自分たちの信仰の立場から書き加えたものであろうと考えている。「農夫たちは殺され、ぶどう園は他の者に与えられる」とは、イエスの死から40年後に起こった対ローマ武装闘争(ユダヤ戦争)でユダヤ側が敗北し、エルサレムが滅ぼされたことを暗示している。この戦争でユダヤが敗北し、神殿が破壊されたのは、神の一人子であるイエスを殺したことの報いであると教会は反論している。しかしこの付加により、イエスが語られた事柄の真意が歪められていく。イエスは祭司たちに悔い改めを求められたが、裁きは父なる神に委ねられた。しかし、弟子たちはイエスを殺した人々を裁き始めている。教会によるイエスの言葉の書き換えが後のユダヤ人迫害(キリストを殺した民として)、そしてナチスのユダヤ人大量虐殺に繋がっていく。
・ユダヤ教指導者たちは「神は不在である=神は何も干渉されない」のを見て、自分たちの利益を貪っていた。神がいなければ中心になるのは人間であり、そこではむき出しの自己利益追求がなされ、強い者はますます強く、弱い者は切り捨てられていく。この例えは2000年前のユダヤ教指導者たちに言われているが、実は私たちに向けても語られている。今日の文脈で言えば、次のようになろう。「あなたがたは食べ飽きて多くの食物を捨てているが、世界の他の半分は飢えている。シリアやイラクの人々が爆弾で死んでいる今日、あなたは何を食べようかと悩んでいる。働いても生活が成り立たない人々がいてもあなたは無関心だ。東京には人があふれても、地方では商店街が消滅しているのに気にかけようともしない」。あなたがたはうそぶく「彼らは働かないから貧しいのだ。町が寂れるのは復興努力をしないからだ。彼らは怠け者なのだ」。しかし神は言われる。「でもそうか、本当はあなたが彼らのことを配慮しないからではないのか。あなたもこの農夫たちと同じく、自分のことしか考えていないからではないのか」と問われている。

3.隅の親石の例え

・「ぶどう園の例え」を話し終えたイエスは人々を見つめ、詩編118:22から「隅の親石の例え」を引用して民衆に教えられる。愚かな建築家が家を建てたが、基礎に欠かせない大切な石を捨ててしまった。その石は建物を支える礎石だった。
−ルカ20:17-18「イエスは彼らを見つめて言われた。『それでは、こう書いてあるのは、何の意味か。「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石になった。」その石の上に落ちる者はだれでも打ち砕かれ、その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう。』」
・イエスが例えで、自分たちを批判していると気付いた祭司長たちは、イエスに手を出そうと考えたが、民衆がいたので何もできなかった。
−ルカ20:19「そのとき、律法学者たちと祭司長たちは、イエスが自分たちに当てつけて話されたと気づいたので、イエスに手を下そうとしたが、民衆を恐れた。」
・この「隅の親石」は詩篇118篇22-25節からの引用である。そこには「家を建てる者の退けた石が、隅の親石となった。これは主の御業、私たちの目には驚くべきこと。今日こそ主の御業の日。今日を喜び祝い、喜び躍ろう。どうか主よ、私たちに救いを。どうか主よ、私たちに栄えを」とある。この詩篇は、元来はバビロン捕囚を踏まえた詩だ。神はイスラエルを戒めるために、国を滅ぼされ、指導者たちをバビロンの捕囚とされた。イスラエルは捨てられたかのように思えた。しかし、捕囚民はバビロンの地で悔い改め、時が来て、神は囚われ人を解放してイスラエルに戻し、新しい国の再建を任せられた。捨てられたかに見えた石を用いて、神はイスラエルを立て直されたと人々は讃美した。
・ルカがこの詩篇を引用した意図は明確だ。人々はイエスを役に立たない石として捨てるが、神はイエスを死から復活させられ、復活を通して、人々はイエスが神の子であることを知り、自分たちが神の子を殺したことに気づき、悔改める。その時、「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となる」、それは祝福の言葉なのだ。
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