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トップ  >  ルカ福音書(二巡目)  >  2016年3月30日祈祷会(ルカ福音書1:1-38、ヨハネとイエスの誕生予告)
1.献呈の言葉

・『ルカ福音書』の著者は、使徒パウロの弟子としてパウロの宣教旅行に同行した、医者ルカと言われている。彼は異邦人であり、医者であり、また歴史家であった。ルカは序文で福音の事績を時系列に正しく記したと執筆方針を説明している。献呈されたテオフィロはローマの高官とされるが、詳細は分からない。
−ルカ1:1-4「私たちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々が私たちに伝えた通りに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。そこで、敬愛するテオフィロさま、私もすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります。」
・ルカ福音書が書かれたのは紀元80年ごろ、彼が手にしていた資料はマルコ福音書(ルカの1/3はマルコと同内容)、語録資料(マタイも用いた。ルカの25%はマタイと重複)である。また『ルカ福音書』に続く続編として『使徒言行録』が書かれている。「神は歴史を通してその救いの働きを示される」とルカは理解していたのであろう。
−使徒1:1-2「テオフィロさま、私は先に第一卷(福音書)を著して、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました。」

2.洗礼者ヨハネの誕生が予告される

・洗礼者ヨハネの両親となる祭司ザカリアとエリサベトの夫婦は、子はなく、高齢だった。その彼らに子が与えられるとの告知がなされる。その誕生予告は高齢のアブラハムとサラに対する約束の子の誕生予告(創世記17章、18章)と近似しており、神の介入による神的誕生が強調されている。
−ルカ1:5-7「ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で、名をエリザベトと言った。二人とも神の前に正しい人で、主の教えと定めをすべて守り、非のうちどころがなかった。しかし、エリサベトは不妊の女だったので、彼らには、子供がなく、二人とも既に年をとっていた。」
・そのザカリアが、神殿聖所の当番を務めていた時、突然天使が現れた。
−ルカ1:8-12「ザカリアは自分の組が当番で、神の御前で祭司の務めをしていた時、祭司職のしきたりによってくじを引いたところ、主の聖所に入って香をたくことになった。香をたいている間、大勢の民衆が外で祈っていた。すると主の天使が現れ、香壇の右に立った。ザカリアはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた。」
・天使は語る「あなたの妻エリサベトが男の子を産む」。ザカリアは妻が高齢で赴任であったため、信じることができない。17節はマラキ書からの引用である。旧約で預言された出来事の成就がここで示される。
−ルカ1:13-17「天使は言った。『恐れることない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。彼は主の御前に偉大な人となり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいる時から聖霊に満たされていて、イスラエルの多くの子らをその神である主のもとへ立ち帰らせる。彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。』」
・信仰は口によって言い表される。従って信じない者は口がきけなくなる。天使ガブリエルは旧約ではダニエル書のみに現れる。ルカはダニエルに将来を見通す預言が与えられたように、ザカリアに未来を告げる預言者が子として与えられることを暗示する。
−ルカ1:18-21「そこで、ザカリアは天使に言った。『何によって私はそれを知ることができるのでしょうか。私は老人ですし、妻も年をとっています。』天使は答えた。『私はガブリエル、神の前に立つ者、あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。あなたは口が利けなくなり、このことが起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現する私の言葉を信じなかったからである。』民衆はザカリアを待っていた。そして、彼が聖所で手間取るのを不思議に思っていた。」
・ザカリアは聖所から、口が利けない状態で戻ってきた。しかし預言通り、高齢のエリサベトが懐妊する。
−ルカ1:22-25「ザカリアはやっと出て来たけれども、話すことができなかった。そこで、人々は彼が聖所で幻を見たのだと悟った。ザカリアは身振りで示すだけで、口がきけないままだった。やがて務めの期間が終わって自分の家へ帰った。その後、妻エリサベトは身ごもって、五か月の間身を隠していた。そしてこう言った。『主は今こそ、こうして、私に目を留め、人々の間から私の恥を取り去ってくださいました。』」
・この物語はルカ福音書のみにあるが、歴史的事実に基づくのだろうか。多くの聖書学者はこの話は洗礼者ヨハネの預言者としての誕生を象徴するルカの創作と理解している。
-岸本羊一・葬りを超えて「ザカリアとエリサベトの物語は、ルカが創った寓話であって、事実ではありません。つまり起こった出来事そのものではなく、旧約聖書の中の人物たちの姿を幾重にも反映しながら、人間とはこういう者だという仕方でルカが展開したものです。・・・作り話を通してしか伝えられない、事実を超えた真実をルカは伝えているのです」。

3.イエスの誕生が予告される

・同じころ、天使がヨセフの婚約者マリアの前に突然現れ、マリアを祝福する。ヨハネの誕生予告と同じく、天使ガブリエルが現れ、神の意思としてのマリアの懐妊が予告される。
−ルカ1:26-29「六カ月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人の許嫁である乙女の所に遣わされたのである。その乙女の名はマリアといった。天使は彼女の所に来て言った『おめでとう、マリア、恵まれた方。主があなたと共におられる。』」
・マリアは突然現れた天使に受胎を告知されるが、未婚の彼女は戸惑うばかりであった。
−ルカ1:30-33「マリアはこの言葉に戸惑い、一体この挨拶は何のことかと考え込んだ。すると天使は言った。『マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座を下さる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。』」
・天使に諭されたマリアは、抵抗しながらも受胎告知を受け入れた。
−ルカ1:34-38「マリアは天使に言った。『どうしてそのようなことがありえましょうか。私は男の人を知りませんのに。』天使は答えた。『聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類エリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのにもう六か月になっている。神にできないことは何一つない。』マリアは言った。『私は主のはしためです。お言葉通りこの身に成りますように。』そこで、天使は去って行った。」
・マリアは「お言葉通り、この身に成りますように=御心のままに」と答える。マリアはヨセフと婚約しているが、まだ結婚はしていない。その未婚のマリアに「あなたは身ごもって男の子を産む」と告げられる。マリアは知らせを聞いて困惑する。「どうして、そのようなことがありえましょうか。私は男の人を知りませんのに」(1:34)。別の訳では「私にはまだ夫がありませんのに」とある。女性にとって子を産むことは祝福だが、それは夫があり家族がある時の話であり、夫なしに子を生むことは社会的非難を招く。ユダヤの法律では姦通罪は死刑だった(申命記22:23-24)。だから彼女は戸惑い、抗議する「私にはまだ夫がありませんのに」。父親のはっきりしない子を産むことは、いつの時代でも困難な出来事である。
・それに対して天使は答える「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる・・・神に出来ないことは何一つない」(1:35-37)。マリアは困り続ける。しかし彼女はためらいながらも答える「私は主のはしためです。お言葉通り、この身に成りますように」(1:38)。英語訳聖書(NKJ)は次のように訳す「Behold the maidservant of the Lord! Let it be to me according to your word」。 Let it be=御心のままに、「何故私にこのようなことが起こるのか私にはわかりません。わかりませんが、あなたがそう望まれるのであれば受入れます」とマリアは答える。
・マリアに与えられた道は困難な道だった。しかし、彼女は答える「御心のままに」。婚約者ヨセフは当初マリアを離別しようとするが、マリアの罪ではないことを知り、やがて彼女を妻として受け入れ、イエスを自分の子として認知する。その喜びがルカ1章後半「マリアの賛歌」にある。
-ルカ1:47-48a「私の魂は主をあがめ、私の霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも、目を留めてくださったからです」。
・ポール・マッカートニーの作った「Let it be」はこのマリアの受胎告知を背景にしている。ポールはカトリック信徒だ。当時ビートルズは解散の危機にあった。「Let it be(御心のままに)」は困難の中で、自分たちも、与えられた出来事を受け入れていこうという歌だ。
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