すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  マタイによる福音書  >  2003年2月26日 マタイ18:15‐35 教会での審きと赦し
1.罪を犯した兄弟への忠告(18:15‐20)

ゞ飢颪侶残鏤佶紊罪を犯したとき、どうするのかという問題は、マタイの教会にとって大きな課題であった。イエスはまず一人でその兄弟のところに行き、それでもだめな時には二人で行きなさいと言われた。
―マタイ18:15-16「もしあなたの兄弟が罪を犯すなら、行って、彼と二人だけの所で忠告しなさい。もし聞いてくれたら、あなたの兄弟を得たことになる。もし聞いてくれないなら、ほかに一人二人を、一緒に連れて行きなさい。それは、二人または三人の証人の口によって、すべての事柄が確かめられるためである。」
兄弟を裁くことではなく、取り戻すことが目的だから、その人の名誉を守り、秘密を守る配慮をしなさい。
―ガラテヤ6:1-2「兄弟たちよ。もしもある人が罪過に陥っていることがわかったなら、霊の人であるあなたがたは、柔和な心をもってその人を正しなさい。それと同時に、もしか自分自身も誘惑に陥ることがありはしないかと反省しなさい。互に重荷を負い合いなさい。そうすれば、あなたがたはキリストの律法を全うするであろう。」
17節で「教会=エクレシヤ」という言葉が出てくる。イエスの時代には教会は無いから、この言葉はマタイが自分たちの教会の教規を述べたのではないかと思われている。
―マタイ18:17「もし彼らの言うことを聞かないなら、教会に申し出なさい。もし教会の言うことも聞かないなら、その人を異邦人または取税人同様に扱いなさい。」
17節は内容的にもイエスの言葉にそぐわない。イエスは異邦人や罪人の受容を説かれたのであり排除ではない。
―マタイ9:11-13「パリサイ人たちはこれを見て、弟子たちに言った『何故、あなたがたの先生は、取税人や罪人などと食事を共にするのか』。イエスはこれを聞いて言われた『丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。・・・私が来たのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである』」
ザ飢颪郎畤佑稜喀を行うところではなく、罪人の回帰を願って祈るところなのである。
―マタイ18:19-20「もしあなたがたのうちの二人が、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいます私の父はそれをかなえて下さるであろう。二人または三人が私の名によって集まっている所には、私もその中にいるのである」。

2.兄弟を赦せ(18:21‐35)

.罐瀬箒気任六暗戮泙任麓呂擦閥気┐拭ペテロは自分に罪を犯したものを七度まで赦すという。しかし、ペテロはまだ回数を数えている。イエスは無限に赦せと言われる。
―マタイ18:21-22「『主よ、兄弟が私に対して罪を犯した場合、幾たび赦さねばなりませんか。七度までですか』。イエスは彼に言われた『私は七度までとは言わない。七度を七十倍するまでにしなさい。』」
△修靴特膣屬鮗呂気覆げ藩茲領磴┐鮓譴蕕譴拭L妓造房呂垢里蓮⊆分が無限に赦されているからである。
―マタイ18:24-27「決算が始まると、一万タラントの負債のある者が、王の所に連れられてきた。返せなかったので、主人はその人自身とその妻子と持ち物全部とを売って返すように命じた。この僕はひれ伏して哀願した『どうぞお待ちください。全部お返しいたしますから』。主人は哀れに思って、彼を赦しその負債を免じてやった。」
1万タラントは6千万デナリ(今日の通貨基準では数千億円)であり、返せる金額ではない。私たちはそれほどの負債を神に赦してもらいながら、100デナリの負債を赦していないのではないかとイエスは言われている。
―マタイ18:28-30「その僕が出て行くと、百デナリを貸している一人の仲間に出会い、彼をつかまえ首をしめて『借金を返せ』と言った。そこでこの仲間はひれ伏し『どうか待ってくれ。返すから』と言って頼んだ。しかし承知せずに、その人をひっぱって行って、借金を返すまで獄に入れた。」
い修了笋燭舛人を裁く権利などあるだろうか。何故赦されていることを生きないのか。
―汽灰螢鵐6:6-7「兄弟が兄弟を訴え、しかもそれを不信者の前に持ち出すのか。そもそも、互に訴え合うこと自体が、すでにあなたがたの敗北なのだ。何故むしろ不義を受けないのか。何故むしろだまされていないのか。」
ゥぅ┘垢浪燭里燭瓩暴住架につかれたのか、あなたが兄弟を裁くことによって教会が教会でなくなっている。
―ローマ14:13-15「今後私たちは、互に裁き合う事をやめよう。むしろ、あなたがたは、妨げとなる物や、つまずきとなる物を兄弟の前に置かないことに、決めるがよい。・・・もし食物のゆえに兄弟を苦しめるなら、あなたはもはや愛によって歩いているのではない。あなたの食物によって兄弟を滅ぼしてはならない。キリストは彼のためにも死なれたのである。」
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