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トップ  >  使徒言行録(二巡目)  >  2015年8月26日祈祷会(使徒言行録1:1−26、イエスの昇天と弟子たち)
1.聖霊を与えるとの約束

・使徒言行録はテオフィロへの献呈の辞で始まる。テオフィロはローマの高官とされる。ルカは「先に第一卷を著わした」と記している。その第一巻「ルカ福音書」冒頭の献呈文にもテオフィロの名が記されている。使徒言行録はルカ福音書と同じ著者によって書かれている。
−ルカ1:1 -3「私たちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々が私たちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。そこで、敬愛するテオフィロさま、私もすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのが良いと思いました」。
−使徒1:1−2「テオフィロさま、私は先に第一卷を著して、イエスが行い、また教え始めてから,お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました。」
・最初にイエスの受難と復活から四十日間の次第が要約して語られ、食事の席でイエスから、使徒たちへの聖霊のバプテスマが約束され、宣教の使命が使徒たちに託される。
−使徒1:3−5「イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。『エルサレムを離れず、前に私から聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼(バプテスマ)を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼(バプテスマ)を授けられるからである。』」

2.イエスの昇天

・弟子たちは依然としてこの世の国、地上のイスラエルの再興を求めていた。死を超えて復活されたイエスを見て、彼らは今こそイスラエル再興が可能になると期待した。弟子たちが求めるのは地上の神の国、現実の生活が良くなり、災いから解放され幸福になることだ。だから弟子たちはイエスに尋ねる「イスラエルのために国を建て直してくださるのは今ですか」と。しかしイエスは、「今、あなた方がなすべきことは、あなた方が見たこと聞いたことを、ユダヤはもちろん、サマリアや異邦の人々に伝えていくことだ」と言われた。その活動こそが神の国を形成していくのだと。
−使徒1:6−8「さて、使徒たちは集まって、『主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか』と尋ねた。イエスは言われた。『父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、私の証人となる。』」
・イエスの昇天後、弟子たちは不安に包まれた。これまでは全てイエスの指示に従ってきたが、これからは自分たちでどうするかを決めねばならない。彼らはイエスの姿が雲のかなたに隠れてしまった後も、天を見つめ続けていた。しかし、イエスの昇天は弟子たちの自立を促すためのものだった。だから、天から声があった「天に帰られたイエスは再びおいでになる、そのことを準備するために、あなたがたはなすべきことをしなさい」。この声に促されて、弟子たちはエルサレムに戻る。
−使徒1:9−11「こう話し終わると、彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って言った。『ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。』」
・この箇所はイエスの昇天と再臨が記されている。宇宙への旅が現実となっている現代、神の国が大空の上にあると言っても誰も信じないだろう。しかし「使徒言行録」の書かれた二千年前の人たちは「地は平らで、神の国は天上にある」と信じていた。だから、イエスが栄光を受けた後、神の元へ帰られるとすれば、昇天するのが当然であった。使徒信条はイエスが「天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまえり」と告白する。現代の私たちは信条や記事の象徴化を考える必要があろう。
-森本あんり・使徒信条から「使徒信条の告白する『天』ははじめから非空間的な概念であり、『昇天』とは復活者キリストの栄光の確認手続きであり、栄光の座すなわち『全能の神の右』への高挙の表現であって、『天』とはこの神の栄光の神を表す神学的な用語である」。

3.使徒の補充

・イエスの昇天後、人々は祈るために集まった。そこにはイエスに従ってきた婦人たち、イエスの母や兄弟たちもいた。イエスの兄弟たちは、かつてはイエスを気が違ったとして取り押さえに来た者たちだが(マルコ3:21)、今は信じる者とされている。イエスを裏切ったペテロも、イエスの復活を信じなかったトマスもいた。キリストを裏切った者、キリストを疑った者、頑固に信じなかった者たちが、今ここに集められている。教会は、善人ではなく、罪人の集まりなのであり、その罪人の集まりに、イエスの地上の業を継承することが委ねられている。
−使徒1:12−14「使徒たちは『オリ−ブ畑』と呼ばれる山からエルサレムへ戻って来た。この山はエルサレムに近く、安息日にも歩くことが許される距離の所にある。彼らは都に入ると泊まっていた家の上の部屋に上った。それは、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、フイリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルファイの子ヤコブ、熱心党のシモン、ヤコブの子ユダであった。彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた。」
・ペトロが12使徒の一人でありながらイエスを裏切って死んだユダについて語り始める。
−使徒1:15−17「そのころ、ペトロは兄弟たちの中に立って言った。『兄弟たち、イエスを捕えた者たちの手引きをしたあのユダについては、聖霊がダビデの口を通して預言しています。この聖書の言葉は、実現しなければならなかったのです。ユダは私たちの仲間の一人であり、同じ任務を割り当てられていました。』」
・ユダはイエスを裏切り、死んだ。ペトロがユダについて話した目的は、ユダが欠けた使徒の欠員の補充であった。くじ引きの結果、マティアが新しい使徒に任じられた。
−使徒1:21−23「『そこで、主イエスが私たちと共に生活されていた間、つまり、ヨハネの洗礼(バプテスマ)のときから始まって、私たちを離れて天に上げられた日まで、いつも一緒にいた者の中からだれか一人が、私たちに加わって、主の復活の証人になるべきです。』そこで人々は、バルサバと呼ばれ、ユストともいうヨセフとマティアの二人を立てて、次のように祈った。『すべての人の心をご存じである主よ、この二人のうちのどちらをお選びになったかを、お示しください。ユダが自分の行くべき所に行くために離れてしまった、使徒としてのこの任務を継がせるためです。』二人のことでくじを引くと、マティアに当たったので、この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。」
・新しい使徒の選別の要件は「最初からイエスに従い、復活と昇天を目撃した者」である。パウロの使徒性が繰り返し疑われた原因がここにある。パウロは直弟子ではなかった。しかし選ばれたマティアはこれ以降顔を出さない。目立った働きがなかったのであろう。使徒の筆頭ペトロでさえ限定的な働きしかしていない。使徒言行録の中心はパウロであった。主の選びと人の選びは異なる。
―競灰螢鵐3:2-3「私たちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、私たちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。あなたがたは、キリストが私たちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です」。
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