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1.イエスの死

・十字架刑は古代地中海世界における最も残酷な刑の一つだ。為政者は罪人を十字形の木に釘付けにして曝し、彼らが国民の生殺与奪の権を掌握し、反逆する者、罪を犯した者の末路の悲惨を示威した。受刑者は死に至るまでの苦痛を与えられ、生ける人間としての尊厳と生への執着を奪われた。為政者が受刑者に与えたのは、息絶えるまでの苦痛であった。
−ヨハネ19:28‐30「この後、イエスは、すべてのことが成し遂げられたのを知り、『渇く』と言われた。こうして聖書の言葉が実現した」。
・ヨハネは、イエスの「渇く」という言葉は、旧約聖書の預言の成就(義人の死)だと説明する。
−詩編22:16「口は渇いて素焼きのかけらとなり、舌は上顎にはり付く。あなたは私を塵と死の中に打ち捨てられる。」
・イエスの声を聞いた兵士たちが、酸いぶどう酒を含ませた海綿を、ヒソプの先に付け差し出した。ヒソプは葦に似た草で、酸いぶどう酒は気を失った受刑者の気付け薬であった。
−ヨハネ19:29‐30「そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。イエスはこのぶどう酒を受けると『成し遂げられた』と言い、頭を垂れ、息を引き取られた。」
・イエスの最後の言葉はマルコ、マタイ福音書「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、何故、私をお見捨てになったのですか)」(マルコ15:34,マタイ27:46)、ルカは「父よ、私の霊を御手にゆだねます」(23:46)、ヨハネでは「渇く」(19:28),「成し遂げられた」(19:30)となる。歴史的に何が真正であるかは、分からない。それぞれの福音書記者が自分たちの信仰を受難物語の中に表明している。
-E・シュバイツアー・NTD新約聖書注解から「マルコ福音書のイエスの叫びの中に、彼が最も深刻な苦難の孤独の中に置かれていることが、異常なまでに鮮明に、要約され、描き出されている。イエスは果たしてこの言葉を口にされたのか、それともルカ、もしくはヨハネが伝えている言葉がそれであるのか、あるいはその全部を語られたのか、それとも一つも口にされなかったのか、ということを詮索するのは、このテキストの提起する問いではない」。
・荒井献は、受難物語の内、史実を反映しているのはマルコ15章22節,24節,37節のみと推測し、これらを繋ぎ合わせれば次のようになるとする。「人々はイエスをゴルゴダという所に連れて行った(22節)。そしてイエスを十字架につけた(24節)。イエスは声高く叫んで・・・息を引き取られた(37節)」(荒井献「イエスとその時代」)。大貫隆はイエスの最後の絶叫を次のように理解する。「イエスは予定の死を死んだのではない。覚悟の死を死んだのではない。自分自身にとって意味不明の謎の死を死んだのである。否、謎の殺害を受けたのである」(大貫隆「イエスという経験」) 。

2.イエスの脇腹を槍で突く

・ロ−マ人とユダヤ人では、十字架に架けた後の受刑者の処置が異なった。ロ−マ人は受刑者が死ぬまで何日でも十字架上に曝し、死体は埋葬せず、地上に放置して野鳥や野犬が死体を食い散らすにまかせた。ユダヤ人は夜を越えて死体を十字架上に残しては置かなかった。律法がそれを禁止していた。イエスが十字架に架けられた日は、過越祭前日で日が暮れると安息日になるから(ユダヤの一日は日没から始まる)、なおのことイエスの遺体を十字架上に残しては置けなかった。
−申命記21:22‐23a「ある人が死刑に当たる罪を犯して処刑され、あなたがその人を木にかけるならば、死体を木にかけたまま夜を過ごすことなく、かならずその日のうちに埋めねばならない。」
・十字架刑のさらなる残酷さは、瀕死の受刑者の足を折り、止めを刺すことだった。たいていは一度足の骨を折ると息が絶えたが、死ななければ何度でも足を折られた。兵士は二人の罪人の足を折り、イエスに近付くと、すでに息絶えていたので足を折るのをやめた。
−ヨハネ19:31‐33「その日は準備の日で、翌日は特別の安息日であったので、ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすようピラトに願い出た。そこで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた最初の男と、もう一人の男の足を折った。イエスのところへ来てみると、すでに死んでおられたので、その足は折らなかった。」
・兵士はイエスの死を確かめるため槍で脇腹を突いた。するとイエスの脇から、水と血が流れ出た。「水」はバプテスマのヨハネから受けた「水のバプテスマ」で、イエスの公生涯の出発点であった。「血」は十字架上で流された「受難の血」であった。この「水と血」はイエスが人の体を持ってこの世に生まれ、人の苦しみを共に味わい、贖いの血を流された生涯を象徴していたのである。
−ヨハネ19:34‐35「しかし、兵士の一人が槍でイエスの脇腹を刺した。するとすぐ血と水とが流れ出た。それを目撃した者が証ししており、その証しは真実である。その者は、あなたがたにも信じさせるために真実を語っていることを知っている。」
・ヨハネは繰り返し聖書の言葉が実現したことを強調している。
−ヨハネ19:36‐27「これらのことが起こったのは、『その骨は一つも砕かれない』という聖書の言葉が実現するためであった。また、聖書の別の所に、『彼らは、自分たちの突き刺した者を見る』とも書いてある。」
・律法は、「過越祭のいけにえの骨を折るな」(民数記9:12)と命じている。過越祭に十字架に架けられた三人の内、イエスの足だけが折られなかったのは、過越しの小羊としてのイエスが律法の定めにあるように足を折られなかったとヨハネは信じたのである。そして、37節はゼカリヤ12:10(「私はダビデの家とエルサレムの住民に、憐れみと祈りの霊を注ぐ。彼らは、彼ら自らが刺し貫いた者である私を見つめ、独り子を失ったように嘆き、初子の死を悲しむように悲しむ」)の引用であり、イエスの死は預言の成就であったとヨハネは強調している。

3.墓に葬られる

・イエス遺体を埋葬したのは、アリマタヤのヨセフであった。彼は身分の高い議員であるが(マルコ15:43)、勇気を奮い起して、イエスの遺体を渡してほしいとピラトに願い出た。
−ヨハネ19:38「その後、イエスの弟子でありながら、ユダヤ人たちを怖れて、そのことを隠していたアリマタヤのヨセフが、イエスの遺体を取り降ろしたいと、ピラトに願い出た。ピラトが許したので、ヨセフは行って遺体を取り降ろした。」
・一緒に埋葬したのはニコデモである。彼もまた最高法院の議員でファリサイ人、律法教師であり、イエスを十字架に架けた側の人物であるが、自分の信ずることを隠すことなく、イエスを葬るため現れた。
−ヨハネ19:39‐40「そこへ、かつてある夜、イエスのもとへ来たことのあるニコデモも、没薬と沈香を混ぜた物を百リトラばかり持って来た。彼らはイエスの遺体を受け取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従い、香料を添えて亜麻布で包んだ」。
・イエスは、十字架刑に処せられた者の慣例を破り、新しい墓に葬られた。
−ヨハネ19:41‐42「イエスが十字架につけられた所には園があり、そこには、だれもまだ葬られたことのない新しい墓があった。その日はユダヤ人の準備の日であり、この墓が近かったので、そこにイエスを納めた。」
・ニコデモはヨハネ福音書のなかに3回出てくる。第1回目はヨハネ3章のニコデモ、夜にこっそりとイエスを訪ねるニコデモだ。彼は「新しく生まれ変わりなさい」とイエスに言われるがその時は理解できない。2回目はヨハネ7章のニコデモで、彼は議会でイエスを弁護するが、「あなたもイエスの仲間なのか」と問われて黙り込む。最後がこの19章、イエスを埋葬するニコデモである。3度目のニコデモは、最高法院が死刑を宣告し、ローマ軍によって処刑されたイエスの遺体を公然と埋葬している。「ユダヤ当局が死刑を宣告し、処刑された人間の遺体を引き取って埋葬する」ことは勇気のいる行為だ。議員という地位や律法の教師という名誉が剥奪される危険性があった。1回目にイエスを訪ねた時のニコデモは「自分の立場を失うのが怖くてそれ以上ついていけなかった」。2回目のニコデモもイエスの弁護をするが、まだ及び腰だ。その同じ人がこのたびは、社会的地位を失うことを恐れもせずに、イエスの遺体引き取りを行う。最初にイエスによって蒔かれた種がニコデモの中で、芽を出し、成長して、やがて実をつけた。ニコデモはやっと「新しく生まれる」ことが出来たのではないか。
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