すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  マタイによる福音書  >  2003年1月15日 マタイ16:1-12 しるしを求める信仰
1.しるしを求める人々

・4千人の給食の後、パリサイ人とサドカイ人が来て、イエスに天からのしるしを求めた(16:1)。彼等は繰り返し、しるしを求めている。今日の人々も教会にしるしを求める。
―マタイ12:38「そのとき、律法学者、パリサイ人のうちのある人々がイエスにむかって言った、『先生、私たちはあなたから、しるしを見せていただきとうございます』」。
・イエスは「ヨナのしるし、即ち十字架と復活の他には何も与えられない」と既に答えられていた。
―マタイ12:39-40「邪悪で不義な時代は、しるしを求める。預言者ヨナのしるしの他には、何のしるしも与えられないであろう。即ちヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるであろう。」
・私たちも十字架の言葉以外は伝えない。例えそれが信じるに難しく、躓きになるとしてもそれを伝え続ける。
―汽灰螢鵐2:2「私はイエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリスト以外のことは、あなたがたの間では何も知るまいと、決心したからである。」
・イエスは弟子たちにパリサイ人とサドカイ人のパン種に注意するように言われたところ、弟子たちは自分たちがパンを忘れたため、イエスが叱責されたものと誤解した。
―マタイ16:5-7「イエスは言われた、,『パリサイ人とサドカイ人とのパン種を、よくよく警戒せよ』。弟子たちは、これは自分たちがパンを持ってこなかったためであろうと言って、互に論じ合った。」
・弟子たちはパンの奇跡を目の前に見て、養われる神の業を見たのに、まだパンがないと騒いでいる。
―マタイ16:8「信仰の薄い者たちよ、なぜパンがないからだと互に論じ合っているのか。」
・これは私たちに問われていることでもある。日々恵みをいただいてもパンがないと騒いでいる。
―マタイ6:25「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。」

2.しるしを求める信仰

・イエスはバプテスマのヨハネから問い合わせがあった時に、「罪人を憐れまれる神の業をみなさい」と言われた。
―マタイ11:2-5「『来るべき方はあなたなのですか。それとも、他に誰かを待つべきでしょうか』。イエスは答えて言われた、『行って、あなたがたが見聞きしていることをヨハネに報告しなさい。盲人は見え、足なえは歩き、らい病人は清まり、耳しいは聞え、死人は生きかえり、貧しい人々は福音を聞かされている』」。
・しかし、人々は罪人を憐れまれるイエスの業をメシヤのしるしとは認めない。
―ルカ15:1-2「取税人や罪人たちが皆、イエスの話を聞こうとして近寄ってきた。するとパリサイ人や律法学者たちがつぶやいて、『この人は罪人たちを迎えて一緒に食事をしている』と言った。」
・この世のしるしは「自分が偉い、自分は救われていることを確認する」ことだ。学歴の高低、勤務先の格付け、家族の職業等の外形が区分する「しるし」になっている。そのようなしるしは神の前では何の意味も持たない。
―ルカ18:11-14「パリサイ人は立って祈った、『神よ、私は他の人たちのような貪欲な者、不正な者、姦淫をする者ではなく、この取税人のような人間でもないことを感謝します。私は一週に二度断食しており、全収入の十分の一を捧げています』。・・・神に義とされて自分の家に帰ったのは、・・・あのパリサイ人ではなかった。」
・パリサイ人は自力救済に救いを見、サドカイ人は儀式宗教の中に救いを求めた。しかし、このような「見る信仰」「見せる信仰」は何の役にも立たないとイエスは言われる。
―マタイ16:11-12「『私が言ったのは、パンについてではないことを、どうして悟らないのか。ただ、パリサイ人とサドカイ人とのパン種を警戒しなさい』。そのとき彼らは、イエスが警戒せよと言われたのは、パン種のことではなく、パリサイ人とサドカイ人との教のことであると悟った。」
・パン種で膨らました信仰はいらない。パン種を取り除きなさいとパウロは言う。
―汽灰螢鵐5:6-8「あなたがたは、少しのパン種が粉のかたまり全体をふくらませることを、知らないのか。新しい粉のかたまりになるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたは、事実パン種のない者なのだから。」
・私たちの信仰とは「生ける神」の現臨を信じる信仰である。
―競灰螢鵐1:8-10「私たちは極度に、耐えられないほど圧迫されて、生きる望みをさえ失ってしまい、心のうちで死を覚悟し、自分自身を頼みとしないで、死人をよみがえらせて下さる神を頼みとするに至った。神はこのような死の危険から、私たちを救い出して下さった、また救い出して下さるであろう。」
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