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トップ  >  マタイによる福音書  >  2002年11月13日  マタイ13:24-30、36-50  毒麦と悪い魚の例え
1.毒麦と良い麦の例え(13:24-30)

・マタイ13章では、二つの毒麦の例えが話される、最初の例えでは、世に何故悪があるのかが問題にされている。
―マタイ13:24-26「天国は、良い種を自分の畑にまいておいた人のようなものである。人々が眠っている間に敵がきて、麦の中に毒麦をまいて立ち去った。芽がはえ出て実を結ぶと、同時に毒麦もあらわれてきた。」
・パリサイ派やエッセネ派の人々は、この毒麦を抜こうとする。パリサイ派は律法を守らない人々を罪人として切り捨て、エッセネ派は世の汚れと離れて砂漠の中に自分たちだけの礼拝共同体を作った。
―マタイ13:28「『それは敵のしわざだ』。すると僕たちが言った『では行って、それを抜き集めましょうか』。」
・イエスは、パリサイ派やエッセネ派が切り捨てた罪人たち(取税人や娼婦たち)をも拒否されなかった。
―マタイ13:29-30「彼は言った、『いや、毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかも知れない。収穫まで、両方とも育つままにしておけ。収穫の時になったら、刈る者に、まず毒麦を集めて束にして焼き、麦の方は集めて倉に入れてくれ、と言いつけよう』」。

2.教会の中に何故悪が存在するのか(13:36-43)

・マタイはこの例えの解釈として、36節以下を記す。そこでの中心は、教会の中の悪である。イエスが種を播かれて、教会が成立したのに、現実の教会に中には良い麦と共に毒麦が混ざっていた。
―マタイ13:37-38「良い種をまく者は、人の子である。畑は世界である。良い種と言うのは御国の子たちで、毒麦は悪い者の子たちである。」
・教会の中に悪(毒麦)は存在する。イスカリオテのユダはイエスを裏切った。彼は悪い麦だったのか。でも、最初は純粋にイエスを慕って弟子になったのではないか。ペテロはイエスの名の故に殉教したが、十字架の時には裏切っている。彼は良い麦なのか、悪い麦なのか。
―マタイ26:3「1そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「今夜、あなたがたは皆わたしにつまずく。『わたしは羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散ってしまう』/と書いてあるからだ。」
・現実の教会の中にも、悪い麦があるかも知れない。しかし、誰が判断するのか、判断する人は良い麦なのか。人が悪い麦を抜こうとする時、人はパリサイ人になるのではないか。抜くのは神に委ねれば良いではないか。
―マタイ13:30「刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさいと、刈り取る者に言いつけよう。」
・「神は悪をも善用されるほどに、全能であり善なるかたである」とアウグスティヌスは言う。悪を変えて善を成される神に判断を委ね、自分は良い麦を目指して教会生活を続けることが信仰なのではないかと彼は言う。
―創世記50:19-20「恐れることはありません。私が神に代わることができましょうか。あなたがたは私に悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。」
・教会はどのような人をも受入れて一緒に礼拝を行う。自分の中に毒麦があることを知るから、他者を裁かない。その時、教会は天の国に近づいて行くのではないか。
―汽灰螢鵐12:14-26「体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。・・・体の中で他よりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。一つの部分が苦しめば、全ての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、全ての部分が共に喜ぶのです。」

3.良い魚と悪い魚の例え(13:47-50)

・天国の網の譬は、毒麦の譬の続きである(13:41-42と13:49-50はほぼ同じ文章である)。網を打って魚を取ったら、中に悪い魚と良い魚がいた。多くの人が教会に招かれるが、その時、良い魚も悪い魚もいる。
―マタイ13:47-48「網が湖に投げ降ろされ、いろいろな魚を集める。網がいっぱいになると、人々は岸に引き上げ、座って、良いものは器に入れ、悪いものは投げ捨てる。」
・終わりの時に良いものと悪いものが選別される。しかし、選別されるのは神であり、人が自分で選別を始めた時、私たちはサタンの業に加担するようになる。
―ルカ18:11-12「ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。』」
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