すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  マタイによる福音書  >  2002年11月6日  マタイ13:1-23  伝道と収穫
1.播いても実を結ばない種。

・イエスは伝道を畑に種を播く行為と同じだと言われる。ある種は道端に落ちて、鳥が来て食べてしまう。踏み固められた道では、種は発芽することが出来ず、鳥が来て食べる。
―マタイ13:4-19「まいているうちに、道ばたに落ちた種があった。すると、鳥がきて食べてしまった。・・・だれでも御国の言を聞いて悟らないならば、悪い者がきて、その人の心にまかれたものを奪いとって行く。道ばたにまかれたものというのは、そういう人のことである。」
・ある種は石地(表土のすぐ下が岩盤の地)に落ち、芽は出るが、根を張らないので直に枯れてしまう。
―マタイ13:5-21「ほかの種は土の薄い石地に落ちた。そこは土が深くないので、すぐ芽を出したが、日が上ると焼けて、根がないために枯れてしまった。・・・石地にまかれたものというのは、御言を聞くと、すぐに喜んで受ける人のことである。その中に根がないので、しばらく続くだけであって、御言のために困難や迫害が起ってくると、すぐつまずいてしまう。」
・ある種は茨の中に落ち、芽が出て成長するが、やがて茨がふさいでしまうので実を結ばない種のことである。
―マタイ13:7-22「ほかの種はいばらの地に落ちた。すると、いばらが伸びて、ふさいでしまった。・・・いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである。」

2.しかし、必ず実を結ぶ種はある。

・よい地に播かれた種は豊かに実を結ぶ。
―マタイ13:8-23「ほかの種は良い地に落ちて実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。・・・良い地にまかれたものとは、御言を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである」。
・パレスチナにおいては播いた種の10倍の収穫があれば豊作だ。しかし、良い地にまかれたものは30倍、60倍のもなる。神が働かれるからだ。
―申命記11:11-12「あなたがたが渡って行って取る地は、山と谷の多い地で、天から降る雨で潤っている。その地は、あなたの神、主が顧みられる所で、年の始めから年の終りまで、あなたの神、主の目が常にその上にある。」
・日本の地は「石地」であるとよく言われる。宣教150年で教会人口は1%のままだ。しかし、豊かな実を結んでいる教会もある。約束を信じて種を播き続ける時に、実りは来る。
―詩篇126:5-6「涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。」

3.「あなた方」と「あの人たち」と

・イエスは弟子たちには神の国のことを直接話されるが、群衆には例えで話される。
―マタイ13:11-13「あなたがたには、天国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていない。おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。だから、彼らには譬で語るのである。それは彼らが、見ても見ず、聞いても聞かず、また悟らないからである。」
・イエスはあなた方(弟子たち)にあの人たち(群衆)への宣教を委ねられた。教会の第一の使命は伝道である。
―ローマ11:2-5「聖書がエリヤについてなんと言っているか、あなたがたは知らないのか。すなわち、彼はイスラエルを神に訴えてこう言った。『主よ、彼らはあなたの預言者たちを殺し、あなたの祭壇をこぼち、そして、私一人が取り残されたのに、彼らは私の命をも求めています』。しかし、彼に対する御告げは何であったか、『バアルにひざをかがめなかった七千人を、私のために残しておいた』。それと同じように、今の時にも、恵みの選びによって残された者がいる。」
・福音は全ての人に開かれている。だから、私たちも全ての人に伝える。その先は神の働きに委ねる。
―汽灰螢鵐3:6-7「わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである。」
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