すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  マタイによる福音書  >  2002年10月16日  マタイ11:20-30  私のもとに来なさい
1.悔改めない町(20-24節)

・イエスはガリラヤを回って宣教された。しかし、コラジンもベツサイダもカペナウムも受け入れなかった。
―マタイ11:20「イエスは、数々の力ある業がなされたのに、悔改めることをしなかった町々を、責め始められた。」
・人々はイエスの業と言葉に感嘆しながらもイエスを受け入れようとしない。
―マタイ8:16-17「夕暮になると、人々は悪霊につかれた者を大勢みもとに連れてきたので、イエスはみ言葉をもって霊どもを追い出し、病人をことごとくおいやしになった。」
・人々がイエスに求めたのは病のいやしや悪霊の追い出しであり、自分たちの罪の悔改め、魂の救いではなかった(日本でも人々はミッションスクールに子供たちを入れ、キリスト教系病院を信頼するが信仰は求めない)。
―マタイ「ああ、カペナウムよ、おまえは天にまで上げられようとでもいうのか。黄泉にまで落されるであろう。おまえの中でなされた力ある業が、もしソドムでなされたなら、その町は今日までも残っていたであろう。」
・この不信仰をどうしようか。イエスは足の塵を払い落として、その町を出て行けと言われる。
―マタイ10:14-15「もしあなたがたを迎えもせず、またあなたがたの言葉を聞きもしない人があれば、その家や町を立ち去る時に、足のちりを払い落しなさい。・・・さばきの日には、ソドム、ゴモラの地の方が、その町よりは耐えやすいであろう。」

2.私のもとに来なさい(25-30節)

・「多くのものは信じない。しかし、あなたは信じる者たちを起こしてくれました」とイエスは父に感謝された。
―マタイ11:25-26「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。父よ、これはまことにみこころにかなった事でした。」
・信じた者たちは世の知者や賢いものではなく、幼な子のような小さい者たちであった。
―汽灰螢鵐1:26-28「兄弟たちよ。あなたがたが召された時のことを考えてみるがよい。人間的には、知恵のある者が多くはなく、権力のある者も多くはなく、身分の高い者も多くはいない。・・・神は知者を辱めるために、この世の愚かな者を選び、強い者を辱めるために、この世の弱い者を選び、有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれたのである。」
・自分たちが無きに等しいことを知る、自分にも他人にも頼ることの出来ない貧しい人々は幸いなのである。
―マタイ5:3「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。」
・賢い者たちは自らモーセの座につき、人々の前で天国の門を閉ざす。教会も律法を求める時、このようになる。
―マタイ23:2-13「律法学者とパリサイ人とは、モーセの座にすわっている。・・・あなたがたは、天国を閉ざして人々をはいらせない。自分も入らないし、入ろうとする人を入らせもしない。」
・そして人々の肩に負うことの出来ないほどのくびき(律法)を負わせる。
―マタイ23:4「重い荷物を括って人々の肩にのせるが、動かすために、自分では指一本も貸そうとはしない。」
・それはペテロやパウロでさえも負うことの出来ないほどのくびきであった。
―使徒15:10-11「今我われの先祖も我われ自身も、負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの首にかけて、神を試みるのか。・・・主イエスのめぐみによって、我われは救われるのだと信じるが、彼らとても同様である」。
・イエスは言われる「だから私の元に来なさい。私のくびきは負いやすく、荷は軽い」。
―マタイ11:28-30「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。・・・わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。
・イエスは柔和で謙遜である。どのような過ちをもイエスは責めない。赦されることで人は変らざるを得ない。律法ではなく愛が私たちに行為を起こす。
―ヨハネ8:10-11「イエスは身を起して女に言われた、『女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか』。女は言った、『主よ、だれもございません』。イエスは言われた、『私もあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように』」。
・罪に泣き、悔改め、赦された者は、もう旧い自分のままでいることが出来ない。それが私たちのバプテスマだ。
―ルカ7:47-48「この女は多く愛したから、その多くの罪はゆるされているのである。少しだけゆるされた者は、少しだけしか愛さない」。そして女に、『あなたの罪はゆるされた』といわれた。」
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