すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  マタイによる福音書  >  2002年9月11日  マタイ9:9-17  罪人の招き
1.マタイの召命(罪人の招き)

・イエスはマタイが収税所に座っているのを見て、弟子として招かれ、マタイはすぐに従った。
―マタイ9:9「さてイエスはそこから進んで行かれ、マタイという人が収税所にすわっているのを見て、『わたしに従ってきなさい』と言われた。すると彼は立ちあがって、イエスに従った。」
・マタイは取税人であった。パリサイ人や律法学者には、取税人を弟子にすることは考えられないことだった。
―取税人は占領者ローマのために税を徴収代行するものであり、異邦人の下働きをする汚れたものとみなされた。
―定額をローマに納め、超過分が自分たちの取り分であった為、強欲に取り立て、民衆からは嫌われていた。
・マタイはイエスを食事に招いた。その席には大勢の取税人や罪人が共に連なった。パリサイ人には律法の教師(ラビ)が取税人たちと食事を共にすることは信じられないことであった。
―マタイ9:11「パリサイ人たちはこれを見て、弟子たちに言った、『なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人などと食事を共にするのか』」
・キリスト者になった者達でさえ、異邦人と食事を共にすることをためらう人たちは多かった。
―使徒11:1-3「異邦人たちも神の言を受けいれたということが、使徒たちやユダヤにいる兄弟たちに聞えてきた。そこでペテロがエルサレムに上ったとき、割礼を重んじる者たちが彼をとがめて言った、『あなたは、割礼のない人たちのところに行って、食事を共にしたということだが』」
・そのパリサイ人に対して、イエスは「私は罪人を招く為に来た」と言われた。
―マタイ9:13『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、学んできなさい。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」
・全ての人は罪人であり、イエスは全ての人を招いている。自分を正しいとする人はこの招きに答えず、救いは彼から逃げる。
―マタイ21:31-32「よく聞きなさい。取税人や遊女は、あなたがたより先に神の国にはいる。というのは、ヨハネがあなたがたのところにきて、義の道を説いたのに、あなたがたは彼を信じなかった。ところが、取税人や遊女は彼を信じた。あなたがたはそれを見たのに、あとになっても、心をいれ変えて彼を信じようとしなかった。」

2.断食をしないイエスと弟子たち(宗教的儀式からの解放)

・ヨハネの弟子やパリサイ人は週に2日(月曜日、木曜日)断食した。しかし、イエスの弟子たちは断食しなかった。神の国が来た今は、悲しみの時ではなく、喜びの時だからである。
―マタイ9:15「婚礼の客は、花婿が一緒にいる間は、悲しんでおられようか。しかし、花婿が奪い去られる日が来る。その時には断食をするであろう。」
・神が本当に喜ばれるのは「いけにえではなく、憐れみである」。神を礼拝するとは他者を愛することなのだ。
―ホセア6:6「わたしはいつくしみを喜び、犠牲を喜ばない。燔祭よりもむしろ神を知ることを喜ぶ。」
・それなのにあなたたちは旧い律法にとらわれて、神のみ心を行おうとしていないではないか。
―マタイ9:16-17「だれも、真新しい布切れで、古い着物につぎを当てはしない。そのつぎ切れは着物を引き破り、そして、破れがもっとひどくなるから。だれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそんなことをしたら、その皮袋は張り裂け、酒は流れ出るし、皮袋もむだになる。」
・あなた方は既に新しく生まれ変ったのだから、それに相応しい新しい衣を着なさい。
―エペソ4:22-24「あなたがたは、以前の生活に属する、情欲に迷って滅び行く古き人を脱ぎ捨て、心の深みまで新たにされて、真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである。」
・教会の役割は人々を裁くことではなく招くことである。そのために私たちも必要な時には断食する。
―汽灰螢鵐9:25-27「すべて競技をする者は、何ごとにも節制をする。・・・そこで、わたしは目標のはっきりしないような走り方をせず、空を打つような拳闘はしない。すなわち、自分の身体を打ちたたいて服従させるのである。そうしないと、ほかの人に宣べ伝えておきながら、自分は失格者になるかも知れない。」
・パリサイ人やヨハネの弟子たちは自分たちの救いのために、汚れから遠ざかり身を清く保った。しかし、キリスト者は人々を神の国に招く為に断食をする。パウロはそのためには自分が呪われてもかまわないとさえ言う。
―ローマ9:3「わたしの兄弟、肉による同族のためなら、わたしのこの身がのろわれて、キリストから離されてもいとわない。」
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