すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  マタイによる福音書  >  2002年8月21日  マタイ8:18-27  イエスに従うこと
1.弟子であること(18-22節)

・一人の律法学者がイエスに従いたいと申し出たが、イエスはこれを拒否された。
―マタイ8:19-20「ひとりの律法学者が近づいてきて言った、『先生、あなたがおいでになる所なら、どこへでも従ってまいります』。イエスはその人に言われた、『きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子にはまくらする所がない』」
・イエスに従うとはイエスの十字架を共に負うことだ。評判を聞いて従おうと決意した律法学者も一度砕かれなければ従えない。ペテロが弟子として従い始めたのはイエスを裏切った時からだ。
―マタイ26:33-35「ペテロはイエスに答えて言った、『たとい、みんなの者があなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません』。イエスは言われた、『よくあなたに言っておく。今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないというだろう』。ペテロは言った、『たといあなたと一緒に死なねばならなくなっても、あなたを知らないなどとは、決して申しません』。弟子たちもみな同じように言った。」
・「まず、父を葬りに行かせて欲しい」という願いも拒否された。私たちも理由をつけて従うことを拒否する。
―ルカ14:16-20「ある人が盛大な晩餐会を催して、大ぜいの人を招いた。・・・ところが、みんな一様に断りはじめた。最初の人は、『わたしは土地を買いましたので、行って見なければなりません。どうぞ、おゆるしください』と言った。ほかの人は、『わたしは五対の牛を買いましたので、それをしらべに行くところです。どうぞ、おゆるしください』、もうひとりの人は、『わたしは妻をめとりましたので、参ることができません』と言った。」

2.嵐の中で(23-27節)

・向こう岸に行こうとのイエスの言葉を受けて湖に漕ぎ出した弟子たちに嵐が襲ってきた。イエスに従うとは、向こう岸に渡る行為だ。岸にいれば安全なのに水の上に漕ぎ出そうとするから嵐に遭う。
―マルコ4:35-37「イエスは弟子たちに、『向こう岸へ渡ろう』と言われた。そこで、彼らは群衆をあとに残し、イエスが舟に乗っておられるまま、乗り出した。・・・すると、激しい突風が起り、波が舟の中に打ち込んできて、舟に満ちそうになった。」
・弟子たちは「主よ、助けて下さい。溺れて死にそうです」と叫ぶ。私たちはイエスがいても信じきることが出来ない。その信仰の薄い私たちに神の救済が臨む。向こう岸に行こうとしない者は神と出会うことがない。
―マタイ8:26-27「イエスは彼らに言われた、『なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちよ』。それから起きあがって、風と海とをおしかりになると、大なぎになった。彼らは驚いて言った、『このかたはどういう人なのだろう。風も海も従わせるとは』」
・この嵐を経験し、嵐の中で風と海を支配される神の力を見ることによって、私たちは育てられて行く。
―マタイ14:28-31「ペテロが答えて言った、『主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください』。イエスは、『おいでなさい』と言われたので、ペテロは舟からおり、水の上を歩いてイエスのところへ行った。しかし、風を見て恐ろしくなり、そしておぼれかけたので、彼は叫んで、『主よ、お助けください』と言った。」
・しかし、そのペテロでさえ、またイエスを裏切る。人は砕かれ続けなければ弟子であり続けることは出来ない。
―ルカ22:60-62「ペテロは言った、『あなたの言っていることは、わたしにわからない』。すると、彼がまだ言い終らぬうちに、たちまち、鶏が鳴いた。主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、『きょう、鶏がなく前に、三度わたしを知らないと言うであろう』と言われた主のお言葉を思い出した。そして外へ出て、激しく泣いた。」
・弟子になったものはもう今までと同じ生活を続けることは出来ない。弟子になるとはそういうことである。
―ルカ14:26「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない。」
・何故そこまでして弟子になるのか。それは倒れて死にそうな私たちを介抱してくれたのがイエスだからである。
―ルカ10:30-34「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。・・・ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。」
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