すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  マタイによる福音書  >  2002年7月3日 マタイ6:9-15 主の祈り
1.天にまします我等の父よ

・神が「父」と呼びかけられている。
―神を父と呼ぶことによって、神と人との縦の関係が父と子として整えられ、人と人との横の関係も兄弟姉妹として整えられる。その時、祈りは私たちの祈りになる。
・その父は全てのものの父である。故に、全ての人が私の兄弟姉妹になる。
―マタイ5:44-46「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか。」

2.神についての三つの祈り(9-10節)

・「御名が崇められますように」―あなたの民に相応しいものにならせたまえ。
―エゼキエル36:23-24「わたしは、お前たちが国々で汚したため、彼らの間で汚されたわが大いなる名を聖なるものとする。わたしが彼らの目の前で、お前たちを通して聖なるものとされるとき、諸国民は、わたしが主であることを知るようになる」。
・「御国が来ますように」―イエスが来られたことにより、神の国は既に始まっていると聖書は言う。
―ルカ7:22「行って、見聞きしたことをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。」
・「御心が地にもなりますように」―その神の国の完成を祈れ。
―ヨハネ黙示録21:1-4「わたしはまた、新しい天と新しい地を見た。・・・見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」

3.人間についての三つの祈り(11-13節)

・「私たちの日ごとの食物を今日お与え下さい」―父が養って下さるから委ねて生きよ。
―マタイ6:25「何を食べようか、何を飲もうかと、思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。」
・「私たちに負債の有るものを許しますから、わたし達の罪をも赦してください」。
―マタイ6:14-15「あなたがたが、人々のあやまちをゆるすならば、あなたがたの天の父も、あなたがたをゆるして下さるであろう。もし人をゆるさないならば、あなたがたの父も、あなたがたのあやまちをゆるして下さらないであろう。」
・「試みにあわせず、悪より救いたまえ」―私たちの中にある罪、不信仰からの清めを祈る。
―ヤコブ1:14-15「人はそれぞれ、自分自身の欲望に引かれ、唆されて、誘惑に陥るのです。そして、欲望ははらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます。」

4.先在する神の恵みへの応答としての祈り

・私たちの日毎の必要は願う前からかなえられ、先行する父の恵みへの感謝が神の国を求めさせる。後半の三つの祈りが前半の三つの祈りを導く。
―日毎の食物を求める時、「あなたたちに必要なものは知っている」と父は言われる。
―罪の許しを求める時、「あなたたちは既に許されている」と父は言われる。
―試みからの解放を祈る時、「あなたたちは私の子、私に委ねよ」と父は言われる。
・従って主の祈りは先在する神の恵みへの感謝である。
―イザヤ65:1「わたしに尋ねようとしない者にも/わたしは、尋ね出される者となり/わたしを求めようとしない者にも/見いだされる者となった。わたしの名を呼ばない民にも/わたしはここにいる、ここにいると言った。」
・主の祈りは祈られる方が死なれ、復活されることにより、完成されている。キリストは兄弟のために死なれた。このことだけが、私たちに主の祈りを祈る力を与え、行為を可能にする。
―兄弟のあるものは、私たちを憎んで殺そうとするが、キリストは彼らのためにも死なれた。
―兄弟のあるものは、パンがなくて死につつあるが、キリストは彼らのためにも死なれた。
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