すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  マタイによる福音書  >  2002年6月5日  マタイ5:21-26  殺してはならない
1.モーセは「殺してはならない」と命じた。

・殺すなという律法はレビ記にある。
―レビ記24:17-18「人を打ち殺した者はだれであっても、必ず死刑に処せられる。家畜を打ち殺す者は、その償いをする。命には命をもって償う。」
・人を殺すとは何か、イエスは外面以上のものを要求される。
―マタイ5:21-22「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。」

2.イエスは言われた「憎しみをもって怒ることは人を殺すことである」。

・兄弟に対する怒り、自分は正しいと考える為の兄弟との不和が人を殺させる。
―創世記4:6-8「主はカインに言われた。『どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない。』カインが弟アベルに言葉をかけ、二人が野原に着いたとき、カインは弟アベルを襲って殺した。」
・「殺してはならない」という戒めは「憎んではならない」から始まる。
―レビ 19:17-18「心の中で兄弟を憎んではならない。同胞を率直に戒めなさい。そうすれば彼の罪を負うことはない。復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。」

3.兄弟と和解しなさい。

・兄弟と和解するまでは教会の礼拝にも来るなと言われている。
―マタイ5:23-24「だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。」
・自分が正しいかどうかは問題ではない。兄弟との間に不和があることが問題なのである。
―マタイ5:25-26「あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれるにちがいない。はっきり言っておく。最後の一クァドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない。」

4.今はまだ恵みの時ではないか

・D.ボンヘッファー「キリストに従う」
―「今はまだ恵みの時である。何故なら、なお我々には一人の兄弟が与えられており、なお我々は一緒に道を行くからである。我々の前には裁判がある。なお我々は兄弟の願いに答えることができるし、なお我々がその負債を払うことは可能である。やがて我々が裁判官の手に渡される時がくる。その時ではもう遅すぎるし、そうなれば最期の負債に到るまで法と罰が適用されるのである。イエスの弟子にとって、兄弟は律法とならずに恵みとされていることを理解しているだろうか。兄弟の意を迎えることが許され、兄弟が自分の権利を主張するのを許すことは恵みである。我々が兄弟と和解することができるのは恵みである。兄弟は審きの前の恵みである。」
・私たちは兄弟と和解することが許されている。これを恵みとして受けるものこそ、イエスの十字架を知るものだ、イエスは私たちが憎むその兄弟の為にも死なれたのだから。
―エペソ2:14-16「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。」
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