すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.神の国と地の国

・ヨシュアはエリコ攻略のために、二人の斥候を派遣する。二人は遊女の家に入り、エリコの様子を探った。エリコの王は二人を怪しみ、追跡し始める。王は人を遣わして、遊女ラハブに二人を出せと命じる。
−ヨシュア記2:1-2「ヌンの子ヨシュアは二人の斥候をシティムからひそかに送り出し『行って、エリコとその周辺を探れ』と命じた。二人は行って、ラハブという遊女の家に入り、そこに泊まった。・・・エリコの王に『今夜、イスラエルの何者かがこの辺りを探るために忍び込んで来ました』と告げる者があったので、王は人を遣わしてラハブに命じた『お前のところに来て、家に入り込んだ者を引き渡せ。彼らはこの辺りを探りに来たのだ』」。
・ラハブは王の使者にうそをつき、二人をかくまう。
−ヨシュア記2:4-7「女は、急いで二人をかくまい、こう答えた。『確かに、その人たちは私のところに来ましたが、私はその人たちがどこから来たのか知りませんでした。日が暮れて城門が閉まるころ、その人たちは出て行きましたが、どこへ行ったのか分かりません。急いで追いかけたら、あるいは追いつけるかもしれません』。彼女は二人を屋上に連れて行き、そこに積んであった亜麻の束の中に隠した」。
・ラハブは敵をかくまった。イスラエルのためになされた業を見て、神は彼らと共におられると信じたからだ。
−ヨシュア記2:9-11「主がこの土地をあなたたちに与えられたこと、またそのことで、私たちが恐怖に襲われ、この辺りの住民は皆、おじけづいていることを、私は知っています。あなたたちがエジプトを出た時、あなたたちのために、主が葦の海の水を干上がらせたことや、あなたたちがヨルダン川の向こうのアモリ人の二人の王に対してしたこと、すなわち、シホンとオグを滅ぼし尽くしたことを、私たちは聞いています。それを聞いた時、私たちの心は挫け、もはやあなたたちに立ち向かおうとする者は一人もおりません。あなたたちの神、主こそ、上は天、下は地に至るまで神であられるからです」。
・ラハブは祖国を裏切り、敵を助けた。自己の属する共同体が間違い犯した時、私たちはどうするのか。ボンヘッファーはナチスが悪魔の業を行い始めた時、祖国の敗戦を祈った。私たちの祖国は天であり、この地ではない。
−ピリピ3:19-20「彼らの行き着くところは滅びです。彼らは腹を神とし、恥ずべきものを誇りとし、この世のことしか考えていません。しかし、私たちの本国は天にあります」。

2.神の業に参加する

・ラハブは二人を城壁から逃がした。二人はエリコ占領の折には、ラハブと一族の命を助ける事を約束した。
−ヨシュア記2:14-15「二人は彼女に答えた『あなたたちのために、我々の命をかけよう。もし、我々のことをだれにも漏らさないなら、主がこの土地を我々に与えられる時、あなたに誠意と真実を示そう』。ラハブは二人を窓から綱でつり降ろした」。
・この行為を通して、ラハブとその家族の命は救われた。
-ヨシュア記6:22-25「ヨシュアは、土地を探った二人の斥候に、『あの遊女の家に行って、あなたたちが誓った通り、その女と彼女に連なる者すべてをそこから連れ出せ』と命じた。斥候の若者たちは行って、ラハブとその父母、兄弟、彼女に連なる者すべてを連れ出し、彼女の親族をすべて連れ出してイスラエルの宿営のそばに避難させた。彼らはその後、町とその中のすべてのものを焼き払い、金、銀、銅器、鉄器だけを主の宝物倉に納めた。遊女ラハブとその一族、彼女に連なる者はすべて、ヨシュアが生かしておいたので、イスラエルの中に住んで今日に至っている。エリコを探る斥候としてヨシュアが派遣した使者を、彼女がかくまったからである。」
・彼女はその後、イスラエルの武将と結婚し、子を設け、その子がやがてキリストの系図につながるものとなる。神の業は卑しい娼婦を通して実現された。旧約聖書は人間の罪を隠さない。父祖アブラハムは命と引き換えに妻サラをエジプト王に売ろうとしたし、その孫ヤコブは父に嘘をついて家督を詐取した。偉大な王ダビデは姦淫者だった。人間は罪を犯さざるを得ない存在であることを聖書は認め、その罪びとの良い業を通して神の栄光が現されることを示す。この事実を隠さずに記述するマタイはまさに使徒であった。
−マタイ1:5-6「サルモンはラハブによってボアズを、ボアズはルツによってオベドを、オベドはエッサイを、エッサイはダビデ王をもうけた。ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけた」。
・神の業は人を通してなされる。出エジプトはモーセを通してなされ、受肉はヨセフとマリアを通してなされた。マリアやヨセフが拒絶すれば、受肉はこのような形では、為されなかっただろう。
−ルカ1:38「マリアは言った。『私は主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように』」。
・人が神の業に信頼すればそれはなり、信頼しない時にはならない。40年前にモーセは斥候を派遣し、敵地を探らせたが、斥候が敵に怯えて報告し、民は侵攻をためらい、為に40年の荒野の旅が強いられた歴史があった。
−民数記13:25-14:10「四十日の後、彼らは土地の偵察から帰って来た・・・『土地の住民は強く、町という町は城壁に囲まれ、大層大きく、しかもアナク人の子孫さえ見かけました』・・・土地を偵察して来た者のうち、ヌンの子ヨシュアとエフネの子カレブは、衣を引き裂き、イスラエルの人々の共同体全体に訴えた。『あなたたちは、そこの住民を恐れてはならない。彼らは我々の餌食にすぎない。彼らを守るものは離れ去り、主が我々と共におられる。彼らを恐れてはならない』。しかし、共同体全体は、彼らを石で打ち殺せと言った」。
・今回はその斥候に加わった一人であったヨシュアが指導者となっている。今回の斥候は前回の反省を含めて、十分に視察を行い、その結果、「敵は我々を恐れている」という確信の下に事が為される。イスラエルは侵攻の準備を始める。
−ヨシュア記2:23-24「二人は帰途につき、山を下り、川を渡って、ヌンの子ヨシュアのもとに戻り、自分たちが経験したことを一部始終報告して、こう言った。『主は、あの土地をことごとく、我々の手に渡されました。土地の住民は皆、我々のことでおじけづいています』」。

3.新約聖書はラハブを高く評価する

・新約ヘブル書はラハブの行為を高く評価する。
−へブル11:30-31「信仰によって、エリコの城壁は、人々が周りを七日間回った後、崩れ落ちました。信仰によって、娼婦ラハブは、様子を探りに来た者たちを穏やかに迎え入れたために、不従順な者たちと一緒に殺されなくて済みました。」
・またヤコブ書もラハブの信仰を評価する。
−ヤコブ2:24-25「これであなたがたも分かるように、人は行いによって義とされるのであって、信仰だけによるのではありません。同様に、娼婦ラハブも、あの使いの者たちを家に迎え入れ、別の道から送り出してやるという行いによって、義とされたではありませんか。」
・新約記者たちはラハブが娼婦であることに違和感を持たなかった。なぜなら、イエスが来られた時、イエスに従ったのは娼婦や徴税人だけであった。
−マタイ21:31-32「イエスは言われた。『はっきり言っておく。徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは彼を信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ。あなたたちはそれを見ても、後で考え直して彼を信じようとしなかった。』」
・なぜ娼婦や徴税人はイエスに従ったのであろうか。それは彼らがその職業を通して自分が罪びとであることを知っており、それにもかかわらずイエスが彼らを受け入れたからである。
−ルカ7:36-47「あるファリサイ派の人が、一緒に食事をしてほしいと願ったので、イエスはその家に入って食事の席に着かれた。この町に一人の罪深い女がいた。イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。イエスを招待したファリサイ派の人はこれを見て、『この人がもし預言者なら、自分に触れている女がだれで、どんな人か分かるはずだ。罪深い女なのに』と思った・・・(イエスは言われた)『この人が多くの罪を赦されたことは、私に示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。』」
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