1.過去の旅の想起

・約束の地への侵攻を前に、モーセはエジプトから導かれてきた過去の旅を想起する。
−民数記33:1-2「モーセとアロンに導かれて、部隊ごとに、エジプトの国を出たイスラエルの人々は、次のような旅程をたどった。モーセは主の命令により、出発した地点を旅程に従って書き留めた。出発した地点によれば、旅程は次のとおりである」。
・40年間の歴史は、神が導かれた恵みの歴史であった。
−詩篇105:37-44「主は雲を広げて覆いとし、火をもって夜を照らされた。民が求めると、主はうずらをもたらし天のパンをもって彼らを満足させられた。主が岩を開かれると、水がほとばしり大河となって、乾いた地を流れた。・・・主は、御自分の民を喜びのうちに、選ばれた民を歓呼のうちに、導き出された。主は彼らに諸国の土地を授け、多くの民の労苦の実りを継がせられた」。
・しかし、それは同時につぶやきの歴史であった。
−詩篇106:7-18「私たちの先祖は、エジプトで驚くべき御業に目覚めず、豊かな慈しみに心を留めず、海辺で、葦の海のほとりで反抗した。主は、御名のために彼らを救い、力強い御業を示された。・・・彼らは御言葉を信じ、賛美の歌をうたった。彼らはたちまち御業を忘れ去り、神の計らいを待たず、荒れ野で欲望を燃やし、砂漠で神を試みた。・・・彼らは宿営でモーセをねたみ、主の聖なる人アロンをねたんだ。・・・彼らはホレブで子牛の像を造り、鋳た像に向かってひれ伏した。・・・彼らはバアル・ペオルを慕い、死者にささげた供え物を食べた。この行いは主の怒りを招き、疫病が彼らの間に広がった」。
・民のつぶやきを超えて主は民を導かれた。教会の歴史もそうであろう。感謝した民はやがて自分の欲するままに振舞う。そして災いを招き、悔い改める。その歴史を通して神に感謝できる人生を送りたい。
−申命記2:7「あなたの神、主は、あなたの手の業をすべて祝福し、この広大な荒れ野の旅路を守り、この四十年の間、あなたの神、主はあなたと共におられたので、あなたは何一つ不足しなかった」。
・民数記33章は、イスラエルがエジプトのラメセスを出てから、モアブの草原に到着するまでに宿営した40カ所の旅程が、振り返られている。40年に渡る旅の軌跡であり、出エジプト12-17章と民数記10-21章の要約になっている。ここで私たちが理解すべきことは、本来ならば2週間で移動可能な場所を40年かかったということであり、40年はかかったがやり遂げたということではないだろうか。私たちも、人生においても紆余曲折を繰り返しながら、それでも前に進んでいく。

2.新しい地への旅立ちの前に

・約束の地に入る前、ヨルダン川を前に、主はモーセを呼んで、最後の戒めを与えられる。
−民数記33:50-52「ヨルダン川を渡って、カナンの土地に入るときは、あなたたちの前から、その土地の住民をすべて追い払い、すべての石像と鋳像を粉砕し、異教の祭壇をことごとく破壊しなさい」。
・全ての異邦人を追い出せ。そうしないと、彼らはあなた方に対するとげとなるであろうと戒められる。
−民数記33:55-56「もし、その土地の住民をあなたたちの前から追い払わないならば、残しておいた者たちは、あなたたちの目に突き刺さるとげ、脇腹に刺さる茨となって、あなたたちが住む土地であなたたちを悩ますであろう。 私は、彼らにしようと思ったとおりに、あなたたちに対して行うであろう」。
・イスラエルは武力で先住民を制圧するが、やがて彼らの退廃的文化はイスラエルを飲み込んでしまう。
−士師記3:5-6「イスラエルの人々はカナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の中に住んで、彼らの娘を妻に迎え、自分たちの娘を彼らの息子に嫁がせ、彼らの神々に仕えた」。
・詩篇106編はこれをイスラエルの堕落と理解した。
−詩篇106:34-36「主が命じられたにもかかわらず、彼らは諸国の民を滅ぼさず、諸国の民と混じり合い、その行いに倣い、その偶像に仕え、自分自身を罠に落とした」。
・ゆえに申命記も同じ警告を繰り返す。
−申命記7:2-6「あなたの意のままにあしらわさせ、あなたが彼らを撃つ時は、彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らと協定を結んではならず、彼らを憐れんではならない。彼らと縁組みをし、あなたの娘をその息子に嫁がせたり、娘をあなたの息子の嫁に迎えたりしてはならない。あなたの息子を引き離して私に背かせ、彼らはついに他の神々に仕えるようになり、主の怒りがあなたたちに対して燃え、主はあなたを速やかに滅ぼされるからである。あなたのなすべきことは、彼らの祭壇を倒し、石柱を砕き、アシェラの像を粉々にし、偶像を火で焼き払うことである。あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。」

3.同化することの危険性

・私たちが世と同化する時、私たちは世に飲み込まれてしまう。パウロがコリント教会に書き送ったのは「私たちは神によって買い取られた存在であり、世に属さない」という事実である。
−汽灰6:12-20「私には、すべてのことが許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない。私には、すべてのことが許されている。・・・知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい」。
・約束の地は地上にはない。そのことをわきまえて、世に飲み込まれない地上の生活をすべきだ。
−汽茱2:15-17「世も世にあるものも、愛してはいけません。世を愛する人がいれば、御父への愛はその人の内にありません。なぜなら、すべて世にあるもの、肉の欲、目の欲、生活のおごりは、御父から出ないで、世から出るからです。世も世にある欲も、過ぎ去って行きます。しかし、神の御心を行う人は永遠に生き続けます」。
・ペテロが勧めているのもそうだ。この世は邪悪であり、巻き込まれてはいけない。
−使徒2:40-42「ペトロは、このほかにもいろいろ話をして、力強く証しをし、『邪悪なこの時代から救われなさい』と勧めていた。ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。」
・米国の神学者ハワワースは「旅する神の民」と言う本を出した。英文題名「Resident Aliens: Life in the Christian Colony」は直訳すると「寄留する異邦人」だ。アメリカにおいては、世と教会が一体化し、アメリカを愛することとキリスト教信仰が同じことであるかのような状況があり、そこではナショナリズムと信仰が結びつき、世の憎しみを経験することはない。その結果、世にありながら世に属さないという信仰者のリアリティはなくなってしまっている。それに対する警告の書である。
−ヨハネ15:18-19「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前に私を憎んでいたことを覚えなさい。あなたがたが世に属していたなら、世はあなたがたを身内として愛したはずである。だが、あなたがたは世に属していない。私があなたがたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである。」。