すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.男子がいない場合の相続の裁定

・カナンに置ける土地分配は、登録された人員に応じて、人口の多い部族は広い土地を、少ない部族は狭い土地の配分を受けた。また、どの地を割り振るかは、公平に分配されるように、くじで決められた。
−民数記26:53-56「これらの人々にその名の数に従って、嗣業の土地を分配しなさい。人数の多い部族には多くの、少ない部族には少しの嗣業の土地を与えなさい・・・ただし、土地はくじによって分配され、父祖以来の諸部族の名に従って継がれねばならない。 嗣業の土地は、人数の多い部族と少ない部族の間で、くじの定めるところに従って分配されねばならない」。
・力関係で配分の決まる古代においては、これは驚くべき規程だった。それでも、予想外のことが生じる。男子のいない一族の娘たちが、自分たちにも土地を配分するように求めた。
−民数記27:1-4「マナセの一族であるヘフェルの子ツェロフハドの娘たちが進み出た・・・娘たちは、臨在の幕屋の入り口にいるモーセと祭司エルアザル、指導者および共同体全体の前に立って言った。『私たちの父は荒れ野で死にましたが、主に逆らって集まった仲間、あのコラの仲間に加わりませんでした。彼は自分の罪のゆえに死に、男の子はありませんでした。男の子がないからといって、どうして父の名がその氏族の中から削られてよいでしょうか。父の兄弟たちと同じように、私たちにも所有地をください』」。
・人口調査は20歳以上の男子を数えた。当時の慣習では女性が財産を相続することは考えられなかった。モーセは判断できず、神に裁決を求めた。神は、娘たちの言い分を認められた。
−民数記27:5-7「モーセが娘たちの訴えを主の御前に持ち出すと、主はモーセに言われた『ツェロフハドの娘たちの言い分は正しい。あなたは、必ず娘たちに、その父の兄弟たちと同じように、嗣業としての所有地を与えねばならない。娘たちにその父の嗣業の土地を渡しなさい』」。
・「20歳以上の男子を数えよ」とは神の命であった。それにも関らず女子にも相続が認められる。憐れみと公平の観点から、特例措置が設けられ、規程となっていく。五人の娘たちの名はマナセ人の領土内の村と氏族の名前として残っている。戦国時代の武将・井伊直虎も女性の身で領地を継承したと伝えられている。
−民数記27:8-11「ある人が死に、男の子がないならば、その嗣業の土地を娘に渡しなさい。もし、娘もいない場合には、嗣業の土地をその人の兄弟に与えなさい・・・主がモーセに命じられたとおり、イスラエルの人々はこれを法の定めとしなさい。」
・私たちの生活と信仰は地上の出来事にしっかりと結びつく。地上の出来事を信仰で解決できなければその信仰は死んでいる。レビ記は「土地の本来の所有者は神であり、家々はその管理を神から委託されたに過ぎない」とする。家の継承者が男性であれ、女性であれ、差別はされない。
−レビ記25:23「土地を売らねばならない時にも、土地を買い戻す権利を放棄してはならない。土地は私のものであり、あなたたちは私の土地に寄留し、滞在する者にすぎない。」

2.モーセの後継者の裁定

・モーセは自分の死が迫っていることを神から告げ知らされる。彼は約束の地に入ることは出来ない。
−民数記27:12-14「主はまたモーセに言われた『このアバリム山に登り、私がイスラエルの人々に与えた土地を見渡しなさい。それを見た後、あなたもまた兄弟アロンと同じように、先祖の列に加えられるであろう。ツィンの荒れ野で共同体が争った時、あなたたちは私の命令に背き、あの水によって彼らの前に私の聖なることを示そうとしなかったからだ。』」。
・モーセは自分の死を受け入れ、ふさわしい後継者を与えてくれるように神に求めた。
−民数記27:15-17「モーセは主に言った『・・この共同体を指揮する人を任命し、彼らを率いて出陣し、彼らを率いて凱旋し、進ませ、また連れ戻す者とし、主の共同体を飼う者のいない羊の群れのようにしないでください』」。
・彼は自分の利害よりも、共同体の祝福を願った。彼は二人の息子がいたが彼らを後継者に求めなかった。
−出エジプト記18:3-4「(彼らは) 二人の息子を連れて来た。一人は、モーセが、『私は異国にいる寄留者だ』と言って、ゲルショム(寄留者)と名付け、もう一人は、『私の父の神は私の助け、ファラオの剣から私を救われた』と言って、エリエゼル(神はわが助け)と名付けた」。
・主はヨシュアを選ばれ、モーセは彼の上に手を置いた。
−民数記27:18-20「主はモーセに言われた『霊に満たされた人、ヌンの子ヨシュアを選んで、手を彼の上に置き、祭司エルアザルと共同体全体の前に立たせて、彼らの見ている前で職に任じなさい。あなたの権威を彼に分け与え、イスラエルの人々の共同体全体を彼に従わせなさい』。
・今日でも牧師任職においては、この按手が継承され、聖別を受ける。ただバプテストは他の教派ほどにはこの按手を重要視しない(按手なしでも牧師になることは可能である)。
−使徒行伝6:3-6「兄弟たち、あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を七人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。・・・使徒たちは、祈って彼らの上に手を置いた」。
・モーセは共同体の指導者としての責任を自覚していた。彼は自己の死よりも、指導者の欠如を憂えた。自己のために生きる者にとって死は絶望の壁だ。他者のために生きる者は死を乗り越えることが出来る。
−マタイ16:24-25「私について来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、私に従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、私のために命を失う者は、それを得る」。

3.再度、聖書の記述と歴史の意味を考える

・40年間民を率いてきたモーセは死に、その使命はヨシュアに継承された。ヨシュアは約束の成就の時が来た旨を知らされる。共同体は個人の死を乗り越えて、前進する。
−ヨシュア記1:2-4「私の僕モーセは死んだ。今、あなたはこの民すべてと共に立ってヨルダン川を渡り、私がイスラエルの人々に与えようとしている土地に行きなさい。モーセに告げた通り、私はあなたたちの足の裏が踏む所をすべてあなたたちに与える。荒れ野からレバノン山を越え、あの大河ユーフラテスまで、ヘト人の全地を含み、太陽の沈む大海に至るまでが、あなたたちの領土となる」。
・約束の地に入ることは戦うことだ。ヨシュアは民に戦いの準備をさせるように命じられ、ヨシュア記6章はエリコの陥落を伝える。民が町を七たび回り、鬨の声を上げると、城壁は崩れた。
−ヨシュア記6:20「角笛が鳴り渡ると、民は鬨の声をあげた。民が角笛の音を聞いて、一斉に鬨の声をあげると、城壁が崩れ落ち、民はそれぞれ、その場から町に突入し、この町を占領した」。
・ヨシュア記にはさらに不思議な出来事が記録されている。ヨシュアが敵を追いつめるために、「日よ、落ちるな」と祈ったら、日は留まり、月も動かなかったという。
−ヨシュア記10:12-14「主がアモリ人をイスラエルの人々に渡された日、ヨシュアはイスラエルの人々の見ている前で主をたたえて言った『日よ、留まれギブオンの上に、月よ、留まれアヤロンの谷に』。日は留まり、月は動きをやめた、民が敵を打ち破るまで。・・・日はまる一日、中天に留まり、急いで傾こうとしなかった。主がこの日のように人の訴えを聞き届けられたことは、後にも先にもなかった」。
・戦いに勝利し、ヨシュアはカナン主要部を制圧する。ヨシュア記は主が戦われたと讃美する。しかし歴史学者は「ヨシュアの戦いは後代の人々が理想化して描いた」と語る。士師記1章が私たちに教えるのは、エルサレムやヘブロンがイスラエルの支配下に入ったのは、ヨシュアの死後であったことである。
−士師記1:1-10「ヨシュアの死後、イスラエルの人々は主に問うて言った『私たちのうち、誰が最初に上って行って、カナン人を攻撃すべきでしょうか』。主は『ユダが上れ。見よ、私はその地をユダの手に渡す』と言われた。・・・ユダの人々はエルサレムを攻撃し、剣をもってこれを占領、町には火を放った。その後、ユダの人々は下って行って・・・ヘブロンに住むカナン人をも攻めた」。
・イスラエルのカナン占領は数百年をかけて為されたと歴史的には見られている。ヨシュア記は申命記記者(祭司)によって書かれた信仰の書だ。ヨシュアが太陽や月に命じたら、彼らの運行が留まったという記事も誇張表現である。この記事を基に地動説を否定した教会の過ちの歴史を繰り返してはいけない。
−16世紀にコペルニクスが天動説を否定して地動説を唱えた時、マルテイン・ルターは言った「このばか者は天文学全体をひっくり返そうとしている。ヨシュアが留まれといったのは、太陽に対してであって、地球に対してではない」。このルターの主張はガリレオの宗教裁判でも援用され、有罪の根拠とされた。教会が誤りを認めたのは1992年であった。
・ヨシュア記10章では住民全部を殺したとある(聖絶)。しかし、ヨシュア記23章はそうではなく、民が先住民族と混在して暮らした事実を裏付ける。聖書は字義通りに解釈すべきものではなく、歴史や時代の文脈の中で、読んでいくべきだ。
−ヨシュア記23:12-13「あなたたちが背いて離れ去り、あなたたちのうちに残っているこれらの国民となれ親しんで、婚姻関係を結び、向こうに行ったり、こちらに迎えたりするなら、あなたたちの神、主がもはや、これらの国民を追い払われないことを覚悟しなさい。彼らはあなたたちの罠となり、落とし穴となり、脇腹を打つ鞭、目に突き刺さるとげとなり、あなたたちは、あなたたちの神、主が与えられたこの良い土地から滅びうせる」。
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