すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  民数記(二巡目)  >  2017年7月6日祈祷会(民数記20章、メリバの泉)


1.メリバの泉

・38年間の荒野の放浪の後、民は再びツインの荒れ野に入った。再び、約束の地に入る準備が整った。しかし、そこで新しい争いが起こった。今度も水の不足が引き金になった。
−民数記20:1-2「イスラエルの人々、その共同体全体は、第一の月にツィンの荒れ野に入った。そして、民はカデシュに滞在した。ミリアムはそこで死に、その地に埋葬された。さて、そこには共同体に飲ませる水がなかったので、彼らは徒党を組んで、モーセとアロンに逆らった。」
・同じ物語が出エジプト記17:1-7にも語られていく。何度も水をめぐる争いがあったのかもしれない。しかしこのたびは、旧世代は死に、新しい世代が育った後である。新しい世代もまた、その父祖と同じ反逆の民であり、不足があればつぶやく存在だった。彼らには未来に立ち向かう勇気も神に対する信頼もない。
−民数記20:3-5「何故、こんな荒れ野に主の会衆を引き入れたのです。我々と家畜をここで死なせるためですか。何故、我々をエジプトから導き上らせて、こんなひどい所に引き入れたのです。ここには種を蒔く土地も、いちじくも、ぶどうも、ざくろも、飲み水さえもないではありませんか」。
・しかし、主は民の要求を当然と認められ、「水を与えよ」とモーセに命じられた。
−民数記20:6-8「主はモーセに仰せになった『あなたは杖を取り、兄弟アロンと共に共同体を集め、彼らの目の前で岩に向かって、水を出せと命じなさい。あなたはその岩から彼らのために水を出し、共同体と家畜に水を飲ませるがよい』」
・今度、神に対して反逆したのはモーセであった。「何故、このような民に水を飲ませねばならないのか」、彼は腹立ち紛れに民を反逆者と呼び、怒りに任せて杖で岩を二度もたたいた。
−民数記20:9-11「モーセとアロンは会衆を岩の前に集めて言った『反逆する者らよ、聞け。この岩からあなたたちのために水を出さねばならないのか』。モーセが手を上げ、その杖で岩を二度打つと、水がほとばしり出たので、共同体も家畜も飲んだ」。
・民は水を飲むことが出来たが、民が見たのはモーセの怒りであり、主の栄光ではなかった。モーセは自分の怒りのため、神の命をないがしろにした。モーセは罪のため、約束の地に入ることを神に禁ぜられる。
−民数記20:12-13「主はモーセとアロンに向かって言われた『あなたたちは私を信じることをせず、イスラエルの人々の前に、私の聖なることを示さなかった。それゆえ、あなたたちはこの会衆を、私が彼らに与える土地に導き入れることはできない』。これがメリバ(争い)の水であって、イスラエルの人々が主と争った所であり、主が御自分の聖なることを示された所である」。

2.被造物モーセ

・モーセは約束の地に入ることを再度求めたが、神は赦されなかった。モーセもまた被造物である故に、定められた時が来れば、塵に戻る。私たちも同じだ。人は塵だから塵に帰るのだ(創世記3:19)。
−申命記3:25-27「『私にも渡って行かせ、ヨルダン川の向こうの良い土地、美しい山、またレバノン山を見せてください』・・・主は私に言われた『もうよい。この事を二度と口にしてはならない。ピスガの頂上に登り、東西南北を見渡すのだ。お前はこのヨルダン川を渡って行けないのだから、自分の目でよく見ておくがよい』」。
・モーセの姉ミリアムもこのカデシュで死に、アロンもまた死んだ。旧世代は死んでいく。
−民数記20:22-26「共同体全体はカデシュを旅立って、ホル山に着いた・・・、ここで、主はモーセとアロンに言われた。『アロンは先祖の列に加えられる。私がイスラエルの人々に与える土地に、彼は入ることができない。あなたたちがメリバの水のことで私の命令に逆らったからだ。アロンとその子エルアザルを連れてホル山に登り、アロンの衣を脱がせ、その子エルアザルに着せなさい。アロンはそこで死に、先祖の列に加えられる。」
・アロンは死んだが大祭司の役割は子のエルアザルが継承する。モーセの役割はヨシュアが継承する。新しい時代は新しい人が形成する。役割が終われば死ぬ。この世における生は、それで良いではないか。
−申命記3:28「ヨシュアを任務に就け、彼を力づけ、励ましなさい。彼はこの民の先頭に立って、お前が今見ている土地を、彼らに受け継がせるであろう。」
・自分の栄光ではなく、神の栄光を表すことこそ大事だ。パウロはこの物語をキリストの物語と見ている。
−汽灰10:1-6「私たちの先祖は皆、雲の下におり、皆、海を通り抜け、皆、雲の中、海の中で、モーセに属するものとなる洗礼を授けられ、皆、同じ霊的な食物を食べ、皆が同じ霊的な飲み物を飲みました。彼らが飲んだのは、自分たちに離れずについて来た霊的な岩からでしたが、この岩こそキリストだったのです。しかし、彼らの大部分は神の御心に適わず、荒れ野で滅ぼされてしまいました。これらの出来事は、私たちを戒める前例として起こったのです。彼らが悪をむさぼったように、私たちが悪をむさぼることのないために」。

3.メリバの泉とモーセの晩年

・申命記34章は、モーセが約束された地を目にして、モアブの地で死んだと記録する。
−申命記34:4-6「これがあなたの子孫に与えると私がアブラハム、イサク、ヤコブに誓った土地である。私はあなたがそれを自分の目で見るようにした。あなたはしかし、そこに渡って行くことはできない。主の僕モーセは、主の命令によってモアブの地で死んだ。主は、モーセをベト・ペオルの近くのモアブの地にある谷に葬られたが、今日に至るまで、だれも彼が葬られた場所を知らない」。
・モーセは苦労を重ねて、民をここまで導いてきたが、約束の地を前に、無念の中に死ぬ。何故なのだろう。申命記史家はモーセが神に対してメリバで罪を犯したから、約束の地に入れないのだと理解した。
−申命記32:51-52「あなたたちは、ツィンの荒れ野にあるカデシュのメリバの泉で、イスラエルの人々の中で私に背き、イスラエルの人々の間で私の聖なることを示さなかったからである。あなたはそれゆえ、私がイスラエルの人々に与える土地をはるかに望み見るが、そこに入ることはできない。」
・モーセは納得せず、主に抗議を申し立てている。しかし、主は拒否された。
−申命記3:26「主は、あなたたちのゆえに私に向かって憤り、祈りを聞こうとされなかった。主は私に言われた。『もうよい。この事を二度と口にしてはならない』」。
・旧約学者クラウス・ヴェスターマンは出エジプトの出来事を次にように要約した。
-「人々は苦難の中から神に叫んだ。神はその声を聞き、助け手を送った。この仲保者を通して人々は解放された。人々は賛歌と従順をその応答とした。従順は永続しなかった。人々は神を忘れてしまった。神は審判者として歩み寄り、人々に新しい苦難を与えられる」。
・多くの人生は未完の内に終わるが、それで良いのかもしれない。
-マルティン・ルーサー・キング「破れた夢」から「破れた夢を創造的に処理するわれわれの能力は、神に対するわれわれの信仰によって規定される。信仰は、時を超えて聖なる方がおられ、人生の彼方に生命があるという確信をわれわれに抱かせる。われわれは自分一人ではない、独房の中にも神はわれわれと共にいて下さる。たとえわれわれが地上の約束を受け取ることなしに死んでも、神はわれわれを天の都に連れて行ってくださるだろう」。(キング説教集「汝の敵を愛せ」から)
プリンタ用画面
友達に伝える
前
2017年6月29日祈祷会(民数記19章、死の汚れからの清め)
カテゴリートップ
民数記(二巡目)
次
2017年7月13日祈祷会(民数記21章、青銅の蛇)