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2016年12月15日祈祷会(出エジプト記19章、シナイ山での神との出会い)

1.シナイ到着

・エジプトを出た民は3ヶ月目に神の山であるシナイに到着した。ホレブ山とも呼ばれる。聖書のシナイ山の正確な場所は定かではないが、アラブ人がジェベル・ムーサー(アラビア語で「モーセ山」)と呼ぶシナイ半島南部の山(標高2,285m)に古くから比定され、アブラハムの宗教によって神聖視されている。ジェベル・ムーサーにはモーセに関わる伝承を持つ泉や岩が数多く存在し、土地の人々の信仰の対象となっている。3世紀には聖カタリナ修道院が建設された。
―出エジプト記19:1-2「イスラエルの人々は、エジプトの国を出て三月目のその日に、シナイの荒れ野に到着した。彼らはレフィディムを出発して、シナイの荒れ野に着き、荒れ野に天幕を張った。イスラエルは、そこで、山に向かって宿営した。」
・シナイは、モーセが最初に神と出会った場所であり(3:1)、エジプトを出た民はここに1年間滞在し、神の民としての訓練を受ける(出エジプト記19−40章はシナイでの記事)。このシナイで民は神と契約を結び(シナイ契約)、その条文が十戒である。
―出エジプト記19:3-5「モーセが神のもとに登って行くと、山から主は彼に語りかけて言われた。『ヤコブの家にこのように語り、イスラエルの人々に告げなさい。あなたたちは見た、私がエジプト人にしたこと、またあなたたちを鷲の翼に乗せて、私のもとに連れて来たことを。今、もし私の声に聞き従い、私の契約を守るならば、あなたたちはすべての民の間にあって、私の宝となる。世界はすべて私のものである。』
・神は「鷲の翼に乗せてあなたをここまで連れてきた」と言われた。イスラエルの民は、自分たちが神の導きの下にあることを忘れなかった。
―申命記32:10-12「主は荒れ野で彼を見いだし、獣のほえる不毛の地でこれを見つけ、これを囲い、いたわり、御自分のひとみのように守られた。鷲が巣を揺り動かし、雛の上を飛びかけり、羽を広げて捕らえ、翼に乗せて運ぶように、ただ主のみ、その民を導き、外国の神は彼と共にいなかった。」
・その目的はイスラエルを聖なる民、祭司の民とし、イスラエルを通して救いを諸民族に伝えることだった。イスラエルはそのために選ばれ、民は神の申し出に応じて契約を結ぶことを誓う。
―出エジプト記19:6-8a「あなたたちは、私にとって、祭司の王国、聖なる国民となる。これが、イスラエルの人々に語るべき言葉である。モーセは戻って、民の長老たちを呼び集め、主が命じられた言葉をすべて彼らの前で語った。民は皆、一斉に答えて、『私たちは、主が語られたことをすべて、行います』と言った。」
・この出エジプト記の記憶を、ペテロは新しいイスラエルである教会の役割と理解した。教会は他者に仕え、主の言葉を伝えるために立てられた。教会の第一の使命は宣教であり、宣教を忘れた教会は衰える。
―汽撻謄2:9「あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。」

2.神の顕現

・過越から50日目に、神は民の前に現れる。その後、イスラエルはこれを記念して、過越祭から50日目に7週の祭りを行う。それが五旬節(ペンテコステ)である。新約においてこの五旬節に聖霊が降臨し、新しいイスラエルとして教会が生まれた。
―出エジプト記19:8b-11「モーセが民の言葉を主に取り次ぐと、主はモーセに言われた。『見よ、私は濃い雲の中にあってあなたに臨む。私があなたと語るのを民が聞いて、いつまでもあなたを信じるようになるためである。』モーセは民の言葉を主に告げた。主はモーセに言われた。『民のところに行き、今日と明日、彼らを聖別し、衣服を洗わせ、三日目のために準備させなさい。三日目に、民全員の見ている前で、主はシナイ山に降られるからである。』」
・律法授与のために、三日間の清めをすることが求められた。神の前に出るために「身を清めよ」と語られている。かつて人々は最上の服を着て主日礼拝に臨んだが、今日多くの人々は普段着で礼拝に臨む。会社には背広で行き、結婚式や葬儀には礼服で臨むのに、礼拝にはカジュアルな服装で臨んでも良いのか。神の前に出る緊張感が欠けていると思える。「神と会うために身を清める」、もう一度考えるべき時だ。
−マラキ1:8「あなたたちが目のつぶれた動物をいけにえとしてささげても、悪ではないのか。足が傷ついたり、病気である動物をささげても悪ではないのか。それを総督に献上してみよ。彼はあなたを喜び、受け入れるだろうかと万軍の主は言われる。」
・神はモーセを通して民に語られた。ここに仲保者(預言者)の役割がある。
−出エジプト記19:12-13「民のために周囲に境を設けて、命じなさい。『山に登らぬよう、また、その境界に触れぬよう注意せよ。山に触れる者は必ず死刑に処せられる。その人に手を触れずに、石で打ち殺すか、矢で射殺さねばならない。獣であれ、人であれ、生かしておいてはならない。角笛が長く吹き鳴らされるとき、ある人々は山に登ることができる。』」
・民の準備が整った時、主はシナイ山に降りられたと出エジプト記は記す。神の現臨が激しい雷雨と火山活動によって表象される。
−出エジプト記19:14-19「モーセは山から民のところに下って行き、民を聖別し、衣服を洗わせ、民に命じて、『三日目のために準備をしなさい。女に近づいてはならない』と言った。三日目の朝になると、雷鳴と稲妻と厚い雲が山に臨み、角笛の音が鋭く鳴り響いたので、宿営にいた民は皆、震えた。しかし、モーセが民を神に会わせるために宿営から連れ出したので、彼らは山のふもとに立った。シナイ山は全山煙に包まれた。主が火の中を山の上に降られたからである。煙は炉の煙のように立ち上り、山全体が激しく震えた。角笛の音がますます鋭く鳴り響いたとき、モーセが語りかけると、神は雷鳴をもって答えられた。」

3.旧約から新約へ

・こうしてモーセは神から戒めを受けるために、主の山に一人で登っていき、十戒を記した石の板を受け取る。出エジプト記20〜24章は「契約の書」と呼ばれ、出エジプト記の中心箇所であり、また旧約全体の中核個所でもある。
−出エジプト記24:4-8「モーセは主の言葉をすべて書き記し、朝早く起きて、山のふもとに祭壇を築き、十二の石の柱をイスラエルの十二部族のために建てた。彼はイスラエルの人々の若者を遣わし、焼き尽くす献げ物をささげさせ、更に和解の献げ物として主に雄牛をささげさせた。モーセは血の半分を取って鉢に入れて、残りの半分を祭壇に振りかけると、契約の書を取り、民に読んで聞かせた。彼らが、『私たちは主が語られたことをすべて行い、守ります』と言うと、モーセは血を取り、民に振りかけて言った。『見よ、これは主がこれらの言葉に基づいてあなたたちと結ばれた契約の血である。』」
・この契約が数百年の時を経て、民の罪により破れる。それがバビロン捕囚の出来事だ。人は契約を守り続けることが出来ない。そこから新しい契約の概念が、紙に書いた契約ではなく、心に刻む契約となる。
-エレミヤ31:31-34「見よ、私がイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。この契約は、かつて私が彼らの先祖の手を取ってエジプトの地から導き出した時に結んだものではない。私が彼らの主人であったにもかかわらず、彼らはこの契約を破った・・・しかし、来るべき日に、私がイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、と主は言われる。すなわち、私が律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す。私は彼らの神となり、彼らは私の民となる・・・私は彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心を留めることはない。」
・その新しい契約がイエスの十字架の血により結ばれたとイエスの弟子たちは理解した。ここに新約が生まれる。
-ルカ22:20「食事を終えてから、杯も同じようにして(イエスは)言われた。『この杯は、あなたがたのために流される、私の血による新しい契約である。』」
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