すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.主の過越し

・出エジプト記12章は「主の過越」を記録するが、そこには出来事の記述と同時に、後世に伝えられた祭儀的記述が並行する。12:1〜12:11は過越の祭儀の記述であり、出来事の記述は12:12から始まる。
-出エジプト記12:12-13「その夜、私はエジプトの国を巡り、人であれ、家畜であれ、エジプトの国のすべての初子を撃つ。また、エジプトのすべての神々に裁きを行う。私は主である。あなたたちのいる家に塗った血は、あなたたちのしるしとなる。血を見たならば、私はあなたたちを過ぎ越す。私がエジプトの国を撃つ時、滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。」
・モーセは民を集め、過越の準備をするように命じる。
―出エジプト記12:21-23「モーセは、イスラエルの長老をすべて呼び寄せ、彼らに命じた。『家族ごとに羊を取り、過越の犠牲を屠りなさい。一束のヒソプ(しそ)を取り、鉢の中の血に浸し、鴨居と入り口の二本の柱に鉢の中の血を塗りなさい。翌朝までだれも家の入り口から出てはならない。 主がエジプト人を撃つために巡る時、鴨居と二本の柱に塗られた血を御覧になって、その入り口を過ぎ越される。滅ぼす者が家に入って、あなたたちを撃つことがないためである。』」
・血は命である。被造物の血が流されることによって、イスラエルの血が流れずにすむ。神は犠牲の羊を屠ることにより、イスラエルの罪を購われる。
―レビ記17:10-11「生き物の命は血の中にある。私が血をあなたたちに与えたのは、祭壇の上であなたたちの命の贖いの儀式をするためである。血はその中の命によって贖いをするのである。」
・イスラエルの民は、この過越の出来事を祭儀の中で、繰り返し想起する。過越祭は同時に除酵祭(種なしパンの祭り)として祝われる。
―出エジプト記12:14-15「この日はあなたたちにとって記念すべき日となる。あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。七日の間、あなたたちは酵母を入れないパンを食べる。まず、祭りの最初の日に家から酵母を取り除く。この日から第七日までの間に酵母入りのパンを食べた者は、すべてイスラエルから断たれる。」
・過越しの祭りは元来、大麦の初穂を捧げ、子羊の初物を捧げる収穫祭であった。この収穫祭にイスラエルの解放の歴史が重ね合わされ、民族にとって最も大事な過越しの祭儀になる。
-出エジプト記12:24「あなたたちはこのことを、あなたと子孫のための定めとして、永遠に守らねばならない。」

2.初子の死

・全世界が闇に包まれる時、その出来事が起こった。
―出エジプト記12:29-30「真夜中になって、主はエジプトの国ですべての初子を撃たれた。王座に座しているファラオの初子から牢屋につながれている捕虜の初子まで、また家畜の初子もことごとく撃たれたので、ファラオと家臣、またすべてのエジプト人は夜中に起き上がった。死人が出なかった家は一軒もなかったので、大いなる叫びがエジプト中に起こった。」
・何が起こったのだろうか。詩編78編が解釈のヒントを与える。「災いの使いとして疫病を彼らの中に送られた」、一夜にしてエジプトの子供たちが疫病に撃たれた、ペスト等の伝染病が発生し、それが体力のない幼い子供たちの命を次々に奪っていったのだろうか。
-詩編78:49-51「神は燃える怒りと憤りを、激しい怒りと苦しみを、災いの使いとして彼らの中に送られた。神は御怒りを現す道を備え、彼らの魂を死に渡して惜しまず、彼らの命を疫病に渡し、エジプトのすべての初子を、ハムの天幕において、力の最初の実りを打たれた」。
・疫病がエジプト中を襲い、幼児が犠牲になった。神の予言が実現された。
―出エジプト記4:23「私の子を去らせて私に仕えさせよと命じたのに、お前はそれを断った。それゆえ、私はお前の子、お前の長子を殺すであろう』と。」
・この出来事がなければエジプト王は民を解放しなかったであろう。この出来事の後、王は神の前にひざまずき、民の解放を誓った。
―出エジプト記12:31-34「ファラオは、モーセとアロンを夜のうちに呼び出して言った。『さあ、私の民の中から出て行くがよい、あなたたちもイスラエルの人々も。あなたたちが願っていたように、行って、主に仕えるがよい。羊の群れも牛の群れも、あなたたちが願っていたように、連れて行くがよい。そして、私をも祝福してもらいたい。』エジプト人は、民をせきたてて、急いで国から去らせようとした。そうしないと自分たちは皆、死んでしまうと思ったのである。民は、まだ酵母の入っていないパンの練り粉をこね鉢ごと外套に包み、肩に担いだ。」

3.出エジプト

・こうしてイスラエルの民はエジプトを出た。エジプトを出た者は男子だけで60万人であった。
―出エジプト記12:37-38「イスラエルの人々はラメセスからスコトに向けて出発した。一行は、妻子を別にして、壮年男子だけでおよそ六十万人であった。そのほか、種々雑多な人々もこれに加わった。羊、牛など、家畜もおびただしい数であった。」
・「男子だけで60万人」とは女子供を入れると200万人になる。これは実際にエジプトから逃れた人々の数というよりも、出エジプト記が書かれたダビデ・ソロモン時代のイスラエル全人口を示すと理解すべきであろう。神の救済の業が過去だけではなく、現在も続くとの信仰告白である。
―出エジプト記12:26-27「あなたたちの子供が、『この儀式にはどういう意味があるのですか』と尋ねるときは、こう答えなさい。『これが主の過越の犠牲である。主がエジプト人を撃たれたとき、エジプトにいたイスラエルの人々の家を過ぎ越し、我々の家を救われたのである』と。」
・同時に「種々雑多な人々もこれに加わった」。イスラエルは民族的な統合体から信仰共同体に変わって行った。外国人も割礼を受けることによって共同体への加入が認められる。
-出エジプト記12:43-48「主はモーセとアロンに言われた。『過越祭の掟は次のとおりである。外国人はだれも過越の犠牲を食べることはできない。ただし、金で買った男奴隷の場合、割礼を施すならば、彼は食べることができる・・・もし、寄留者があなたのところに寄留し、主の過越祭を祝おうとするときは、男子は皆、割礼を受けた後にそれを祝うことが許される。彼はそうすれば、その土地に生まれた者と同様になる。』」
・民がエジプトを出る時、主は寝ずの番をされた。この出来事もまた礼拝の一部になった。
―詩篇121:7-8「主がすべての災いを遠ざけて、あなたを見守り、あなたの魂を見守ってくださるように。あなたの出で立つのも帰るのも、主が見守ってくださるように。今もそしてとこしえに。」
・イエスは過越の祭りの時に十字架につかれた。過越の出来事は新約にも継承される出来事だ。
―汽灰螢鵐5:7「古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。キリストが、私たちの過越の小羊として屠られたからです。」
・ユダヤ暦は太陰暦であり、過越(ペサハ)は「春分の日の後の最初の満月の日」に祝われる。そのため、太陽暦である西暦に換算すると、年によって日付が変わる移動祝日となる。イエス・キリストはニサン14日(過越の準備の日)に処刑され、三日目に復活された。復活祭は「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われる(年によって日付が変わる移動祝日)。復活祭はギリシア語ではパスカであるが、これは過越祭(アラム語パスハ、ヘブライ語ペサハ)からくる。
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