すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.最後の災いの予告

・数々のしるしにもかかわらず、ファラオは悔い改めない。最後の災いがファラオに臨む。
―出エジプト記11:1-3「主はモーセに言われた。『私は、なおもう一つの災いをファラオとエジプトにくだす。その後、王はあなたたちをここから去らせる。いや、その時には、あなたたちを一人残らずここから追い出す。あなたは、民に告げ、男も女もそれぞれ隣人から金銀の装飾品を求めさせるがよい。』主はこの民にエジプト人の好意を得させるようにされた。モーセその人もエジプトの国で、ファラオの家臣や民に大いに尊敬を受けていた」。
・それはエジプトの国中の初子を全て滅ぼすというものだった。
―出エジプト記11:4-6「モーセは言った。『主はこう言われた。真夜中ごろ、私はエジプトの中を進む。その時、エジプトの国中の初子は皆、死ぬ。王座に座しているファラオの初子から、石臼をひく女奴隷の初子まで。また家畜の初子もすべて死ぬ。大いなる叫びがエジプト全土に起こる。そのような叫びはかつてなかったし、再び起こることもない。』」
・エジプトの初子が殺されるのは、ファラオがイスラエルの初子を殺そうとしたことの報いである。罪は必ず贖わなければいけない。
―出エジプト記1:22「ファラオは全国民に命じた。『生まれた男の子は、一人残らずナイル川にほうり込め。女の子は皆、生かしておけ。』」
・エジプト全土に悲しみの叫びが起こるのは、エジプトがイスラエルを弾圧して叫ばせた故である。人を苦しめたものは苦しめられる。
―出エジプト記3:7「主は言われた。『私は、エジプトにいる私の民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。』」
・こうして神の義がエジプト人に示されるであろうことを、モーセは王に伝える。
―出エジプト記11:7「しかし、イスラエルの人々に対しては、犬ですら、人に向かっても家畜に向かっても、うなり声を立てません。あなたたちはこれによって、主がエジプトとイスラエルを区別しておられることを知るでしょう。」

2.災いの意味

・血は命であり、誰かを救済するためには誰かが代わりに罪を負って死ななければならない。エジプトの長子がイスラエルを救うために贖いの犠牲としてささげられる。
―レビ記17:11「生き物の命は血の中にあるからである。私が血をあなたたちに与えたのは、祭壇の上であなたたちの命の贖いの儀式をするためである。血はその中の命によって贖いをするのである。」
・エジプトが「初子の死」という犠牲を払わざるを得なかったのは、ファラオがあくまでも神の業を認めず、神の前に悔い改めなかったからだろうか。
-出エジプト記11:9-10「主はモーセに言われた。『ファラオは、あなたたちの言うことを聞かない。そのため、私はエジプトの国に大きな奇跡を行うようになる。』モーセとアロンはファラオの前でこれらの奇跡をすべて行ったが、主がファラオの心をかたくなにされたため、ファラオはイスラエルの人々を国から去らせなかった。」
・王の犯した罪の報いをその子たちが受ける。マタイはイエスが生まれた時、ユダヤ王ヘロデが同じ年頃の子供を皆殺しにしたと伝える。なぜ子供たちが殺されるのか、私たちの理解を超えた出来事が記されている。
―マタイ2:16-18「さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。『ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、子供たちがもういないから。』」
・ナチスの犯した罪の報いをドイツの子供たちが受けた。多くの子供たちがアメリカ軍の空爆によって死んだ。何故か、私たちは、今は全てを知ることが許されていない。
―汽灰螢鵐13:12「私たちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがその時には、顔と顔とを合わせて見ることになる。私は、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。」

3.主の過越

・この出来事はエジプトにとっては災いであったが、イスラエルには救いの出来事であった。イスラエルの民は、この出来事を「過越」として覚え、これが彼らの礼拝の基本になった。
―出エジプト記12:12-14「その夜、私はエジプトの国を巡り、人であれ、家畜であれ、エジプトの国のすべての初子を撃つ。また、エジプトのすべての神々に裁きを行う。私は主である。あなたたちのいる家に塗った血は、あなたたちのしるしとなる。血を見たならば、私はあなたたちを過ぎ越す。私がエジプトの国を撃つ時、滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。この日は、あなたたちにとって記念すべき日となる。あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。」
・以後、過越しがイスラエルの基本となって行く。その日には多くの羊が罪の贖いのために殺される。
-出エジプト記13:11-15「主があなたと先祖に誓われた通り、カナン人の土地にあなたを導き入れ、それをあなたに与えられる時、初めに胎を開くものはすべて、主にささげなければならない。あなたの家畜の初子のうち、雄はすべて主のものである・・・あなたの初子のうち、男の子の場合はすべて、贖わねばならない。将来、あなたの子供が、『これにはどういう意味があるのですか』と尋ねるときは、こう答えなさい。『主は、力強い御手をもって我々を奴隷の家、エジプトから導き出された。ファラオがかたくなで、我々を去らせなかったため、主はエジプトの国中の初子を、人の初子から家畜の初子まで、ことごとく撃たれた。それゆえ私は、初めに胎を開く雄をすべて主に犠牲としてささげ、また、自分の息子のうち初子は、必ず贖うのである。』
・民を救うためにユダヤ教では子羊が殺された。新約はキリストが「過越の子羊」として死なれたと理解している。
―汽撻謄1:18-21「知っての通り、あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖われたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、傷や汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。キリストは、天地創造の前からあらかじめ知られていましたが、この終わりの時代に、あなたがたのために現れてくださいました。あなたがたは、キリストを死者の中から復活させて栄光をお与えになった神を、キリストによって信じています。従って、あなたがたの信仰と希望とは神にかかっているのです。」
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