すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  出エジプト記(二巡目)  >  2016年9月15日祈祷会(出エジプト記8章、蛙、ぶよ、あぶの災い)
1.蛙の災い

・主がエジプト人を屈服させるために取られたのは、「しるし」を通して主の力を見せる方法であった。最初に杖が蛇に変えられた。しかし、エジプトの魔術師も同じことを行ったので、エジプト王は信じなかった。二つ目のしるしはナイルの水を血に変えることであった。しかし、このたびも自分に被害が及ばなかったので、エジプト王は動かされなかった。三番目になされた災いは蛙の災いである。ナイル川の大氾濫が蛙の卵を大量に下流域にもたらし、大量発生を招いた。
-出エジプト記7:25-29「主がナイル川を打たれてから七日たつと、主はモーセに言われた。『ファラオのもとに行って、彼に言いなさい。主はこう言われた。私の民を去らせ、私に仕えさせよ。もしあなたが去らせることを拒むならば、私はあなたの領土全体に蛙の災いを引き起こす。ナイル川に蛙が群がり、あなたの王宮を襲い、寝室に侵入し、寝台に上り、更に家臣や民の家にまで侵入し、かまど、こね鉢にも入り込む。蛙はあなたも民もすべての家臣をも襲うであろう』と。」
・蛙は多産であり、出産と増殖の女神ヘクトの使いとして敬われていた。エジプトでは蛙の形をしたお守りが多数出土している。ところが聖なる蛙が王宮や家の隅々にまで侵入すると、一転、災いの対象になる。主なる神は、エジプトの神の使いである蛙を用いて、エジプト人の回心を迫られた。彼らは蛙を増やすことはできても殺すことはできなかった。蛙は聖なるものだったからである。
-出エジプト記8:1-2「主は更にモーセに言われた。『アロンにこう言いなさい。杖を取って、河川、水路、池の上に手を伸ばし、蛙をエジプトの国に這い上がらせよ。』アロンがエジプトの水の上に手を差し伸べると、蛙が這い上がってきてエジプトの国を覆った。」
・エジプトの魔術師は災いを取り去ることができず、ファラオの心は軟化した。先のナイル川の奇跡ではファラオは何の害も受けなかったが、今回は蛙がファラオの王宮にまで侵入し、苦痛をもたらした。人は当事者になり「人生は思い通りにいかない」こと知った時、初めて事態の重要性を知り、行動する。
―出エジプト記8:3-4「ところが、魔術師も秘術を用いて同じことをし、蛙をエジプトの国に這い上がらせた。ファラオはモーセとアロンを呼んで、『主に祈願して、蛙が私と私の民のもとから退くようにしてもらいたい。そうすれば、民を去らせ、主に犠牲をささげさせよう』と言う。」
・モーセの願いに応えて、主はエジプトから蛙を除かれた。しかしファラオは蛙がいなくなると、また心をかたくなにし、モーセたちを去らせようとはしなかった。とりあえずの災難が去ったからである。
-出エジプト記8:8-11「モーセとアロンがファラオのもとから出て来ると、モーセはファラオを悩ました蛙のことで主に訴えた。主はモーセの願い通りにされ、蛙は家からも庭からも畑からも死に絶えた。人々はその死骸を幾山にも積み上げたので、国中に悪臭が満ちた。ファラオは一息つく暇ができたのを見ると、心を頑迷にして、また二人の言うことを聞き入れなくなった。主が仰せになった通りである。」

2.ぶよの災い

・しかし、ファラオの心は再びかたくなになったため、四つ目のしるしとしてぶよが地に満ちた。
―出エジプト記8:12-13「主はモーセに言われた。『アロンに言いなさい。杖を差し伸べて土の塵を打ち、ぶよにさせてエジプト全土に及ぼせと。』彼らは言われたとおりにし、アロンが杖を持った手を差し伸べ土の塵を打つと、土の塵はすべてぶよとなり、エジプト全土に広がって人と家畜を襲った。」
・「ぶよ」の原語はヘブル語「キンニーム」である。学者たちはこれを「シラミ」ではなかったかと推測する。「ぶよは人と家畜を襲った」とあるように、シラミの大量発生がエジプト人を苦しめた。エジプトの魔術師もぶよを出そうとしたが出来なかったので、彼らはこれが神の業であることを認めた。
―出エジプト記8:14-15「魔術師も秘術を用いて同じようにぶよを出そうとしたが、できなかった。ぶよが人と家畜を襲ったので、魔術師はファラオに、『これは神の指の働きでございます』と言ったが、ファラオの心はかたくなになり、彼らの言うことを聞かなかった。主が仰せになったとおりである。」

3.あぶの災い

・ぶよの災いはファラオの心を変えることができなかった。今度はあぶの害が及ぶ。この害はエジプト全土に及んだ。
―出エジプト記8:16-17「主はモーセに言われた。『明朝早く起きて、水辺に下りて来るファラオを出迎えて、彼に言いなさい。主はこう言われた。私の民を去らせ、私に仕えさせよ。もしあなたがわたしの民を去らせないならば、見よ、私はあなたとあなたの家臣とあなたの民とあなたの家にあぶを送る。エジプトの人家にも人が働いている畑地にもあぶが満ちるであろう。』」
・この災いに神の手が働いていることをファラオはわかったはずだ。何故ならば、災いはイスラエルの住むゴシェンの地には及ばなかったからだ。
―出エジプト記8:18-19「しかし、その日、私は私の民の住むゴシェン地方を区別し、そこにあぶを入り込ませない。あなたはこうして、主なる私がこの地のただ中にいることを知るようになる。私は、私の民をあなたの民から区別して贖う。明日、このしるしが起こる』と。」
・この「あぶ」とは何だろう。ある人は「蚊」を、別の人は「蠅」を想像する。いずれにせよ、蠅や蚊の大量発生によって疫病が発生し、人々は仕事どころではなくなった。今年ブラジルを襲った「ジカ熱」や二年前に日本で流行した「テング熱」も蚊の媒介による感染症である。
-出エジプト記8:20「主がその通り行われたので、あぶの大群がファラオの王宮や家臣の家に入り、エジプトの全土に及んだ。国はあぶのゆえに荒れ果てた。」
・今度はファラオも災いが神から来ることを認め、モーセたちが礼拝のために仕事を休むことをゆるす。しかし完全に屈服していないため、ゆるしも部分的である。
-出エジプト記8:21-25「ファラオがモーセとアロンを呼び寄せて、『行って、あなたたちの神にこの国の中で犠牲をささげるがよい』と言うと、モーセは答えた。『そうすることはできません。我々の神、主にささげる犠牲は、エジプト人のいとうものです。もし、彼らの前でエジプト人のいとうものをささげれば、我々を石で打ち殺すのではありませんか。我々の神、主に犠牲をささげるには、神が命じられたように、三日の道のりを荒れ野に入らねばなりません。』ファラオが、『よし、私はあなたたちを去らせる。荒れ野であなたたちの神、主に犠牲をささげるがよい。ただし、あまり遠くへ行ってはならない。私のためにも祈願してくれ』と言うと、モーセは答えた。『では、あなたのもとから退出しましたら、早速主に祈願しましょう。明日になれば、あぶはファラオとその家臣と民の間から飛び去るでしょう。ただ、二度と、主に犠牲をささげるために民を去らせないなどと言って、我々を欺かないでください。』」
・主はアブを取り除かれたが、ファラオはまたも心をかたくなにして、民を去らせようとはしなかった。
-出エジプト記8:26-28「モーセはファラオのもとから退出すると、主に祈願した。主はモーセの願いどおりにされ、あぶはファラオと家臣と民の間からすべて飛び去り、一匹も残らなかった。しかし、ファラオは今度もまた心を頑迷にして民を去らせなかった。」

4.災いの意味を考える

・一連の災いは「神とファラオ」の争いであった。誰がこの地を支配しているのか、誰が創造者で誰が被造物であるかをはっきりさせるためである。創世記は創造とは混沌(カオス)の中に秩序(コスモス)を与える行為であり、その秩序は神が働き続けることによってのみ保たれているとする。
-創世記1:1-3「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった。」
・災いとはこの秩序を神が取り去られる行為と理解される。神が水を制御し、日を支配し、他の生き物を管理しておられる。この神の手が離れた時、水は洪水となり、日は日照りや闇をもたらし、世界は無秩序になると預言者は語る。2015年に福島を再訪し、立ち入り禁止区域の無人の被災地を見た時、まさにエレミヤの預言通りの光景が目前に広がっていたことを思い起こす。
―エレミヤ4:23-26「私は見た。見よ、大地は混沌とし、空には光がなかった。私は見た。見よ、山は揺れ動き、すべての丘は震えていた。私は見た。見よ、人はうせ、空の鳥はことごとく逃げ去っていた。私は見た。見よ、実り豊かな地は荒れ野に変わり、町々はことごとく、主の御前に、主の激しい怒りによって打ち倒されていた。」
・人間は被造物でありながら自らが神に取って代わろうとする。その時、創造の秩序は崩され、地はあえぐ。今日の農薬や毒物等の環境災害、ウランやプルトニウムの廃棄の問題等の根源はここにある。何をなすべきか。聖書は「人が自分の限界を知り、創造者を覚える」ことを求める。
―ローマ1:20-21「世界が造られた時から、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます・・・(彼らは)神を知りながら、神としてあがめることも感謝することもせず、かえって、むなしい思いにふけり、心が鈍く暗くなったからです。」

5.「かたくな」とは何か

・出エジプト記では繰り返し、「ファラオの心はかたくなであった」と表現される。目の前に繰り広げられるしるしを、「不都合な真実」として排除したからである。現代でも、行政官庁は「不都合な真実」を見ようとしない。「かたくな」である。人はなぜ「不都合な真実」であっても、現実を見つめ、それに基づいて行動することが出来ないのだろうか。
・人はなぜ現実をありのままに見ることができないのだろうか。今回の震災復興を通して「かたくな」の意味を考えたい。
-小熊英二・「思想の地層」(2016年3月8日朝日新聞から)
・津波被災地復興の惨状が、ようやく新聞・雑誌に載り始めた。防潮堤を始めとした巨大施設が建設される一方、人口流出と高齢化が加速している。宮城県石巻市雄勝地区を例にとれば、巨費を投じた防潮堤建設と高台移転が終わる頃には、人口は3分の1になる。巨大な防潮堤が守るのは主に道路だけで、住民は内陸や高台造成地に移転する。高台移転地は相互に孤立し、高齢者を中心とした数戸から数十戸の孤立集落となる。財政難の自治体が、これらの孤立集落に公的サービスを持続的に提供できるかは未知数だ。
・東日本大震災の復興費用には、10年間で計32兆円が見込まれている。これは被災者1人あたり約6800万円に相当する。だがその多くは建設工事に使われ、被災者の生活再建に直接支給されるのは約1%にすぎない。拙稿「ゴーストタウンから死者は出ない」(世界2014年4・5月号、同名編著書に所収)で詳述したが、問題の根本的原因は、高度成長期に形成されたインフラ整備中心の復興政策のコンセプトが、現代に適合しないことだ。だがここで問いたいのは、政策の是非ではなく、なぜ被災地のこうした事態が、これまで十分に報道されなかったのかである。
・報道機関が知らなかったのではない。新聞記者である坪井ゆづる「被災地で問う『この国は変わったのか』」(Journalism2016.2月号)は、12年6月から現場を回って「学校や地域の医療体制の再生などより、コンクリートに資金がつく仕組みが歴然としていた」、「典型的な土建国家型の復興だった」と記している。しかし私が13年に自分の論文を書いた時点で、そうした報道が十分になされていた記憶はない。私の印象からいえば、現地の記者たちは12年から13年には事態を知っていた。心ある被災者は、早くから復興政策に疑問を呈していた。それなのに、なぜ報道が十分でなかったのか。
・おそらくその原因は「遠慮」だったと思う。「被災地は官民ともに頑張っているのだから、暗い結果を暗示するような報道はできない」という遠慮。「必ず失敗する確証もないのだから、いま先走った報道をするべきでない」という遠慮。なかには「批判的な報道をすると県や市から情報をもらえなくなる」という遠慮もあったようだ。こうした遠慮は、被災地に入っていた支援団体や研究者にも感じられた。私は彼らがそれぞれに有能で、努力していたことは疑わない。しかし私には、彼らが知恵と勇気に欠けているように見えた。知恵とは、耳目に入る個々の事象を超えた、総合的な全体像を理解する能力。勇気とは、短期的には不都合であっても真実を語り、長期的な視点から社会に貢献する気概である。それらの欠落が「自分がやらなくても何とかなるだろう」という無責任を生んでいるようにも見えた。
・このことは、被災地復興に限ったことではない。被災地の現状は、被災地に特殊なものではなく、高齢化や産業衰退、旧態依然の政策など、日本社会が抱える問題が集約的に表れているにすぎない。報道をめぐる状況も、これまた被災地復興に限らず、どの領域でも大同小異ではあるまいか。そして問題は、報道機関にとどまらない。日本は報道機関においても、政府や企業においても、世界有数の豊富な人材と資金を持っている。だが震災以後、それに見あう役割を果たしたとは言いがたい。その理由は、やはり知恵と勇気の不足である。知恵とは、過去の成功経験から抜け出し、社会の変化を理解する能力。勇気とは、生き残るために変化を恐れない気概である。あれから5年。変化は少しずつ起きているし、起こすしかない。なぜなら私たちには、この国の明日を探る責任があるのだから。(歴史社会学者)
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