すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  創世記(二巡目)  >  2015年10月15日祈祷会(創世記13章、エジプトのアブラハムとベテルのアブラハム)
1.エジプトから帰国したアブラハム

・エジプトで、アブラハムは神に頼ろうとせず、自分の智恵で、妻を犠牲にして身の安全を図った。
―創世記12:11-13「エジプトに入ろうとして、そこに近づいた時、彼は妻サライに言った『私はあなたが美しい女であるのを知っています。それでエジプト人があなたを見る時、これは彼の妻であると言って私を殺し、あなたを生かしておくでしょう。どうかあなたは、私の妹だと言ってください。そうすれば私はあなたのおかげで無事であり、私の命はあなたによって助かるでしょう』」。
・アブラハムの不服従にもかかわらず、主はアブラハムを恵まれ、妻サラと共に無事にエジプトを出ることができた。しかも多くの財産を持った族長としてエジプトを出た。
−創世記12:18-20「ファラオはアブラムを呼び寄せて言った。『あなたは私に何ということをしたのか。なぜ、あの婦人は自分の妻だと、言わなかったのか。なぜ、私の妹ですなどと言ったのか。だからこそ、私の妻として召し入れたのだ。さあ、あなたの妻を連れて、立ち去ってもらいたい』。ファラオは家来たちに命じて、アブラムを、その妻とすべての持ち物と共に送り出させた」。
・アブラハムは傷心の思いで、エジプトから出発の地であるベテルに戻ってきた。消え入りたいほどの恥ずかしさを覚えていたであろう。しかし、神は罪を犯したアブラハムを許し、恵んでくださった。アブラハムは神への感謝を捧げた。
―創世記13:1-4「アブラムは、妻と共に、すべての持ち物を携え、エジプトを出て再びネゲブ地方へ上った。ロトも一緒であった。アブラムは非常に多くの家畜や金銀を持っていた。ネゲブ地方から更に、ベテルに向かって旅を続け、ベテルとアイとの間の、以前に天幕を張った所まで来た。そこは、彼が最初に祭壇を築いて、主の御名を呼んだ場所であった」。

2.ロトとの決別

・アブラハムと甥ロトは共にエジプトで豊かになり、多くの羊や牛を持つ身分になった。しかし移住したカナンの地は多くの羊や牛を養うだけの豊かさがなかった。そのため両者の牧者の間で、水と草をめぐる争いが起きた。貧しい時は分かち合うことができるが、豊かになるとそこに家族の分裂が起こる
―創世記13:5-7「アブラムと共に行ったロトも羊、牛および天幕を持っていた。その地は彼らを支えて共に住ませることができなかった。彼らの財産が多かったため、共に住めなかったのである。アブラムの家畜の牧者たちとロトの家畜の牧者たちの間に争いがあった」。
・アブラハムはロトと別れて暮らすことを提案し、年長者の優先権を放棄して最初にロトに地を選ばせる。ベテルの高地からは右側にはヨルダン渓谷の豊かな大地が、左側には高原のごつごつした光景が見えた。エジプトへ行く前のアブラハムであれば自分の欲望を第一にしたであろう。しかし今のアブラハムは神の御心を優先し、選択権を甥のロトに与えた。
―創世記13:10-11「ロトが目を上げてヨルダンの低地をあまねく見わたすと、主がソドムとゴモラを滅ぼされる前であったから、ゾアルまで主の園のように、またエジプトの地のように、すみずみまでよく潤っていた。そこでロトはヨルダンの低地をことごとく選びとって東に移った。こうして彼らは互に別れた」。
・ロトが選んだのは肥沃な土地であった。アブラハムはカナンの荒野に残った。エジプトでの苦い思いが彼を成長させていた。アブラハムは自分で行く先を選ばないことを通して、主への信仰を表した。
−創世記13:12「アブラムはカナン地方に住み、ロトは低地の町々に住んだが、彼はソドムまで天幕を移した。ソドムの住民は邪悪で、主に対して多くの罪を犯していた」。
・人は荒野を離れて豊かな地に住むことによって堕落をはじめる。申命記記者は長い歴史の中でそのことを繰り返し見てきた。ロトの選択は破滅への道であることがやがて明らかになる。
―申命記8:12-14「あなたは食べて飽き、麗しい家を建てて住み、また牛や羊がふえ、金銀が増し、持ち物がみな増し加わるとき、おそらく心にたかぶり、あなたの神、主を忘れるであろう」。

3.アブラハムへの祝福

・自分で選ばず、神に信頼する選びをなしたアブラハムに対し、主は「目を上げて見よ」と言われ、祝福を与えられた。
―創世記13:14-17「主は、ロトが別れて行った後、アブラムに言われた。『さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。見える限りの土地をすべて、私は永久にあなたとあなたの子孫に与える。あなたの子孫を大地の砂粒のようにする。大地の砂粒が数えきれないように、あなたの子孫も数えきれないであろう』」。
・ここで「見えないものに対する約束」が繰り返される。土地所有の約束が土地を持たない寄留の民であるアブラハムに与えられ、子孫への祝福が子を持つことが出来ない夫婦に対して為される。
―創世記13:7「そのころ、その地方にはカナン人もペリジ人も住んでいた」。
―創世記11:29-30「アブラムとナホルはそれぞれ妻をめとった。アブラムの妻の名はサライ、ナホルの妻の名はミルカといった・・・サライは不妊の女で、子供ができなかった」。
・不可能を可能にする神の力への信頼がここで問われている。
―ヘブル11:8-12「信仰によって、アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った。信仰によって、他国にいるようにして約束の地に宿り、同じ約束を継ぐイサク、ヤコブと共に、幕屋に住んだ・・・信仰によって、サラもまた、年老いていたが、種を宿す力を与えられた。約束をなさったかたは真実であると、信じていたからである。このようにして、一人の死んだと同様な人から、天の星のように、海辺の数えがたい砂のように、おびただしい人が生れてきたのである」。
・へブル書はアブラハムを聖人化する。しかしアブラハムも普通の人であった。やがて来る大きな奇跡(高齢の夫と生理の止まった老齢の妻からの出産)の時、アブラハムもサラも半信半疑だった。
−創世記18:11-15「アブラハムもサラも多くの日を重ねて老人になっており、しかもサラは月のものがとうになくなっていた。サラはひそかに笑った。自分は年をとり、もはや楽しみがあるはずもなし、主人も年老いているのに、と思ったのである。主はアブラハムに言われた『なぜサラは笑ったのか。なぜ年をとった自分に子供が生まれるはずがないと思ったのだ。主に不可能なことがあろうか。来年の今ごろ、私はここに戻ってくる。そのころ、サラには必ず男の子が生まれている』。サラは恐ろしくなり、打ち消して言った『私は笑いませんでした』。主は言われた『いや、あなたは確かに笑った』」。
・信仰者は疑いながら神を求める。そしてある時、疑いきれない真理を見出す。神は疑い深い信仰者に御力を示して、御心に従う者に変えられる。
−マルコ9:23-24「イエスは言われた『できればと言うか。信じる者には何でもできる』。その子の父親はすぐに叫んだ。『信じます。信仰のない私をお助けください』」。
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