すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  コヘレト(二巡目)  >  2015年5月14日祈祷会(コヘレト4章、人生の不条理の中で)
1.人生の不条理にコヘレトはどう対処するのか

・世には権力者が弱者と虐げるという現実がある。問題はそのような現実があっても、誰もそれを是正しようとはしないことだとコヘレトは嘆く。もちろん、コヘレトも嘆くだけで何もしない。
-コヘレト4:1「私は改めて、太陽の下に行われる虐げのすべてを見た。見よ、虐げられる人の涙を。彼らを慰める者はない。見よ、虐げる者の手にある力を。彼らを慰める者はない」。
・イスラエルの伝統神学は、「神は弱者が虐げられたままには放置されない」と説く。
-箴言22:22-23「弱い人を搾取するな、弱いのを良いことにして。貧しい人を城門で踏みにじってはならない。主は彼らに代わって争い、彼らの命を奪う者の命を、奪われるであろう」。
・しかし世の現実は異なる。弱者は虐げられるだけで誰も救おうとはしない。だからアウシュビッツで250万人の人が殺され、沖縄でも20万人の島民が犠牲になった。「神はどこだ。どこにおられるのだ」と叫ばざるを得ない現実がある。コヘレトはその現実の中で、「死んだほうがましだ」と嘆息する。
-コヘレト4:2-3「既に死んだ人を、幸いだと言おう。更に生きて行かなければならない人よりは幸いだ。いや、その両者よりも幸福なのは、生まれて来なかった者だ。太陽の下に起こる悪い業を見ていないのだから」。
・「生まれて来ない方が良かった」、絶望した人間は叫ぶ。預言者エレミヤも神から「語れ」と命じられた預言を語り、その預言が成就せず、逆に捕らえられて投獄され、人々から「偽預言者」と嘲笑された時、絶望して叫ぶ「生まれて来なければ良かった」と。
-エレミヤ20:14 -18「呪われよ、私の生まれた日は。母が私を産んだ日は祝福されてはならない。呪われよ、父に良い知らせをもたらし、あなたに男の子が生まれたと言って、大いに喜ばせた人は・・・その日は、私を母の胎内で殺さず、母を私の墓とせず、はらんだその胎をそのままにしておかなかったから。なぜ、私は母の胎から出て労苦と嘆きに遭い、生涯を恥の中に終わらねばならないのか」。

2. 孤独な人生は空である

・コヘレトは労働に対しても皮肉な目で見つめる。人間が労働するのは他人よりも優位にたちたいからだと。その結果、労働が労苦に変わってしまうと。
-コヘレト4:4「人間が才知を尽くして労苦するのは、仲間に対して競争心を燃やしているからだということも分かった。これまた空しく、風を追うようなことだ」。
・弱肉強食の世界では労働さえも競争の中に置かれる。業績を挙げない者は組織から排除される。仕事=Businesの語源はbusy-ness(忙しい)にあると言う。人は怠惰を非難し、忙しくあることを賞賛するが、本当にそうかとコヘレトは反問する。
-コヘレト4:5-6「愚か者は手をつかねてその身を食いつぶす。片手を満たして、憩いを得るのは、両手を満たして、なお労苦するよりも良い。それは風を追うようなことだ」。
・長時間労働による過労死は日本独特の問題だと言われる。過労死は“work oneself to death”とは訳されずに、そのまま「Karoshi」として翻訳されている。聖書は休息の必要性を語る。それ故に安息日が設けられた。
-申命記5:12-15「安息日を守ってこれを聖別せよ。あなたの神、主が命じられたとおりに。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、牛、ろばなどすべての家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。そうすれば、あなたの男女の奴隷もあなたと同じように休むことができる。あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主が力ある御手と御腕を伸ばしてあなたを導き出されたことを思い起こさねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るよう命じられたのである」。
・私たちが働く真の目的は労働の成果を家族と分かち合い、人生を楽しむためだ。蓄えた富を共に楽しむ妻や子や友のいない人生は何と空しいことかとコヘレトは語る。彼は自分のことを語っているのかも知れない。
-コヘレト4:7-8「私は改めて、太陽の下に空しいことがあるのを見た。一人の男があった。友も息子も兄弟もない。際限もなく労苦し、彼の目は富に飽くことがない。『自分の魂に快いものを欠いてまで誰のために労苦するのか』と思いもしない。これまた空しく、不幸なことだ」。
・だから神は「人が一人でいるのは良くない」と言われて同伴者を造られた(創世記2:18)。コヘレトも「一人よりも二人の方が良い」と語る。
-コヘレト4:9-12「一人よりも二人が良い。共に労苦すれば、その報いは良い。倒れれば、一人がその友を助け起こす。倒れても起こしてくれる友のない人は不幸だ。更に、二人で寝れば暖かいが、一人でどうして暖まれようか。一人が攻められれば、二人でこれに対する。三つよりの糸は切れにくい」。
・病気や災害、事業の失敗や倒産等は長い人生の中では必ず起こるだろう。その時、苦楽を共にしてくれる人がいるかいないかで、人生はまるで異なってくる。ここで言う二人は必ずしも配偶者である必要はない。信頼する同僚や友でも良い。同じ信仰を共有できる交わりがあればもっと良い。
-マタイ18:20「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである」。

3. 本当の知恵とは何か

・知恵は一般的に人生の年輪と共に蓄えられるとされるが、逆に年月の変化は人間を偏屈にもする。コヘレトは「貧しくとも利口な少年の方が、老いて愚かになった王よりも良い」と語る。
-コヘレト4:13「貧しくても利口な少年の方が、老いて愚かになり、忠告を入れなくなった王よりも良い」。
・コヘレトは誰を想定しているのだろうか。イスラエル初代の王サウロは貧しい羊飼いだった少年ダビデの才能を認め、彼を抜擢した。しかしやがてダビデの評価が高まると彼を妬んで殺そうとする。サウロは戦いに敗れて死に、彼の息子ではなく、ダビデが王位につく。このダビデはやがて名王と呼ばれるようになる。
-コヘレト4:14-15「捕われの身分に生まれても王となる者があり、王家に生まれながら、卑しくなる者がある。太陽の下、命あるもの皆が、代わって立ったこの少年に味方するのを私は見た」。
・しかしダビデも老齢になると多くの過ちを犯し、終には子のアブサロムに王位を奪われる。そのアブサロムもやがて殺されてしまう。これも空しいとコヘレトは語る。
-コヘレト4:16「民は限りなく続く。先立つ代にも、また後に来る代にも、この少年について喜び祝う者はない。これまた空しく、風を追うようなことだ」。
・結局「死を意識しながら、今を如何に充実して生きるか」が人生の知恵なのであろう。アップル創業者スティーブ・ジョブは語る「自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思う、これは人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれた」と。
-スティーブ・ジョブズ /2005年スタンフォード大学卒業式スピーチから「私は17の時、次のような言葉を読みました『来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日が来る』。それから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見てこう問い掛けるのを日課としてきました『もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを本当にやりたいだろうか』。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、何かを変える必要があると悟るわけです。自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと、これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事は我々が死んだ瞬間に全て消え去っていく。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば、自分が何か失ってしまうのではないかという思考の落とし穴は回避できる。これは私の知る限り最善の防御策です」。
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