すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.保証人になるな

・箴言は格言を集めた語録集であり、様々な教えが統一もなく、語られている。従って、同じ教えが別の章にも繰り返し現れ、それらを総合して見る必要がある。6章にも4つの単元があり、第一の単元は「保証人になるな」である。古来から、保証人制度は貸付金保全の一般的な制度であった。困窮している人は何とかしてお金を借りたいから、友人や隣人に保証人を依頼する。しかし保証人になることは大きな人生の危機に陥る可能性を持つ。箴言の記者はそれを繰り返し警告する。
−箴言22:26-27「手を打って誓うな、負債の保証をするな。償うための物があなたになければ、敷いている寝床まで取り上げられるであろう」。
・やむを得ず保証人になって債務の弁済を迫られる時もある。その時には債務者本人の所に行き、あくまでも本人弁済を迫り、責任を逃れよと著者は語る。
−箴言6:1-5「わが子よ、もし友人の保証人となって、他国の者に手を打って誓い、あなたの口の言葉によって罠に陥り、あなたの口の言葉によって罠にかかったなら、わが子よ、そのときにはこうして自分を救え。命は友人の手中にあるのだから、行って足を踏みならし、友人を責め立てよ。あなたの目に眠りを与えず、まぶたにまどろむことを許すな。狩人の罠を逃れるかもしかのように、鳥のように、自分を救い出せ」。
・現代の日本でも連帯保証の問題は大きな社会問題になっている。零細企業が事業資金を借りる時、8割が連帯保証を求められ、事業の破綻に伴って、毎年2万人の連帯保証人が自己破産するという。年間3万件の自殺者の内、相当部分は連帯保証がらみだと見られる。こうした悲劇を避けるためには、箴言が語るように、たとえ不義理になっても断る勇気が求められる。旧約外典シラ書の言葉は示唆に富む。
−シラ書29:14-20「善人は彼の隣人のために保証人となる。保証人の親切を忘れてはならない。彼はあなたのために命を与えたのだから。・・・保証人になったために、栄えていた、たくさんの人々が滅んでいる。・・・あなたの能力に応じて隣人を助けなさい」。

2.怠けるな

・6節から怠け者への警告が始まる。箴言には怠け者に対する多くの警告がある。
−箴言24:30-34「怠け者の畑の傍らを、意志の弱い者のぶどう畑の傍らを、通ってみた。見よ、いらくさが一面に茂り、あざみが覆い尽くし、石垣は崩れていた。私はそれに心を向け、観察した。それを見て、諭しを得た。『しばらく眠り、しばらくまどろみ、手をこまぬいて、またしばらく横になる。貧乏は盗賊のように、欠乏は盾を取る者のように襲う』」。
・怠け者はなぜ怠けるのだろうか。人生に目標がないからだ。「目標を持つ人は節制する」とパウロはコリントの人々に手紙を書いた。ではどうしたら目標を持てるのだろうか。「生かされている使命感」なのだろうか。
−1コリント9:24-27「あなたがたは知らないのですか。競技場で走る者は皆走るけれども、賞を受けるのは一人だけです。あなたがたも賞を得るように走りなさい。競技をする人は皆、すべてに節制します。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするのですが、私たちは、朽ちない冠を得るために節制するのです。だから、私としては、やみくもに走ったりしないし、空を打つような拳闘もしません。むしろ、自分の体を打ちたたいて服従させます。それは、他の人々に宣教しておきながら、自分の方が失格者になってしまわないためです」。
・6章にある怠け者の描写はイソップ物語の「アリとキリギリス」のようだ。箴言の著者は自然の有り様を見て、人間のあるべき姿を映し出す。
−箴言6:6-11「怠け者よ、蟻のところに行って見よ。その道を見て、知恵を得よ。蟻には首領もなく、指揮官も支配者もないが、夏の間にパンを備え、刈り入れ時に食糧を集める。怠け者よ、いつまで横になっているのか。いつ、眠りから起き上がるのか。しばらく眠り、しばらくまどろみ、しばらく手をこまぬいて、また横になる。貧乏は盗賊のように、欠乏は盾を持つ者のように襲う」。

3.姦淫するな

・6章は20節からまた姦淫の問題に触れる。「性の誘惑に負けるな、負ければ大きな負債を負わされる」と。
−箴言6:20-24「わが子よ、父の戒めを守れ。母の教えをおろそかにするな。それをいつもあなたの心に結びつけ、首に巻きつけよ。それはあなたの歩みを導き、あなたが横たわるとき見守り、目覚めればあなたに話しかける。戒めは灯、教えは光。懲らしめや諭しは命の道。それはあなたを悪い女から、異邦の女の滑らかな舌から守ってくれる」。
・特に留意すべきは人妻との不倫である。「他人の妻(エシエト)と戯れることは、火(エシエ)と戯れることである」と著者はヘブル語の言葉遊びをしながら警告する。それは命をかける火遊びだと。
−箴言6:25-29「彼女の美しさを心に慕うな。そのまなざしのとりこになるな。遊女への支払いは一塊のパン程度だが、人妻は貴い命を要求する。火をふところにかきこんで、衣を焼かれない者があろうか。炭火の上を歩いて、足にやけどをしない者があろうか。友人の妻と通じる者も同様。彼女に触れれば、罰せられずには済まない」。
・著者は多くの若者が一時の迷いにより、人生を台無しにする悲劇を見てきたのであろう。人妻との不倫は夫からの血の報復を招くだろうと警告する。
−箴言6:30-35「飢えを満たそうとして盗みを働いた者をだれも侮りはすまいが、それでもつかまれば、七倍の償いをし、家財の一切をそれにあてなければならない。人妻と密通する者は意志力のない男。身の破滅を求める者。疫病と軽蔑に遭い、恥は決してそそがれない。夫は嫉妬と怒りにかられ、ある日、彼に報復して容赦せず、どのような償いをも受け入れず、どれほど贈り物を積んでも受け取りはすまい」。

4.箴言とは何か

・箴言は道徳ではない。信仰にある人生を生きる知恵だ。この知恵がない時、人は簡単に滅びてしまう。危機の時に必要な知恵、それが箴言ではないだろうか。社会心理学者・碓井真史氏(新潟青陵大学大学院教授)は、最近続発する犯罪加害者家族の自殺に関連して「人間は過ちをおかした時、恥意識を持てば滅びの道を歩み、罪意識を持てば再起出来る」と語る。
-碓井真史氏プログから「悪いことをしてしまったとき、大失敗をしたとき、臨床社会心理学的に言えば、人は「恥意識」を持つ時と、「罪意識」を持つ時がある。イエスを銀30枚で裏切ったユダは、自殺している。イエスを三度知らないと拒んだペテロは、激しく自分を責めながらも、逃げ出さず、許されて、キリスト教の土台を作っている。恥意識は、自分の行為を後悔するが、自分が窮地に陥っていることに苦しみ、「穴があったら入りたい」という感覚となり、人間関係から退却する。さらに心が追いつめられると、自分を否定し、社会を否定し、破壊的行動に至る。一方、罪意識は、自分の誤った行為を強く意識し、謝罪の思いとつぐないの思いがわく。仮に許してもらえなくても、努力し続けようとする。人間関係から逃げず、建設的行動がとれるのだ。被害者側も、加害者側の心からの悔い改めを、求めているのではないだろうか」。
*秋葉原通魔事件加害者加藤智大の弟は、2014年に自殺したが、その前に週刊誌のインタビューに答え、次のように語る「あれから6年近くの月日が経ち、自分はやっぱり犯人の弟なのだと思い知りました。加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけない。それが現実。僕は生きることを諦めようと決めました。死ぬ理由に勝る、生きる理由がないのです。どう考えても浮かばない。何かありますか。あるなら教えてください」。
・これはパウロの語る「神の御心にかなった悲しみと世の悲しみ」の違いにも通じるのではないかと思える。
-2コリント7:8-10「あの手紙によってあなたがたを悲しませたとしても、私は後悔しません。確かに、あの手紙が一時にもせよ、あなたがたを悲しませたことは知っています。たとえ後悔したとしても、今は喜んでいます。あなたがたがただ悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたからです。あなたがたが悲しんだのは神の御心に適ったことなので、私たちからは何の害も受けずに済みました。神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします」。
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