すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  ネヘミヤ記  >  2014年8月7日祈祷会(ネヘミヤ記11章、エルサレムへの人口移住)
1.エルサレムへの人口移住

・ネヘミヤ記11章はエルサレムの町の復興を図るために、指導者ネヘミヤが人口の一部を城内に移住させた政策について語る。城壁に囲まれた地域は東西500メートル、南北1,000メートルであり、その中心に神殿があった。捕囚民の帰還状況からすれば、国全体の人員は10万人、エルサレム城内に住むものは数百人しかいなかった。城壁が出来てもそれを警護する十分な人員がいなければ、国家としての体をなさない。エルサレムの防護を固めるために、それぞれの部族に別れて城外に居住する人々の城内移転が課題であった。
−ネヘミヤ7:4「町は二方向に大きく広がっていたが、その中に住む民は少数で、家屋は建てられてはいなかった」。
・そのため、全住民にくじを引かせて、人口の一割を半強制的に移住させたようである。人々の多くは農民であり、耕地は城外にあり、人々は農地の近い郊外に住んでいた。また城壁が再建されたとしても敵対者による攻撃可能性もあった。ある程度の人数のエルサレム居住者を確保するためには強制力が必要であった。
−ネヘミヤ11:1-2「民の長たちはエルサレムに住んでいた。ほかの民はくじを引き、十人のうち一人が聖なる都エルサレムに来て住み、残りの九人が他の町々にとどまるようにした。民は、進んでエルサレムに住むすべての人々を祝福した」。
・3節以下にエルサレムに移住した人々の名簿が記される。ベニヤミン族928名、ユダ族468名、祭司1192名、レビ人284名、門衛172名等合計3044名であった。
ネヘミヤ11:3-5「この州の頭たちでエルサレムに住んだ者は次のとおりである。ユダの町々にはイスラエルの人々、祭司、レビ人、神殿の使用人、ソロモンの使用人の一族が、それぞれ自分の町に所有地を持って住み、エルサレムにはユダの一族とベニヤミンの一族の者が住んだ」。
・多くの民族は戦争に敗れて消滅した。その中でイスラエルは敗戦−他国への強制連行−雑婚−帰還を経て、国を再興した。歴史上かつてなかったことがここに起きている。
−イザヤ62:6-7「エルサレムよ、あなたの城壁の上に私は見張りを置く。昼も夜も決して黙してはならない。主に思い起こしていただく役目の者よ、決して沈黙してはならない。また、主の沈黙を招いてはならない。主が再建に取りかかり、エルサレムを全地の栄誉としてくださるまでは」。

2.ネヘミヤ記11章を私たちはどう読むか

・それぞれが自分の住みたい町ではなく、必要とされる町に住んだ。今日で言えば、「置かれた場所に住む」ということであろうか。渡辺和子さんは「置かれた場所で咲きなさい」という本を書いた。
- Bloom where God has planted you「置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです。咲けない時は、根を下へ下へと降ろしましょう。時間の使い方は、そのまま、いのちの使い方です。置かれた所で咲いていてください。結婚しても、就職しても、子育てをしても、こんなはずじゃなかったと思うことが、次から次に出てきます。そんな時にも、その状況の中で「咲く」努力をしてほしいのです。どうしても咲けない時もあります。雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、そんな時には無理に咲かなくてもいい。その代わりに、根を下へ下へと降ろして、根を張るのです。次に咲く花が、より大きく、美しいものとなるために。現実が変わらないなら、悩みに対する心の持ちようを変えてみる。いい出会いにするためには、自分が苦労をして出会いを育てなければならない。心に開いた穴からこれまで見えなかったものが見えてくる。希望には叶わないものもあるが、大切なのは希望を持ち続けること。信頼は98%。あとの2%は相手が間違った時の許しのために取っておく。「ていねいに生きる」とは、自分に与えられた試練を感謝すること」。
・OMF(Overseas Missionary Fellowship)は1865年に設立され、中国奥地の開拓伝道を行っていたが、1949年中国共産党政権樹立とともに中国を追放され、以後シンガポールを拠点にアジア伝道を行っている。戦後日本でも伝道を行ったが、基本方針は「教会の少ない所、キリスト者の少ない場所」への伝道であった。彼らは北海道の炭鉱町や青森の農漁村等の伝道困難地で活動を続けた。彼らも「置かれた場所で咲く」ことを目指している。
・今日の日本の課題で言えば、福島原発事故により居住地を追われた住民の帰還問題がネヘミヤ11章に近いのであろうか。大熊、浪江、富岡、双葉住民等13万人が今日でも居住地に帰還できていない(県内避難9万人、県外避難4万人)。この問題に対して聖書は何を語りうるのか、原発事故で避難を余儀なくされた福島第一バプテスト教会の再建は一つの示唆を私たちに与える。
-2013.5.11リバイバル新聞記事より「大震災以来、原発に最も近い教会として流浪の生活を余儀なくされた福島第一聖書バプテスト教会(佐藤彰主任牧師)が福島県いわき市に新たな拠点を置き、同市泉町に新たな会堂を建築した。福島県大熊町とその周辺に4つの会堂を持っていた同教会は、2011年3月11日の大震災と大津波、その後の原発事故によって故郷を追われた。教会員たちは3月14、15日と恵泉キリスト教会・会津チャペルに身を寄せた後、17日には山形県米沢市のミーコ記念ホールに移動。さらに3月31日に東京都の奥多摩福音の家に移動して、最大70人ほどが生活を共にすることとなった。奥多摩福音の家では、今後のことに関する話し合いが持たれ、「福島第一聖書バプテスト教会は、やっぱり福島にあるべき、戻るべき、戻りたい」との結論に至った。いわき市に土地を取得し、まずは住居となるエル・シャローム泉を建設。昨年3月26日、約30名が奥多摩からいわき市に移動した。他の場所での生活を選んだ教会員、大学や就職で東京に残った教会員もいる」。

*参考資料「今回の震災を聖書はどう語るのか」
・2011年3月11日に起こった東日本大震災において2万人近い方が亡くなり、被災した人々は、「神も仏もないのか」、「神は本当におられるのか」と叫んだ。キリスト者の多くも問うた。「神が愛であるならば、神は何故このような地震や津波を起こし、何万人もの命を奪われたのか。愛の神が何故このような酷いことをされるのか」。
・震災後の日本の教会で、ヨブ記がもう一度読み直されているという。ヨブ記は「神無き世界の不条理」を正面から問う書だからである。旧約学者の並木浩一は「ヨブ記からの問いかけ」という短文の中で「東日本震災と神の摂理」について発言する(並木浩一「ヨブ記からの問いかけ」(『福音と世界』2011年8月号、24−29頁、新教出版社)。ヨブ記の中で神が言及する地球物理的な自然は・・・固有の法則を持っている。自然も自律的であり、人間の願望には従わない。気象がそれを象徴的に語る。雨は人の住まない荒野にも降るのである(ヨブ38:26)・・・今回の東日本を襲った大地震と津波の発生は北米大陸プレートが過去に相当の回数行って来た自然界のリズムによる。このリズムに十分な配慮を払った生活形態を築かなければ、人々は再び悲惨な状況に追い込まれるだろう。ヨブ記は今日、人間に固有な責任の確認と外部世界の独自性の承認とをわれわれに問うている」。
・並木の言う通りだと思う。今回の震災は自然現象であり、神の問題ではない。ここにも神概念に対する誤解が根底にあるように思える。マーカス・ボーグは語る「もし時に神が介入するのならば、介入がないことをどう説明するのか。実際に起きたすべての恐ろしい出来事を知りながら、神は常に介入するとの考えが意味を為すであろうか・・・神が飛行機を衝突から守り、町をハリケーンが襲うことから守ると考えることも。もしそのようなことがあれば、何故ある時だけ介入し、他ではしないのか。介入があれば,あらゆる悲劇的なニュースが流されることもなくなる」(マーカス・ボーグ『キリスト教のこころ』p.100)。神は「天に鎮座したもう超自然の神」ではなく、「共にいますインマヌエルの神」であると理解した時、それはイエスの言う「アッバ、父なる神」となり、現代人も受け入れ可能な存在になると思われる。
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