すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  ネヘミヤ記  >  2014年7月10日祈祷会(ネヘミヤ記7章、共同体形成に向けての施策)
1.城壁は完成したが、城内に住む人はほとんどいなかった

・城壁が完成し、扉が取り付けられた。扉の取り付けは防護設備の完成を意味する。ネヘミヤは城内警備のために信頼できる二人の人物を長に任命する。外敵に備えると同時に、城内の敵への内応者にも警戒が必要だった。
‐ネヘミヤ7:1-3「城壁が築かれたので、私は扉を取り付けさせた。そして、門衛と詠唱者とレビ人を任務に就けた。私は、兄弟のハナニと要塞の長ハナンヤにエルサレムの行政を託した。このハナンヤは誠実で、だれよりも神を畏れる人物だった。私は彼らに言った『日射しの暑くなる時まで、エルサレムの門を開いてはならない。また彼らが任務に就いている間に扉を固く閉ざしなさい。エルサレムの住民に守備態勢を取らせ、各自が自分の持ち場と、各自が自分の家の前を守るようにせよ』」。
・城壁に囲まれた地域は東西500メートル、南北1,000メートルであり、その中心に神殿があった。捕囚民の帰還状況からすれば、国全体の人員は10万人、エルサレム城内に住むものは数千人しかいなかった。城壁が出来てもそれを警護する十分な人員がいなければ、国家としての体をなさない。エルサレムの防護を固めるためには、それぞれの部族に別れて城外に居住する人々の城内移転が課題であった。
‐ネヘミヤ7:4-6「町は二方向に大きく広がっていたが、その中に住む民は少数で、家屋は建てられてはいなかった。私は心に神の指示を受けて、貴族と役人と民を集め、家系に従って登録させようとしたところ、最初に帰還した人々の名簿を発見した。そこには次のように記録されているのを発見した。捕らえ移された先から上って来たこの州の人々は、次のとおりである。彼らは、バビロンの王ネブカドネツァルによって連行されたが、それぞれエルサレムとユダにある自分の町に帰ったものである」。
・7節以下に当時の国民の詳細リストがある。会衆総数は42,000名とあるが、男性だけの数であり、女性や子どもも加えれば10万人前後となろう。多くの人々は自分たちの町に分散して住んでいた。
‐ネヘミヤ7:66-72「会衆の総数は、四万二千三百六十人であった・・・祭司、レビ人、門衛、詠唱者、民の一部、神殿の使用人、すなわちイスラエル人は皆それぞれ自分たちの町に住んだ」。
・神殿を警護するために必要な人数が足りない。これは現代の私たちの、「牧師を立てるだけの十分な教会員がいない」状況と同じである。日本バプテスト連盟には325の教会・伝道所があるが、礼拝出席10名以下の教会が38,20名以下の教会が70ある(2012年現在)。また経常献金300万円以下の教会は77教会である。これらの教会では牧師を立てるために必要な人員、献金が不足し、その結果42の教会・伝道所は無牧である(2014年1月現在)。

2.共同体形成のためにネヘミヤがとった諸施策に学ぶ

・共同体再建のためには、神殿を再建し、城壁を修復しただけでは十分ではない。礼拝に参加する者、礼拝を支える人々の存在が不可欠である。そのためにネヘミヤが取った施策を以下に見てみる。最初にネヘミヤが行ったのは、律法の教師エズラをバビロンから呼び、民全体を集めての律法の朗読であった。まず律法の書=モーセ五書、すなわち聖書を読ませたのである。
‐ネヘミヤ8:1-8「民は皆、水の門の前にある広場に集まって一人の人のようになった。彼らは書記官エズラに主がイスラエルに授けられたモーセの律法の書を持って来るように求めた。祭司エズラは律法を会衆の前に持って来た・・・彼は水の門の前にある広場に居並ぶ男女、理解することのできる年齢に達した者に向かって、夜明けから正午までそれを読み上げた。民は皆、その律法の書に耳を傾けた・・・エズラは人々より高い所にいたので、皆が見守る中でその書を開いた。彼が書を開くと民は皆、立ち上がった。エズラが大いなる神、主をたたえると民は皆、両手を挙げて、『アーメン、アーメン』と唱和し、ひざまずき、顔を地に伏せて、主を礼拝した。次いで・・・レビ人がその律法を民に説明したが、その間民は立っていた。彼らは神の律法の書を翻訳し、意味を明らかにしながら読み上げたので、人々はその朗読を理解した」。
・次にネヘミヤが行ったのは、仮庵の祭りである。仮庵の祭りはエジプトから解放された民が、往時を偲んで仮庵に住む祭りである。それは出エジプトの再体験であり、帰還民に取っては出バビロンを祝う時でもあった。体験知、神の恵みを体験する祭りであった。
‐ネヘミヤ8:16-18「民は出て行き、枝を持って来て、各自の家の屋上、庭、神殿の庭、水の門の広場、エフライムの門の広場に仮庵を作った。こうして捕囚の地から帰った人々から成る会衆は、皆で仮庵を作り、そこで過ごした。ヌンの子ヨシュアの時代からこの日まで、イスラエルの人々がこのような祝いを行ったことはなかった。それは、まことに大きな喜びの祝いであった。最初の日から最後の日まで、毎日彼は神の律法の書を朗読し、彼らは七日間にわたって祭りを行い、八日目には定めに従って終わりの集会を行った」。
・ユダの帰還民は聖書朗読と祭りを通して、自分たちがいかに神の恵みに反した行動を取っていたかを知り、彼らは神の前に罪を告白する。
‐ネヘミヤ9:1-3「その月の二十四日に、イスラエルの人々は集まって断食し、粗布をまとい、土をその身に振りかけた。イスラエルの血筋の者は異民族との関係を一切断ち、進み出て、自分たちの罪科と先祖の罪悪を告白した。彼らは自分の立場に立ち、その日の四分の一の時間は、彼らの神、主の律法の書を朗読して過ごし、他の四分の一の時間は、彼らの神、主の前に向かって罪を告白し、ひれ伏していた」。
・罪の告白に続いたのは、悔い改め、生活の一新であった。彼らは異民族との婚姻の破棄と、軽視していた律法の順守を誓う。
‐ネヘミヤ10:31-34「私たちは、娘をこの地の民に嫁がせず、彼らの娘を私たちの息子の嫁にしない。私たちは、この地の民が安息日に商品をはじめ、いかなる種類の穀物を持って来て売ろうとしても、安息日と他の聖なる日には買わない。私たちは、七年ごとに耕作を休み、あらゆる負債を免除する。私たちは、神殿での奉仕のために年に三分の一シェケルの納入を義務として負う。それは供え物のパンのため、日ごとの穀物の献げ物のため、日ごとの焼き尽くす献げ物のため、安息日、新月祭、祝祭日のため、奉納物のため、イスラエルの罪を贖う贖罪の献げ物のため、すなわち神殿におけるすべての務めのためである」。
・そして最後にエルサレム城外に住んでいた者たちにくじ引きをさせ、10人の内一人はエルサレム城内に住まわせるようにした。こうして神殿を守るための必要人員が満たされていった。
‐ネヘミヤ11:1-2「民の長たちはエルサレムに住んでいた。ほかの民はくじを引き、十人のうち一人が聖なる都エルサレムに来て住み、残りの九人が他の町々にとどまるようにした。民は、進んでエルサレムに住むすべての人々を祝福した」。
・ネヘミヤが取った過程は、教会再建にも適用できるのではないだろうか。必要となる人々をむやみに増やすのではなく、まず聖書の解き明かしを通して人々の心が変えられ、罪を自覚し、悔い改め、生活の革新を行う。教会は仲良しグループではなく、キリストに従い、キリストを主として生きていく人々の共同体なのであり、中核になる人々がそのことを自覚した時に必然的に人々が集まる場所となっていくのではないか。
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