すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  ネヘミヤ記  >  2014年6月12日祈祷会(ネヘミヤ記3章、城壁再建工事の進展と妨害)
1.城壁再建工事の進展

・エルサレム城壁の再建工事が始まった。ネヘミヤ記3章は、城壁北側から始まり、西側、南側、東南側、東北側の再建の様子を秩序立てて描き出す。工事には階級を問わず、大勢の者たちが参加した。
−ネヘミヤ3:1-2「大祭司エルヤシブは、仲間の祭司と共に羊の門の建築に取りかかり、それを奉献し、扉を付けた。次いでハンメアの塔まで、更にハナンエルの塔まで奉献した。その傍らにはエリコの住民が一方に、イムリの子ザクルが他方にいて建築に携わった」。
・しかし必ずしも一枚岩ではなかった。テコアの貴族たちは参加しなかったとネヘミヤは記す。
−ネヘミヤ3:3-5「魚の門を築き上げたのはハセナアの子らである。彼らはそれを組み立て、扉と金具とかんぬきを付けた。彼らの傍らではウリヤの子であるメレモトが補強に当たり、またその傍らではメシェザブエルの孫でベレクヤの子であるメシュラムが補強に当たり、その傍らではバアナの子ツァドクが補強に当たり、更にその傍らではテコアの人々が補強に当たった。しかし、その貴族たちは彼らの指導者たちの作業に服そうとしなかった」。
・また参加した人たちも思惑も様々だった。大祭司エルヤシブは城壁工事には参加したが、工事の妨害者アンモン人トビトと親しく、やがて彼のために神殿の貢物を横流し、妨害の首謀者だったサマリア総督サンバラトとの縁を切らなかったため、共同体から追放された。
−ネヘミヤ記 13:4-28「トビヤに縁のある祭司エルヤシブは、神殿の祭司室を任されていたが、かつて人々が穀物の献げ物と香と祭具・・・穀物と新しいぶどう酒と油、更に祭司のための礼物を納めることになっていたその大きな祭司室をトビヤのために流用した。その時私はエルサレムにいなかった・・・エルサレムに帰り、エルヤシブがトビヤのために神殿の庭にある収納庫を流用して、そのために行った悪事を知った・・・大祭司エルヤシブの孫でヨヤダの子の一人が、ホロニ人サンバラトの娘婿となっていた。私は、彼を遠く追放した」。
・しかし多くの人々は城壁再建のために心からの奉仕を捧げた。記事の中に何度も「自分の家の前を補強した」と出てくる。最も手近な所から人々は作業を始めたのである。
−ネヘミヤ3:28-32「馬の門の上からは、祭司たちがそれぞれ自分の家の前を補強し、続いて、イメルの子ツァドクが自分の家の前を補強した・・・続いて、ベレクヤの子メシュラムが自分の収納庫の前を補強し、続いて、鋳物師マルキヤがミフカドの門の前にある神殿の使用人と商人の家まで、また城壁の突端の階上まで補強した。城壁の突端の階上から羊の門までの間は、鋳物師と商人が補強した」。
・この城壁再建工事は教会堂の建築工事と同じだと玉川キリスト教会・福井誠牧師は語る。
-福井誠「再建の事業には、大祭司、半区の長、金細工人、女性たち、そして外の人たちも皆加わった。しかしそこには協力しようとしない人もいた。教会の建設も同じである。牧師も信徒も、才能のある者もない者も、女も子どもも、皆共同して当たらなくてはならない。しかし現実には、皆の苦労に手を貸そうとしない人がいるのは、驚くことではない。城壁の再建によってイスラエルの人々が神の栄光が表されることを願ったように、教会というのは、神の栄光が証されることを願い、自らの手を汚す人々によって再建されていくのである。北側から西側、南側から東側へと一巡する働きには時間もかかるし、労力も多い。しかしそれらを黙々とやり遂げる人たちによって、教会は建てあげられていく。教会が建つか建たないかは、その教会を担う人々の責任感と耐性、そして協調性と実行力にかかっているのである。そして、教会が建てあげられるためには、まず彼らがそうしたように自分の家に面するところ、つまり自分自身の事柄から再建する必要がある。自分の信仰生活、教会生活がしゃんとせずに、教会の働きを勧めても、それは見せかけで偽りに過ぎない。自らを再建し、教会において神の栄光を見ることを望みとし喜びとして、建てあげる者として、教会の働きに関わっていく者であろう」。

2.妨害に対する準備

・工事が進展するとそれを喜ばないサマリア人たちは妨害の相談を始める。
-ネヘミヤ記3:33-35「サンバラトは、私たちが城壁を建てていると聞いて怒り、激しく憤慨した。ユダの人々を嘲笑い、彼は仲間とサマリアの兵士を前にして言った『この哀れなユダの者どもに、何ができるか。修復して生贄をささげるつもりなのか。一日で仕上げようとでもいうのか。灰の山から焼け石を拾い出して、生かして使おうとでもいうのか』。アンモン人のトビヤはそばから言った『できたとしても、そんな石垣など、狐が登るだけで崩れてしまうだろう』」。
・ネヘミヤはその嘲笑に対して祈りで応える。そして工事は進展した。
-ネヘミヤ3:36-38「『私たちの神よ、お聞きください。このように辱めを受けているのです。彼らの投げつける侮辱が彼ら自身の頭上に降りかかり、捕らわれの身となって異国で辱めを受けるようにしてください。その悪を赦さず、その罪を御前から消し去らないでください。彼らは再建に励む者を嘲っています』。私たちは城壁の再建を始め、その全長にわたって高さの半分まで築いた。民には働く意欲があった」。
・やがて妨害は軍事力の行使にまで具体化する。ネヘミヤたちは武装して工事にあたった。
-ネヘミヤ4:10-12「その日から私の部下たちは、半分が作業に従事し、他の半分が槍と盾、弓と鎧を身に着け、将校たちがユダの家全体の背後に控えた。城壁を築く者、持っこを担いで運ぶ者は、一方の手で作業をし、もう一方の手には投げ槍を取った。建築作業をする者は、各自腰に剣を帯びて作業した。私はそばに角笛を吹く者をつけた」。
・このネヘミヤ記の記事は、現代イスラエル人に取っては自分たちが体験した出来事であろう。1948年国連はユダヤ人国家とアラブ人国家を創設するパレスチナ分割案を採択し、イスラエルは5月14日独立宣言を行った。これに対しアラブ諸国は5月15日パレスチナに侵攻、第一次中東戦争が勃発した。イスラエルはエジプト、ヨルダン、シリア、レバノン、イラク等の連合軍と戦い、当初は苦戦したが次第に優勢となり、1948年11月16日には国連で休戦協定が決議され、翌年2月以降イスラエルはエジプト、レバノン、ヨルダンシリアと休戦協定を結び、第一次中東戦争は終結、1949年5月11日国連加盟を承認された。しかしその後も争いは続き、中東戦争は繰り返し、行われた。ホロコーストを生き残ったラビのベルコビッツは著書まえがきに次のように書いた(エリエゼル・ベルコビッツ「ホロコースト後の信仰〜まえがき」(1973年)から)。
−この本の主な論文はイスラエルとアラブ諸国の間に戦われた6日戦争(1967.6.5-6.10)へと続く危機的な時期に書かれ、戦争が戦われたその6日間の時に完成した。論文の最後の言葉が書かれたのは戦争の最後の射撃が終了したまさにその時であった。それは耐えがたい緊張と恐怖と心配の中で書かれた。ユダヤ人にとってもう一つのホロコーストの恐れが目の前に迫っていた。この破壊はイスラエル国に住むユダヤ人だけでなく、世界中のユダヤ人にとって最終的なものになりかねなかった。我々の世代はもう一つのホロコーストを生き残ることは出来なかったであろう。そして確かに今度はそうならなかった。イスラエル国家は、600万人の絶滅の後では、唯一の慰め、たとえ癒しにはならなくとも、であった。
−恐怖と緊張にもかかわらず、「ユダヤ教とユダヤ人は不滅である」との信仰によってこの本を書くことが出来た。その信仰は全ての言葉で新しく確認されねばならなかった。何故ならば、それはユダヤ人の燃えたぎった時間と世界の運命のるつぼの中で試されたものだったからだ。「ユダヤ人の生存が永遠である」というこの信仰が生き残れるかどうかを自分自身に問うたことはなかった。預言者エレミヤはラディカルに「主の神殿、主の神殿、主の神殿」(エレミヤ7:4)と叫ぶ偽りの言葉を否定した。イスラエル国家は主の神殿ではない。神は神殿なしに物事を進められるだろう。しかしイスラエルの人々なしにはそうされない。世界史のホロコースト後の段階において、イスラエル国家なしには神は行為されないだろう。それが戦争前の過酷な日々、戦争の6日間の間に、私が一つ一つの言葉を書きながら、確認した信仰である。
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