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1.神殿建設の再開

・帰還民は神殿再建のために、前536年新しい神殿の基礎を据えた。その時、先住サマリア人たちから神殿建設についての協力申し出があった(4:1-2)が、ユダヤ人たちは拒否する。その結果、サマリア人の妨害や指導者シェシュバツァルの更迭等により神殿再建工事は中断した。
-エズラ4:24「そのときから、エルサレムの神殿の工事は中断されたまま、ペルシアの王ダレイオスの治世第二年にまで及んだ」。
・神殿の再建工事が再開されたのは、それから16年後の前520年であった。再建を始めるように人々を励ましたのは預言者ハガイ、ゼカリヤであり、工事を具体化したのは、総督ゼルバベルと大祭司ヨシュアであった。
-エズラ5:1-2「預言者ハガイとイドの子ゼカリヤが、ユダとエルサレムにいるユダの人々に向かってその保護者であるイスラエルの神の名によって預言したので、シェアルティエルの子ゼルバベルとヨツァダクの子イエシュアは立ち上がって、エルサレムの神殿建築を再開した。神の預言者たちも彼らと共にいて、助けてくれた」。
・先の総督シェシュバツァルは工事再開時にユダヤの独立を試み、処刑されたと見られている。今回もペルシア帝国のシリア総督からの横槍が入る。
−エズラ5:3-5「ユーフラテス西方の総督タテナイとシェタル・ボゼナイ、およびその仲間たちが彼らのもとに来て言った。『この神殿を建て、その飾りつけを完成せよ、と誰がお前たちに命令したのか』。そこでまた彼らに、『この建物を建てている人々の名前は何というのか』と尋ねた。しかし、神の目がユダの長老たちの上に注がれていたので、彼らは建築を妨げることができず、その報告がダレイオスになされ、それに対する王の返書が送られてくるのを待った」。
・地方総督の本国への照会状が6-17節に記載されている。
−エズラ5:8-17「私どもがユダの州に赴き、大いなる神の神殿に来てみますと、それは切り石で建てられ、壁には板が張られ、工事は熱心に進められ、彼らの手によって完成は間近に迫っておりました。私どもはそこでその長老たちに『この神殿を建て、その飾りつけを仕上げよ、と誰がお前たちに命令したのか』と尋ねました・・・ 彼らはこのような返事をいたしました『我々は、天地の神に仕える僕であって、今から何年も前に建てられた神殿を再建しているところである・・・バビロンの王キュロスはその治世の第一年に、この神殿の再建をお命じになった・・・キュロス王はこのバビロンの神殿から取り出し、長官に任命したシェシュバツァルという名の人に託し、これらの祭具を携えてエルサレムの神殿に行き、そこに納め、神殿をかつてあった所に再建せよ、と言われた。そこで、そのシェシュバツァルはエルサレムに来て、その神殿の基礎を据えた。そのときから今に至るまで建築は続いており、まだ完成していないのである』・・・エルサレムにあるこの神殿を建てよとの命令が、キュロス王によって出されたことがあるのかどうか、バビロンにある王宮の記録保管所をお調べいただきたいのです。また、この件に関する王様の御裁定もいただければ有り難く存じます」。

2.神殿の意味は何か

・人々は様々の妨害に屈せず、神殿を再建する。この神殿はソロモンの建てた神殿と区別され、第二神殿と呼ばれた。捕囚から帰還した人々にとって神殿再建は必要だった。それはハガイの預言を聞いても伺える。
−ハガイ1:4-11「今、お前たちは、この神殿を廃虚のままにしておきながら、自分たちは板ではった家に住んでいてよいのか・・・山に登り、木を切り出して、神殿を建てよ。私はそれを喜び、栄光を受けると主は言われる」。
・歴史の中で人々は信仰の中心を必要とする。イエスまでの500年間、ユダヤ人の信仰の中心になったのは、この第二神殿であった。しかし神殿があれば人は礼拝するだけで満足し、やがてそこに既得権益が生れ、礼拝も形式化していく。イエスはこのような形ばかりの神礼拝を激しく批判された。
−マルコ11:15-18「一行はエルサレムに来た。イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いしていた人々を追い出し始め、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けをひっくり返された。また、境内を通って物を運ぶこともお許しにならなかった。そして、人々に教えて言われた『こう書いてあるではないか。私の家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである。ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしてしまった』。祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、イエスをどのようにして殺そうかと謀った」。
・イエスはさらに神殿はその役割を終えた故に崩されるであろうと言われた。
−マルコ13:1-2「イエスが神殿の境内を出て行かれるとき、弟子の一人が言った『先生、御覧ください。なんとすばらしい石、なんとすばらしい建物でしょう』。イエスは言われた『これらの大きな建物を見ているのか。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない』」。
・イエス処刑の要因の一つはこの神殿批判であった。それはユダヤ教の伝統の中にある人々には、赦しがたい冒涜行為だった。
−マルコ15:29-30「そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った『おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ』」。
・マルコはイエス処刑時に、「神殿の垂れ幕が二つに裂けた」と記す。聖所と至聖所を隔てる幕の崩壊は犠牲祭儀の終了を意味する。
−マルコ15:37-38「イエスは大声を出して息を引き取られた。すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた」。
・使徒時代のステパノが殺されたのも神殿批判が契機になっている。他方、神殿礼拝を守ったペテロたちは迫害を受けていない(使徒8:1)。
−使徒7:47-50「神のために家を建てたのはソロモンでした。けれども、いと高き方は人の手で造ったようなものにはお住みになりません。これは、預言者も言っているとおりです『主は言われる。天は私の王座、地は私の足台。お前たちは、私にどんな家を建ててくれると言うのか。私の憩う場所はどこにあるのか。これらはすべて、私の手が造ったものではないか』」。
・神殿は紀元70年ローマ軍により破壊され、今日まで再建されていない。もう神殿はいらないのだろうか。パウロは外側の神殿ではなく、心の神殿を強調する。
-1コリント3:16-17「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです」。
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