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1.神殿建設の挫折

・帰還民は神殿再建のために、破壊された神殿の跡地に新しい神殿の基礎を据えた。紀元前536年の第二の月(太陽暦4〜5月)、帰還後半年後のことである。
−エズラ3:6-8「第七の月の一日に、彼らは主に焼き尽くす献げ物をささげ始めた。しかし、主の神殿の基礎はまだ据えられていなかった。彼らは石工と大工に銀貨を支払い、シドン人とティルス人に食べ物と飲み物と油を与え、ペルシア王キュロスの許しを得て、レバノンから海路ヤッファに杉材を運ばせていた。エルサレムの神殿に帰った翌年の第二の月に、シェアルティエルの子ゼルバベルとヨツァダクの子イエシュアは彼らの他の兄弟たち、祭司とレビ人、および捕らわれの地からエルサレムに帰って来たすべての人と共に仕事に取りかかり、二十歳以上のレビ人を主の神殿の工事の指揮に当たらせた」。
・その時、先住のサマリア人たちから神殿建設についての協力申し出があったとエズラ記は記す。
-エズラ記4:1-2「ユダとベニヤミンの敵は、捕囚の子らがイスラエルの神、主のために聖所を建てていることを聞いて、ゼルバベルと家長たちのもとに来て言った。『建築を手伝わせてください。私たちも同じようにあなたがたの神を尋ね求める者です。アッシリアの王エサル・ハドンによってここに連れて来られたときから、私たちはこの神にいけにえを捧げています』」。
・しかし帰還ユダヤ人たちはこれを拒否する。サマリア人は北イスラエル滅亡時にアッシリアから移植された人々であり、真正のイスラエル人とは言えないというのが拒否の理由だった。
-列王記下17:5-6「アッシリアの王はこの国のすべての地に攻め上って来た。彼はサマリアに攻め上って来て、三年間これを包囲し、ホシェアの治世第九年にサマリアを占領した。彼はイスラエル人を捕らえてアッシリアに連れて行き、ヘラ、ハボル、ゴザン川、メディアの町々に住ませた」。
-列王記下17:24「アッシリアの王はバビロン、クト、アワ、ハマト、セファルワイムの人々を連れて来て、イスラエルの人々に代えてサマリアの住民とした。この人々がサマリアを占拠し、その町々に住むことになった」。
・世界史において国の興亡は日常的であり、その度毎に複雑な民族模様が積み重ねられていく。ウクライナは1991年ソ連崩壊により独立国となったが、西部は欧州系民族(ウクライナ語を話す)、東部はロシア系民族(ロシア語を話す)であり、その民族不和の中で分裂騒動が起きている。エズラ記の世界と同じだ。
-エズラ記4:3-5「ゼルバベルとイエシュア、他のイスラエルの家長たちは言った。『私たちの神のために神殿を建てるのは、あなたたちにではなく、私たちに託された仕事です。ペルシアの王キュロスがそう命じたのですから、私たちだけでイスラエルの神、主のために神殿を建てます』。そこで、その地の住民は、建築に取りかかろうとするユダの民の士気を鈍らせ脅かす一方、ペルシアの王キュロスの存命中からダレイオスの治世まで、参議官を買収して建築計画を挫折させようとした」。
・その結果、神殿再建工事は中断し、再開は17年後の前520年であった。
-エズラ4:24「そのときから、エルサレムの神殿の工事は中断されたまま、ペルシアの王ダレイオスの治世第二年にまで及んだ」。

2.なぜ神殿建設は中断されたのか、その真相は何か

・その工事中断の理由を示すのが4:6-23の記事であるが。そこに描かれているのは神殿再建の妨害記事ではなく(前536年)、それから100年後のエルサレム城壁再建工事時における妨害記事である(前445年頃)。
-エズラ4:6-7「クセルクセスの治世にはその治世の初めに、ユダとエルサレムの住民に対する告訴状が書き送られた。また、アルタクセルクセスの時代には、ビシュラム、ミトレダト、タベエル、およびその仲間がペルシア王アルタクセルクセスに書簡を送った」。
・クセルクセス王(在位:前485-465年)、アルタクセルクセス王(在位:前462-424年)時代のユダヤとペルシア当局との行政文書の遣り取りがそこに記され、神殿再建関連の記事は5〜6章に記されている。
-エズラ5:13-16「バビロンの王キュロスはその治世の第一年に、この神殿の再建をお命じになった。また、ネブカドネツァルがエルサレムの神殿から取り出して、バビロンの神殿に持ち帰った金銀の祭具を、キュロス王はこのバビロンの神殿から取り出し、長官に任命したシェシュバツァルという名の人に託し、これらの祭具を携えてエルサレムの神殿に行き、そこに納め、神殿をかつてあった所に再建せよ、と言われた。そこで、そのシェシュバツァルはエルサレムに来て、その神殿の基礎を据えた。そのときから今に至るまで建築は続いており、まだ完成していないのである」。
-エズラ6:1-7「ダレイオス王により命令が出され、バビロンにある記録保管所が調べられ、メディア州の都エクバタナで一つの巻物が見つかった・・・『覚書。キュロス王の第一年、キュロス王、勅令を発布。エルサレムの神殿、生贄をささげる場所として、以前の基礎を保ったまま、神殿は再建されなければならない・・・費用は国庫負担とする。更に、ネブカドネツァルがエルサレムの神殿から取り出して、バビロンに持って来た神殿の金銀の祭具類は返還され、エルサレムの神殿にある元の場所に戻されなければならない。それをその神殿に納めるようにせよ』。それゆえ、ユーフラテス西方の長官タテナイとシェタル・ボゼナイ、およびその仲間であるユーフラテス西方の巡察官たちは干渉をやめ、その神殿の工事をさせることにせよ。ユダの長官と長老たちは、かつて神殿があった場所にその神殿を再建しなければならない」。
・なぜこのような記事の混乱があるのか。江札宮夫氏は「神殿の基礎を据えたシェシュバツァルはダビデ家の血筋を引く人物であり、ダビデ王家再興を図ったために処刑され、そのため神殿の基礎を築いた人物がゼルバベルに変えられていったのではないか」と推測する。
-エズラ4:15-16「あなたの先祖の残された記録をお調べになれば、そこに出ているはずで、お分かりになることですが、この都は反逆の都で、歴代の王と諸州に損害を与えてきました。昔から反乱を繰り返し、そのためにこの都は破壊されたのです。この都が再建され、城壁が完成すれば、ユーフラテスの西方には、王の領土がなくなるということを、あらかじめお知らせします」。
・神殿工事中断の真の理由は中心人物であったシェシュバツァルの処刑のためであり、それを表立っては記載できないため、あえてこの4章にはそれから100年後の記事が挿入されたと思われる。
-エズラ4:21-23「『従って今、その人々に工事を中止するように命令せよ。改めて私が命令を出すまで、その都は再建されてはならない。この事をなおざりにしないように留意し、損失が大きくなって、王になおいっそうの迷惑が及ばぬようにせよ』。このアルタクセルクセス王の公文書の写しは、レフム、書記官シムシャイおよびその仲間の前で朗読された。彼らはエルサレムにいるユダの人々のもとに急いで行き、強引に武力で工事を中止させた」。
・同じような配慮が福音書にもある。イエスは十字架刑で殺されたが、それはイエスがローマに対する反逆罪で処刑されたことを意味するが、福音書記者たちは時の政権であるローマ帝国への護教的配慮からイエスの死の責任をユダヤ人に帰する。歴史的にはそのために後のユダヤ人迫害が生じたと言われている。
-マタイ27:24-26「ピラトは、それ以上言っても無駄なばかりか、かえって騒動が起こりそうなのを見て、水を持って来させ、群衆の前で手を洗って言った。『この人の血について、私には責任がない。お前たちの問題だ』。民はこぞって答えた。『その血の責任は、我々と子孫にある』。そこで、ピラトはバラバを釈放し、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した」。
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