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1. ゼカリヤ書とはどのような書か

・前538年ユダの人々は70年間のバビロン捕囚から故国帰還を許され、帰国した彼らはエルサレム神殿再建工事を始めるが、先住者の妨害や経済的困難で再建は頓挫する。前520年、預言者ハガイが神殿再建のために人々を励まし、工事が始まる。ゼカリヤもほぼ同じ時期に預言を始めた同労者である。ゼカリヤの父イドはゼルバベルや大祭司ヨシュアと共に帰国した第一世代であり、ゼカリヤはハガイの後輩であった。
-ゼカリヤ1:1「ダレイオスの第二年八月に、イドの孫でベレクヤの子である預言者ゼカリヤに主の言葉が臨んだ」。
・ゼカリヤ書は第一(1-8章)と、第二(9-14章)に別れ、第二は後世アレキサンダー時代の黙示であり、別の時代の預言だ(前4世紀)。イザヤ書と同じく、異なった世代の二つの預言書が同一書として編集されている。第一ゼカリヤの時代背景は概ね次のとおりである(江札宮夫、聖書の呼ぶ声から)。
-BC538キュロス鏡ぢ莪貲、シェシュバツァル帰還(エズラ1・1)、神殿建設失敗(シェシュバツァル処刑)。BC520ダレイオス祇ぢ萋麈(6月1日ハガイ預言開始、神殿再建の勧め(ハガ1・8)、6月24日作業開始(ハガ1・15)、7月21日ゼルバベルとヨシュアを激励(ハガ2・1)、8月ゼカリヤ召命預言(ゼカリヤ1・1)、9月24日神殿の基礎が置かれる(ハガ2・18)。同日、ゼルバベルが王に指名される(2・23)。11月28日ゼカリヤ八つの幻を見る(ゼカ1・7)。シオンの回復と、ゼルバベルのメシヤ宣言。この後、ゼルバベル失脚)。BC517ダレイオス祇ぢ荵庸、断食と回復の預言(ゼカリヤ7・1)、BC515ダレイオス祇ぢ莽伺、第二神殿完成(エズラ8・15)。
・エルサレムに帰還した人々は神殿再建の工事を始めるが、廃墟の中での再開であり、人々の士気は低い。ゼカリヤはその人々に「神に立ち返れ、そうすれば神も帰って下さる」と励ます。
-ゼカリヤ1:2-6「主はあなたたちの先祖に向かって激しく怒られた。あなたは彼らに言いなさい。万軍の主はこう言われる『私に立ち帰れ・・・そうすれば、私もあなたたちのもとに立ち帰る』。あなたたちは先祖のようであってはならない。先の預言者たちは彼らに、『万軍の主はこう言われる。悪の道と悪い行いを離れて、立ち帰れ』と呼びかけた。しかし、彼らは私に聞き従わず、耳を傾けなかった、と主は言われる。その先祖たちは、今どこにいるか。預言者たちは永遠に生きているだろうか・・・彼らは立ち帰って言った『万軍の主は、私たちの歩んだ道と行った業に従って、私たちを扱おうと思い定められ、そのようにされた』」。
・人々が国を滅ぼされ、バビロニアで70年の苦難の生活を負わされたのは、主の言葉に従わなかった故である。あなた方はその先祖の道を歩んではいけない。あなたたちが悔い改めなければ神殿を再建しても無駄だと。神殿は入れ物に過ぎない。必要なものは中身であるあなた方の信仰と行いである。
-ゼカリヤ8:16-17「『あなたたちのなすべきことは次のとおりである。互いに真実を語り合え。城門では真実と正義に基づき、平和をもたらす裁きをせよ。互いに心の中で悪をたくらむな。偽りの誓いをしようとするな。これらすべてのことを私は憎む』と主は言われる」。

2. ゼカリヤの見た幻

・ゼカリヤは一晩の内に8つの幻を見る。それが1-6章に展開する。その幻はいずれもユダがペルシャの植民地から独立して新しいダビデ王(ゼルバベル)の下で国の再建を図る夢である。概要は次の通りである。
-第一の幻:シオン再建の約束。第二の幻(2・1):ユダを滅亡に導いた4つの角(アッシリヤ、バビロン、エジプト、ペルシャ)と、その敵の打倒が示される。第三の幻(2・5):エルサレムの再建と繁栄、シオンの回復が、神の御業として現れるのを告げられる。第四の幻(3・1):大祭司ヨシュアと主の僕、若枝の登場。第五の幻(4・1):ゼルバベルの定礎と二人のメシヤの預言。第六の幻(5・1):加害者や妨害者(捕囚時、侵入して来たサマリヤ人やエドム人)の排除が語られる。第七の幻(5・5):異教の神々の排除。第八の幻(6・1):青銅の山から4両の戦車が出て来て四方に散り、離散者への解放が伝達される。
・1章には第一の幻が記される。それは人々が気づかない内に、エルサレムが主の警護の中にあるとの幻だ。
-ゼカリヤ1:7-11「ダレイオスの第二年十一月、シェバトの月の二十四日に、イドの孫でベレクヤの子である預言者ゼカリヤに主の言葉が臨んだ『その夜、私は見た。ひとりの人が赤毛の馬に乗って、谷底のミルトスの林の中に立っているではないか。その後ろには、赤毛の馬、栗毛の馬、白い馬がいた。私が“わが主よ、これは何ですか”と尋ねると、ひとりの御使いが私に語りかけ“それが何なのか、教えよう”と言った。すると、ミルトスの林の中に立っている人が答えて“これらは地上を巡回させるため、主がお遣わしになったものだ”と言った。彼らはミルトスの林の中に立っている主の御使いに向かって答えた“私たちは地上を巡回して来ました。地上の人々はすべて安らかに暮らしています”』」。
・かつてエルサレムは神の都として栄えた。しかし、今神殿は廃墟となり、町を護る城壁も破壊された。人々はこの廃墟に神がおられるのか、疑っていた。その人々にゼデキヤは「神は共におられる。共にいて、私たちを見守っておられる。エルサレムは再建される」と伝える。
-ゼカリヤ1:12-17「主の御使いは言った『万軍の主よ、いつまでエルサレムとユダの町々を憐れんでくださらないのですか。あなたの怒りは七十年も続いています』。私に語りかけた御使いに、主は優しい言葉、慰めの言葉をもって答えられた・・・『万軍の主はこう言われる。私はエルサレムとシオンに、激しい情熱を傾け、安穏にしている諸国の民に対して激しく怒る。私はわずかに怒っただけだが、彼らはそれに乗じて災いをもたらした・・・私は憐れみをもってエルサレムに帰り、わが家をそこに建て直させると万軍の主はこう言われる。エルサレムには、測り縄が張られる。再び、呼びかけて言え。万軍の主はこう言われる。私の町々は再び恵みで溢れ、主はシオンを再び慰め、エルサレムを再び選ばれる』」。
・私たちには「神の守りの手」は見えない。そのため私たちは「神は何をしておられるのか」と泣事をいう。列王記で預言者エリシャは敵軍に囲まれ、不安に怯える民に、神の軍の姿を幻で示す。
-粁鷁Φ6:15-17「神の人の召し使いが朝早く起きて外に出てみると、軍馬や戦車を持った軍隊が町を包囲していた。従者は言った『ああ、御主人よ、どうすればいいのですか』。するとエリシャは『恐れてはならない。私たちと共にいる者の方が、彼らと共にいる者より多い』と言って、主に祈り『主よ、彼の目を開いて見えるようにしてください』と願った。主が従者の目を開かれたので、彼は火の馬と戦車がエリシャを囲んで山に満ちているのを見た」。
・どのような時も神は共にいて下さる。それが私たちの信仰だ。ヨセル・ラコーバーの言葉はそれを示す。
-2013.11.17説教から「1939年ドイツ軍はポーランドに侵攻し、ワルシャワ市内にいたユダヤ人50万人はユダヤ人居住区(ゲットー)に押し込められ、周囲と隔離された。当初はユダヤ人の隔離と強制労働が中心だったが、やがて民族絶滅に方針が変わり、ゲットーから大勢の住人が絶滅収容所に移送されて行く。「このまま死を待つよりは戦おう」としてゲットーのユダヤ人たちは1943年叛乱を企てるが、ドイツ軍に制圧され、住民は殺される。その中の一人がヨセル・ラコーバーだ。彼の妻と二人の子は戦争初期の空爆で死に、残りの子どもたちは飢餓の為に死に、ヨセルだけが残された。彼は戦火の中で手記を書き、それをガラス瓶の中に入れ、レンガ石の裏に隠した。戦後、その手記が発見され、出版された。その中で彼は書く「神は彼の顔を世界から隠した。彼は私たちを見捨てた。神はもう私たちが信じることができないようなあらゆることを為された。しかし私は神を信じる」(Yosel Rakover,Talks to God,by Zvi Kolitz)。
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